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第113話 魔王城の裏庭で

「ったく、なんて無茶しやがるんだ! つーかおい! 左手っ!」


 声を潜めながら張り上げるという器用なことをしながら、ガーネットが大慌てで俺の容態を確かめる。


「無茶したのはそっちだろ。本気で肝が冷えたんだからな」


 左腕の破断面の近くを右手で握りながら、少女の腕に抱えられた状況を脱して自分の足で地面に立つ。


 ガーネットの手前、なるべく痛みを顔に出さないようにしているものの、正直かなりの激痛が走っていた。


 これでも【修復】の魔力を破断面に集中させているおかげか、痛みがかなり緩和してきたくらいなのだ。


「んな顔色で言っても説得力ねぇっての。早く【修復】しねぇと……」

「そうしたいのは山々なんだが、流石にこんな規模の【修復】を補填なしでやるのは厳しいな。ちぎれた腕を回収できたらいいんだが」


 自然と呼吸が荒くなって脂汗が滲んでくる。


 ガーネットが言うとおり、一刻も早く腕を【修復】してしまいたいところだが、それにはいくつか問題がある。


 【修復】スキルは質量の総量を変えられない。

 単純にこのまま【修復】を発動させると、腕の半分近くに相当する質量を肉体の他の部位から持っていかれてしまうことになる。


 具体的には骨や肉が、体全体から【修復】範囲の分だけ減少してしまうのだ。


 いくらなんでもハイリスク・ハイリターンにも程がある。


 更にもっと根本的な問題として、喪失した手の再生成なんてやったこともないので、機能も含めて正しく【修復】できる保証はどこにもなかった。


「だったらオレの体を使え。お前のスキルなら持っていけるだろ」

「馬鹿を言うな。そんなことできるわけがないだろうが」


 スキルの効果で可能かどうかという話ではない。

 世の中には、やってはいけないことや絶対にやりたくないことがあるのだ。


 無益な言い争いが始まりかけた矢先、サクラが【縮地】で俺達の前に現れる。


「ルーク殿! 良かった、ご無事でしたか!」

 

 その手には、服の袖ごとちぎれ落ちた俺の左腕が握られていた。


「左腕、回収してまいりました! 【修復】は可能ですか?」

「助かる……これなら何とか……!」


 ちぎれた腕を受け取って【修復】を発動させ、破断面同士を元通りに接合させる。


 喪失してしまった部位を作り直すのと比べれば、取れてしまった部位を繋ぎ直すのは容易な【修復】だ。


 腕が繋がった後で、試しに指を開閉させてみても、動きに違和感は全くない。

 【修復】は何も問題もなく成功したようだ。


「……これでよし」

「まったく。いらねぇ心配させるんじゃねぇっての。マジで助かったぜ、サクラ」


 ガーネットは心の底から安堵した様子でその場に腰を落とした。

 むしろ俺自身よりも喜んでいるんじゃないだろうか。


 俺は周囲を警戒して声量を抑えながら、現状についてサクラに問いかけた。


「サクラ。あの竜人はどうなった?」

「申し訳ありません、逃走を許してしまいました。追跡よりも腕の回収と合流を優先しましたので」

「どうしてそこで謝るんだ。責任があるとしたら俺の方だろ」


 元を辿れば俺が竜人に……改造されたジュリアに捕まってしまったのが発端だ。


 【解析】を急がずもっと警戒して動くべきだったと指摘されれば、反論の余地はない。


 サクラは遠慮気味に頷いてから、改めて辺りを見渡した。


「それにしても、ここは魔王城の裏庭のようですね」

「みたいだな。まさかこんな形で乗り込むことになるとは、夢にも思ってなかったぞ」


 俺達の現在地は、魔王城の裏手と城壁の間に整備された広大な庭園だった。


 いや、庭園というよりも人工的な森林というべきだろうか。


 一面の荒野である『魔王城領域』の中にあって、ここだけが地上を思わせる緑に満たされていた。


 といっても、無秩序な森林地帯というわけではない。

 ある種の芸術性を感じさせるような人工林が整備されているのだ。


 王城に設けられた庭園として立派に通用するほどの手入れが行き届いており、荒野の中の城としては贅沢の極みであると言えそうだ。


「兵力は城壁周辺に集中していて手薄なようですが、じきに敵部隊が駆けつけてくると思われます。早く離脱いたしましょう」


 幸いにも、この裏庭には敵兵の姿が見当たらなかった。

 理由は恐らく単純で、サクラが言うようにもっと重要な場所に兵力が割り振られているからだろう。


 しかし、あんな派手に落下してしまった以上、そう間を置かずに兵士が派遣されるに違いない。


「離脱と言っても……一か八かになりそうだな」


 城壁周辺には包囲に対抗するための兵力が集まっているわけだから、正攻法で脱出しようと思ったら、その兵力を強行突破しなければならない。


 リスクは大きいが、これ以外の脱出方法があるとは思えなかった。


 そう考えた直後、魔王城の方から少年の声が投げかけられた。


「こっちだ! 早く来い!」

「まさか、今の声、霧隠か!?」


 即座に反応を返したのはサクラだった。

 霧隠(ナギ)――サクラの同郷出身であり、お互いに対立する勢力に所属していたという関係の少年冒険者である。


 声の発生源は外壁の下部に開けられた、鉄格子付きの小さな穴の向こうだった。


 どうやらあそこには半地下になった部屋があるらしく、その部屋の天井付近の窓が地面付近に口を開けているようだ。


 じっくり時間をかけて考えている暇はない。

 三人で視線を交わし合って無言のうちに意思疎通を済ませ、声が聞こえた鉄格子の穴に走り寄る。


 そして【分解】で素早く鉄格子を解体し、膝程度の高さの横長の穴に滑り込んだ。


「ここは……倉庫みたいだな……」


 穴の正体はやはり地下室の採光窓であり、室内には大きな空の木箱が大量に山積みにされている。


 そしてサクラが直感したとおり、木箱の山にもたれかかるようにして、小柄な東洋人の少年が不機嫌そうに腕を組んで佇んでいた。


「やはり不知火だったか。何故こんな場所にいる。あの派手な墜落は何だったんだ」

「霧隠……お前こそどうして魔王城にいるんだ」


 二人が以前と同様の剣呑な態度で喋っている間に、俺は窓の鉄格子をサビ具合まで元通りに【修復】しておいた。


 これで逃走経路をカモフラージュすることができたはずだ。


「事情は俺から説明する。でもその前に礼を言わせてくれ。おかげで魔王軍に見つからずに済みそうだ」

「気が早い。見つからずに済むかどうかは、これからが本番ですよ」


 ナギはサクラとの会話を適当に切り上げて、俺の方に向き直った。


「とりあえず、お互いに情報交換といきましょう。正直なところ、空から唐突に知り合いが降ってきたので、俺も酷く混乱しているんですよ。本当に何があったんですか、貴方達は」


 そう語るナギの表情からは、見ていて申し訳なくなるくらいの困惑の色が滲み出ていたのだった。

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