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第112話 地下空間上空の死闘

 崩れ落ちていく土の巨人。離れた場所に落下した上半身だけのヴェストリの亡骸。


 騎士達の興奮が冷めやらぬ中、俺は自分が成すべきことを思い出して、ヴェストリの亡骸に向かって駆け出した。


 側にいたアレクシアも、大型弩弓(スコーピオン)を担いだまま走って追いかけてくる。


「どうしたんですか、ルーク君!」

「死体の【解析】をするんだ! また証拠隠滅されてたまるか!」


 四魔将の死体の調査は、今まで二度に渡って失敗してきた。


 一度目は二槍使いのダスティンが最初に土のヴェストリを倒したとき。


 あのときは生死をはっきりと確かめる暇すらなく、ブランによってすぐさま回収されてしまった。


 二度目は俺がギリギリの戦いの末に氷のノルズリを撃破したときだ。


 魔王軍が手の込んだ策略を用いてまで亡骸を破壊したことで、彼らの肉体に秘密があることが強く疑われるようになった。


 そして今回。ここで三度目の失敗を重ねたくはない。


「邪魔が入る前に【解析】を……」


 既に死体の付近には兵士が数名ほど集まっている。


 さっそく手を伸ばそうとしたそのとき、真っ二つになって転がっていたヴェストリの死体が目を見開いた。


「……っ!」


 次の瞬間、土の巨人がある方向から警戒を促す声が上がった。


「崩壊するぞ! 総員、土砂と土煙に注意しろ!」


 直後、見上げるほどに巨大な土の塊が一気に崩壊し、膨大な量の土を周囲に撒き散らした。


 至近距離では小規模な土砂崩れが発生し、俺達のいる場所すらも濃密な土煙が飲み込んでいく。


 しかし俺は、兵士達のように退避はせずにヴェストリの頭を掴み、土煙の中で【解析】を発動させた。


 土煙による視界の遮断――それに対して嫌な予感を覚えずにはいられなかったのだ。


「これは……まさか……」

「ルーク君! 大丈夫ですか、埋まってないですか!?」


 アレクシアが土煙を越えて駆けつける。


 大丈夫だと返答するのも忘れて、先ほどの【解析】で得た事実を伝えようとした矢先、凄まじい暴風が上空から吹き付けてきた。


 その風圧によって、俺達の周囲の土煙だけが局所的に吹き飛ばされる。


 にわかに開けた視界に戸惑いつつ顔を上げる。


 俺達の真上で翼を拡げた暴風の発生源。

 それは女の竜人であった。


 かつてのファルコンよりも更に侵食が進んでおり、両脚は関節構造すらもドラゴンと同じ形状に成り果て、両腕もまたドラゴンの前脚と呼ぶにふさわしい形をしていた。


 大きな尾と翼は飛行能力の高さを伺わせ、ドラゴンと似た瞳に理性の色はなく、牙を剥き出しにした唇からは唸り声としか思えない音が漏れている。


 胸部を保護する鎧はさながら人間性の残滓のようであり、変わり果てたその顔は――俺とアレクシアの思考を停止させるには充分過ぎる人物のものであった。


「……まさか……」

「ジュリア、なの……? 嘘、嘘でしょ……?」


 アレクシアは目の前の光景を受け入れられていない様子で、スコーピオンを構えることすら忘れ、ただ呆然と空中の竜人を見上げていた。


 女の竜人――ジュリアが咆哮と共に前脚を突き出す。


 とっさに後ろへ逃れようとするも、俺の身体能力では到底逃れられず、鉤爪を生やした前脚に左腕を鷲掴みにされてしまう。


「ぐっ……!」

「ガアアアアッ!」


 翼を羽ばたかせて急上昇を図るジュリア。


 その衝撃で左肩に激痛が走り、腕に力が入らないまま空中へ連れ去られる。


 右手で前足に触れて悪あがきの【分解】を試みるも、当然のように魔力抵抗で弾かれて意味を成さない。


「……撃て! アレクシア!」

「う……あああああっ!」


 地上に残されたアレクシアが絶叫しながらスコーピオンを振り向け、装填されていた魔装弾を発射する。


 短い槍ほどもある矢弾が一直線に飛翔し、俺の真横を掠め過ぎてジュリアの脇腹に突き刺さる。


 しかし、あまりにも威力が強すぎた。


 矢弾は比較的人間の肉を残していた脇腹をやすやすと貫通して、血を撒き散らしながら飛び去ってから爆発した。


 ――(まず)い。ダメージにはなっても損傷が小さすぎる。


 被弾したジュリアは一時的に高度を落としたものの、墜落することなく再び上昇しようとした。


「逃がすかぁ!」


 その瞬間、地上の土煙を突き抜けて、ガーネットが高く跳躍した。


 ガーネットはジュリアの尾の先端付近を掴んで諸共に上昇し、ロープを掴んで昇るかのように付け根の方へとにじり寄っていく。


 ジュリアは予想外の重荷に吠えながら急上昇を開始した。


 高く、高く、何よりも高く。

 山なりの弾道軌道を描いて上昇したその頂点は、地下空間である『魔王城領域』の空そのもの。


 眩い光と肌を焼く高熱を放つ天井に急接近したかと思うと、激突の寸前に急降下へと転じた。


 ――ガーネットがしがみついた尾を灼熱の天井に叩きつけながら。


「ぐがあっ!」

「ガーネット!」


 激突の衝撃と灼熱を一身に浴びせられ、ガーネットが苦悶の声を漏らす。


 しかしそれでも決して手を離すことはなく、ジュリアの尾に力強くしがみつき続けていた。


「誰が……離すかよ……死んだってなぁ……!」


 ジュリアはなおも斜め下方への急降下を続け、廃墟の上空を通過し、騎士団の包囲と魔王城の城壁を飛び越えて、魔王城の外壁ギリギリを飛翔する。


 そして不意に尾を振るい、ガーネットを魔王城の壁にぶつけて引きずりながら更なる加速を開始した。


「がっ……! ぎっ……! があっ……!」


 削れた外壁の破片と血飛沫が飛び散る。


 あまりにも苛烈な責め苦を与えられ、遂にガーネットの手から力が抜け――


「おおおおおっ!」


 俺は自分自身の左腕に渾身の魔力を集積させた。


 生物の肉体を【分解】することは、魔力抵抗の存在により現実的ではない。


 しかし、それがもしも抵抗を放棄した自分自身の肉体だとしたら?


 魔力抵抗を増幅させるスキルすら持たない、三流冒険者の白狼の森のルークの左腕だとしたら?


 今、その解答を力尽くで叩き出してやる。


「ガーネットッ!」


 左腕が【分解】の魔力による破壊に屈し、ジュリアの前脚の親指が食い込んでいた部位から先が弾けてちぎれ飛ぶ。


 俺の体はジュリアの握力から滑り落ちるように解放され、すれ違いざまにジュリアの尾から手を離したガーネットを抱き止める。


 飛行の慣性が乗ったままの斜め下方への自由落下。


 ぼろぼろになったガーネットを強く抱きしめ、力の限りの【修復】を注ぎ込む。


 ジュリアが急旋回し、落下中の俺達に襲いかかろうとする。


 だが、その直後に【縮地】で強引に追いついてきたサクラが、空中で斬撃を繰り出してジュリアを斬り伏せた。


「ルーク殿っ!」

「……っ!」


 地表が迫る。

 即死さえしなければ【修復】は可能なはずだが、それすらも運を天に任せるしかなかった。


 もはや激突は不可避と思われた瞬間、俺の腕の中でガーネットが素早く顔を上げ、空中で急激に姿勢を制御したかと思うと二本の脚で斜めに着地した。


 落下の勢いで地面を激しく削りながら踏ん張り続け、そして遂に停止する。


「くはっ! 間一髪!」

「……はは……ああ、よかった……」


 俺は【修復】の魔力で左腕の断面を覆ったまま、ガーネットに抱きかかえられたまま安堵の息を吐いた。


 ガーネットはそんな俺の顔を覗き込むと、一瞬だけ泣き出しそうな表情を浮かべてから、すぐに口の端を上げて笑ってみせたのだった。

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