第106話 修復、地下農場
――銀翼騎士団と黄金牙騎士団が発表した今後の方針は、次のようなものだった。
ドワーフの処遇は『救援』を軸に進めることに決まった。
ただし、無条件というわけではない。
人類側が背負うコストに見合った『見返り』を要求し、それが受け入れられた場合に支援を開始するというものだ。
『見返り』の具体的な内容は、現在のところ未定。
これからドワーフ側の代表者と協議をして決定することになるという。
要求が受け入れられなかった場合は方針を『黙殺』に切り替え、人類に敵対する恐れがあるなら『討伐』に切り替える。
言ってしまえば欲張りな全部乗せだが、総合的に考えれば妥当な判断だと言えるだろう――
――そして協議から数日。
俺は黄金牙騎士団の要請を受けて魔王城の城下町……の跡地を訪れ、地下農場の【修復】作業に取り掛かることになった。
『見返り』等の支援条件については、王宮も騎士団も納得できる返答を得られたとのことだが、詳しい内容は外部には公表されていない。
同行者は護衛役のサクラとガーネット、黄金牙の騎士二人、そして案内役のドワーフの若者が一人。
ドワーフの若者は酷く緊張した様子で何度も振り返りながら、瓦礫の町の中を先導していく。
彼にしてみれば、武装した冒険者と騎士の集団をたった一人で案内している状況なのだ。
万が一のことが起こりやしないか不安でしょうがないのだろう。
「つ、着きました。これが地下農場の入り口です」
瓦礫と化した建物の横の路地に、地下への階段がぽっかりと口を開けている。
「地下農場は全部で二十ヶ所ありまして、ここはそのうちの第一農場です。一ヶ所につき四つの出入り口がありますけど、他の入り口は崩落していて……」
「説明は受けてあるよ。他の階段も後で【修復】しよう。まずは内側からだな」
事前の打ち合わせどおり、まずはガーネットと騎士の一人が先に階段を降りていく。
「ちっ、思ってた以上に暗くて狭いな」
「少し待て。明かりをつける」
騎士はスキルを発動させて光球を生成すると、身を屈めて地下農場をぐるりと歩きながら、四隅にその光球を配置していく。
その最中に残りの四人も階段を降り、光球に照らされていく地下農場へと降り立った。
……これは確かに狭い。
何もかもがドワーフ基準で造られていて、人間基準の三分の二程度のスケールだ。
階段の段差もそうなので転ばずに降りるだけでも大変だった。
そして地下室の天井に至っては、俺達の中で相対的に小柄なガーネットがギリギリ直立できる程度でしかなく、サクラですら少々前かがみにならなければならなかった。
当然、彼女達よりも背が高い男連中はまともに立つこともできず、俺に至っては立つことすら諦めて最初からしゃがみこんでいた。
「ここでは食用のキノコを栽培していたんです。第一から第五がキノコ農場で、第六から第十が植物農場、残りが主食のマルイモ農場になってます」
「農場というよりは倉庫か書庫ですね」
サクラが述べたように、第一地下農場は名称から思い浮かぶ想像図とは正反対の雰囲気をしていた。
まず、床も壁も石材に隙間なく覆われていた形跡がある。
既に魔王軍の手でずたずたに破壊しつくされ、見る影もなく崩落しているが、元は丁寧に造られた地下室だったことが伺えた。
そして地下室内には、石製の棚とそこに並べられていたキノコ栽培容器の残骸が大量にちらばっていて、残骸を踏み越えなければまともに歩けないほどだった。
「打ち合わせ内容の再確認です。本日は三種類の農場を二ヶ所ずつ修復していただきます」
もう一人の騎士が片手に持っていた資料を読み上げる。
「栽培棚、床と壁、階段、そして大規模な魔力照明器具。こちらは埋没していた遺跡から取得した技術とのことです。改めての確認となりますが……本当に【修復】可能なのしょうか」
「そ、そうですよ。こんなに壊されたら、もう直せないと思いますけど」
先導役のドワーフの若者は、出発前からずっと地下農場の【修復】に懐疑的だった。
破壊された農場を元通りにできるなんて、これっぽっちも信じていないようなのだ。
「大丈夫です。魔力で動く装置は他のダンジョンにもありましたし、これまでに何度も【修復】してきましたから」
よくあるパターンは仕掛けを解くと自動的に開く扉だ。
純粋に物理的な仕組みで造られている場合もたまにあるが、大抵は地脈を流れる魔力をエネルギー源としたメカニズムで動いている。
稀にそのシステムが故障していることがあり、それを【修復】して通過できるようにするのは、俺がダンジョンで活躍できる本当に数少ない機会だった。
「仕組みがわからなくても、形状の記憶さえ引き出せれば直せるのが【修復】の強みですからね」
「流石です。この照明技術の提供も『見返り』の一つですから、修理できないと言われたら大弱りでしたよ」
騎士は納得してくれたようだったが、ドワーフの若者の方は未だに半信半疑といったところだ。
信じようと信じまいと、俺がやることは何も変わらない。
魔石を入れたポーチを叩いて、魔力の自動供給機能を発動させ、貯蔵された魔力を引き出しながら床に手を置く。
床、壁、天井。散らばった栽培棚の残骸。
徹底的に破壊された魔力照明器具。
それら全てに魔力を巡らせ、引き出した形状の記憶を元に【修復】を発動させる。
石の棚の残骸が空中を逆流するように組み上がり、叩き潰された魔道具の内部機構が正しい形で再構成され、床と壁の劣化とひび割れまでもが埋まっていく。
魔力の光が消えるのと入れ替わる形で、天井に取り付けられた魔道具がほのかな光を宿して、図書館じみたレイアウトの地下農場を照らし上げた。
「俺にできるのはここまで。死んだ生物の【修復】はできないから、作物は自力で育て直してくれ」
「う、嘘だろ……本当に直っちまった……それも一瞬で……」
ドワーフの若者は石造りの床に尻もちをついて驚きに声を震わせる。
そしてさっきまでの懐疑的な態度が嘘のように、瞳を輝かせて俺を見上げてきた。
「す、すげぇ! これなら本当に、町もあっという間に直せちまうよ!」
「それは流石にあっという間とはいかないな。しばらくはこの地下空間に泊まり込みだよ」
「んなことねぇって! まるでアルファズル様みたいだ!」
喜んで貰えるのは幸いだが、何やらよく分からない単語が飛び出してきた。
発言した本人に意味を聞こうとした矢先、騎士の一人がすかさず説明を付け加えた。
「アルファズルはドワーフの信仰対象の一つで、このダンジョンの作成者であると伝えられています。『奈落の千年回廊』の内壁の自動修復機構もアルファズルの魔法だとされているようです」
「なるほどね。凄い代物に例えられたもんだ」
よりにもよって神様ときたか。
ドワーフの比喩の大袈裟ぶりに少しばかり呆れを覚えながら、次の【修復】場所へと向かうことにしたのだった。




