第105話 冒険者が求めるもの
「フェリックス卿。ここはひとつ、白狼の森のルーク殿からも意見を聞きたいのだが、よろしいかな?」
唐突に意見を求められたせいで、大会議場の視線が俺一人に集中する。
普通なら緊張して当然のシチュエーションだが、それなりに落ち着いて事態を受け止めることができた。
国王陛下から召喚されて御前会議に出席したときと比べれば、これくらい何ということはない……と思いたい。
「……討伐、黙殺、救援。どの選択肢を選ぶべきかは分かりませんし、最初の二つなら自分にできることはありません。ですから、三つ目が選ばれた場合の提案だけを考えていました」
俺の【修復】スキルは、当然といえば当然なのだが、生物を殺傷することにまるで向いていない。
竜人に改造された勇者ファルコンを退けたり、魔王軍幹部のノルズリを倒すことができたのは、騙し討ちにも近い初見殺しの戦術をいくつも積み重ねた結果である。
しかも、自己修復を何度も繰り返した末の勝利であり、運が悪ければ途中で即死させられていてもおかしくなかった。
むしろ『幸運にも即死を回避できたからこそ勝てたのだ』と言い切ってもいいくらいだろう。
「それに自分が考えるようなことは、既に騎士団の方でも検討済みかもしれません。それでも構いませんか?」
「聞かせてくれたまえ」
黄金牙側の司令官は重ねて俺に意見の表明を要求した。
ひょっとしたら、騎士団だけで全てを決めたことにするのではなく、外部の意見も取り入れたのだという体裁を整えたいのかもしれない。
「……ドワーフを支援するにあたっては、当座の食料や住居の提供と並行して、生活基盤を復興させることが必要だと考えます。そうしなければ延々と支援し続ける羽目になりますので」
発言を続けながら、視線を壁に掛けられた大地図に向ける。
「魔王軍が籠城を決め込んだ以上、こちらは包囲せざるを得ないのでしょう。しかし城下町と魔王城の間には距離がありますから、自然と町は包囲の外側になるのだと思います」
城下町を包囲の内側に置こうと思ったら、魔王城をかなり遠巻きに取り囲む必要がある。
町が健在ならそうする意味もあったかもしれないが、今はただの瓦礫の山で魔王軍の兵士もいないのだ。
「黄金牙騎士団が魔王城を包囲して魔王軍を抑え込むのと並行して、城下町の主要建築物と地下農場の復元を推し進めるべき……自分はそう考えています」
「その提案は、ルーク殿自身の協力を前提としているのかね」
「ええ、もちろんです」
特に重要なのは地下農場だ。
復興を後回しにすればするほど、大量の食料を地上から持ち込み続ける必要が生じてしまう。
数千人分の食料を通常の補給に上乗せし、何日も何ヶ月も運び込み続けるなんて、想像するだけでコストの膨大さに目眩がする。
地下農場が一体どんな仕組みで成り立っているのかは知らないが、人工的に造られたものを元に戻すなら俺の【修復】スキルが役に立つはずだ。
「実に適切な提案だ。フェリックス卿、進行を途切れさせて申し訳ない。続けてくれたまえ」
「分かりました。では黒剣山のトラヴィス殿。ご意見をお伺いしてもよろしいですか」
「ようやく順番が回ってきたか」
トラヴィスはさっきからずっと喋りたそうにしていたので、フェリックスから指名されてやる気十分に立ち上がった。
「冒険者の立場から言えば、ドワーフには生き残っていてもらいたいですな。町が元通りになっていればなお良い」
よく通る勇ましい声が大会議室に響く。
「それは何故ですか?」
「騎士団は魔王の討伐が最終目的なんでしょうが、我々はそれが始まりなのですよ。魔王の脅威が去った後に、改めて『魔王城領域』や更に深い領域を探索する。これこそが冒険者の本懐です」
トラヴィスの言うとおりだ。
魔王が消えた後に残されるのは、階層数すら定かではない前人未到の地下世界。
大勢の冒険者を惹きつけてやまない未知の宝庫である。
「冒険者がダンジョンを探索するときに、現地に生息している魔族から情報や補給を得ることは珍しくありません」
「だからこそ、ドワーフが健在な方が好都合……ということですね」
「ええ。中には冒険者との交易を主産業にしてしまった集落もあるほどですよ」
背後の傍聴席の町民達が意外そうな声を漏らす。
否定的な意味合いではなく、新しい知識を仕入れたときの驚きのような感じだ。
魔族は必ずしも人間に友好的だとは限らず、魔族の王――魔王の中には地上を侵略しようと目論む奴もいる。
しかし裏を返せば、全ての魔族や魔王が敵対的というわけではないのである。
人間に対して良くも悪くも関わりを持たない魔族もいれば、積極的かつ友好的に関わってこようとする魔族もいるわけだ。
「もちろんこのダンジョンのドワーフのように、協力的といいつつ油断ならない輩も山程います。しかし完全な信用ができないとしても、それを踏まえた上での利用手段を考えるのが冒険者というものです」
騎士達は陣営に関わりなく、興味深そうにトラヴィスの主張に耳を傾けていた。
冒険者と騎士とでは、価値観も違えば物の見方も違う。
ドワーフ対策の労働力として冒険者を雇うことを考えるなら、その頂点の一人ともいえるトラヴィスの意見は大いに参考になることだろう。
――その後も様々な立場の人間が様々な意見を表明し、フェリックスがそれらを取りまとめた上で、銀翼騎士団と黄金牙騎士団の間で最終的な協議に入る。
協議中、グリーンホロウの住民達は要塞の食堂で昼食を振る舞われることになり、俺とガーネットもそこで食事を済ませることにした。
普段は兵士でごった返している食堂に、老若男女様々なごく普通の一般人が大勢集まっている光景は、なかなかに珍しいものかもしれない。
とりあえずガーネットと一緒に隅のテーブルを確保したところで、シルヴィアが昼食を乗せたトレーを持ってやって来た。
「ご一緒してもいいですか?」
「俺は別に構わないけど……」
「何でオレを見るんだよ。問題あるわけねぇだろ」
俺とガーネットが隣り合った椅子に腰を下ろし、シルヴィアがその向かいに座る形で食事を始める。
昼食のメニューは要塞の兵士に出されるものと同じで、騎士の食卓と比べると質素だが、一般人が満足できるだけの質と量は充分にあるようだ。
「悪ぃな、シルヴィア。お前にとっちゃ質の低い料理だろ」
「何でガーネットさんが謝るんですか。そんなことありませんよ。むしろこの品質を維持したまま大量調理できるなんて凄いと思います。どんな器具を使ってるのか見てみたいくらいですね」
シルヴィアは料理人ならではの視点から感想を述べながら、次々に料理を口に運んでいた。
「そういえば、地下農場の復興をするって話でしたけど、ドワーフの人達って普段何を食べてるんですか?」
「オレも知らねぇな。白狼の、そこんとこどうなんだ?」
「色んなキノコと、地下でも育ちやすい野菜……大抵は芋だな。後は地上ではあまり食べない種類の肉だ」
肉の種類について嫌な想像をしてしまったのか、シルヴィアとガーネットがぴたりと食事の手を止める。
「……俺達が身近に感じるものは調達できないってだけで、人間でもちゃんと食える代物だぞ?」
「や、やっぱりそうですよね!」
「ったく、驚かすんじゃねぇよ」
ほっとした様子で食事を再開する二人。
一体何を想像したのかは聞かないほうがよさそうだ。
そうして皆の食事が一通り済んだところで、黄金牙騎士団の騎士が食堂にやってきて大きな声を響かせた。
「両騎士団の協議が終了した! 大会議室にお越し願いたい!」
会議パートは以上になります。後は少しのつなぎを挟んで本番に。