第104話 議論百出のディスカッション
それから間もなく、ホロウボトム要塞の大会議室において緊急会議が開催された。
四角形に並べられたテーブルの奥側には、フェリックスを始めとする銀翼黄金牙両騎士団の司令官クラス。
左手には銀翼騎士団の騎士数名、右手には黄金牙騎士団の騎士数名。
そして手前側に騎士以外――町長とギルドハウス管理人のマルコム、Aランク冒険者のトラヴィスといった面々が並び、俺もその一員として臨席している。
更に俺達の後ろには、テーブルに座りきれなかった住民達が、追加で用意された椅子に座って会議の行く末を見守っていた。
ちなみにガーネットは後ろの椅子だけのエリアにいたが、それでも俺から一番近い場所をキープしている。
「グリーンホロウの方々は魔王城とその軍勢についてご存じないと思います。ですので、まずは簡潔に説明をさせていただきます」
司会進行役のフェリックスが、意見交換の前に住民向けの説明を始める。
――魔王ガンダルフが率いるダークエルフの集団は、国家というよりも軍隊に近い。
ドワーフ達が暮らしていた地下都市が、更に深い階層からやってきたダークエルフの軍勢に占領され、そのまま支配されてしまった構図である。
要するに占領地の駐留軍だ。
故に『ダークエルフの一般市民』と呼べる者は魔王城には存在せず、全員が兵士もしくは魔王軍に奉仕する非戦闘員だと考えられている。
「魔王軍の主戦力はダークエルフの兵士とゴーレムです。ドワーフは奴隷的な労働力として使われていたものの、兵士としてはほとんど用いられていませんでした」
フェリックスは兵士に指示を出し、背後の壁に魔王城周辺の大地図を掲げさせた。
「現在のところ、魔王軍は少しばかり離れた地点に広がるドワーフの都市を破却した後、全兵力を城壁の内側に撤収させて籠城戦の構えを取っています」
「あのっ! 魔族って何食って生きてんですか? 地図に畑とかないですよね」
傍聴していた住民の一人が素朴な疑問を口にする。
「良い質問ですね。ドワーフは食料となる植物や茸類を地下農場で生産していたそうです。恐らくダークエルフも城の地下に食糧生産設備を所有していると思われます。兵糧攻めは困難でしょうね」
ドワーフの地下農場は町と一緒に破壊されてしまいましたが、とフェリックスは付け加えた。
食料の供給を絶たれ、寒い夜をやり過ごす建物も奪われたわけだから、ドワーフ達が必死になるのも当然だ。
「では、そろそろ本題に入りましょう。保護を求めるドワーフの集団への対応策の案と、その問題点を提示してください」
フェリックスに指名された黄金牙の騎士が起立し、書類を片手に最初の案を発表する。
「最も単純な選択肢は敵対種族として討伐することです。ドワーフは勇者ファルコンを裏切り、魔王討伐を失敗に追い込んだ前科があります。協定を結ぶには不安要素がつきまといますね」
そもそも勇者ファルコンが魔王ガンダルフ討伐のために遣わされたのは、魔王に支配されたドワーフが救援要請を送ってきたことがきっかけだ。
しかしその計画は魔王に察知され、ドワーフの代表者は自己保身のために掌を返し、ファルコンを魔王に差し出す行動に出たのである。
「そのプランの問題点は何が想定されますか?」
「討伐と死体処理に多大な手間が掛かることです。特に死体処理は問題だ。未知の疫病の発生源になったり、ドラゴンの餌場にでもなられたら堪らないですからね」
一部のダンジョン――例えば『日時計の森』や『奈落の千年回廊』では、植物や苔が死体を高速分解して養分に変えてくれる。
しかし『魔王城領域』は著しく緑に乏しく、そういった効果は期待薄だ。
別の黄金牙の騎士が立ち上がり、討伐とは別の案を提示する。
「単純に救援要請を黙殺するのも選択肢に入ります。ただしドワーフ側が諦めなければ結局は戦闘になりますし、諦めた場合も魔王軍の戦力増強に繋がる恐れもあります」
「と、いいますと?」
「ドワーフは魔王に忠誠心を抱いていません。しかし我々が救援を拒絶した後、魔王軍の忠実な兵士となることと引き換えに生きながらえる……ということも考えられます」
なるほど、そういう展開もありうるのか。
完全には服従していないドワーフ達をあえて荒野へ追い出し、人類側にすがりつくも拒絶されるという絶望を味わわせ、心を折って屈服させる――魔王軍の悪辣さを考慮すれば否定しきれない。
「もちろんこれは仮定の話です。魔王軍の食糧生産能力が潤沢でない限り、わざわざドワーフを拾い上げることはあり得ないでしょう」
「ありがとうございます。では次に」
フェリックスは逆側のテーブルに視線を移し、今度は銀翼騎士団の騎士に発言を促した。
「要請を受け入れて保護と支援を与えるのであれば、これまでに挙げられたリスクを回避することは可能です」
そして当然のように、ドワーフを保護することのリスクも提示される。
「ですが当然、大量の物資を消費することになりますし、ドワーフに工作員が紛れ込んでいる恐れもあります。また正直なところ、ドワーフへの支援は貴族や他騎士団からの理解を得にくいでしょう」
「……やはり、勇者ファルコンに対する裏切りは擁護のしようがありませんね。全面的な信頼は困難という点に異論はなさそうです」
資金や物資は、どこからともなく無限に湧いてくるわけではない。
ドワーフのために使ってしまった分だけ、本来なら騎士団が使えるはずだった資金と物資が失われるのだ。
消費が増える分だけ追加したいなら、それを用意してくれる相手を説得する必要があるわけだが、ここに来てドワーフの『前科』が問題になってくる。
そんな奴らが助けを求めてきたので物資を送ってください、と他所に要請したところで、即座に「ふざけるな」と返答されても仕方がない案件なのだ。
今のところ、ドワーフに対して同情的な立場からの意見が全く出てきていないのも、その辺りが影響しているのだろう。
救援要請を受け入れる意見ですら、放置も始末もそれはそれで厄介事が多いので、という消極的な理由でしかないのだから。
「町長殿。グリーンホロウ・タウン側からの要望はございますか」
フェリックスにいきなり話を振られ、町長の老人は動揺しながら立ち上がった。
「専門的なことは分かりかねますが……ともかく、魔族を地上に連れてくることは止めていただきたい。どうしても必要なら物資や人員の面でお手伝いはします。ですが魔族は受け入れられません」
背後の住民達からも次々に賛同の声が上がる。
魔族は基本的にダンジョン内部だけに生息しており、ダンジョンに潜らない一般人のほぼ全ては、魔族と直接対面することなく一生を終える。
恐怖や不安、嫌悪感を覚えるのは至って当然の反応である。
「致し方ありませんね。ですが例えば、数体の人質を王都で預かるためにグリーンホロウを通過するといった場合でも、許容はしていただけませんか?」
「でしたら……問題はないかと」
「ありがとうございます。それでは次に……」
そのとき、黄金牙の司令官がすっと手を上げた。
「フェリックス卿。ここはひとつ、白狼の森のルーク殿からも意見を聞きたいのだが、よろしいかな?」