第103話 『魔王城領域』の異変
翌日、俺は店舗をサクラとノワール、そしてエリカとアレクシアに任せて、ガーネットと一緒にホロウボトム要塞にやって来た。
目的はもちろん、昨日の夜に召喚状を渡された緊急会議に出席するためだ。
会議の開催自体は黄金牙騎士団と銀翼騎士団の合同とのことだが、召喚状は銀翼名義で出されたもので、同行者一名を連れてきていいという但し書きも明記されていた。
当然これは、言外に『ガーネットを連れてくるように』と告げていたのだろう。
「にしても、騎士団がこんな風に一般人を呼びつけるなんて、よくあることなのか?」
『日時計の森』の丁寧に整備された坂道を下りながら、俺達よりも後ろにいる集団へと振り返る。
グリーンホロウ・タウンの様々な職業の代表者と言える面々が、騎士の護衛を受けながら不安そうな面持ちで歩いている。
「全くないとは言わねぇが、かなり珍しいな。こういうときはろくでもねぇ状況だと相場が決まってるぜ」
「……具体的には?」
「町全体への協力要請。それも割と拒否権がないタイプのな」
「なるほどね……」
集団の中には、酒場兼ギルドハウスの管理人のマルコムや、春の若葉亭の女将であるシルヴィアの母親もいる。
いや、それどころか、女将の隣にはシルヴィア本人の姿すらあった。
俺が驚いて声を上げるより早く、シルヴィアがぱたぱたと駆け寄ってきたかと思うと、困り顔でガーネットの耳元に顔を寄せた。
「ガーネットさん。あのですね、騎士団から呼び出されるなんてお母さんも初めてらしいんですけど、何ていうかその……大丈夫、なんでしょうか」
シルヴィアはガーネットが銀翼所属の騎士だと知っているので、騎士の立場からの見解を聞きたいのだろう。
「今回は本当に急な話だったみたいで、オレにも詳しい事情は伝わってねぇんだ」
「やっぱりそうでしたか……」
「けどまぁ、あのクソ真面目で善意の塊みてぇなフェリックスが一枚噛んでやがるんだ。酷ぇことにはならねぇよ」
「それは俺も同感だな。黄金牙だけならともかく、銀翼と共同でやるなら無茶なことは言われないだろ」
戦争が役目の黄金牙と治安維持が役目の銀翼。
同時に動くならちょうどいい抑制役になってくれるはずだ。
そんな会話を交わしているうちに、『日時計の森』の第五階層のホロウボトム要塞に到着する。
「急にお呼び立てして申し訳ない。最後の準備が終わるまでこちらの部屋でお待ちを。それと、町長殿とギルドハウスの管理人殿、白狼の森のルーク殿は私について来ていただきたい」
指名された三人とガーネットを含む数人の護衛だけが、黄金牙の騎士の先導で要塞の奥へと案内される。
更に『魔王城領域』へ繋がる洞窟を通り抜け、要塞の地下側の建物すらも通過し、敷地内の監視塔まで連れて来られてしまった。
俺は何度も来たことがある場所なので慣れているが、他の人達にしてみれば、自分がここに足を踏み入れるなんて想像もしていなかったに違いない。
ここは魔王城が存在する地下空間。
しかも強力な魔獣であるドラゴンの生息域でもある。
要塞周辺は安全が確保されているとはいえ、一般人にしてみれば、地獄の淵を一歩踏み込んだ場所としか思えないはずだ。
実際、管理人のマルコムは今にも気絶しそうなくらいにうろたえているし、町長の老人も必死に平静を保とうとしているようにしか見えない。
この状況、俺が積極的に動いていかないとまずそうだ。
「一体どうしたんですか。俺はともかくとして、一般人を『魔王城領域』に連れ込むなんて尋常じゃありませんよ」
「口頭での説明よりも、実際の光景を見ていただく方が確実かと。監視塔の遠眼鏡で魔王城の城下町を確認いただきたい」
監視塔と言っても櫓のようなもので、一番上まで梯子を使って登るしかなく、同時に登れるのも俺達の中の誰か一人が精一杯だ。
そして町長もマルコムも無言で俺を見やり、最初に行ってくれというプレッシャーを放っていた。
「じゃあ、まずは俺から行ってきます」
梯子を登って監視塔の一番上までたどり着き、備え付けの大型遠眼鏡を覗き込む。
監視兵の助言を受けながら魔法的機巧と遠眼鏡の角度を調節し、指示通りの場所をレンズに収める。
その瞬間、俺は言葉を失ってしまった。
「なっ……!」
いわゆる魔王城の城下町――ダークエルフに支配されたドワーフ達の住む町が、隅から隅まで瓦礫の山と化していた。
「冗談だろ……何があったんだ……?」
「次はあちらの川辺に焦点を合わせてください」
監視兵に言われたとおりの場所にレンズを向ける。
魔王城と城下町から遠く離れた、ホロウボトム要塞がある岩山の麓付近の川辺。
そこには大量の天幕が広げられているとともに、明らかにそれらに収まりきらない人数の群衆が集まっていた。
ただし群衆とは人間のことではなく、ほぼ全員がドワーフである。
状況は説明を受けるまでもなく理解できた。
町を破壊されたドワーフが川辺に避難しているのだ。
体が小さいので人数の目測は難しいが、数百人やそこらでは収まらず、数千の単位に達していそうなほどの規模だ。
俺は急いで梯子を降り、他の面々に俺が見た光景を簡潔に説明してから、案内役の騎士にあんな事態が起こった理由の説明を求めた。
「一体、何があったんですか。騎士団が攻撃してああなったとか言うんじゃないでしょうね」
「まさか。あれは魔王軍自身による破壊活動の結果です」
そんな馬鹿な、と思ったのは一瞬だけで、すぐさま嫌な形での納得をしてしまう。
「……これも作戦のうちか」
「だろうな。忌々しいやり口だぜ」
ガーネットも魔王軍の意図を理解したようだったが、マルコムを始めとする一般人はまるで意味が分かっていない様子だった。
「りょ、領民の住居を壊すことに、いいい、一体何の意味があるんですか」
「魔王にとってドワーフは道具も同然だったんでしょう。鉱山地帯が黄金牙に制圧された今、ドワーフは使い道のない道具になったんだと思います」
酷く困惑するマルコムに俺なりの仮説を伝える。
「そして、住居を破壊して追い出したドワーフを、あえて黄金牙騎士団に押し付けたんでしょうね」
「ええ、そのとおりです」
案内役の騎士が俺の仮説を肯定する。
「ドワーフ達は我々に保護を求めています。受け入れれば膨大な物資を浪費することになってしまいますが、拒めば数千のドワーフが暴徒と化す危険も否定しきれません。最悪の場合……要塞を突破して地上へ逃れようとするかもしれません」
マルコムは顔を青くして震え上がり、町長の老人は表情を固くして生唾を飲み込んだ。
「本日の緊急会議はこの事態への対策を練るためのものです。ドワーフの支援が決定された場合は、グリーンホロウの方々にも協力を要請することになるでしょう。どうかご理解いただきたい」