終わりとはじまり
短かったですが、お話はここで終わりとなります。
「襲撃だ!!!」
合図とともに爆音が上がる。
遠くでサイレンが鳴るのが聞こえた。地下の施設のものだろうか。
今や山の大半が攻撃に参加していた。それもこれもきっかけはたった一つの事実だった。
ガスの上昇が予想を裏切りはるかに早く上昇し始めたのだった。その事は直ちにおれのいる本部に伝えられ、標高の低い土地を中心に移住を呼びかけた。しかしそれだけでは収まらなかった。
すでに地下への移住の延期が決定され、地下への不信感はくすぶっていた。延期に重なりこの異常な上昇だ。集落を噂という噂が駆け巡った。地下側はこうなることを予想して皆殺しにするつもりなんだとか。おれのことについても、地下に避難させてもらえる代償として延期を受け入れたんだとか、家族を返してもらって地下に丸め込まれたんだとかありとあらゆる噂が流れた。
指令という立場を降ろされていたおれはみんながどんどん過激な方向へ押し進んでいくことをながめていることしかできなかった。彼らはすでに迫りくる死に怯え、冷静な判断ができなくなっている。このまま見捨てられて死ぬくらいなら、捨て身で地下を奪い取るんだと。全員で命を懸けて地下を奪って、住む場所を確保すればいい。
集落は土石流のようにその考えに染まっていった。源さんなど数少ない人達がなだめようとしても焼石に水だった。今まで備蓄されてきた銃器や爆薬は一か所に集められ、扇動する過激派によってそれらは人々に割り振られていく。
彼らはどこに向かっているのだろうか。失敗したらわれわれはいよいよ本当に地下に避難する可能性を失う。強奪に成功したとしても、その先にどういう未来が待ってるというのか。
おれは被害を最小限に食い止めたかった。そしてそれにはひとつしか手段はなかった。おれはこの行為が集落のみんなを裏切ることになると分かっていながら電話を掛けた。
<><><><><><><><><><><><><><><>
地下が襲撃されるという連絡が入ったのはハルの研究に少し目途が立ってきたころだった。あと少しなのに、しばらくしたら人類がみな仲良く地上に暮らせる日がくるかもしれないのに。私は襲撃をしてくるという知らせに怒りを覚えた。
たしかにガスが予想を超える速さで上昇してきている。だけどそれはせいぜい5年かかるのが3年になったという状態。ならばなんとか数年以内に移住できるように私たちは努力すべきではないのか。でも残念ながら爆破事件によって住民はもう地上の人達を安易に受け入れるという思いは持てなくなっていた。
双方がどうしようもなく互いを信じられなくなったとき、戦争が起こるのだ。
襲撃を事前に知らされた私はすぐさま上野教授を通じてその危険を伝えた。白石と独自に連絡を取っているという事実はごまかしながら、私は襲撃の可能性があることを伝えた。おそらくこの情報が政府に届けば私が内密に連絡を取っていることなどバレてしまうにちがいない。でも緊急事態だった。
私の話を教授は半信半疑ながら政府に報告をしたが、すぐさま調査によりその事実が正しいということが認識された。
政府主導により非常事態宣言がだされ、戦闘要員以外は地下のより深い部分、爆破の影響が最小限で済むところに避難を始めた。そして外の警備を増やした。
素早い対応によって私たちは第一の奇襲を防ぐことができた。しかしそれが油断に繋がった。私たちはせいぜい襲撃犯は少人数でテロ的なものだと認識していた。だからそれを防いだ後まさか集落総出で施設に攻め込んでくるなんて思いもしなかったのだ。
そしてここに全面的な戦闘が始まった。油断した警備をかいくぐり、彼らは地下の入り口付近の爆破にまず成功した。不意はつかれたもののすばやく臨戦態勢を整え私たちは次から次へとせめてくる彼らを迎え討った。
最初は爆発や銃撃など激しい戦闘が繰り広げられた。こちら側にも多数の負傷者が出た。だがあちらはガスマスクがなければ攻めてこられない。それはすなわち定期的に攻撃を中断しなければならないときが訪れるのだ。何度もそのような静寂の時を繰り返した。
大方の情勢としてはやはり地下側が圧倒的に有利であった。そもそも守りの戦いの上、こちらの方が武器の性能も数も向こうを圧倒していた。地上側が持っている武器はせいぜいこちらから強奪した数すくないものだ。ガスマスク自体にも限りがあるのだろう。それに戦闘経験者もさほど多くない。
二週間もするとこの戦いの勝敗はすでに見えている様だった。攻撃がされるたびにそれを跳ね返すことに対する損害が減っていく。最後の方はほぼ被害をださずに追い返せていた。それだけすでにこちらが対応できているということなのだろう。
それでも戦争はじりじりと続いた。いつまた襲撃がきてもいいように電気が消されることはなかった。夜通しで監視がおかれ、地下はつねにぴりぴりとした雰囲気に包まれていた。
家に戻る途中には負傷した人が治療される広場があった。通るとうめき声が合間もなく聞こえ続けた。戦争では人は死ぬし、傷付くのも当たり前だ。だから誰だって戦争は嫌だし、進んでやりたい人だってほとんどいない。でも起こるときは起こるのだ。そしてそれは一般の民が関与することができない所で火花が散っていたものが、いつのまにかその社会すべてを燃やし尽くす炎になっている。
でもいつしか私たちはその戦闘状態に慣れる。死ぬ人がいるのが普通になる。傷つく人がいるのが当たり前になる。だって戦争は狂気なのだから。それを正面からすべて受け止められる人間なんかいない。狂気の中で正気を保つには狂気になれるしかない。
目の前で人が吹きとぶのを見ても。それが平気なわけがない。後遺症で死ぬまでずっとうなされる人がいる。でもそれで気が狂ったらその人の人生もそこで終わってしまう。はたから見る分には悲劇かもしれない。戦争の悲しみが伝わるかもしれない。
でも乗り越えなきゃだめだ。だって自分たちはまだ生きているんだから。死んだ人の分まで生きろとは言わない。一人の人間は一つの人生を背負うので精一杯だ。だから割り切る。戦争で人が死ぬのは普通なんだと。
私たちはもう割り切った。それでやれることをやっていた。当たり前のように減っていく仲間、食糧難による飢え。そんな中研究をできる範囲で続けた。
あと三か月…いや一ヵ月あれば地上を納得させるだけの成果をだせそうだというのに。一つ一つの作業にどうしてもかかる時間が永遠のように感じる。間に聞こえてくる遠くの爆発音にびくびくしながら、必死に進めていっても培養には時間がかかる。これだけは焦り続ける私を横目にのんびりと今まで通りにしか成長してくれなかった。
「バーン!!!!!!」
けたたましい爆発音が上方で響いた。机や電灯もがたがたと震え、物が次々と倒れ始めた。天井からもぱらぱらと破片が落ちてくる。慌てて試料などを抑えてカバーをかける。これは命に代えても守らなければいけないもの。
その衝撃であたふたしている私たちの下へ上野教授が静かに入ってきた。その様子に皆息をのむ。そして誰もが教授の言葉を待った。天井はまだ崩れているし、衝撃で散らかった瓶や試験管がまだカランカラン音と響いていた。
「地下の空気交換口が破壊された。」
顔を下向きのまま教授がはっきりと言った。
「地下はもう一日もすればすべて居住が不能になる。諸君外へ出る準備にかかってくれ。」
山側は劣勢をこれ以上覆すことができないとみるや、どうせ奪えないなら施設を使えなくするために綺麗な空気を取り入れる所を爆破した。修復は到底不可能な程度に爆破されており、全てを作り直すには最低一年が必要だとか。
教授からの話を聞いたあとも静けさは続いた。誰もが信じたくない事実を目の前に突きつけられてもすぐにはうけいれられない。みんなどんな気持ちで荷物をまとめているのだろう。今聞いた話が全部夢なんじゃないかと思いながらも、手にする荷物の一つ一つの重さが現実を体に直接伝えてくる。そしてぞろぞろと研究室を後にした。
外は研究室内と異なりパニック状態だった。出口が二つしかない施設から住民全員を出すには非常に時間がかかる。一応どの家庭にも簡易のガスマスクは常備してあるし、まだガスが広まるのに少し時間に猶予があるとは言え、必ずしも安全な場所などなかった。だれもが恐怖で怯え、押し合いに場所の奪い合い。いつ死人が出てもおかしくなかった。
そして時折響く爆発音が拍車をかける。壁や天井づたいに響いてくる振動はもうこの施設が長くはもたない事を示していた。山の人々はここを壊してどうしたいのか。ハルの腕をぎゅっとつかみながら思わず握りしめる。
「お母さん痛いよ。」
ハルの声にはっとして慌てて手を放す。
「お母さん。」
ハルが離した私の腕を再びつかむ。
「大丈夫よ。きっと大丈夫。」
安心させてあげる言葉をそれ以外に言うことができず、ただそれを繰り返した。
「違うよ、そんなことじゃない。」
ずいぶんと背も伸び、声も力強くなったハルが私の目を見つめると、思わず心がどきっとした。ハルが遠くに行ってしまうようなそんな不安が私を襲った。
「お母さん、もう分かるでしょ?もうこの争いを終わらせるには一つの方法しかないって。」
私がただただ黙っていた。
「お母さんは優しいから絶対そんなことを僕にはやらせない。いや、やらせようとすら思わなかったのかもしれない。でも僕は自分が戦争を終わらせられる力がありながら、何もせずに後悔して生きて行きたくない。だから僕は行くよ。地上に。」
「だめよ、ハル…お願い…あなたをそんな目に合わせたくない…」
「でも僕がやらなくちゃまた多くの人が悲しむんだよ?ここから逃げていく人も結局は山の人々の暮らしになじまないといけない。でも山側の地下への憎しみは果てしなく強い。このままいったってお互いに仲良く暮らしていくことなんてむりなんだよ。」
私はどこかでその可能性を考えていたのかもしれない。ハルが地上側にその毒への耐性を見せれば、人類の希望になる。希望の下では人は団結できる。でもそんな目に合わせたくなかった。希望なんていう重責を負わせたくはなかった。
そんな私を後ろ目で見ながら、離れていくハルを止めることを私はついにできなかった。
ハルが毒素のなかマスクもせずに地上側へ渡っていったことで戦争は終結した。
施設の最後の電力を使いながら、地上の方は白石君にも協力してもらいながら、ハルはいきさつをすべてスピーカーで話した。
そこには山側も地下側もいなかった。勢いよく膨らんだ風船に突然穴が開いたかのように戦闘は収まっていった。
今まで住むことのできなかった世界に希望を見出した人類がそこにはいた。誰もが素直にハルの言葉を聞いた。ハルが堂々と外気に触れながら歩いている映像も各地に一斉に出回った。地下の研究室に。山岳の中枢部に。前線の人達。そしてハルはすでに研究によって抗体の物質は発見されていることを告げた。あちらこちらで歓声が上がるのが聞こえた。
これで私たちの長い争いは終わった。
すぐにでも毒への抗体をつくる研究は完成するだろう。私でさえすでにだいぶ成果をだしていたし、より優秀な人が総出で研究すれば多少施設のレベルが下がってもすぐに追い越されるのは見えていた。
でも薄紫がかった空気の中で私たちは暮らしていかなければならない。それでも耐性を発見して生き残ったことは、私たち人間に特別に許されたことなのか、それともそのような環境でさえ苦しんで生きることを強いるという罰なのかはわからない。それでも次の世代にもその十字架を背負わせたことだけは間違いない。
荒れ果てた地上を見て私たちが何を考えるのか。再びどのような暮らしを目指していくのか。
私達が死んだら、世界が滅びる寸前までいったこの記憶は途切れてしまうのかもしれない。もしかしたら紫がかったこの空気は当たり前のものとなるのかもしれない。
その上で、再び破滅への道を歩いていくのならば、それはたぶん人間がそう生きて行くように作られているのだろう。
終わり
最期まで読んでいただきありがとうございます。