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紫暮れ時  作者: ジョアンド
8/9

限界

ラスト2話になります。

どうしてこんなことになったのか。地下側から一方的に受け入れ計画の一年間の延期を通達してきたのをおれはただ受け入る事しかできなかった。


今までの努力が泡となって消えていく音さえ聞こえてくる気がした。一年間の延期がどれだけ俺たちにとってダメージになってしまうのだろうか。一年後に本当に計画は再開されるのだろうか。


地下の爆破事件の首謀者が山の急進派だったとの説明がなされた。当然おれは急進派連中に確認しに行った。確かに首謀者と名指しされ捉えられているものは先日から姿が見えないそうだが、実際に爆破を行ったとは考えにくいと言われた。


「大体わしらは施設の内部情報をほとんど知ることができておらん。それなのにピンポイントに拡張工事用の資材を狙う?そんなバカげた話があるか!だから言ったじゃろう小僧奴らは受け入れる気なんてないと。これが奴らの手だ。信用させておいてだますのだ。いずれにせよ親族を取り戻したお前にはどうでもよい話かもしれないがな。」


源さんを含め半数近くの仲間が解放されたことは一時的だったとは言え、集落全体から功績として認められた。でもそれが逆に思わぬ方向に事態を発展させた。


源さんを取り戻すことがおれにとってなによりも重要だったとみんなは知っていた。だから今回の延期はその対価として俺が取引した結果だと捉えられてしまった。自分の都合を最優先にしたとみなされた俺は急速に求心力を失っていた。周りからは移転計画の延期に対する不安や怒りたことは一方残存する過激派からはすでに目的を達成した奴として信用してもらえなくなった。なにもかもが悪い方向へ向かっていた。


「純よ、そんなに追い詰められた顔をするでない。」


源さんたちはそれでもやさしく俺をいつも支えてくれた。


「おまえさんはこうして立派にわしたちを千夏に合わせてくれた。一時はもう二度と会えないことを決意していたのにこうしてまた会えたのは全てお前が頑張ってくれたからだ。それは感謝しきれんことなんだ。もっと胸を張らんかい。」


確かにおれは一つの目的を達してしまったのかもしれない。源さんたちと再び暮らせるようになったことでこの上なくうれしかった。今までのような必死さがなくなったと言われれば確かにそうなのかもしれない。でもすべてが元通りになったとはとても思えなかった。このまま源さんたちとひっそりと山で暮らしていくわけにはいかないなにかがあった。それはやはり山の人達を放ってはおけないという気持ち。山はいずれ毒に呑み込まれ俺たちの住処を奪い取っていくのだろうという恐怖。このままいっても俺らは本当に移転させてもらえないままで終わってしまうだろう。


でも求心力を失ったおれになにができるだろうか。そんなことを考えていた時に一本の電話が入った。



<><><><><><><><><><><><><><><><>



爆破事件からしばらくたってハルはすでにギプスを外していた。


私はというと再び研究室に戻って研究を一生懸命進めていた。でも何か引っかかるものがあった。それが何のかずっと考えてきた。その答えが先ほど手に入れた一枚の紙でようやくわかった気がした。


その紙は調査のためと隊員の方に依頼しておいた、爆発事故後の倉庫の汚染濃度だ。外の毒素がどの程度強くなっているのかを知りたかったといったら快くデータを教えてくれた。


でも見るべきではなかったのかもしれない。その数値は如実にハルが生き残ったという事実を疑わせるものだった。この濃度であればたとえ気絶をしていたとしても無意識的に吸い込んだ量だけで十分障害が残るだけの影響を与えているはずだ。


岩石によるエアポケットという考えももっと生き埋めにでもなっていない限り考えにくい。つまり二通りしか考えられない。


一つ目は私たちが検討もつかないような形でハルは毒を奇跡的に吸わなかったという可能性。

二つ目はハルが毒素を吸っていたにも関わらずその影響を受けなかった可能性。


研究者として私は一つ目を受け入れることはできない。ならばおのずと二つ目ということになる。ハルの体の中の何らかの仕組みによって毒に対する耐性ができているのだとしたら。その仕組みの解明こそが人類の希望だろう。


だがハルは私の息子だ。


この報告をすればハルは研究対象になるだろう。私よりはるかに能力の高い研究者がついて研究することになる。そして私が運よく担当することができたとしても私は割り切って息子の体を冷徹に調べ上げるなんてことができるのだろうか。時には血のサンプルだって取るだろう。それで済めば大したことなどないが、一歩間違えれば人体実験の域に達してしまう事だって考えらえる。それを命じた時に私はハルの親でいられる自信はない。


何も手につかない日々が何日も続いた。みんなに心配されたし、ハルにも心配された。でも今回だけはだれにも愚痴ることができなかった。誰に言うにしてもそれはすなわちハルの特異性が明るみに出る危険性が高まるだけだった。


私はベッドに寝転がった。いっそのこと脱走して山にでも逃げようかと真剣に考えた。ハルはおそらく毒素の中でも命を失うことはない。ならば私さえ気にしなければ自由にあの自然の中で生きていけるのではないか。私はいくつかお土産にもらった写真を眺めていた。きれいな紅葉を背景にした私たちの集合写真だった。地下の人も山の人も仲良く写真に写っていた。


「そうか...」


私はなにかを思い出したかのように引き出しの奥に手を伸ばした。今まで忘れていたあれを使えば連絡を取ることができる。私は一心不乱にボタンを押した数度のコールで彼は答えた。


「もしもし白石だけど。どうした水原。」


私は彼の声に一瞬戸惑った。敵対する人間にこんなことをしている自分が信じられなかった。でもどうしても聞きたかった。


「おーい、もしもし?繋がってる?」


「もしもよ、」


私はようやく覚悟を決めた。


「もしもあなたが研究者で、千夏ちゃんが毒に対する免疫を持っていたとしたら。」


「おいおい、なにを言ってんだ。」


「だからもしもよ。」


私は声を荒げる。


「もし千夏ちゃんが世界に唯一の毒に対抗できる免疫の持ち主だったとして、千夏ちゃんを研究対象にすることがあなたにはできる?」


「...ハル君がそうなのか?」


白石はある程度察したようだ。私は答えない。


「千夏だったら...それでもおれは千夏と話あった上で研究させてもらう。」


白石は強い口調で言った。


「おれは千夏に幸せになって欲しい。そして千夏も世界の人々を毒から救うために薬をつくるんだと言った。この毒に苦しんでいる人々がいることを誰よりも千夏が気にしていることをおれは知っている。この世界が救われることを千夏は望んでいるんだ。ならばおれはその救える機会を奪うことはできない。たとえ途中で後悔することになろうとも千夏と二人で世界を救って見せる。」


私は何も言い返せない。


「そのお前が言っている子が誰かはわからないが、その子だって世界が終わる事を望んじゃないだろう?なら共に希望を作り出すことこそお前がその子にしてあげられることになるんじゃねえのか。」


「...うん。」


私はハルがどっかに行ってしまうのが怖かったのかもしれない。ハルに人類の希望という、そんな重い責任を与えたくなかっただけなのかもしれない。


「ありがとう。」


私は静かに電話を切った。私の心は決まっていた。リビングには宿題をしているハルがいた。わずかに残る不安を必死に押し込めながら私は口を開いた。


「ハル、落ちついて聞いてほしいの。」


「僕の体の毒への耐性の話?」


ハルがさらっと言いのけて、私は驚いた。


「わかるよ自分の体の事くらい。だって僕はおぼろげだけどあの事故の時に意識があったもの。毒をしっかり吸い込んでることはわかってるよ。でも影響がなかったんでしょ?」


「そうよハル。おそらくあなたの体には人類を脅かす毒素に対する抗体が存在していると考えられるわ。そしてそれこそが人類の希望。」


ハルははっきりと私の目を見てくる。


「もしそれが解明されたらまたお母さんと外の世界を歩ける?」


「そうね、私とだけじゃないわ。千夏ちゃんや山の人とも、自由に遊びまわれるようになるわ。」


「僕はその世界が観たい。そんな世界にいたい。自由に自然の中を駆け回りたい。」


強いまなざしでハルが私を見つめる。ハルの望むことこそ私が望むこと。私はさらに一歩踏み出す力をもらった。


研究室に戻るなり私は上野教授を訪ねた。


「教授。お話があります。そしてこれは極秘でお願いしたいことです。もちろん政府関係者にもです。」

「どうしたんだね、いきなり。」


私はハルのことを説明した。これは一つの賭だった。教授に言う事により政府に伝わる可能性も考えられたからだ。しかしハルを実際に知る教授ならば私の子供を国の実験体にされたくないという思いを伝えられる気がした。私一人ではどうやっても研究を完成させることはできない。ここはどうしても通らなければならない道だった。


「君の言いたいことは分かった。でも仮にも私たちは国に援助してもらっている状態だ。そんな中そのお金の用途を隠すことなどできないのだよ。」


「しかし数年、いや1年でいいんです!どうかこの事実を隠して私に研究をひそかにやらせてください!」


ここまで来たらあとは拝み倒すしかない。どうか認めてほしい、その思いだけで私はひたすら頭を下げた。


「...わかった。」


教授はあきらめたようだった。


「そこまでいうなら半年こっそりと研究してみなさい。使いたい道具があれば私の研究に関連することとしてごまかしておこう。研究費も多少ならばごまかすこともできるかもしれない。でも半年以上は待てないよ。これは人が生き残るかどうかがかかってることだからね。」


それに、と教授は付け加えた。


「冴子君が気付かないはずがない。」


それこそが一番の問題だった。青島さんはこの研究に居座ってチェックし報告を続けている。とてもあの人を長期間ごまかすのは無理があった。猶予は半年よりはるかに短くなるのかもしれない。ならば急がなければ。


そこから私の戦いが始まった。

自分の研究が不自然に遅くならないように今まで通り進めながら別の研究を進めるのはとても大変だった。初めて一日を短く感じるようになった。確かに以前青島さんに言われた通り私は今まで本当の本気ではなかったのかもしれないと今更ながら思った。寝る時間すら惜しかった。


ハルの体から採取した血液や粘膜から毒素に対抗する成分を見つけることはそれほど難しい作業ではなかった。何度も繰り返して売るうちにその物質を特定することはできた。ハルは生まれつきだろうか、この物質の値が極めて高かった。そしてその物質はハルの体の中のあらゆる器官に内蔵されることで恒常的に免疫を作り出していた。


しかしこれを他の人の血液の中で増やさせる、そして体の隅々を構成させる薬を作る方法がどうしてもわからなかった。その物質を血液に注入しても一巡するとすぐに腎臓から排斥されてしまう。これでは効果が発揮されない。研究が行き詰まっていることに私は焦りを隠せなかった。


そういう時私は仲間に救われた。時折無言でぽんぽんと肩を叩かれたり、机の上にプリンが置いてあったり。もしかしたら研究員にはバレているのかもしれないし、ただの好意かもしれない。でもその小さな支えが私の背中を押してくれた。


でも私たちは今で不安定な渦中にいることは間違いがなかったし、案の上それは嵐のようにやってきた。


次がラストです。

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