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紫暮れ時  作者: ジョアンド
7/9

落石

たった一つの事件でも、世論は変わってしまう。地下も、山上もそれは同じこと。


白石はようやく一息ついていた。


地下からの使節団がようやく帰ってくれたというのもある。たった二日しか彼らがいなかったとは言え、隠せるものはなるべく隠したかった。


今一番苦戦しているは強行な手段でもって拉致られた仲間を取り戻すべきとする急進派を抑え込むことだ。相手側に内部対立を見せつけることは弱みに繋がる。


だが彼らの感情も理解できなくはないというのが悩ましいところでもある。むやみに否定することは山における求心力を失うことにも繋がる。かといって人類の滅亡を起こしかねない地下施設の爆破による救出を許すわけにはいかない。


「どうだ急進派の様子は。」


部屋に戻るなり側近の岩下に聞いた。


「そうすね...今のところは大丈夫そうですけど、今回の調査の協力に納得していない人も結構いますからね。一度我々を見捨てた人は信用できないとか。とりあえずもっかい白石さんが説明する必要がありそうですね。」


「情報が必要なことは明白なんだがな...。とは言え、おれも正直いつまで冷静な判断ができるかなど分からん。もし家族が関わる事案だったら自信はない。そういう時のためにお前がいるんだ。頼んだぞ。」


「わかってますよ。任せといてください。」


こうやって、明るくそばに居続けてくれる仲間はとても頼もしかった。


会議室に入るとに自分以外の席は埋まっていた。


「やあ、みなさんお揃いで。」


「挨拶はいい、我らが来た理由が分かっているな?」


「今回の合同調査の件ですか?」


感情を素直に出すことはかえって混乱を招く。この3年間で学んだことの一つであった。


「でしたら以前も説明した通り、私たちに足りてないのは圧倒的な知識です。あの毒がどういうものなのか、どのくらいのスピードで上昇してくるのか。わからないことだらけです。今回の件はどちらというと私たちに有利な条件でした。私達が得することはあれ、あちら側にはそれほどメリットがあったとは思えません。」


「ならなぜ相手はそんな条件を了承した。何か企んでいるからではないのか?奴らはわれらを入居させる気などこれっぽっちもないのだ。それから一つだけ覚えておけ、小僧。わしらがお前にかろうじて従っておるのもお前が我らと同じように家族を連れ去られているからだ。もしお前が家族を見捨てるような奴だと判明したらお前の下から今度こそ離れるからな。」


それだけ言うと彼らは一斉に立ち上がりぞろぞろと部屋を出ていった。一人残された俺は頭を抱えて突っ伏すしかなかった。



<><><><><><><><><><><><><><><><><>



増築計画は順調に進んでいるように思われた。


水原は相変わらず会議に出席させてもらうことができていたため、大まかな全体像をそれなりには把握できているつもりだった。


居住区拡大の計画は少しづつながら進展していた。拡大工事の図面はあらかた出来上がったようだし、そのための地質調査等もすでに一部は開始されていた。多くの反対もあったこの移住受け入れ案がここまで実行できたのも大鳥さんの手腕あってのことだろう。


数回行われた白石君たちとの会議により今回の受け入れ案の草案は作られた。今のところのペースでは5年は現在の集落までガスがたどり着く可能性はかぎりなく低いということが分かっていた。そして前回の調査の成果でもあるが、それを双方共有できていたからこそ3年で移住を完了するという長期計画が成り立ったともいえる。そしてその草案をもとに大鳥さんは反対派に対し何度も接触を試み説得することに成功したのだった。


ただ工事は3年かければ完成するかもしれないが問題となったのは食料の生産体制でもあった。たった三年で食料事情を劇的に変化させることはなかなか難しく、この辺りを解決しないと再び争いがうまれることは予想に難しくなかった。とはいえここまで実行できただけでも奇跡に近いのだろう。


そんな中、第10回目の両首脳会談が行われようとしていた。


「拡大計画は順調に進んでいるようですね。ありがたいことです。」


白石は始まるなり頭を下げた。


「いえいえ、もとは同じ国の国民であるから当然のことをしたまで。こういう時にこそ助け合いませんとね。」


今までで一番穏やかなやり取りだったかもしれない。私は交渉がうまくいっていることにとてもホッとしていた。


「別の話になるのだが、最初の会合の時、白石君たちは我々に人質の解放を求めてきたことは覚えているかね?」


「もちろんですよ。今でも返してほしいと思ってます。」


大鳥がそのあと何を求めてくるかを探るかのように白石はゆっくりと返事をした。


「そのことについて私の記憶が正しければ、保護をしたのであってわざわざ危険な場所に戻すわけにはいかないと言いましたよな。」


確かめるように向こう側に同意を求めた。


「確かにそうおっしゃいました。」


「ところがだ。状況はいささか変わってきておる。」


「といいますと。」


「私たちの間には信頼関係が気付かれ、今や3年後にはともに暮らす未来が約束されておる。そんな間柄においてこのようなしこりが残っているのは真に不本意と言わざるをえない。そこでだ、今回希望者をもとに帰りたい人がいるのであれば外の世界へ帰ることを特別に許可することにしたのだ。」


これには私たちもすこしざわめいた。今まで一回たりとも変換の交渉さえ取り合っていなかった政府が今になって公に認めたのだから。白石君たちも困惑していたようであった。


「つまり、私たちの集落の住民を返していただけるということで間違いないんですか?」


「そうだ。もちろん希望者だから望まぬものを無理に追い出すわけにはいかないが、そちらからの要望も踏まえ彼らと話し合おうと思う。」


信じられないといった顔を白石君が見せていたからだろう、大鳥はもう一つ付け加えた。


「念のために言っておくが我々としても同じ国民として保護をしたかっただけなのだ。だから安全性さえ確保できれば帰ることを拒む理由はないのだよ。これは交渉ではない。友好関係を結べたあなたたちに示す誠意だととらえていただきたい。」


白石としては断る理由がなかった。慎重に言葉は選びながらも彼は再び感謝の意を示した。


その後、半分程度の人が残留を望んでいるが、残り半数は帰還を望んでいるとの報告が白石たちに向かってされた。残る人たちはいずれ全員が地下に移住してくることになるのであれば、あらかじめ顔地らに生活圏を家族のために確保したいなど、いろいろな理由が示されていた。そして帰ることが許された人の名前のリストも送られた。常に平然とした態度で会議に臨んでいた白石だったが、そのリストを見ていたその目が一瞬見開いたのに大鳥はちゃんと気付いていた。


そしてその1週間後数人の案内人に従って数十名の方が山へ戻っていった。


交渉はほとんど終わり、それ以降ほとんど会談がされることはなくなった。私ももともとの研究に再び専念するべく研究室に入り浸る日々が続いた。


「それにしても意外だったわねー」


研究室において隣の席の片岡さんが言った。


「こんなにうまく受け入れの交渉がうまくいくなんて。最初はあれほど受け入れに嫌悪感を示していた人達もいたのにどうして世論はしずかに収まったのかしら。そりゃ人道的には受け入れないとはいけないとは思うけど...」


彼女の言っていることは私にとっても疑問だった。受け入れをする準備があると政府からの発表があったとき、住民は政府関係者がいそうなあたりに大挙して押し寄せて抗議してたというのに。あの熱は本当に収まっていったのだろうか。


「どちらにせよ私たちがやることは変わらないわよね。」


資料から相変わらず目を離さないまま片岡さんは続ける。


「だって私達が画期的な毒素に対する解決策を発見すれば地下だの山だの争わなくてもよくなるものね。」


この平和的なときにこそ私たちは研究をしなければならない。なんせ人類の未来が私たちの手にかかっているのだから。私たちは再び黙々と研究を進めていった。


そんな平和的な数か月がたったある日のことだった。


「大変だ!」


勢いよく上野教授が研究室のドアから飛び込んできた。


「地下の予備倉庫付近が崩落しているらしい!詳しい原因はまだ分からんが、毒素が流入する可能性もある。念のため全区域避難するぞ!」


予備倉庫...?嫌な予感がした。確か予備倉庫は学校と私の家の線上にあったはずだ。いつだったかハルが言ってた気がする。


周りの研究員はカバンに入る分だけの資料を詰め込み、慌てて教授の後を追っていた。


私はカバンだけつかむと倉庫のほうに走り出した。後ろからそっちじゃないという声が聞こえて来るがそれどころじゃなかった。杞憂であってほしい。避難する人とまるで反対の方向に走ることは簡単なことではなかった。何度も肩を人にぶつけながらも私は必死に倉庫に向かった。現場に着くとそこは黄色いテープで立ち入りができないようになっていた。私はマスクをつけた隊員に聞いた。


「現状はどうなっているんですか?」


まだ逃げていないひとがいることに驚きつつも、私の必死さに気おされる形で答えてくれた。


「倉庫の奥側の天井が崩落している。この倉庫は前後で二重に作られているから少なくともこちら側までガスが漏れ出す心配はとりあえずなさそうだ。だが...」


その顔が私をどうしようもなく不安にさせる。


「子供が一人奥に取り残されているらしい。普段から立ち入り禁止区域にはなっていたのだが数名の子供が入っていくのを時折見かけていたという情報があった。そのうちの一人なのかもしれない。」


説明をさえぎるようにその人のトランシーバーに音声が入る。


「ただいま少年を救助。腕に骨折、頭を強く打っており意識なし。また毒素を吸い込んだ可能性あり。救急隊員に至急引き渡す。」


その連絡から間もなくして担架がドアから勢いよくでてくる。私の顔の血がさっと引いた。


「ハル!!!!!」


見間違えるはずもない。あそこに横たわって運ばれているのは紛れもなく私の息子。


「ハル!!大丈夫なの?!ハル!!」


私は叫びながら担架に駆け寄ろうとしたところを複数の隊員に止められた。


「私の息子なんです!お願いです一緒に連れていってください...!」


救急用の乗り物に乗せられた息子の横に私は力なく座った。可愛い顔や足にいくつもの傷跡。腕はひどく出血してとても見ることはできなかった。隊員が応急処置を次々とこなしていくのをただ息を止めてみていることしかできなかった。


病院につくとすぐに担架ごと出術室に運ばれ私は外の椅子に座わらされた。心配してくれた看護師の一人が私の背中をさすってくれていた。ただただ混乱した私は泣きじゃくるしかできなかった。


「ハル...私の大切なハル...」


「きっと大丈夫ですよ。外傷のほうはそれほど重症ではないようですし、きっと元気になります。」

「でも...でももし外の毒を吸い込んでいたら...私どうすれば...」


動転し続ける私を最後まで彼女は落ち着かせようとしてくれた。


一時間後部屋から白衣の医者が一人出てきた。


「お母さまでいらっしゃいますか?」


「はい!ハルは?!」


「外傷の方は腕が軽い骨折をしていますが命に別状はありません。そして毒の影響なのですが、救急隊員によると倉庫の奥には確かに充満していたとの報告が入っているのですが、現在調べているかぎり毒素の影響はほとんどありません。」


私は全身の力が抜けるのを感じた。ようやく止まっていた涙がまた両目から流れだした。


「ありがとうございます...ほんとによかった...」


その後ハルは順調に回復していった。しばらく腕にギプスをつけないといけない状態は続くようだったが数日たったらすでにハルは元気をとりもどしていた。


「お母さんリンゴ剥いてー」


ハルはクラスのみんなからお見舞いでもらったリンゴを指さして言った。


「あんた食べ過ぎると今度はそれで入院することになるわよ。」


たわいもない会話が何よりも私は幸せに感じた。


これほど回復が早かったのは毒素の影響をほとんど受けていなかったことが大きかった。隊員の人も言っていた通り、倉庫の壊れた天井からは確実にガスは侵入していた。それなのに影響がほとんどなかった理由ははっきりとはわからず、岩石の中がエアポケットのようになっていたのではないかとか早めに気絶したため吸い込んだ量が最小限ですんだのではないかといった推測しかできないと言われた。とにかくハルが無事だったことが何よりも大事でそれ以外のことなどどうでもよかった。


だけど問題はまだ終わっていなかったのだった。当然爆破事故の原因を調べられることになったのだがそれはすぐに判明することとなった。


「本日のニュースです。」


一日一回必ず流れる政府からの連絡の中でそれは発表された。


「先日の倉庫爆発事故についてですが調査の結果、山に住む過激派組織によるものであることが分かりました。すでに首謀者は目撃情報などをもとに逮捕された模様。関係者によりますと地下に移住する計画が許せなかった。それならば爆破して阻止しようと思った。と語っているようです。政府は容疑者への処罰を検討するとともに、山の集落に対しても安全管理を徹底するよう求めていくと表明しています...」


みんなが心配していたのはこれが民衆に与える影響だった。やっとまとまった移住計画だったのにこれでは受け入れに反対するひとが増えてしまうおそれがあった。そこで臨時の政府会議が開かれることになった。


「ご存じの通り悲しい事故が起こってしまって世論は混乱しておる。一歩間違えると暴動になりかねん。」


「情報を隠しておくという事はできなかったのでしょうか。」


「冴子君らとそれについて話し合っていたのだが情報が現場の方から漏れてしまっていてね、隠し通すのは帰って不信感をあおってしまう恐れがあったのだよ。」


大鳥は続けた。


「私たちが今やらなければならないことは民衆の心を静めることだ。ただでさえ受け入れには反対が多いなかにもかかわらず、あの倉庫に保管されていた建築機材の一部を破壊し施設拡大を防ごうとするとは互いの信頼関係が崩れ去ることを意味する。もちろん白石君たちがしでかしたことではないだろうが、彼らには監督しておく責任がある。一時的に移民計画の延期を決断しなければないかもしれぬ。」


そしておそれていた通り受け入れ反対運動が各セクションで行われることとなった。特にの食料関係の事業者などはストライキも辞さない構えをしめしており無視するわけにはいかなかった。


そして政府は受け入れの一年延期を山側に通告するという決断を下した。


「これでよかったのでしょうか。」


青島冴子は二人残った会議室でつぶやいた。


「これ以外に選択肢などなかったのだよ。冴子君。」


大鳥の視線ははるか遠くを見つめていた。


「受け入れ体制が盤石ならこんな手は使わなかっただろう。私とて受け入れたくないわけではないのだよ。だが一方は3年以内でないと了承できないという。一方は3年ではとても食料事情は解決できないという。ならばそれを両方満たすためにはこうするしかなかったのだよ。実際、反対派は延期する可能性が限りなく高いという事実を伝えたからこそしぶしぶ了承してくれていたのだ。」


大鳥は立ち上がる。


「きれいごとだけでは政治はうまくいかん。私はできることをやったまでだ。こんな話をあさみ君にでも聞かれたら殺されてしまうかもしれないがね。」


タバコの火を灰皿に押し付けると彼は会議室を後にした。


あと2話で終わります。

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