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紫暮れ時  作者: ジョアンド
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会談

地下と山上がついに会談に臨みます。

この日初めて地下と地上の人達による会議が開かれることになった。


もちろん直接会う事はできないし、それができるならばもう今頃この問題は解決されていることだろう。前回はビデオを送る形をとっていたが、双方の数度のやり取りによって通信回線をつなぐことになった。


いわゆる表向きの外交ルートというところだ。会談を開いてくれるということはそれだけ警戒してくれたのだろうと白石は前向きに捉えた。これであとは交渉次第だ。


白石は岩下や土屋たちとともにテレビ画面の前に待機した。こちらにある備品は大したものではないがそれでも十分全員が観れる状態にはできた。17時に自動的につながる予定となっている。あと30秒ほどか。手にじんわりと汗がにじむ。今までの苦労がここで報われるかどうかの分岐点となるかもしれない。背負っている人達のことを思うと負けるわけにはいかない。そしてこの感情をぶつける場所がここだ。


「あー、テストテスト。」


突然テレビに現れたのはどこかの部屋のようだった。6人ほど各席に座っていて全員がマイクとイヤホンを装着していた。だいぶ設備に差があるな。こちらはマイクも1本しかないし、音声はテレビからただ流れている状態だ。しかしそんなことは相手に伝わらなければ何も問題はない。カメラはほとんど俺しか映らない角度になっているしその背景は壁だ。


「こんばんは。見たところ白石君しかいないが、準備はできているのかね?」


こいつが一番偉いのだろう。50程度の男がこちらを向いて確認を取ってきた。


「あーはい準備できてます。私しか映っていませんか?実際は3人いるんですが、今日のところメインは俺が話すんでカメラは私中心に映るようになっています。範囲を広げましょうか?」


「そこまでしていただかなくても結構。こちらとしても白石君と話ができればそれでよいからね。」


その男は笑顔が返答した。


「まずはこちらの自己紹介からにしようか。まず私は大鳥マコト、この地下の最高責任者だ。以後よろしく頼む。」


軽く大鳥が会釈する。


「そしてこちらが上野教授だ。地上のガスについての研究の専門家だ。」


そうして秘書の青島冴子や他のメンバーの紹介が続く。


「そして最後に上野教授の下で研究員をしている水原あさみ君だ。」


大鳥はこちらをチラッと振り向き大げさな素振りを見せる。


「どうしても年寄りが中心になってしまうのでね、上野教授にお願いして若い人の意見を取り入れるためにあさみ君には参加してもらってるのだよ。かまわんかね?」


「はい、大丈夫ですよ。そちらに立派な方がそろっているのにこちらにはこんな若造一人で申し訳ありませんがご了承ください。立派な方々もいらっしゃるんですけどね、だれも電話越しに語ることを了承してくれないんですよ。」


「いやいやその若さで散り散りになった人々をまとめ上げた力は相当なものです。大したもんだ。」


互いに談笑しながらの牽制はしばらく続いた。傍からみればまるで友好的な会議に見えたかもしれない。でも白石は水原あさみの存在に気付いていたし、なんとなくその意図も感じた。大鳥も白石がなるべく大きな組織に思わせようとしていることも気付いていた。


「そろそろ本題に入りましょう。」


ようやく切り出した大鳥が資料を手に座り直した。


「白石さんたちの要求は確か地下施設への受け入れでしたな。」


「それと人質の解放ですね。」


白石がにっこりと付け足した。


「まずその点をはっきりとさせましょうか。我々にはまず人質などいないのですよ。」


白石がなにか言おうとする前に大鳥は軽く手でさえぎって続けた。


「もちろん、あなたがだれのことを言っているのかは分かっているつもりですよ。ただ我々は地上の人達をなるべく助けてあげたいと思ってるんです。だからこそ運よく保護できたひとたちをわざわざ危険が増大する地域に返すこともできないし、彼らもそれを望んではいないのですよ。」


白石の眉間にしわが寄る。


「果たしてそうでしょうか。強制的に連れていかれた人達の中には家族がいた人達もいる。生まれ育った家がある人もいる。そういう人たちがどこで暮らすかは彼らが決めることではないのですか?」


少しづつ口調にも熱が帯びてくる。


「それにこの写真を見てもあなたたちは任意的に私たちの仲間を保護したと言えるんですか?」


白石がカメラにかざしたのは燃え上がった集落の写真だった。


「ここには30名ほどの人が住んでいました。あの日を迎えてから確かに苦しい思いもたくさんしてきたでしょう。でもだからと言って彼らがこの場所を、この集落の人たちと別れねばならなかったと思いますか?彼らは彼らなりの幸せをつくり直そうとしてたんだ。そしてそれをあんたたちが再び壊した。」


上野教授など知らされてない人達が軽く息をのむ。政府関係者たちはもうすでに綿密な打ち合わせをしてきたのだろう。ほとんど動揺の色は窺えなかった。


「白石君、それは誤解というものだ。たしかにその地域の住民を数人保護することはできた。しかしさすがに火までは放ったりはしてないよ。確証はないがたまたま保護した住民が台所の火を消し忘れていて、気付いたときには手遅れだったのではないか?」


「そうでしょうか。ガスマスクをつけた人が徘徊しているのは多数目撃されています。そして彼らが出現する場所では家が燃やされた後なんですよ。そして大体その家の住民も姿を消している。これは偶然とは言えないんじゃないですか、大鳥さん。」


「何回聞かれようが、それは私たちによる行為ではないという事しかできんよ。青島君、一度でも私が放火を命じた事があったかね?」


「いえ、一度もないはずです。」


青島と呼ばれた女が答えた。


「つまりあくまでも返す意志はないと。」


「それが彼らの希望でもあり、私たちの希望でもある。もちろん帰りたいと言った人が万が一いれば君らと連絡をとろう。私達とて帰還をむやみに否定するつもりはないのだよ。あくまで危険な外界から保護したいだけだ。」


「それならば私達全員を受け入れてくれるということでよろしいんですか?」


「もちろん最終的にはそのつもりだ。しかし場所は有限だ。」


再び大鳥が資料を持ち上げる。ここに地下の施設の大体の図面がある。まずは確認してみてくれ。」


カメラの前に図面をかざす。


「これを見て分かってもらえる通り、我々とてかつかつの暮らしをしておる。だから不特定数の人達に向かって公に入居者を受け入れるとはいえない辛い事情がある。だから幸運にも巡り合えた地上の人だけでもこっそりと保護しようとした。これが今私たちにできる精一杯の事だったのだ。」


「もちろん地下の拡大工事は現在進行形で進んで居る。ここに居る雨宮君が指揮を執っているのだ。雨宮君少し説明をしてくれるかね。」


「はい。今現在50名程度の受け入れが可能となる施設を建設中です。場所としては西棟を増築している形です。」


「たった50名ですか。」


それではせいぜいうちの小集落程度しか入ることができない。


「この地下に住んでいる人数を知っていますか?せいぜい数百人です。そしてそこにさらに50人を加えるという事は総数の10%以上もの住民を抱えることになる。その負担の大きさがわかりますか?急には食料事情も拡大することはできない。拡大には限界があるのです。」


雨宮にはなぜ我々が寛容にも受け入れを拡大するのに文句を言われなければならないのかといった不満が目に見えて現れていた。


「施設を増築してくださっている事は大いにありがたい。」


でもこんなところで満足してはいないし、では50人だけ受け入れてくださいと言うわけにはいかない。


「しかし、我々としては少なくても100人以上、そして最終的には数百人の山の民全員が受け入れてもらえるまでこの交渉を続けるしかないのです。今建設している施設が本当にあなたたちの限界なのですか?」


「あなたは地下のシェルターを増築することの難しさを何も分かっていない。地上のプレハブとはわけが違う。岩盤調査だってしなければならない。もし崩れでもしたらこの地下シェルターすべてが失われてしまう恐れだってある。それこそあなたたちにとっても最悪の事態でしょう。わかりますか、我々は最善を尽くしているのです。」


「どうですかな、白石君。技術者の雨宮君がこう言っているのだ。彼にはごまかすなんて器用な真似はできんよ。」


大鳥が再びマイクを持った。


白石はチラッと後ろを見る。


「確かに嘘を言っている様には見えませんね。確かにあの図面がどこまで正確なものかはわかりませんが、あの図面なら確かに地下の住民規模は数百人程度でしょう。そしてシェルターの拡大が困難なことも確かです。ガスの発生場所を掘り当てる可能性もあるし慎重にならざるを得ないのは本音なのでしょう。」


俺よりこの分野では詳しい土屋の意見だった。


「たしかに建設は50名程度分の増築が限界のようですね。」


テレビの方にもう一度態勢を戻す。


「しかし私達が求めることは全員が受け入れられる施設の拡張では必ずしもない。」


大鳥の方に目を凝らす。


「我々は日々ガスの上昇に怯え、明日すら迎えられるかどうかする誰にもわからない生活をしている。楽観的に考えても数十年後には私達が住む場所はほとんど残されていないだろう。そのような気持ちが半永久的に安全だけは保障されているあなた方に分かりますか?」


「つまりなにがいいたいのですか?」


大鳥はまわりくどく話す白石に結論を促した。


「私達は快適な環境など求めてはいないということです。」


白石はテレビ画面を目いっぱいにらみつける。


「あなたたちが今暮らしている施設はたしかに数百人の住民にとっては快適な状態でしょう。それもそのはず。国民に知らせることなく受け入れることが可能な人数分だけ入れたのですから。だから今新たに人を入居させることになると新たに施設を拡張しなければならないという。」


「だがそれは安全地帯にいる奴の傲慢だ。逃げ損ねた奴を入れては避難先が危うくなるから入れない?あんたたちは状況をちゃんと認識できていない。状況を変えて説明してみようか?ある世界に巨大なすべてを呑み込んでしまうような津波が押し寄せてきている。かろうじて助かる手段はシェルターだけだ。でもシェルターは100人仕様だ。食料も100人分しかない。でも数百人が生き残ろうと死に物狂いで押し寄せている。津波はすぐそこまで来ている。すでに入った人は100名を超えた。まだ外にいる人々が押し寄せている。門番は扉を閉める決意をする。シェルターに物理的に入る場所はまだ残っているが、養うことが無理だからだ。そして扉が無情にも津波を背に逃げてきた人々の目の前で閉じる。」


白石は軽く目を閉じる。まるでその場の悲劇を見ないようにするかのように。


「あなたたちはこれと同じことを今行おうとしている。物理的にはスペースはまだあるはずだ。確かに将来的な見通しは立たないかもしれない。食料も隣とひとかけらのパンを奪い合う状況になるかもしれない。でもその争いも人が受け入れて生き残ったから起こるんだ。死者はなにも語ることはできない。文句も言えないさ。でもその人達がこの世にいた、そして救えたはずななのにこの世を去ったという事実はまぎれもないものだ。あなたたちは私たちに対してそういう仕打ちをすると言うのか。」


すこしの間沈黙が会議を貫く。テレビの音や通信の雑音が部屋に響くようだった。


「白石君は現状の施設のまま受け入れろと言う。」


すこし経ったところで大鳥が口を開く。


「君の例え話は早急に迫った津波の話だった。しかし現状は少し異なっている。まだ地上には生き残ることができる状況が残されている。それでも君は殺し合いになる可能性もある全員を狭い地下に受け入れなければいけないというのかね。」


「そうだ。ガスの上昇率がわからない俺たちにとっては津波が背後にある状態と変わらない。その状況が続く限り俺たちは地下の門を命をかけて叩き続ける。」


白石はこの会議ですべてが解決するなど思ってはいなかった。この会議で為すべきことは二つ。移設計画を限界まで進行させるようにプレッシャーをかけること。そしてもう一つは地下の人達のガスの研究データを手に入れることであった。


「では君たちはガスの正確な上昇速度さえ分かれば施設の拡張を今より待つことは可能だという事かね?」


大鳥は白石の微妙の言葉使いを敏感に察していた。


「例えばの話ですがね、私達がガスの上昇スピードを知ることができれば選択肢も広がり、穏やかな話し合いも進むとおもうんですよ。」


ここにきて妥協点が見えだして、安堵の空気が特に地下側に広がった。


「それならば私達が逐一報告すればよいのか。それに関しては惜しみなく協力するつもりだ。」


上野教授が言う。


「もちろんそれはありがたいことです。しかし、私達は念には念を入れたい。そこでです。」


白石は再び何枚かの写真を映し出す。


「それは...観測器。」


「ご覧のとおり山に設置された観測器の位置は大体把握しています。でもロックがかかっていること、また技術的にも私達だけではデータを取り出せない。そこでです。一度山の方に研究チームを送っていただけませんか?そこで一度教われば私たちのほうで自力でできるようにしますので。」


「そんなことしたら観測データを君たちの手にゆだねることになってしまうではないか。そんなことまでは了承できん!」


上野教授は慌てて反対する。


「なら破壊するまでです。」


白石はあくまで真剣だ。


「データを読み取れない状態の機械を破壊しても私たちにとってマイナスではありません。場所が分かっている以上破壊するのはたやすい。でもそれはお互いにとって望むことではないでしょう?ここは了承していただきたいですし、譲れないところです。」


「あと気休めかもしれませんが、機械から無線でデータを地下に送る事だけは絶対手を付けないことを約束します。そしたら私達が改ざんする恐れは少しは減るでしょう?」


せっかく見えてきた妥協案なのに、すこしだけケチがついた。空気はどちらにも転びそうな流れだった。


地下側にしてみても地上を偵察する良い機会だ。戦力規模や住民の規模を偽ってないかはいずれ確認せねばならないことである。


一方地上側にしてもガスの上昇スピードを知ることは交渉に置いて欠かせない材料となる。残りの日数が分かっていなければ選択を間違ってしまう可能性がある。それにガスのスピードがある程度把握できれば住民の心をある程度落ち着かせることもできる。恐怖によるパニックが起きたらそれこそ地下の略奪、破壊、そして全面対立により人類が滅亡しかねない。


「わかった。」


口を開いたのはやはり大鳥だった。他の者にこれを判断する権限はないのだろう。


「その条件を受け入れようじゃないか。我々は地上に研究部隊を派遣し、観測器の継続的な取り扱い方を伝授する。その代り地上側が一定期間、とりわけガスのデータ次第では全住民の移住の要請を保留する。それでいいかね?」


そうして数時間に及ぶ会議は終了した。


できることはやったつもりだ。白石はテレビの電源を切ると一気に体が重くなるのを感じた。源さんたちの救出の目途は立たない。それでもまずは地下とガスの情報を集めなければ。そこからもう一度作戦を考えなおそう。そう割り切ってベッドに倒れこんだ。


次は、地上に部隊がおくりだされます。

3年ぶりの地上はどれほどの感動的なものなのでしょうか。それとも、初めての体験なのかもしれない。


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