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紫暮れ時  作者: ジョアンド
3/9

地下

地下の三年のお話になります。

私が地下に避難してから3年が経過した。


来たばかりの私は教授たちに事情を説明し、一刻も早く彼を助けにいこうとしたが、案の定行けるはずもなかった。家族ですら連れてこれなかった人達がほとんどだ。どうして赤の他人を助けに行くことなんかできるだろうか。


親に関しては私も例外ではない。連絡する間もなく避難してくるしかなかった。でもそれらを悲しむことはもうとうの昔に過ぎ去った。


生きてるかもしれない。そう思えばあとは祈るしかないと悟るしかなかったのだ。それはこの地下に避難してきた誰もが抱いていた思いだった。親族全員連れて来れた人などいないのだから、他人に比べて自分の不幸の方が勝っていることなんてほとんどない。ならもう不幸を押し出しても苦しいだけ。もう従来の家族という概念はこの地下にはもうなかった。


シェルターに逃げ込めた人は基本的に3つに分類できる。


まずは政府関係者、そして私たち研究職員。そしてあとは受け入れが可能な分だけ救助された人たちだった。救助された人達の多くは30歳以下の若者中心だった。若い方がガスの影響を受けにくく、生き残っていたという説明がなされたけど本当のところはよくわからない。すべては地下シェルターに関わった人たちの裁量次第なのだから。


「お母さんってば聞いてる?」


「へっ?」


振り返ると陽人はるとが私の白衣を引っ張っていた。


「ごめん、ごめんちょっと考え事してた。」


私はまだ小さな息子の目を見つめた。


陽人は6歳であの日を迎え、親とはぐれたところを保護された孤児だった。孤児は基本的に新たな親のもとにおかれる。子を失った親。子ができないまま相手とはぐれてしまった人。子供が好きな人。ある程度の補助や特別優遇も受けられるようになるということもあってそこそこ希望者はいたらしい。それらの希望などをもとに子供たちはそれぞれ決定された親のもとに振り分けられていった。私はこの時点では引き取ることなんて夢にも思っていなかった。


 陽人は40歳程度のおじさんのもとで暮らす事が決定していた。そして残念な事に、そのおじさんは典型的な補助や特別待遇目当てに親になった内の一人だった。その実情はあまりにひどかった。たまたま私は年齢ごとに毒素の影響がどう変わるかという実験を担当していて、地下にいる数少ない人たちから様々なサンプルをいただくべく各住居を回ることが多かった。そこで私はこの子に出会った。偶然訪問した際にチャイムを押したら彼が出てきたのだった。


「どちら様ですか?」


私はまずこの6歳児にしては丁寧な言葉使いとともにその服装が気になった。それは何日も洗ってないような黄ばんだ白地のTシャツにしみだらけの短パン。地下がそれほど寒くはないとはいえその時は冬だった。わたしが怪訝な顔をしたのも当然の事であった。


「斉藤さんは今手が離せないそうです。」


どこの親がさん付けで子供に自分を呼ばせるだろうか。私は何度かサンプルの回収をしながら事情を観察し、最終的に見かねて児童管理署に連絡をした。しかしそこでされた扱いもそれはまたひどいものであった。


「そういわれましてもね、今更新たな補助金が打ち切られた今、子供の世話を見てくれる人ってそんなにいないんですよ。だから陽人君のためにも親子にしといたほうがいいと思いますけどねー。」


私はその言葉にぷっつんときた。そしてあの男の子の表情が脳裏に浮かんだ。


「なら私が育てます。」


もちろん結婚もしていない私に子育ての経験はない。でも適当な気持ちで言ったわけでもなかった。従来の親族が誰一人としていなくなった中、私は家族がほしかったのかもしれない。


紆余曲折はあったが私は陽人を引き取ることができた。あの斉藤という男と暮らした期間は数か月にすぎなかったためこの3年で陽人はすっかりあいつのことは忘れることができたみたいだった。というよりは二人で全力で忘れようとした結果なのかもしれない。


引き取ってからというものは思っていた以上には大変ではなかった。6歳といえば自分の身の回りのことは難なくできるし、とりわけ陽人は頭が良かった。


いや、賢いというよりはその場で求められることを敏感に感じ取るのだった。子供にしてはできすぎ、むしろ心配するくらいだった。


私は積極的に研究所に連れて行って彼の好奇心などを少しでも引き出そうとした。もともと理科系が好きだった陽人は研究室にとてもはまってくれた。邪魔をほとんどせず、一生懸命みんなの研究を理解しようとするかわいらしさは研究員全員を魅了した。


最初の頃は私が子を引き取るといったときに反対してきた仲間もいつの間にか骨抜きにされていた。教授なんて暇があれば最新の研究データを語りかけている。私たちですらよくわからんただのデータがなぜおまえはそんなに楽しそうに聞けるんだと、突っ込みたくなるくらいだったけど可愛かった。研究室に連れていったかいがあって陽人は次第に明るくなっていった。時にはわがままも言ってくるような事さえあるようになった。


そうこうして陽人は今年9歳を迎えようとしていた。少し前から少し照れくさそうにも私の事をお母さんと呼びだした。20代独身でお母さんか、と同期にからかわれながらも私はまんざらでもなかった。誰かに求められ求め合う。この子の存在がどれほど私の空白を埋めてくれただろうか。お互いに実の家族ではないことを知りながら、まるで傍から見ればままごとのように見えても私たちは本心からお互いを必要としていた。


「お母さんもちゃんと相手してあげなよー今日ハルちゃんの誕生日でしょ?」


私の隣の人がつかさず突っ込みを入れてくる。


「すいません、ではお言葉に甘えさえていただいて今日は早めに抜け出させていただきます。」


振り返って、陽人に後すこしだけ待っててと伝える。


「はーい。」と間延びした返事が聞こえる。


「じゃあそれまで片岡さんの研究資料でも読んでる。」


子供の能力というのは恐ろしいもんで三年間でハルは大体の資料が読めるようになってしまっていた。もちろん読めない漢字や記号とかもあるから少しは説明が必要だけど大筋は理解できるらしい。末恐ろしいとすら思う。


住居に帰ると、私は冷蔵庫にしまってあったケーキを取り出した。


「ジャーン、陽人が大好きなチーズケーキ作っといたよ~」


「え~またチーズケーキ?しかもスポンジのやつじゃん。僕今はどっちかというとレア目のチーズケーキのほうが好きなのに。わかってないねー。」


やれやれといったように手を振る。


「そんなに嫌ならお母さんが食べちゃいますよーだ。ハルの分はもうないよーだ。」


ろうそくを一本ずつ立てながら私は言う。彰人の好みはころっころ変わるのだ。


「食べます。」


「正直でよろしい。」


9本立て終えたら、二人でハッピーバースデーを歌った。


「もう9歳か~」感慨深そうにハルがつぶやく。


私は噴き出してしまった。


「なんてじじ臭い言葉がその小さな口からでるの!」


「だってさ、いつも片岡さんが言ってるよ?30になったらもう遅いのよ、男なんて誰も相手にしてくんないのよ、早くあさみも結婚相手を見つけなくっちゃ。って」


「余計なお世話です。」


私はぶすっと答えた。


「そう考えるとさ、もう三分の一は過ぎてるじゃんか、結婚するまで。いやー早いなぁ。」


「結婚したい子でもいるの?」


「同じクラスのありさちゃんがかわいいんだよなー結婚したいかはわからないけど。」


ハルは過去の経験のせいなのか、研究所で大人にもまれて育ったからか、妙に大人びた口調が多い。小学教育を受けるクラスではだから同級生の中で非常にモテるらしい。うらやましいことに。


「でも同級生の女の子ってなんか幼い感じがしてさぁ。なんかもっと大人っぽい人いないかなぁ。」


「大人から見ればあんたなんかまだ小学生のガキよ。少しくらい待ってあげなさいよ、あんたは相対的にずば抜けて成長が早いんだから。周りの女の子たちも数年したら見過ごせないくらい美人になっちゃって後悔するわよ。」


「でもそんときは僕も成長しちゃってるはずなんだよねー」


あー言えばこういう理屈っぽいところは子育てに失敗したなぁとか思ったりする。


「いつかシンデレラみたいに一目で彼女だってわかる子が現れるわよ。」


「そんな事よりお母さんこそ30になる前に相手見つけないと、ただでさえモテないのにすでに子持ちなんだからさーハードル上がっちゃうよ?」


あーでもないこーでもないと言い合いながら、陽人の誕生日会は過ぎていった。


翌日私は研究室に向かった。

私の毒素の年齢による影響の差異の研究に関してはなかなか進まないのが正直なところだ。なにしろ被検体が少ないし、人体実験をするわけにもいかない。どの成分が毒素に対して作用するのかもこれだけ要素が多いとあぶり出すのは至難の業だ。見つけ出したとしてもそれをさらに一般人が服用し免疫をつけられるような形にする必要があることは言うまでもない。


 3年という月日を研究員としてささげてきた。研究に参加した当時はまだ研究員になるイメージどころか絶対にやらないと決心していたのだが運命のいたずらとはおそろしいものだ。でもこの仕事は嫌いじゃない、むしろ私の肩に人類の存続がかかっているかと思うと緊張と不安で背筋がゾクゾクする。とはいってもやはり研究はなかなか順調にはいかないことも多々あった。そういう時は私は積極的に他の人の研究を見るようにしていた。直接的に役に立ちそうなこともあれば何も私にとっては意味も分からないようなこともある。


隣に座ってる片岡さんは毒素の成分等を調べて分析している。いろんな地域からサンプルをあつめ、それぞれに濃度や成分に違いがないかなど毎日チェックしているらしい。


うちの教授は地学的見地から地表上のどこから噴出しているのか、そして噴出している地域に観測機をおいてデータを採集したり、ボーリング調査をおこなうなど地質の観点からの研究を行っている。短期間であればガスマスクで一定の距離は移動できるのが幸いして少しは外部のデータを集めることができてはいる状態だ。


ちなみに今日ハルは学校に行っていてここには来てない。さらに研究室もちょうどこの間新たな噴出地点が見つかったとかで観測器をせっちするプロジェクトに駆り出されてほとんど人がいなくなっていた。部屋にいるのは私と、実験用マウスらの管理を任されている瀬尾さんと、教授の秘書の冴子さんだけだった。瀬尾さんは部屋の端っこで遠いうえに、忙しくて話しかけられそうな雰囲気ではなかった。残る冴子さんも苦手なほうだったけど話さないと場が静か過ぎた。


「青島さん、コーヒー入れますけど飲みますか?」


流しに向かいながら私はデスクワークをしている彼女に声をかけた。彼女はじろっとこっちに目を向けた。こういうところが少し苦手なのだ。


「じゃあお願いしようかしら。」


それだけ言うと彼女の目線は書類に戻った。彼女は研究員であるわけではないけれど研究の進捗状況とかを逐一報告するために常時ここに配属されている。まあ国家の存続がかかっているわけだから当然といえば当然なのかもしれない。


「どうぞ。」


インスタントで入れたカップを渡す。まずいと文句を入れたらどうしようかと思ったけど彼女はべつに味なんか気にしていないようだった。


「毎日お仕事大変そうですね。」


彼女は聞く素振りを見せながらもキーボードをたたいたままだった。


「私から見るとあなたたちがとても国家を背負っている覚悟が足りないわ。だらだらと成果がでなくてもあせらない大学の研究室気分。まあ数年前よりはいくらかましになったけどね。」


彼女が言う通り、数年で研究室の雰囲気は変わった。結果をより求められるようになり、失敗したときは何重にもわたって失敗原因等の分析をすることが求められた。シビアになった分の成果は確かに出るようにはなってきてもいる。ただ、まだ彼女の目には物足りないようにみえるのだろう。


「では私も頑張りませんとね。」


軽く会釈し、自分の席に戻ろうとしたとき、冴子さんが椅子をくるっとこちらに向けた。


「水原さん。」


「は、はいっ!なんでしょうか」


私は突然名前を呼ばれたことで声が上ずってしまった。もしかしてなにか失敗してしまっていただろうか。必死に怒られそうな原因を脳内で考える。


「別に叱るわけではないわ。」


こちらの反応を見透かしたように言って彼女は続けた。


「今度の政府会議に教授とともにあなたの出席が決まったから、準備しといてね。」


まるで明日雨だから傘忘れないようにねっ、というくらい大したことでもないように私にさらりと言った。


「えっ?」


私は当然事情が読み込めない。教授が毎月数度政府会議に出ていることは知っていたがそれにどうして私なんかに声がかかるの?


「それって冗談ですよね…。だって準備って言われても何したらいいかわからないし。」


「私が冗談言うような性格に見える?」


「見えませんけど...」


「私だって全部知っているわけではないけど、別にあなたの研究内容とかは関係ないらしいわよ。とりあえず呼べとだけ伝えられていただけ。」


彼女はまだ理解できてない私を一瞥しながら手元の書類を封筒にまとめては紐でまとめていった。


「あとわざわざ人がいない時間帯に伝えたことで分かってくれていると思うけど、他言は無用よ。陽人君だっけ、あの子にもよ。適当にごまかして明日の8時にメールで指定された場所に来なさい。」


まだ聞きたいことはたくさんあったけど、その時ちょうど片岡さんが外出から帰ってきたこともあってそれ以上聞く事はできなかった。


「あら珍しい、冴子さんとあさみが話してるなんて」


「水原さんが気を使ってコーヒー入れてくれたのよ。ありがとうね。」


「いえいえこちらこそ。」


私はにっこり微笑みながら席に戻った。席に戻るなり片岡さんに大丈夫?いじめられていたわけじゃないよねとひそひそと聞いてきたから、そんなんじゃないですよってごまかした。ただ沈黙に耐えられなくて声かけただけって説明したら納得してくれた。


「あんたそういう所がいい人というかお人よしなのよねー。」


私はしばらくデータを見返したり、実験の準備をしていたけど上の空でとても進歩があったとは言えなかった。


 それは家に帰ってからも続いた。ハルに何度も大丈夫?熱あるんじゃないのと聞かれては大丈夫と答えていたものの自分でもよくわからなかった。そして考えても無駄だと布団をかぶった。


目覚めは最悪だった。第一全く寝付けないし、いつもより早く起きないといけないから時間を気にしてばかりで何度も時計を確認してしまった。目をつぶっていれば疲れるとよく言うけど、本当に寝れないときはそんなこと考える精神的余裕もないから疲れが取れないんだ。化粧とかを素早くこなして、メールで送られてきた場所に向かう。途中でいろいろ質問を予想しながら、その答えを考えながら歩いた。今となってもまだなぜ私が呼ばれたのかはわからない。


「こっちよ。」


指定されてた場所にはすでに冴子さんが立っていた。案内されるがままに、私は一つの部屋にたどりついた。


「失礼します。」


ノックする手震えて声もすこしかすれてしまったが、どうぞという声が聞こえたので恐る恐るドアを開ける。


「おお来たかねあさみ君。」


いきなり知らない人に下の名前で呼ばれてもあまりいい気はしない。はあ、と自分でも情けないような返事をしてしまう。部屋の中には私と冴子さん、そして教授を含めて10人弱が集まっていた。私に声をかけてきた人はこの中で一番偉そうな雰囲気が出ていた。


「まあとりあえず腰かけたまえ。私がこの地下シェルターの最高責任者の大鳥マコトだ。」


私が座ると大鳥さんは会議を再開した。


「あさみ君が来てくれた理由はおいおい説明するとして、まずは直近の問題を片付けよう。諸君らの知っている通り、あの日我々がこの地下に逃げ込むことができた。しかしこのデータを見てほしい。」


プロジェクターに一枚のグラフが出てきた。


「このグラフが示す通り、一定の高度以上の領域は毒素の成分の濃度が非常に薄くなっている。おそらくガスの噴出がやや落ち着いているのと、平地に充満しきるのにまだ時間がかかっている事が考えられるそうだ。この辺りは上野君の研究室による成果から出てきた事実だ。これが意味することは、つまりまだ居住可能な地域が地表には残されているという事だ。」


私も研究員である以上これくらいは知っていた。一定の高度以上は生存が可能である。だからこそ我々は生きている人がいてくれるという希望をもてているのだ。


「これはもちろん喜ばしいことだ。逃げ遅れた人達が山に逃げることができているのなら、我々以外にも生存者がいるのだから。そして我々は生存者がいないか調べるために調査員を派遣した。しかしここからが問題である。」


会議に深刻な空気が流れる。


「我々は数名単位で各地の山に人を派遣する予定だった。もちろんガスマスクをつけた上で慎重に計画を立てたのだが、手始めに送りだした最初の調査隊たちが行方がわからなくなってしまったのだ。無論遭難という可能性を踏まえて数名捜索隊を出したがそのうち帰ってこれたのは一名だけだった。当然我々は事情を聞きだした。すると恐るべき答えが返ってきた。彼らは人間に襲われたのだ。」


会議室はどよめいた。人間が生存していたという事もさることながら、ましてや彼らに我々の捜索隊が襲われたという事実にショックを受けていた。しかしなぜそんなことになるのだろうか。


「彼らは人が生息してそうな痕跡を見つけ、それをたどりながら集落に向かおうとしている途中であったらしい。そこで毒素が薄くなり始める境で襲われたのだ。全員一度マスクや備品を取りあげられ、見知らぬ小屋に監禁された。そしてそのうち一人にメッセージを持たせて送り返してきたのだ。」


プロジェクターがひとつの映像を映しだす。そこにはあの男の顔が映しだされていた。

その時の私の表情を大鳥は見逃さなかった。


「もうお分かりいただけたかなあさみ君。君はこの青年と面識があるね?」


「はい...といってもすこし話したことがあるだけなので名前くらいしかわかりませんが...」


私はまだ自分の目が信じられなかった。あの男が生きているだけでなく、私たちの仲間を捕まえて監禁している?他にも疑問はあった。どうしてこの人は私が彼と会ったことを知っているのだろうか。


「それだけでも十分なのだよ。まずは名前を教えてくれるかな。」


「確か、白石だったと思います。一度山登りの最中に会って話しただけなのでうろ覚えですが。」


「うむ、ご苦労。彼の生存が判明したときから我々は悟られぬように地表の偵察や過去の防犯カメラ等の収集、分析等を進め、少しでも情報を探った。家族構成などはまったくわからなかったがようやく、彼の映っている映像を解析した結果そこに偶然君も映っていたというわけだ。」


「でも本当に彼とは数度話した程度で...なにもわからなくて。」


大鳥さんはそんなことは一切きにしていないようだった。


「さっきも言ったようにこれはもちろん彼の情報を探りたいという目的もあった。そしてその成果で名前を手に入れることができた。もちろんこれだけでも大きな進歩でさらに調べることが可能になる。ただもっと大事なことがある。それは彼もあさみ君のことを認識しているという事だ。それがどういう意味をもつか分かるかね?」


答えがわからずに首をふると、彼は話続けた。


「実はこのメッセージは動画で送られてきた。まずはそれを見てもらおう。」


そういうと一つの動画の再生がされた。


「こんにちは、地下のみなさん」


白石君が座った状態でこちらを向いていた。背景は真っ白でどこかの室内にいるようだった。


「ご存じのとおり、あの日を迎えて、地表付近は住めなくなりました。そして一部の“あらかじめ知らされていた人達”を除いて人々は行き場をなくし大勢がなくなりました。しかし私を含め、幸運だった人々はガスの影響が残されていない生存可能な空間が残された場所を探り当てて難を逃れました。。やがて散り散りに山に逃げ込んだ私たちはすこしづつ集まっては集落を形成しました。それは協力して生き残るためでした。そして協力の下、私たちはなんとか暮らしていく道を見つけ出すことができました。このままここで新たな生活を全うできると誰もが思っていました。」


次の言葉までには大きな間があった。


「しかし残念ながらそう簡単ではなかった。ガス高度はすこしずつではあっても上昇してきている。遅かれ早かれ、今暮らしている多くの地域が再び毒素に支配されることは明白だ。では我々は上昇するガスに怯えながら死ぬしかないのか。」


男の表情は冷静であったが、静かな怒りを秘めていた。次第に口調も変わっていく。


「しかし我々はある時ある情報を得た。それがお前たちの地下シェルターだ。一度全国民を置き去りにした上、かろうじて生き延びた国民をさらに見過ごし、そのままのうのうと一定数の方々のみがシェルターに生き延びているという事実。我々はどうしてこのまま死ねるだろうか。私たちは生き延びる道を選ぶ。そして我々が生き延びられないのなら地下シェルターを爆破し、人類全員を破滅に導く。」


男は拳を握りしめて力強く述べた。この発言が起こしたどよめきは最大のものだった。爆破だと!?...


「しかしもちろん我々とて同じ人類と無駄な争いはしたくありません。そこで提案があります。一つ目はまずは我々の仲間の開放。そして二つ目は一年以内に我々が居住できる地下空間を作り出し、我々を全員地下に入居させること。」


「全員地下に入居させるなんて無理だ!」

「解放ってこちらも人質を持っているのか?」

「爆破される前になんとかしないと!!」


ざわめき過ぎて動画の声がかき消されてしまっていた。


「静かにしたまえ。」


ドンという机をたたく音とともに大鳥は静かに言う。


「諸君もいろいろと疑問はあるとは思うが、最後まで見たらすべてを説明すると約束しよう。そのうえで解決策を検討しようではないか。」


有無を言わさぬその口調にみんなは浮いていた腰を下ろした。そして皆の視線は再び画面に戻った。


「我々には時間がない。だから答えは早急に出してもらう。もちろん早く結論を出さないとこっちが持ってる人質の安全も保障しないけど、もう一つ脅しを付け加えよう。」


彼はニヤッと笑って手元に複数枚の写真を取り出した。徐々にその写真がアップで映っていく。


「これはおたくらが設置したガス観測用の機械だ。我々は大体ほぼすべての場所を把握している。返事が一週間遅れる事に一つ破壊するっていうのはどうかな?僕らもガスの研究が滞ると困るけどそっちも困るでしょ?背に腹は代えられないのでね。返事は来月の同じ日に直接の会談を設けた時に聞きましょう。ではまた来月こそは互いに良い関係を結べる事ことを期待していますよ。」


手を振る彼がプツンと消えた。しばらくは沈黙が部屋を貫いた。


「大鳥さん、このビデオは本当に地上から送られてきたものなんですか?」


少し細めの中年が手を挙げる。


「正真正銘本物だ。そして彼らは私たちが考えていた以上にしっかりとした組織を作りあげたようだ。調査によると一定程度の武器や火薬の所持はすでに手に入れているらしい。一定数の手練れもメンバーに含まれているようだ。彼らの危険性は諸君らが感じ取ってくれた通りだ。」


みんなを見渡しながらするどい目線を光らせる。


「しかし我々とて積極的に争う意志こそないものの、彼らの言いなりにここを明け渡すつもりも断じてない。交渉を有利に進める上で可能な限りのことはするべきだ。」


「こちら側は人質を持っているって本当ですか?」


また別の男が手を挙げる。


「人質ではないが、山に住んでいた人を一定数地下に保護していることは事実だ。」


「それならなぜそのことを我々は知らなかったのですか?」


「山に人が生き残ってると知った地下の住民たちはどう思うのだろうか。家族を探しに無謀な捜索に出ようとする人が出るかもしれない。ましてやこの地下シェルターに敵意を持っていることがバレでもしたらパニックにもなりかねない。私の独断で内密にしておくように命じたのだ。しかしもう隠しておく時期ではなくなったのだ。一般人にはまだ広めるつもりはないが、各代表者たちには話をしておかねばならぬと思い、今日公開するに至った。」


一体どこにそんな人達をかくまっておけるスペースがあるのだろうか。まだ存在が知らされていない施設があるのかもしれない。


「私たちが今やらないといけないことは2週間後に開かれる地上民との会議に置いてどのように相手を説得し、攻撃をやめさせるかを決めることだ。」


「ではガスの正確な上昇速度を教えたらどうでしょうか。」


上野教授を中心に正確な情報を相手に伝えることで相手の避難しなければならないという焦りを抑えた上で交渉をする話が進んだ。現時点では数か月で1mの高度をガスが呑み込んでいる。この計算によると5年程度は山も居住が可能な地域が残っているはず。それを伝えて3年の猶予をもらう間にガスを無毒化する方法の研究が進むだろうとというのが大方の意見だった。これはまだましなほうだった。ひどい人なんかは「実際の速度を幾分か遅めて伝えればもっと時間が稼げるのではないか?それでもし彼らの住環境が減ったことで人数も減れば説得も移住も楽になりますよ?」といった人口をまず減らさせようという主張までしていた。


「地上民を迎え入れる以外に彼らの怒りが収まることなどあるのでしょうか!」


私の声に会議場は静まり返った。


しまった...思っていたことをつい口に出してしまった。みんなの注目を一身に集める。でも私は今まで全員の話を聞いていく中でどうしても相手をいかに落ち着かせるかという議論に納得できなかった。彼らは私たちに一度は捨てられているのに、どうして私たちはもう一度ごまかしながら見捨てられるの。


「私は想像することしかできませんが、いつ住めなくなるか分からない土地に放りだされて落ち着いてられる人がいますか?私たちが安全な環境で一日一日を過ごしている中彼らは死ぬかもしれないという恐怖を持ちながらその打開策を考えて行かなければならない。そんな状況を想像できますか?」


「だからと言って彼らを全員移住させるには無理がある。現実的じゃないよ。君の言っていることは夢物語だ。」


さっきの中年の男が言い放つ。


「確かに難しいかもしれません。でもある程度の時間をかければ施設の増築は可能なはずです。わずかずつでも受け入れる方法を模索している事を相手に伝えることこそ一度は見捨てた私たちがしなければならないことなのではないですか?」


ここまで来たら言いたいことは全部言おうと思った。


「その通りかもしれない。」


みんながえっ?っと振り向いた先には大鳥さんがいた。


「私たちは確かに彼らを見捨ててしまった。そしてそれに対して誠意を見せなければなるまい。」


「いや、しかし実現可能性が...」


「できるかできないかではないのだよ。やるかやらないかなのだ。各自増設と受け入れの調査を行ってくれ。費用と時間を割り出してくれ。そして会議になんとか間に合わせてくれ。そしてあさみ君。率直な意見をありがとう。やはり君のような人がいてくれたおかげで私たちもやらねばならぬ事が見えた。礼を言う。」


「いえいえ私なんか、もう失礼なことばかり言ってすいません。」


「あさみ君、次の会議も是非来てほしい。了承してくれるね?」


正直なところもう関わりたくはなかった。でも一度関わった以上はもう抜け出せない。大鳥の目がそう訴えていた。


「では諸君、データができ次第もう一度集まって次の会議に向けて万全を整えようではないか。」


そこで会議は終了し、メンバーは次々と部屋を出ていった。残ったのは大鳥と青島冴子だけだった。

「よろしいんですか?受け入れる宣言なんてしてしまって。」


「良いんだよこれで。なにも私だって全員を受け入れることができるとは思っていないし、時間もかかる。だから順次に拡張ができ次第受け入れを開始すればいい。すれば地上の連中の間に誰が早く入るかの争いが起こる。亀裂の入った組織は弱体化する。そこからは我々が主導権をにぎれる。」


「それにしてもどうしてまたあの子をまだ参加させるのですか?とてもこれ以上有益な情報が入ってくるようにはみえませんが。」


「ははっ、男というものを冴子君は分かっていないね。あさみ君は白石君への抑止力の一つだよ。男というのは一度でも気にかけて話した女のことは忘れない。会議で見たら少しは気にしてしまうだろう。そしてましてやあのような純粋な目でお願いされたらなかなか断るのは気が折れよう。」


「なるほど、参考になります。」


「冴子君も頼むよ、この地下の運命は次の会談にかかっている。」


そういって大鳥も部屋から出ていった。


4話は山の3年間になります。

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