山登り
第二話です。
ふう、結構のぼりがキツイ。
計画を立てたのが昼手前だったからそんなに遠くに出かけるわけにはいかなかったけど、せっかく出かけるなら達成感を味わいたかった。朝日を見るなんて最高だと思った。
そうこうしながら今、山を登っているわけだが日が暮れてきそうだ。宿までの道のりは把握してるから迷う心配はないけど、暗くなると足元が見えなくなって少し危険だ。こんな時間にほかにのぼってくる人はあまりいなかった。下りてくる人ばかりに挨拶しながら、俺は足を少しだけはやめた。
するとザックを担いだ人が前方少し離れた所にいることに気付いた。少しうれしくなって俺はせっせと少しづつその距離を縮めていった。気が合う人だったら酒でも一緒に宿で飲めるかもしれない。こういう出会いは大切にしなくては。
でもだいぶ近づいた所でその背格好が小柄であることに気付いた。前の人は女か。男仲間を想像していたからがっかりしたような、女の子ならそれはそれでうれしいような。でもなんて話しかければいいのかもわからず、少し後ろをひたすらついていく形となった。宿まであと30分てところで彼女は道端に座り込んだ。今更立ち止まるわけにもいかず、ぐんぐん接近する。どこか具合が悪いのだろうか。でも見ず知らずの人にいきなり心配されたらそれはそれで警戒されるかもしれない。結局俺がとった行動は失敗だったが。
すれ違いざまに相手を直視しながら、「もしもし、荷物持ってあげるからから貸して」というなり置いてあったザックをひょいと片方の肩にかけた。
「宿まであと30分かかんないくらいだから、荷物なければ頑張れるだろ。」
おれは精一杯優しくしたつもりだった。相手はすこしぽかんとしていたが、俺が言っている言葉をようやく認識するとパッと立ち上がった。
「ザック返してよ。」というなり彼女はおれの肩から荷物をひったくった。
「少し休憩してただけです。ひ弱なわけじゃないんです。」
「気張るのはいいけど無理すんなよ。まあそんだけ元気があれば大丈夫か。」
俺はしまったと思いながらもクルリと向きを変えて宿に向かった。後ろは振り向かないけど、すぐ後ろを必死に追いかけてきている音がする。負けん気の強い女だこと。
宿についたとき、さすがに男の俺でも疲れがどっと来た。宿屋のおばちゃんに鍵をもらうなり部屋に向かった。
「うわ。」部屋番号を確認しながら廊下を歩いていると、奴は階段を上がりきったところでおれを見るなりそう漏らした。
「それはないだろうよ、荷物も持ってやろうとした恩人に。というか部屋おとなりさんか。」
「だれも頼んでなんかないわよ。」そういうなりバタンとドアを閉めて部屋に入ってしまった。
やれやれ。おれも鍵を差し込んで部屋に入る。部屋は畳六畳ほどの小さな部屋だった。ちょっとした休憩所だけだからだいぶ質素な感じだ。男の俺はまったく気にならないけどよくもまあ女子一人でこんな所に泊まりに来るな。別にそういうやつは嫌いじゃない、むしろ仲良くなれそうだ。明日どうせ朝もう一度会うんだし、できれば仲良くしたかったんだがな。
<><><><><><><><><><><><><><><><>
四時に携帯からけたたましい音楽が流れて慌てて起きる。しまった、マナーモードにしてなかった。こんな薄い壁だととなりの人を起こしてしまうかもしれないのに。
さて、目覚ましを止めると私は洗面台に向かった。本当は化粧なんてこれっぽちもする気がなかったけど、となりにあんなやつがいるならやるしかないじゃない。大したことはできないけど、同年代くらいの人には素顔はみせたくないし。
日の出は5時半頃で、ここからは15分程度しか山頂までかからないからまだ時間はすこしある。いそいそと支度をすすめる。
結局部屋を出たのは5時過ぎだった。だいぶ慌てながら転げ出ると、急いで山頂に向かった。山頂に近づくだけあって勾配はすこしきつくなった。たいして大きな山でもないからそんな大変な訳ではないが、二日目とあって私はだいぶ足に来ていた。
山頂についたときは少し明るくなった頃だった。よかった、日の出には間に合ったみたい。まだうす明るい程度だからよく見えなかったが、今日はやや曇っていて山の裾周りには雲の塊がだいぶ固まっていた。もうすこし日の出が見やすい場所に移動するとそこには例の男がいた。
「よお、間に合ったな」
「…気軽に話しかけないでもらえますか?」
「おいおい冷たいな。せっかく運命が俺らを導いて同じ山の頂に連れてきたというのに。」
男はやれやれといった表情で大げさにポーズを取った。
「ほらもうすぐ出てくるぞ。」
しばらく続いてた沈黙を破るように男が言った。
それはとても美しかった。いつもは太陽なんて肌を焼いてくるわ、まぶしいわくらいにしか思わないのに、どうして日の出はこうも綺麗なのかな。空をオレンジ色に染めながら、まばゆい光は徐々に高度を上げていく。雲一つないその空はまるで異世界のように輝いていた。
「綺麗ね。」
私もつい言葉を発してしまう。本当は話しかける気なんかなかったのに。
「ああ、今日来ておいて本当に良かった。」
ゆっくりと太陽がでてくるその時間はまるで私の脳裏に少しづつ焼き付きつくように過ぎていった。私たちはその景色を無意識に共有していた。
だからこそ異変に気付いたのも同時だった。
「ん?」
「あれ、雲の色がおかしい。」
太陽が高度を上げるにつれて橙色が引いていったのに眼下に広がる地表付近が薄く紫がかっていた。さっきまでは光の影響かと思っていたけどこれは明らかに異質の色だ。
「うそ!こんなに一気に噴出してくるなんてないはずよ!」
私は教授の話を必死に思い出そうとしていた。あとしばらくは猶予があるって言ってたじゃない。一応携帯型のガスマスクは持ってきてるけど一人分しかない...。
「原因を知ってるのか?」
男はなにも知るはずもない。私は一通り教授の話を説明した。
「それが正しいかはわからないわ。でも確かなのは今地上が住めない状況になりつつあるということ。」
どうしよう、私一人なら地下の施設まで行ける。まだ視界は完全にさえぎられているわけではなさそうだし、道はわかる。でもこの男はどうするの。
「さっきも言ったけど生き残るには地下施設にいくしかないの。でも人数に限界があるから、私の知り合いって押せばきっとあなたも入れるわ。でも問題はそこまで行くためのガスマスクが一つしかないのよ。」
「そうか、お前は行く先が確保されてるのか」
一瞬私は怒られるのかと思った。地下に入れないその他大勢がいるというのに、情報を隠蔽して一部だけが入れるようにしていたことを。でも男の表情は違った。安心したような顔で彼は言った。
「おれは地下に潜る気はないよ。だから安心してお前がそれを使いな。正直なところお天道様が観れなくなるのに生きながらえるなんて考えられん。見たところ山の上の方までガスが上って来るまでは相当な期間がありそうだし、それまでになんとかしてみせる。」
「何言ってんのよ、ガスの上昇速度なんて誰にもわからない。ただでさえ予想を覆す速さで発生しているのよ。山のてっぺんなんてすぐに覆われてしまうかもしれないの。助かる道は地下の研究室しかないのよ。」
頭がいっぱいになっておかしくなりそうだった。
「でもマスクは一つしかないんだろ?それに施設に入れてもらえる保障もない。さっきまで話かけないでとまで言ってたのに心配してくれてるなんて嬉しいね。」
「こんな時にふざけた事言わないでよ。知りあってしまった以上あんたを置いていったら気分が悪いのよ!」
「まあとにかくマスクは一つしかないんだ。お前がまず行くんだ。おれは場所もわからないし、説明されてもたどりつけるかもわからない。そして入れたあともし余裕があれば俺を迎えに来てくれ。それでいいだろ?」
「ほんとに?生き残れる保証なんてどこにもないのよ?」
「大丈夫だって。おれはこう見えても結構しぶといのよ。期待してっから迎えにきておくれ。」
「...ごめん、ありがとう…」
それ以上彼の顔を見ることはできなかった。素早くカバンからマスクを取り出し顔を隠した。少しだけ振り返りながら会釈をし、私は山を下った。
<><><><><><>><><><><><><><><><><><><><><><><>><><><><><><><><>
行ったか...。男は小さくなっていく彼女を見ながらつぶやいた。
さて、今世紀最大の強がりをしてしまった気がするな。でも男とはそういう生き物だ。
まずは生き延びなければ。彼女がすぐに来られる可能性は低い。おそらく地下の設備はそう広くないに違いない。食料も限られている中、見ず知らずの他人を助けるために彼女が外に出させてもらえるはずがないだろう。だが俺としても死にたくはない。
彼女たちが救いの手段を講じるまで山という山を這いつくばりながらでも生き残ってやろうじゃないか。まずは標高の高い集落を探そう。そう考えて白石は地表から山に視線を移した。
第3話は地下の3年間になります。