二人の七つ下がり
「ユウが抜け殻になってしまったんだよね。」
食事処“魔女の隠れ家”リニューアルオープンから早一週間、今日で手伝いを最後にしようと決めたその日、ユウタはウィルに突然呼び止められた。
連れてこられたのは、人気のない森の中だ。
何をされるのかと警戒していたユウタは、ウィルの言葉に上手く返すことができなかった。
自分が原因だという自覚があるためだ。
「ユウタくん、何か知ってるかな……?」
場所こそ開放的になってはいるが、初めてこの世界にやってきた時に入れられた尋問室と何ら変わらない場の空気にユウタは生唾を飲み込む。
「そんな遠回しにじゃなくて、はっきり言ってくださいよ。俺のせいだって……。」
「おや、ユウが抜け殻になってしまったのは、君のせいだったのかい?いったい何をしたっていうのさ。」
舞台上での演技のように、大げさに驚いてみせるウィルの態度にユウタは居住まいを正した。
少しでも解答を間違えるものなら、そのまま首が無くなってしまうのではないか。そんな恐怖が体中を巡る。
「ユウさんに、俺に好意を持っていると告白されました。……俺は、愛が分からないと言って、ユウさんの申し入れを拒絶しました。」
ゆっくりと頭を下げて、ウィルへ謝罪した。
自分の言葉でユウを傷つけた。
ユウタは正直に話した。
ウィルとユウが“モノクロの三魔”として親しくしていたことはよく知っている。そんな友人を傷つけたともなれば、怒るのは当然だろう。
当然の叱責をもらう覚悟で言ったつもりだった。
「ユウにしては、勇気のいることをしたものだね。やはり、君をユウの元へ送ったのは正解だったようだ。彼女はとても成長した。」
意外な言葉が返ってきたことに驚き、下げた頭をあげる。
ユウの成長を喜ぶ言葉とは裏腹に、ウィルの眼は異常に冷たく恐ろしいものだった。
「僕らは大人だからね。君がユウをふったからと言って、君に報復するつもりは全くないよ。」
ウィルは意識をユウタの背後の木陰へと移す。
そこに、“モノクロの三魔”として親しくしていた同胞の存在を認めたためだ。
「気に入らないのは、断り方だよ。“愛が分からない”だって?随分と詩的な答えじゃないか。」
「だって、俺は、本当に……。」
「まあ、いい……。僕は君に確認したいことがあって、こんなところに君を連れ出したのさ。できたら、人目につかない所でゆっくり話したいと思ってね。」
「俺に……確認したいことですか?」
「君がこの世界へ飛ばされたときに最初に見たという光は、白かったんだよね?」
「そうです。」
ユウタの答えにウィルは小さく溜息をつく。
やはり、そうかと。
自分の良くない予想が当たってしまったことを悔やむように。
何が何だか分からないという顔をしているユウタに、ウィルは数冊の本を見せた。
「それって、ユウさんの……。」
それはユウが最初に異世界から転移させた書物だった。
彼女はこれが旅行記だと思い込んでいたが、ユウタはこれらの本が自分のいた世界にいた人々が書いた小説だということをよく知っていた。
この世界へとやってくる前に、自分が本屋で購入したものと同じだったためだ。
「この本がなんだっていうんですか……?」
「僕が思うに、この本と一緒に君はこの世界へ連れてこられたんだと思う。……この世界で異世界転移魔法なんて、高度な魔法を使える魔女を僕はユウしか知らない。ユウが異世界転移魔法を使ったときに、君は本に巻き込まれてこの世界へやってきたんだ。」
「どういうことですか……?ユウさんの魔法に巻き込まれたって……。どうしてそんなことが。」
「……この世界において、色というのはとても重要なものなんだ。魔力を持つものが、その力を発動するときに、それぞれ色のついた光が現れる。オニキスなら黒色、僕は銀色、そしてユウの使う白色……君のみた白い光とは、ユウの使う魔法の証だ。ここまで来たら、分かるだろ?君をこの世界へと連れてきたのはユウだ。彼女が君を心から返したいと思わない限り、君は元の世界には帰れない。」
「でも、ユウさんは……。俺が元の世界へと帰れるように凄く必死で調べてくれたいたじゃないですか。」
「以前、君に意志を聞いたのを覚えているかい?」
「はい。」
「意志というのは、魔力の力を増幅させるいわば特効薬みたいなものなんだよ。術者が君を留めたいと思えば、異世界転移魔法の力は強固なものとなる。……前、ユウが術を使ったのに、君が元の世界に帰れなかったのは、ユウが心から君を元の世界へと返したいと思っていなかったためだ。君をこの世界へ留めているのは紛れもなく彼女だ。」
木陰からその様子をみていた影は、気配を消し、その場を離れた。
話に夢中になっていた二人はそれに気づかなかった。
七つ下がりとは、午後4時を過ぎた時間のことを言うそうです。