Twenty-four seven
食事処の扉を開くと、ユウタとマスターは改装準備を始めていた。
遅れて登場した私の姿を見てマスターはびっくりしている。
それもそうだろう。
クラテールさんと一緒にやってきたのだから。
「ユウタ!マスター!接客担当連れてきたよお。」
私がそういうと、マスターはまたさらに驚いた。
「ほ、本当に?クラちゃん?」
「私は、別に、働くなんて言った覚えはないです。ただ、考えておきますって言っただけで……。」
さすがに、いきなり店まで連れて行くのは少し強引過ぎたか……。
クラテールさんが食事処で接客担当をしてくれたら、マスターが何の問題もなく厨房に入ることができる。良いアイディアだと思ったんだけどなあ。
「揉めている声が外まで聞こえてたけど、どうかしたの?」
「オニキス。」
突然入り口からやってきた親友の姿に少し驚いたが、女王直属の占い師であるオニキスならば、何かいい案を持っているに違いない。
「いったい何が……?」
「……。」
不思議そうに辺りを見渡すオニキスにクラテールさんが近づいていく。
強張った顔はさっき街で初めて私とあったときのような雰囲気だ。
「あなたは、誰ですか?恋人はいますか?」
初対面にいきなり聞く質問ではないと思う……。
相手を怒らせかねない。
そんなオニキスは多少困った顔をしていたが、二、三度咳払いをすると、質問に答えた。
「オニキス・アディス。一応、城で占い師をしています。恋人はいません。」
意味の分からない質問に対しても、真面目に返答するのはオニキスの良いところだと思う。
「ここへはよく来るんですか?」
「そうですね。最近はたまにこちらでお昼を食べています。」
「……。」
クラテールさんはしばらく考え込んだ後、すぐに口を開いた。
「……ここで、働きます。」
「ほんとに……?これで、いつでも一緒にいられるね。嬉しいなあ。」
二人のことを心配そうに見つめていたマスターは嬉しそうに頬を弛めた。
マスターとしては働き手が見つかり、さらにそれが自分の知っている者なのだから、嬉しい気持ちは大きいだろう。
クラテールさんは顔を赤くし、外へ飛び出してしまった。
追い掛けようとしたが、マスターに止められる。
「大丈夫。明日、必ず来てくれるから。」
クラテールさんの口ぶりから、二人が幼い頃から親しい仲だということはなんとなくわかっていた。だから、マスターはクラテールさんのことを信じることができるのだろうか。
何が起こったか、よくわからなかったけど上手くまとまったようで良かった。
「……頼まれたものを持ってきたよ。」
オニキスが持っていたカゴの中には、赤い色の小さな果実が所せましと並んでいた。
「あ、ありがとうございます。」
頼んだのはユウタらしい。
オニキスからカゴを受け取ると、赤色の果実を一つつまんで口の中へ入れる。
「結構おいしいですね。」
「城の庭園で自生しているものだけど、庭師が毎日手入れをしているからね。女王は果実には興味がないようだから、必要なら株ごと持って行っても構わないって。」
「ありがたいです。是非お願いします。これで美味しいショートケーキが作れますよ。」
カゴを受け取ったユウタは厨房へと消えていった。
ユウタが厨房から運んできたのは真っ白なクリームで包まれたケーキだった。
上に先程の赤い果実がたくさん乗っている。
ユウタが切り分けてくれたケーキを一口頬張ると口の中に優しいケーキの甘さが広がった。赤い果実は上にのっているだけではなく、サンドイッチのように間に挟まれていたため、果実の甘酸っぱさも感じることができる。
とても美味しい。
だけど。
「これって、前ユウタが作ってくれたほっとけーきとよく似てるね。」
「やっぱり気づいちゃいましたか……。」
私の発言にユウタは分かりやすく落胆する。
「本当はオーブン使って、ふんわりの仕上がりにしたかったんですけど……ここにオーブンは無いみたいですからフライパンでできるホットケーキで代用したんです。」
「横で作るのを見ていたけど、簡単で私にも作れそうだったよ。」
ぶつぶつと、この世界に電化製品があればとぼやいているユウタをみたマスターは、へこんでいると思ったのか、慰めるように言う。
「ともかく、これで新メニューは完成したわけだし……すぐにでも、営業を再開しても良いんじゃない?」
自分の願いだったティータイムにぴったりのお菓子の登場にオニキスは満足そうだ。
彼女としては、はやくお店でこのケーキを食べたいのだろう。
「あ、でもまだ看板が……。」
「それならもう出来てますよ。」
カウンターの奥からユウタが引っ張りだしたのは大きな木の板、看板のようだ。
そこに書かれていたのは銀色の長い髪をした女性の横顔だ。ティーカップを持っている。
どこかで見た顔な気がするが……果たして誰だったか。
「よく描けてる。これって、ユウでしょ?」
まじまじと看板の絵を見ていたオニキスが感心したように何度も頷く。
「って、わたし……?」
「俺、字が書けないんで、せめてイラストでも描いてみようかと思いまして……一生懸命お店の準備をしているユウさんが、休憩しているときにお茶を飲んでいるユウさんがとても素敵だったので。」
私がモデルというのは少し照れるけど、ユウタって何でもできるんだなあ。
「いいんじゃない?“魔女の隠れ家”っていう感じで。」
「“魔女の隠れ家”ですか……良いですねそれ!お店の名前は“魔女の隠れ家”にしましょう。」
これで準備が整った。
この店が軌道にのれば、ユウタが無事に元の世界へ戻れるはずだ。
タイトルの「Twenty-four seven」は英語のイディオムで「いつも」という意味だそうです。