一日九廻
ユウがユウタのいる食堂に足を運ぶ頃から、少し時を遡る。
二人が離れ離れになった日、ユウタがウィルに連れられて、とぼとぼと歩いているときだ。
「はあ。」
何度目かの大きな溜息をつくと、ついにウィルさんは足を止めて振り返った。
「あのさあ、ユウタくん。そんなに溜息つかないでもらえるかなあ?こっちまで、嫌な気分になるじゃないか。」
「すみません……。」
かっこよく家を飛び出したつもりだが、ユウさんのことがどうしても気にかかってしまう。
ちゃんとご飯は作るだろうか……。洗い物を貯めこんだりしないだろうか……。まめに掃除をするだろうか……。
一度気になると、次々と心配なことを思い起こす。
「まあ、確かにがんばっていた仕事をクビになったんだから、溜息をつく気持ちも分かるけどさあ。君にユウの住み込み家政夫の仕事を紹介したのは僕なわけだから、そう何度も溜息つかれると、僕まで責任感じちゃうんだよね。」
ユウさんの家を出てから、もうずっと歩きっぱなしだ。
気づくと、森から抜け出て丘を登っていた。
ウィルさんはもうひと頑張りだと、大股で一足先に丘を登ると、視線の先にあるものを指さした。
急いで続くと、指の先には繁華街が広がっていた。
「君のことを引き受けてくれそうな所を探してね。ユウに聞いたことがあるけど、料理はなかなか上手なんだって?」
「上手ってほどでは……、ただ人並みにある程度は作れるだけですよ。」
「謙遜する必要なんてないよ。新しく用意した職場は君のその特技を生かせる所だよ。」
連れてこられたのは、お世辞にも繁盛しているとはいえない食事処だった。
相当年期が入っているのか、看板も寂れている。
まあ、はっきり書いてあってもこの国の言語が読めない俺には何て書いてあるのかは分からないのだが。
「やあ、マスター。久方ぶりだね。」
店の中に入ったウィルさんが、マスターと声をかけたのは恰幅の良い人の好さそうな中年男性だった。なんだか、美味しいパンを焼くパン屋さんという印象だ。
ウィルさんとマスターが会話している間、店の中を見渡してみる。
寂れた大衆食堂というよりもこじんまりとした喫茶店という感じのほうが近いかもしれない。
お昼時だというのに、客はゼロだ。
見た目のイメージ通り、あまり流行ってないらしい。
時間的にウィルさんはここでお昼を食べてから、俺を新しい職場へ案内してくれるつもりなんだろうか。
「……というわけで、ユウタくん。今日からここでがんばってね。」
「はい。って、え?」
「実はこのマスター、愛想は良いし接客もとっても丁寧なんだけど、料理の腕は普通でね。そのせいで、この食事処はちっともお客さんこないんだよ。そこで、ユウタくんの料理でこのお店を活気付けれたらなって思ってさ。」
以前、ユウさんの所に俺を送り込んだときにも思ったが、ウィルさんの行動は本当に突飛だ。
「それじゃあねえ。」
「ちょっと、待ってください。」
碌に説明もされないまま、置いておかれるのは二度とごめんだ。
出ていこうとするウィルさんを止める。
「ちゃんと説明してくれないと困りますよ。」
「大丈夫。大げさじゃなくここのマスターすっごくいい人だから。」
「そりゃ、そんな感じはしますけど……。」
「なんだよ。ユウタくん。僕はこれから調べなくちゃいけないことがあるの。君の面倒を見ていられないんだからね。」
「だけど……。」
ちらりと、マスターの顔を見ると、困ったような顔をしている。
自分が嫌がられているのではないかと、不安に思っているような様子だ。
ユウさんの所を追い出された今、頼れるのはここしかないというわけか。
なんて、考えている隙をつかれウィルさんはどこかへ行ってしまった。
彼も魔法使いということを忘れていた。いつ出ていったのか、全く分からなかった。
一先ず、俺はここで料理を作る。
厨房の場所を尋ねると、カウンターキッチンの奥に、とてもきれいで立派な厨房があった。
というか、使われた形跡がない。
何年開いているのか知らないが、本当にこの店は大丈夫なのだろうか。
ユウさんの元から追い出されてしまった今、与えられた仕事をしっかりとこなそうと意気込む。
手始めに作る料理を考えたとき、思い出したのは初めてプリンを食べたときのユウさんの顔だった。
本当に美味しそうな表情で見ている俺も嬉しくなったのを覚えている。
ユウさんはきちんと食事をとっているだろうか。
もう一度、ユウさんのために食事を作りたかった。
そんなことを思いながら、俺はここで料理人として働きだしたのだった。
一日九廻とは、一日のうちに何度も何かを思うことを言います。