俺は生きた
ユウさんに突然クビを勧告された俺のもとに現れたのはウィルさんだった。
呆れたようにも困っているようにも見える顔で俺に微笑むと、迎えに来たと告げた。
事情を分かっているらしい。
そもそも、俺をここへやったのは他ならぬウィルさんだ。
人材斡旋企業と雇用主のようなものだろう。俺がクビになったから、他の働き口を紹介しに来てくれたのかもしれない。
でも、俺は、なかなか荷造りをできないでいた。
「すみません。ウィルさん。まだ片づけきれてなくて……もう少し待っていただいてもいいですか?」
「……僕は大丈夫だけど、急がないとユウが帰ってきてしまうよ?」
「今までも住み込みの働き口をクビにされたことは何度もあったんですけど……。何でか今回は事態をうまく呑み込めなくて……。」
部屋の中の目に映るものをとりあえず手近な袋へと投げ入れてゆく。
ユウさんが出した料理本、絵本、ミシン……。
初めてプリンを作ったときの、感動した顔、ミシンでワンピースを作ったときの照れ笑い、短いながらも、ここで過ごした思い出が脳裏をよぎる。
何故、手が止まってしまうのかその原因が分かった。
「ユウさん、俺がいなくても大丈夫でしょうか……?」
「ユウだって、立派な女性だし、君がここに来ていない頃は自炊もできていたんだ。そう心配することじゃないだろう。」
ユウさんが炊事を俺に頼らなくてもある程度はできることは日ごろの様子から察することはできた。
俺が心配しているのはそこじゃない。
「以前、俺がこの家を飛び出しちゃったとき、ユウさんおかしくなっちゃったじゃないですか。また、そうなっちゃうんじゃないかって、俺……。」
ウィルさんは、微笑みながら溜息をつくと、俺の部屋のものを片づけていく。荷造りを手伝ってくれているようだ。
「その心配もいらないよ。彼女はとても強くなった。」
君は必要なくなった。だから、はやくここから出ていくんだ。
そう言われたような気がした。
俺は、ユウさんの世話をすることで彼女に依存してしまっている気がしてならなかったが、ユウさんは違うようだ。俺に依存などせず、一人で歩いていこうとしている。
ユウさんの望みは、異世界からハイスペックイケメンを召喚して、結婚すること。
俺みたいなお邪魔虫と一緒に住んでたら、結婚できるものもできない。
あんな美人なんだから、転生術がうまくいけば、結婚は簡単だろうな。
ユウさんは俺が邪魔になったのだろう。
また、捨てられてしまった。
母のことを思い出す。
死んだと、祖母はいっていたがもしかすると、母は単に俺を捨てただけなのかもしれない。
母がいなくなってしまったあの部屋から俺は成長できないでいる。
ひょっとして、死んでいるのは俺の方なのかもしれない。
母の姿を追い求めて、ユウさんに依存してしまいそうになった。
「行きましょうか。」
部屋の中を片づけて家を出た。
何も持っていない俺をウィルさんが不思議そうに見つめる。
「俺には何もないんです。その部屋にあるものは全部ユウさんが僕に与えてくれたものですから、ユウさんに好きに処分してくださいと伝えてください。」
依存してしまってごめんなさい。
深々と頭を下げると、俺はウィルさんに連れられて森を抜けた。
17という数字はラテン系の国では忌語として嫌われているようです。
理由はローマ数字の「XVII」をアナグラムにすると、「VIXI」、私は生きた。つまり、私は死んでいる。
という意味になるためです。