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一六勝負

 急いで走ってきたせいか、息が切れてしまっている。

 いつのまにか、ユウタが異世界転移者な訳がないという気持ちから、異世界転移者であってほしくないという気持ちに変わってしまったのだろうか。

 見上げると、深い群青色の空は視界の端から赤みがかった紫色に変化しつつあった。

 夜明けが近づいているようだ。

 家の扉を開ける手が動かなかった。

 ユウタが故郷に帰れるまでの約束だったはずだが、私はそれが嫌でたまらなくなってしまったのだ。

 人との繋がりを拒否していた私を変えてくれたのは、他ならぬユウタだ。

 そんなユウタが居なくなってしまえば、私は……

 元の私に戻る気がして怖かった。

 ガチャリ

 不意に視界が明るくなる。

 光と暖かさに満ちた家の扉を開けたのは、ユウタだった。

「あ、やっぱりユウさんだった。何処にいってたんですか?ちょっと早いですけど朝食できてますよ。」

 部屋の中は甘い卵の香りで充満している。

 優しい世界に一歩踏み入れると、ユウタが居なくなってしまう寂しさと恐怖が強くなってしまいそうで躊躇ってしまう。

「どうしたんですか……?」

「……来ないで。」

 なかなか家に入ろうとしない私を心配したのか、一歩踏み出したユウタを思わず制止してしまった。

 顔を下に向けてしまっているせいでユウタが今、どんな顔をしているのか分からない。

 きっと困らせてしまっているに違いない。

 ―帰りたいと願うのは当然のこと―

 先程のウィルの言葉が耳から離れなかった。

 大きく深呼吸すると、いつものように強く気高く美しい魔女、ユウ・ライトは威風堂々と目の前の青年に告げた。

「ユウタ、お前を今日限りでクビとします。」

 これは大きな賭けだ。

 このままユウタと共にいれば、ウィルの言う通り、本当に私はユウタに恋をしてしまうかもしれない。いや、もしかしたらもう手遅れかもしれない。

 もしも、ユウタが元の世界に戻ってしまったとき、私はきっとまたショックで塞ぎ込んでしまう。

 それでも、ユウタが元の世界に帰りたいと望むなら私はそれを叶えたい。

 だから、私は今ユウタを拒絶することにした。

 ユウタが元の世界に帰っても気高い魔女のままでいられるように。

「ユウさん……。どうして?」

「口答えは許さない。明るくなったらすぐに街へ向かうように。」

 ユウタの顔の前で手をかざす、以前ユウタを街へやったときと同じように、ユウタの黒髪はみるみるうちに赤髪へと変わっていった。

 手が震える。手先から、徐々に感覚が鈍くなっているように感じた。

「私は少しの間家を空ける。その間に荷物をまとめて出ていくのよ。」

 それだけ早口で言うと、ユウタの顔を見ずに、ふわりとジャンプをした。周りの光景が一瞬にして変わる。

 近くの石に腰かけると、理由が分からない涙が私の目元から零れてきた。

 右手で強く目元をこする。

 少しひりひりとした。

 ユウタには一人で街へ行けといったが、それはとても危険だ。

 ユウタのことを任せられるのはウィルしかいなかった。

 素早く地面に小さな魔法陣を描いていく。

 空中が静かに揺らぐと、見知った男の顔が現れた。

「ウィル、さっきはごめんなさい。突然飛び出して……。」

『随分としおらしいじゃないか。君らしくもない……。さっきのことは、僕にも少なからず非があったよ。すまなかった。』

 何かあったのかと聞かないのは、ウィルなりの優しさだろう。

 重要な所ではきちんと気を回らせる。そういう男なのだ。

「悪いんだけど、あなたにお願いがあるの。」

『君が僕にお願いとは珍しいね……。失言のお詫びだ。聞こうじゃないか。』

「ユウタが街で暮らしていけるように、手配してあげて。」

 向こう側のウィルが言葉を失っているのが分かる。

 突然の話なのだから、驚くのは当然だろう。

『僕の言葉が原因なら謝る。だから、早まったことはすべきじゃない。』

「心配しないで。ユウタの黒髪は強い魔力で赤髪へと変化させておいたから。」

『僕はそういうことを言っているんじゃない。』

「……ユウタのことお願いね。」

 強い意志で願った私を見て、ウィルはそれ以上言うのをやめた。

 静かに頷くと、心配そうに私を見る。

『何か……やろうとしているね?』

 やはり、モノクロの三魔の頭脳ウィル・ヴァーチュに隠すことはできないようだ。

「ユウタを異世界へ返す手立てを探す。それまで、ユウタの安全は任せたからね。」

 もしかしたら、そんな手立ては見つからないかもしれない。

 だけど、私はユウタを元の世界に返して家族とともに、平和に過ごさせてやりたい。

 私は強く決意した。



さいころの一か六か、どちらかを出すということから、賭け事のことを一六勝負というようです。

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