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十三日の金曜日

とても昔の話だ。

子供の頃の話、俺の父と母は、表面上はとても仲が良かった。お互いの理想が非常に高く、外ではお互い理想の妻、理想の夫を演じていた。

無理した関係はそう長くは続かない。

外ではとても仲良く見えても、家に戻るといつも言い争いをしていた。

ある日ささいな喧嘩が原因で離婚した。それ以降、俺は母と二人で生活をしてきた。

最初のうちは幸せだった。

父と共に過ごしていたときは、眉を寄せていつも怒っていた顔をしていた母が、優しく俺に接してくれたのだから。

母は、母子家庭だからと俺が馬鹿にされないように俺に様々なことを教えた。

母の躾はとても厳しいものだった。

失敗したり、忘れていたりすれば母の拳が飛んできた。

その後、必ず母は俺のことを優しく抱き締めてくれる。「ごめんね。ごめんね。」と涙を流しながら。

俺が母に殴られたのは俺が悪いのだから仕方ないのだ。母の期待に応えられるよういつも、母の顔色を伺って生活していた。

母は俺のために外で仕事をしてくれる。俺が家のことを母が帰ってくるまでに片づけておくのは当然なのだ。

友達と遊んだことなどない。

外で遊ばなくても、家の中には母が買い与えてくれた絵本が何冊もあった。

母に言いつけられた家事を終えると、俺は絵本のなかの魔法の世界に酔いしれていた。

今日は金曜日、父がいなくなってから、土日に遊びに連れて行ってもらったことはないが、明日は七夕だ。もしかすると、久しぶりに二人で外にいこうといってくれるかもしれない。

何か月ぶりにみるだろう外の景色に思いを馳せて、窓ガラスの向こうの夜空を見上げた。

母はいつもいっていた。「七夕は願いごとが叶う日、いい子にしていれば、願いが叶う。」と。

俺の願いは1つ、幸せになりたい。

母のいない夜、星空に願った。

その日、母は帰ってこなかった。

一週間たち、俺は飢えと寂しさでどうにかなりそうになっていた。

食料がないわけではないが、母に黙って食べたらまた殴られてしまうかもしれない。母に失望されたくない一心で俺は飢えを耐えていた。

ガチャリと、扉の開く音がした。

母が帰ってきたと必死に瞼をあけて、母を出迎えようとしたが、入ってきたのは紺色の制服をきた警官だった。

母じゃなかった。

ずっと張っていた緊張の糸が緩み、俺はそこで気を失ってしまった。




目が覚めると、真っ白い天井が見えた。

薬の香りでここが病院であることに気づく。

俺の右手は祖母のしわくちゃの手が包んでいた。

祖母は、母が一週間前に事故にあい死んだといった。母は世間体を気にして実母にも離婚したことを告げなかったらしい。俺のことは父が面倒みているとそう考えていたそうだ。

隣家の住人の通報を受け、ようやく警察が俺の部屋を訪ねたときには、俺は衰弱死の手前だったという。

母は当時の俺にとって全てだった。

母が中心にまわっていた俺は、母がいなくなってしまえばどのように行動していいのか分からなくなる。いっそ、母と共に過ごした部屋の中で死んでしまえばよかったんだ。

右も左も分からない俺を、引き取ってくれたのは、父ではなく祖母だった。

母と同じように、祖母に感謝し家事を全てこなそうとした。

母が教えてくれなかった、アイロンがけや裁縫の類も祖母は熱心に指導してくれた。

「わたしはいつ死ぬかわからん。あんたは一人で何でもできるようにならないかんよ。」

これは祖母の口癖だった。しかし、祖母は俺に一人ではやらせてくれなかった。「お手伝い」という形で、二人で家事をすることはあったが、俺に任せっきりには決してしない。

信用されていないのではないかと、不安に思った。

中学に入るまでは、一人で台所にたって包丁を握ることもコンロに触ることもさせてくれなかったため、祖母への感謝をどのように態度で示せばいいのかが全く分からなかった。

高校最後の夏、祖母は倒れた。

寝たきりになった祖母を、俺は必死に世話した。

今までできなかった、母が教えてくれた感謝の態度をここであらわしたかった。

「そんなに、無理しなくてもいい。あんたにはあんたの人生があるだろ?」

祖母が何を言っているのか全く分かりたくなかった。母と過ごした時間を自分も異常だったと認めてしまう気がした。

しばらくたち、祖母は永眠した。

高校卒業と同時に、俺は一人暮らしを始め、家事代行業の仕事を始めた。

俺にできる仕事はこのくらいしかなかった。

俺のやりたいこととは、俺の人生とは何なのだろう。

俺のために生きるなんて、できなかった。誰かのために生きなければ、生きることを許される気がしない。


仕事からの帰り道、俺は久しぶりに本屋へと寄ってみることにした。

特に欲しい本があったわけではないが、平積みにされた本の中から、適当に数冊本を手に取るとレジへと持って行った。

ただ、生きるだけの毎日。

どうせ本の世界に逃げるのならば、こことは違う世界のファンタジーを読みたい。

本屋を出て、家へと帰ろうとした、その時。

俺の視界は突然真っ白になった。

気づくとそこは幼い頃にみた、絵本の中の魔法の世界そのもの、異世界だった。


ユウタくんの過去編です。


次回は十四ですね。

ネタがありません。


2018年10月7日 話の矛盾を発見したため、一部訂正しました。

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