魔物ではなくエルフです
「おっかしいったら無いよね~、ユウタくん。僕とオニキスの結婚報告の冗談を真に受けてでかい声だしたら、その声が森中に響いて村の人に魔物だと勘違いされちゃったなんてさ~。ああ、おかしい。」
再びこの家へやってきたウィルはさっきから、笑うことを止めない。
腹を抱えて、洗濯物を畳むユウタに絡んでいる。
紫色の髪の少女が、一週間前に森で、大声で叫んだ魔物を退治しにきたという話を聞き、まさかと思い、少女に依頼を出した村人に詳しい話を聞きにいけるように、ウィルに頼んだ。
ウィルと共に依頼人のもとへ出向くと予感は的中、一週間前の私の叫び声を魔物の叫び声と勘違いしたようだった。こんな幼気な女性の声を魔物と間違うなんて失礼しちゃう。
間違えるなら、せめてエルフに間違えられたかった。
だが、勘違いさせたことは私の否だ。素直に事情を話すと、依頼人は笑って魔物退治の依頼を取り下げてくれた。そのとき、横で事情を聴いていたウィルは、依頼人の家を出てから今まで、ずっと笑いっぱなしだ。
「ウィル!あんた笑いすぎよ!!」
「魔物と間違えられる声ってどんな声出したのさ~。もう一回やってみせてよ。」
「うるさい。」
「まあまあ、ユウさん。ウィルさんが事情を説明したおかげで討伐依頼は取り下げられたみたいですし。良かったじゃないですか。」
「それは確かに有難いけど、この男の態度が気に入らないの。……せめてエルフに間違えられたかった。」
「君が、エ、エル、エルフ……ふふふ。」
また笑いだすウィルに殺意を覚える。
この男はどれほど私を怒らせれば気が済むのだろう。
「あんまり怒らせると後が怖いし、僕はそろそろ失礼しようかな。魔物に間違われちゃうくらいユウは元気いっぱいみたいだしね。」
口の減らないウィルに、ソファーに置いてあったクッションを思いっきり投げつけてやった。クッションやぬいぐるみはユウタが暇つぶしに作ったため、たくさんある。
投げても怪我はしないだろうから、思う存分ぶつけてやる。
「ユウさん、何やってるんですか。駄目ですよ。」
「ユウタ……。」
ユウタに注意されたので、一先ず、ウィルにクッションを投げるのは止めてやることにした。その様子をみて、またウィルがにやつく。
「おやおや~。ユウタくんに言われて手を止めるなんて、君たちなかなか良いコンビなんじゃない?あやしいねえ。」
またこの男は……、ふざけたことを。
壁に貼り付けた紙を指さす。理想のイケメンの条件を書いた紙だ。
「私の理想は、一.魔術、剣術、学術全てにおいて大陸最高峰、二.類まれなるスキルの所持者、三.身長は私よりも10センチ以上高いこと、四.イケメン。ユウタに一つも被ってないじゃない。」
「……なかなか酷いこというね。ユウ。」
私の目の前でウィルはユウタに耳打ちする。
「大丈夫?ユウタくん。いじめられてない?」
「大丈夫……だと、思います。」
ユウタをいじめるなんてことしているわけがないじゃないか。
一つ溜息をついた私に、ウィルは安心したように言う。
「いやあ。でも、良かったよ。良い魔女になるんだって目標は素晴らしいことだけど、もしかして君が異世界転移研究のことを忘れているのではないかと思ってね。でも、その紙、イケメンを異世界転移させるってことだろ?忘れてないようで安心したよ。」
……すっかり忘れていた。
「も、もちろん!期待に応えられるようにするからね!」
その場でなんとか誤魔化したが、ウィルはにやけ顔を止めない。忘れていたことがばれてしまっているかもしれない。
「それじゃ、僕はこれで失礼するよ。」
「ユウタくん。ちょっと。」
ウィルさんは帰ろうと扉に手をかけたとき、俺を呼んだ。何か手伝ってほしいのだろうか。
一緒に外に出る。
「ユウのこと、ありがとうね。」
突然お礼を言われて面食らう。
「何がですか?」
「君が良い魔女になればいいって言ってくれたから、ユウは人前に出ることを怖がらなくなったようだ。……僕たちが何を言っても変えられなかったユウを、君が変えてくれたんだ。彼女の永遠の好敵手であり、良き友人である僕がお礼を言うよ。ありがとう。」
ユウさんに聞こえないように、そっと耳打ちされる。近づいた顔をみると、とても自然にウインクをする。ユウさんと同じ銀色の髪が光り輝いて、男の俺でもどきっとしてしまう。
「ウィル。帰るならとっとと帰りなさいよ。」
窓から顔を出して、ユウさんがウィルさんに苦言した。ウィルさんは俺から離れると、今度はユウさんに近づく。
「ユウ、あんまりユウタくんを困らせるんじゃないよ。……彼のこともよく見てあげるんだよ。」
後半の言葉の意味はよく分からない。なんで俺のことをよく見て貰わなくてはいけないのだろうか?
一瞬考えていた間に、ウィルさんの姿は見えなくなる。
辺りを探すがどこにもいない。どうやら帰ってしまったらしい。
「あの男、本当にふざけた男ね。私があんたのことを奴隷みたいにこき使ってると思ってるのよ。」
口をとがらせてウィルさんへの文句を言うユウさんに、俺は日ごろのことを思い出す。
掃除して洗濯して、ユウさんの食事を用意して、確かにはたから見れば、体のいい奴隷扱いされていると思われているかもしれない。
でも、俺の作った食事を美味しそうに食べてくれるユウさんを見ている生活は、今まで生きてきた中で一番幸せな時間だと思う。
そして気づいた。ただ恩返しのために俺はここにいるわけじゃなかった。
俺は、ユウさんの“ありがとう”が嬉しくてここに帰ってきたんだ。
何よりも、ユウさんが俺に依存しているわけでなく、自分で変わろうとしている姿がとても眩しく、羨ましく感じた。
「エルフ」はドイツ語で11も意味しています。