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08:魔王サマ、番犬に会う


「そうそう、魔王サマ。着替え終わったなら、ちょっとボクに付き合ってくれるかな?」


さて隊長殿のお次の言葉は、と身構えたのに、口を開いたのは隠者殿のほうだった。


そして何故か場所を移し、現在人気(ひとけ)の無い外へと連れ出されている。


隠者殿曰く、『護身の為の術』をかけてくれるらしい。

場所が外である為かその中でも隠者殿がわざわざ人気の無い場所を指定した為か、隊長殿は良い顔をしなかったのだが、勿論隠者殿は全く意に介すことはなくここに連れて来られた。


隠者殿は準備があるからと、どこから取り出したのか錫杖のようなものを使って地面におそらく魔方陣だろう模様をがりがりと描いている最中である。

私に出来ることはないので、ぼやっと突っ立っているだけなのだが、残念なことに一人ではないので若干、いや、結構居心地が悪い。なぜなら隣には隊長殿が立っておられるのだ。何故だ。

いや、理由は知っている。隊長殿が立ち会うにいたるまでの会話は、目の前で交わされたのだからわかっている。だが監視役が必要とはいえ、それに当てようとしていた金髪少年くんを買い物へ行かせることになったとはいえ、隊長とかいう役職を担っているおそらくこの砦の中でも階級が上から数えたほうが早そうな人間が、わざわざやる仕事だろうか。それほどの危険人物と見られていれば或いはそうかもしれないが、『ただの口の悪い女』と言い切ったのは他ならぬ隊長殿ご自身だ。

横を見なくとも、その表情が渋面であることは確実である。嫌なら部下に任せればいいのに。それが許される立場だろうに。何より私がそうしてほしかった。

隠者殿早く終わってくれ。そして隊長殿の隣という場所から連れ出してくれ。

地面に向かっている背中に念を送り続けること数分、やっと隠者殿がこちらを向いた。


「準備出来たよー。魔王サマ、ちょっとこの模様の中に入ってくれる?」


おいでおいでと手招きされるのに従い、言われるままに魔法人の中に入った。

円の中央で隠者殿と正面から向かい合う形に立つよう促され、両手を握られる。


「じゃあ始めるよー。びっくりするかもしれないから、いいって言うまで目を閉じててねー」


ついでのように付け足された指示を聞いて、慌てて目を瞑る。

ふっと、目を瞑っていても光りが遮断されたのを感じた。何が起きたのかと少し緊張する。先ほどまで外は晴天だったし、私が待っていた場所も隠者殿がいた場所にも影は落ちていなかったように思う。大きな雲がかかっただけという可能性も捨てきれないが、なんとなく違うような気がした。


手を掴む、自分よりは少し低い温度は相変わらず感じられる。隠者殿は動いていないようだ。


「目、開けていいよー」


相変わらず緊張感のない軽い口調に、無意識のうちに強張っていた体から力が抜ける。しかし言われるままに目を開けて、すぐに元に戻る羽目になった。


「黒い…」


背景が黒一色だった。

暗闇、という表現が当てはまらないのは、隠者殿の姿がはっきりと視認できるからだ。

光源らしきものがないのに、背景が黒一色でなんで輪郭どころか色さえもきっちりいつも通りに見えるのかが謎だ。謎だが、これが異世界の魔術なのだと言われれば納得するしかない。異世界なんだからこちらの知識に当てはまらないものだって色々あるだろう。


「えーっと、どこから説明したらいいかなぁ。あ、この子、ケルベロスっていうんだけどね、わかる?」

「ケル…え、っていうかこの子?………どっ、どの子が?」


思わず周囲をぐるりと見回してみるが、黒一色の中に「この子」と表現できそうなものは何も見当たらない。

不可視の存在?幽霊とかそんな?

正直に言えばそういう霊的な何かは勘弁願いたい派だ。見えないもの、イコール、いないものと頭ではわかっていても、体がびくつく。


「どの子、うーん、なんていえばいいのかなぁ……その前にお姉さん、手、力緩めて。ちょっと痛いよ」

「あ、ごめんなさい」


手元にあったものを意識しないままに握り締めていたらしい。

ぱっと両手を離すと、両手をぶらぶらと数度振った後に片手だけ掴みなおされた。


「えっとね、この子っていうのは、この、黒いの」


隠者殿が空いた手を、自身を中心にぐるりと円を描くように動かす。


この、黒いの。


言われた言葉を反芻しながら、彼の動作に倣うようにぐるりと頭を動かしてみる。

黒いの。

――――まさか。


「この、黒いの」


鸚鵡返しに繰り返して、首を捻る。

果たして、この子、と言えるのか、この、『背景』は。


「決まった姿がないんだよね。影そのものだから。うーんと、……そうだなぁ、魔王サマ、『ケルベロス』って知ってる?」

「地獄の番犬の?あ、この子の名前?」

「そそ、地獄の番犬ってほう。神話に出てくるんでしょう?首が三つあるこわぁい犬!」

「あぁ、うん。そうですね、神話に出てきますけど」

「ボク、その話聞いてから、その名前も借りて三つ首の犬っていう姿を使ってるんだよね。ケルベロス」


ぱちん、と隠者殿が指を鳴らす。


ずるりと、『背景』が動いた。

すぐに陽の光りが入り込んできて、わずかに目が眩む。調子を取り戻すべく一度目を閉じてゆっくりと開く。


「これならわかるよね。この子がケルベロスだよ」


黒い、三つ首の、犬。

なるほど、そうと表現しようと思えばできるだろうモノが、確かに目の前にいた。ただし、その大きさは最早犬と表現していいのかわからないほど巨大で、隣にいる隠者殿と比べると軽く彼の背丈の三倍の体高がありそうだった。隠者殿が艶やかな黒い毛に腕を突っ込んでいるが、あれはたぶん撫でているのだろう。埋もれているからよくわからないけれどたぶん。

首を上に向けると、三つの顔は(いかめ)しい顔つきこそ変わらないが分かりやすく目の色が違った。赤、黄、青。三原色か。

ついでに仕草もそれぞれだった。赤の目が興味なさそうにあらぬ方向を見ていて、真ん中の黄の目は私をじっと見ていて、隠者殿の隣に位置する青の目の持ち主は撫でててと強請るように首を下げて隠者殿に擦り寄っている。


「ちなみに、キミを助けてくれたのは、ベル。真ん中の子ね」


助けてくれた、というのに一瞬首を傾げたが、すぐに思い出す。隠者殿と隊長殿が突然おっぱじめた争いの中で巻き添えをくらったアレだ。確か、あの時目の前で黒い何かが吹っ飛んできた剣を払いのけてくれた。確かにベルという単語は聞いた気がする。


「更に言えば赤い目の子がケル、青い目の子はロス。っていってもまぁ、結局は個と言えば個だけど、三つに分けられないくらい複数といえば複数でもある。なんて、そんなこと言ってもよくわからないよね。ボクもよくわかってないから大丈夫だよ!まぁ、ケル、ベル、ロスの名前くらい知ってたら後々良いことがあるかもしれないね!」


……なんだか聞かなかったほうが良かったような台詞が聞こえた気がするが、突っ込まないほうがいいんだろう。


しかし何故今この子――この子達?を紹介してくれたのだろうか。護身の為の術とやらがそもそもの用件ではなかったか。


「でね、うーん、やっぱりベルがキミに好意的かなと思うから、ベルをキミに貸してあげるね!」

「…………は?」


え、「ベルを貸してあげる」?


『ケルベロス』を貸す、でもなく、三つ首のひとつを?え、まさか首だけ取れたりするの?コロって?それだいぶホラーでは?もしかして私犬の生首抱えて歩くの?そんなのどこぞのゲームにあったな。あれ一応猫だったはずだけど。


現実逃避の方向に偏りだした思考を止めたのは、こちらの反応など全く気にも留めない隠者殿だった。


「それじゃあベルをキミの影に移すから、ベルを呼んであげて?」

「呼ぶ?」

「うん。そのまんまだよ。おいで、って言ってあげて?」


またもや正面から向かい合う形に促され、両手を繋がされる。言葉の意図を図りかねて首を傾げると、「普通に呼んであげるだけで大丈夫だよ」と言われる。

普通、普通に。


「おいで、ベル」


若干及び腰になりつつ、言われた通り呼んでみる。


いいのかこれで?と思いつつも言葉が途切れると同時、ケルベロスの形がぐんにゃりと曲がった。

予想外の展開にびくりと肩が揺れ、ほとんど反射的に片足を引いたが、握られた両手がびくともしなかったお陰で曲げていた腕が突っ張った分の距離しか後退できなかった。


ぐんにゃり曲がった黒い塊は、ずるりと二つに分かれた。大きい塊と、小さい塊。それらを視認したと思ったら、すぐにどちらも形を伸ばして地面へと吸い込まれる。

大きいほうが隠者殿の影へと飲み込まれていき、小さいほうが繋がれた手の影を伝うようにしてこちらの足元の地面へと吸い込まれていく。その光景を呆然と見送ってしまって、ぞわりと背筋を悪寒が走った。


なんだ、……なんだ、今の。


正直、気持ちの良い光景とは思えなかった。


「よーし、これで移動完了だよ。もう一回ベルを呼んであげて?」

「……ベル、出ておいで」


自分の声が掠れているように聞こえたのは、きっと気のせいだと思いたい。

そんな弱腰の声でも、呼ばれた子はきちんと応えて出てきてくれた。蠢く黒い塊として。


え、これどうするの……?これが通常状態なの……?


ぞわぞわする。全身が。

獣の生首と蠢く黒い塊のどちらがマシなんだろうか。どっちもご遠慮願いたいのが本音なんですけど。


「魔王サマ、形どうしようかってベルが困ってるよ」

「困ってる?!」


どこからその情報を得たのか、知りたいような知りたくないような。むしろ私も困ってます。


「どうしたいの?犬じゃだめなの?」

「犬って一言でいっても、ほら、色々あるじゃない?どんなイメージ?」

「そんな細かいの?!じゃあポメラニアン!」


私の叫びに呼応したように、黒い塊が見る見る丸く小さくなっていく。サイズ変更可能なのか。ちょっとほっとしてしまった。


「え、何この丸っこいの。これは『魔王』のイメージじゃないから却下ーやり直しー」


ぱちん、と音が鳴ると、またも蠢く黒スライムへと姿を戻す。

まさかの拒否。

だったら初めから聞くなと言いたい。という思いはそのまま口をついて出ていった。


「こまけぇわ!だったらそっちが決めろよ!!おぞましい形じゃなければなんでもいい!」

「だってこれから魔王サマと一緒にいるんだよ?魔王サマのお望みの形のほうが良くない?」

「そのお望みの形をさっき却下したのあんただろ!」

「折角だしカッコいい方向で行こうよ!」

「知るかよ!カッコいい方向ってなんだよ!じゃあシベリアンハスキー!!狼!!」

「狼!いいねぇ!許可しよう!」


ぱちん、とまた音が響くと、今度はまた黒い塊が犬のような形になっていく。

大きさは、正直本物がどれくらいの大きさか正確に知っているわけではないのだが、立っている私の胸くらいに頭があるので実際の狼のサイズより大きいのではないかと思ってしまう。いや、だが隠者殿の三倍以上ありそうだったケルベロス姿よりマシだ。全身真っ黒であるのも、間近でみると黄色というより金色と表現したほうが良さようなその目も、私の知る限りの犬とも狼ともなんだか違うような気がする。まぁ実際違うモノなのだからそれでいいのか。



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