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07:魔王サマ、手を取る


ちょっと話を整理してみる。


馬鹿どもが召喚した『魔王』が私である以上、私が『魔王』であるほうが都合がいいというのが彼らの見解。

王城に殴り込みをかけるというのは、なるほどなんとも魔王らしい。私自身が正規の手続きを取ってオウジサマや術者と会えるという保証はない。乗り込む方法がどうであれ、それを彼らが代わりにやってくれるというのなら楽だろう。


ただし、『魔王』がただ存在していればいいというわけではないだろうから、そのあたりはリスクに当たる。

先ほどまでの会話からして全体の指揮を執るのは隠者殿と見た。彼は『王子を殺す』発言に関して嫌悪を見せた。ただ、それは『殺す』ことへの嫌悪というより、『殺すことで楽に終わらせる』ことへの嫌悪である様にも思える。単純に、第三者である私に対する発言として不適当である、という考えからのあの顔であればいいのだが。


「『魔王』が、誰か、……馬鹿王子含めて他人を殺すという役であれば、私は乗れない」


『隊長殿』との話を隠者殿がどこまで聞いているのかはわからない。

一応確認を含めてそれだけはと言葉にしておく。

隠者殿は大きく頷いた。


「大丈夫だよ。キミに誰かを殺させることもしないし、キミ自身も誰にも殺させない。それだけは約束できるよ。言ったでしょう?お姉さんの味方だって」


断言されて少し肩の力が抜ける。『隊長殿』は何も言わなかった。


「『魔王』なんていうから誤解させちゃったかな?別に無関係の一般人を巻き込む気はないんだ。まぁ知ってもらえたほうがオウジサマの心折るには良い手になるだろうけど、魔王らしく民衆を恐怖のどん底へ!みたいなことはするつもりないよ。そんなことしたら隊長殿の協力も得られないだろうし。ねぇ、隊長殿?」

「当たり前だ」

「ほらね。さすがに騎士様たちを敵に回すと数が多いから、ボクひとりでキミを守りつつじゃあ荷が重いもの」


隠者殿はそう言って肩をすくめて見せた。


なるほど、『隊長殿』は騎士様か。それも庶民を守ることを厭わない、良い手本のほうの。

私に投げかける言葉は弱者に対するソレではないような気もするが、確かに保護をしてもらったことと食事を恵んでもらっているところだけ見れば、まぁ、善人のほうに分類されるのだろう。


「キミにとってボクらと組む利点を簡潔に挙げるなら、元の世界へ戻る機会と元凶に一矢報いる機会を得られる可能性、衣食住の保証ってところかな。まぁ衣食住を世話してくれるのは隊長殿になるけど。あと身の安全も保証するよ。そっちはボクの管轄だね」


さて、どうする?


こちらの答えを待つように、隠者殿は黙り込んだ。相変わらず笑みの形を作った口許が、なんとなく癇に障る。答えなど、聞かなくてもわかっていると言いたいのだろうか。


『隊長殿』はやはり何も言わない。静かな青の目が、こちらを見ているだけだ。


一度大きく息を吸って、同じだけ息を吐いた。


間違いなく、至れり尽くせり、そんな条件だ。

矢面に立つのが私だとは言え、役目はそれだけ、とも言える。最悪を想定したいところだが、何しろ私自身で判断するほど敵方の情報もあまり持っていない。

これ以上ない好条件に見える。だが、その実、それ以外に選択肢がないも同然だ。


一度外に出た。旅をしようにも知識や情報が足りなさ過ぎるのは実感できている。

それに何より『連れ戻された』という事実は大きい。

連れ戻される時に見た紙片に描かれた、魔方陣。魔術師とやらは、どんなことまで、できるのか。


頷くのが、一番楽な選択肢だ。流されていると、そちらだけを向かされていると、言えなくもないけれど。それでも自分で選んだのだと、意識させたいのだろうけれど。


わかっていても打開策は浮かばない。


「……わかった。『魔王』役、請け負う」


隠者殿はがたんと勢いよく立ち上がって「やった!」と呟き、『隊長殿』は目を閉じて、息を吐いた。


「それじゃあ改めて。よろしくね、魔王サマ?」




私は躊躇いを振り切るように、差し出された手を取った。






長い長いチュートリアルがようやく終わった。なんて安堵したのも束の間。

現実はまだ続いていて、時刻は昼にも届いていないのだという。


「いい加減見苦しい、その破れた服を着替えて頂きたい」


というのが、共闘契約成立後の隊長殿の最初の発言である。

今まで誰一人衣服について指摘しなかったので、見苦しいと思われていたらしいことにもそれを今更ながらに口にされたことにも驚いた。確かに破れてるのを着たままというのは目に優しくはないだろうけれども。

替えの服などあるわけもないのだが、それを言う前に、隊長殿は部屋を出て行った。

ぽかんとしている私に対して、隠者殿は残っていた果物を「もらうねー」と軽い調子で食べていく。私もすることがないし口が寂しいので、同じように果物を頬張った。今度はぶどうを食べた。


さらに情報を貰うべく隠者殿と世間話でもするべきかと考えている間に、隊長殿が戻ってくる。

その後ろから、小柄な人影が出てくる、と思えば、昨日二度くらい見た金髪少年くんだった。


「この砦に女性は少ない。男で悪いが彼をあなたの世話役に当てる」

「ウェルナーと申します」


金髪少年くんがぺこりと頭を下げた。目が合うと、はにかむような笑顔を向けられる。またもや口の中には果物が入っているので、慌てて座ったまま頭を下げつつ立ち上がろうとすると、「あ、大丈夫です!ごゆっくりお食べください!」と逆に慌てられてしまった。

うむ、金髪少年くんは良い子だ。

とりあえず口の中を空にして、改めて頭を下げた。


「よろしくお願いします」

「はい、こちらこそお願いします。あ、着替えお渡ししますね。っていっても俺の予備の制服で。大きさが極端に合わなかったらまた別のを用意しますので」

「ありがとうございます」

「いえいえ」


金髪少年くんがもってきた綺麗に畳まれた衣服たちを受け取るべく、立ち上がって両手を差し出す。

が、すぐには渡してもらえなかった。


「……あの、」


なんだ?と服から相手の顔へと視線を上げる。そうすると目線の高さにあまり違いがないことに気づいた。身長が変わらないんだろう、だから彼の予備を与えられるのだろうなと納得する。

金髪少年くんは、隊長殿と隠者殿を何度か見比べた後、おずおずと声をあげた。


「あの、その……なんとお呼びしたら?」


あれ?名乗る必要あったんだ?これまた誰にも聞かれなかったので、だいぶ今更感を覚える。

ぱちぱちと瞬いて、首を捻る。


「魔王でいいですよ?」

「え」


金髪少年くんが、体ごと引いた。あれ、この子もしかして計画しらない人?


「えっと、マオウ、という名前…ではない、ですよね?お名前は、お聞きしないほうが?」

「魔王で不便がありますか?」

「不便、は、ないですね……」


正直呼び名なんてどうでもいい。

ついでに言えば、この世界の人間の名前を覚える気もサラッサラない。


催促するように両手を再度突き出すと、渋々といった体で衣服を渡される。

金髪少年くんは良い子だが、もうちょっと割り切って、必要以上に関わってこない人間がよかったかな。まぁこちらの希望が通るとも思えないが。


「いいじゃない、魔王サマで。少なくともお姉さんに近づくのはそういった話を聞いてる人だけでしょう?ねぇ、隊長殿」

「……本人が良しとするなら問題ないだろう。呼ばれているのが自分だと、本人に伝わればいいだけなのだから」


もごもごと若干くぐもった声で隠者殿が加勢してくれ、隊長殿が若干面倒そうに肯定してくれる。金髪少年くんはまたもや二人を交互に見てから視線を戻し、ひとつ頷いた。


「わかりました。魔王様とお呼びしますね」


真顔で重々しく言われても、こっちは反応に困るのだが。

呆けそうな気持ちを引き締め、真面目くさった顔を作って同じように重く頷いておいた。

魔王様、と常に呼ばれるのも滑稽だなと思ったが、そこは気にしないことにする。人外の能力は持ち合わせていないし、どちらかと言えば魔法を使えるらしいこちらの世界の人間のほうが魔王役にも相応しいヤツがいそうな気がするのだが、それもやはり気にしてはいけないんだろう。うん。


ともあれ着替えだ。

渡された服は新品のようにパリッとした軍服だった。寝室で着てみたが、金髪少年くんサイズの服はわりとだぼだぼだった。同じくらいの身長で相手が未成年とはいえ、男女の体格差は埋められないらしい。これはこれで見苦しいなと思ったので、替えてもらうことにした。新たに渡されたのもやはり軍服だった。今度は少しくたびれたものだった。中古だろうと構わないのだが、かっちりしている服ではなくもう少しラフな格好をさせてほしいのが本音だったりする。これまた希望が通るとも思えないので口にはしない。

今度の服は、許容範囲内のサイズだった。肩のあたりがずれていたり、脇の辺りに余裕があったり、ズボンのウエストや裾が余ったりするのは変わらないが、『成長期を見越して大きいのを買いました』程度の差だ。鏡で確認できないのが気がかりではあるが、まぁ良かろう。


寝室から戻ってみると、新たに人が増えていた。


「……新兵が増えたように思えてしまいますね」


感心しているのか呆れているのか判断に迷う声音で感想を述べられた。

現実的な色の赤毛の男だった。あの馬鹿王子の目に痛い赤というわけでなく、地球でも赤毛と言えばこんな色だろうな、みたいな赤茶色。レンガにもこんな色ありそう。

じろじろと観察しているのに気づいたのか、男は優しげな笑みを浮かべながら一礼した。


「ご挨拶もせずに失礼。私は隊長の補佐をしている、アランと申します。以後、お見知りおきを」

「……よろしくお願いします」


挨拶を返しながら、ふと先ほど補佐殿が言った言葉に眉をしかめる。もしかして軍服が渡された理由は、兵士扱いする為だったりするのだろうか。いや、まさか。だがしかし、現状のままだと私はタダ飯喰らいに相当するのでは。

……とりあえず文明の利器に慣れた身で何ができるかもわからないので、何かしら命じられた時には衣食住分くらいの働きができるよう努力しよう。



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