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03:魔王サマ、苛立つ


「こちらの勝手な憶測を述べさせてもらうが、あなたが戦闘という点において強者だとは思えない。何か特殊な力でも持っているのかもしれないが、……そもそもあの男はおそらく『自分より弱い存在』を呼び寄せたのではないかと思っている。殺す相手より自分が弱ければ話にならないからな。……あのお方自身、そう強い方ではない。わざわざ召喚という術を用いたのは、自分の手でどうとでもできる存在が欲しかったからだろう。異世界の人間となれば、周りに頼れる存在も無い。身の上を知る人間もいなければ、証明する手立てもない。『魔王』に相応しい人間に仕立て上げるのに、そういう人間のほうが扱いやすいと考えたのだろう」


そこで疲れたように男は一息つく。緩く頭を振って、さらにひとつため息。


「話がずれたな。ともかく、私はあなたが戦闘経験のない一般市民だと判断した。ましてや女性だ。あちらがどういう手を使うかは想像できなかったが、最終的に殺すことは確定しているようなものだ。放置するわけにもいかなかった。――多少手荒な手段になったのは謝る。あなたが寝込んだ理由はよくわかっていないが、……俺が吹き飛ばしたのも一因かもしれない。すまなかった」


男が軽く頭を下げた。――が、うん、なんかあんまり悪いと思ってなさそうだな。だってどっかり座ったままだし、膝の上で組んだ手もそのままだ。


吹き飛ばした、という言葉で思い出したが、なんか腹に一撃くらったんだった。思わず腹をさする。幸い痛みはまったくない。三日も寝てたのだから治ったのかもしれないなと楽天的に考えることにした。

あれをやったのがこの男ということなら、つまりあの場にいたということになる。

なるほど。あの場にいて赤髪の愚行を止められなかったから、今私に良くしてくれているらしい。態度はよろしくないが、待遇が悪くないのはそれゆえか。


「とりあえず、こちらの説明できる現状はそんなところだ。何か質問はあるだろうか」

「質問」


聞きたいことは山とある。ここはどこだ、という基本的なところから、男が名乗らないのは何故なのかというわりとどうでもいいことまで。

だが真っ先に聞かなければならないのはひとつだ。


「私はいつ帰れるんです?」


状況説明は謝るためのものだとしても、彼らの事情など正直言ってしまえばこちらには無関係だ。無関係なのに巻き込まれたのは、運が悪いとしかいいようがないけれど。

ともあれ、これが不幸な事故だとして、とりあえず元の世界、自分の家に帰してもらえれば水に流してやろうではないか。幸いにして命に別状はないし五体満足のままだし、そこは妥協してやる。お優しい私に感謝しろ。


男はそんな内心に気づいたのか眉を顰める。


「分からない」

「…………は?」


――眉を顰めたのは、こちらの内心に気づいたからではなかったらしい。


分からない、とはどういうことだ。

不快な思いは顔全面、いや体全体から滲み出たに違いない。男は僅かに目を細めた。


「正確に言えば、あなたを呼んだ人間――召喚術を行使した人間に聞かねば分からない、だろうか。正直に言って、私たちでは専門外のことすぎて何も答えることができない」


何言ってるんだこいつ?

普通に考えて、くだらない用件で呼び出された人間、このままここにいたら殺されるかもしれない人間が帰りたいと願うのは当たり前だろう。

その人間は三日眠っていた。

三日あればその術者とやらを呼び出すことだって出来たはずだ。いや、もしかしたら三日じゃたどり着けないところにいる?

いやいや、私が最初に赤髪と会ったということは、その術者もそのあたりにいたんじゃなかろうか。その場所と自分の現在地がわからないが、運ぶ手間等を考えてもそうそう遠くはない、だろう。たぶん。


「……その術を行使した人間とやらに答えてもらいたいんですが?」


男の回答としては「分からない」で終わりだったらしく、沈黙が続いたのでこちらから尋ねてみる。


「難しいな。あちらとの接点がない」

「は?赤い髪の男はあなたの身内とか、近しい立場なんでしょう?」

「……近い、と言えなくはないが、あのお方はそうそうお会いできる方ではない」

「いや、あの赤髪に会いたいわけじゃないんですけど。術を使ったヤツは赤髪と繋がってるんでしょ?それであなたも赤髪と近しい。だったら繋ぎ取れるでしょって話をしてんですけど」


接点がない?赤髪という接点があるではないか。馬鹿を言うなよ。それにも気づけないほどの馬鹿だとこちらを侮ってんのか?

この男、ほんっとイライラするな。


「その繋ぎを取れる赤髪のお方との連絡が取りづらいという話だ。すぐにどうこうできるものではないんだ」

「三日もあったんですよね、私が眠っている間。その間に話つけておけばいいじゃないですか。考えなくともこちらから帰りたいという話が出ると予想できるでしょう。こちらは巻き込まれただけの被害者なんですよ。――あぁ、あなたは加害者側だから想像できませんでしたか?それでは改めて告げておきましょうか。私は帰りたい。その術者にしか帰る方法が分からないというのあれば、そいつと話したい。それがあなたに叶えられない願いだというのなら、私自身で行います。赤髪と会わせてくれるのでもいい。赤髪の居場所を教えてくれるのでもいい。あなたに応えられる方法で構いませんから」


早口でまくしたてると、男はフッと笑った。これは――間違いなく、馬鹿にしている。


「残念ながら、私には術者と話をさせることはできない。術者のお方もお会いしづらいお方だ。私ではとてもとても……。あぁ、赤髪のお方の居場所を教えるだけでもいいのか。それならば簡単だ。誰でも知っている」

「……誰でも?」


なんだ、有名人かよ。愚行をすることで有名なのか?



「あのお方は、わが国の王太子殿下であらせられる。いらっしゃるなら王城だ」



おう、たいし、でんか。


え、王太子殿下…?王太子ってあれじゃない、次の、国の王様じゃない?王様の子どもで跡継ぎじゃない??英雄になりたくて、異世界から自分より弱い人間呼び寄せるとか考えるトンデモ発想の持ち主が?????


えぇーーーー……この国未来ないじゃんかわいそうな国……。


うっわぁ…と思ったのが顔に出たのか、同じ心境に至ったのか、男はまた疲れたような息をついた。

しかし、王子様か。それは確かに会うのは難しいだろう。あぁ、めんどくさいな。

とりあえずこの男にはもう用はない。世話になったのは事実だからお礼は言っておくべきか。

そう思って口を開きかけたのに、ありがとうの言葉は音になる前に喉の奥へと引っ込める羽目になった。



「こちらも聞きたいことがある。あなたは確かに被害者だ。だからこそ、帰る前に、あの男に巻き込まれた怒りをぶつけたいと思わないのか?」


―――それは、つまり?


「私が…王太子殿下に、復讐という名で危害を加えるのではないか、と危ぶまれているのでしょうか?」


それって、下手したら反逆罪で逆に殺されるやつじゃないのか?殺される相手が変わるぞって話をしたいのか?危険因子は今潰しておくぞってことなのか?つーか危険人物って認識ならさっさと元の世界に帰せよ。こっちは帰りたいっつってんだろ。


こちらの苛立ちなど気にも留めず、男は憂いげに目を伏せた。


「いや、……あなたも話を聞いて思っただろうが、あのお方は王太子としていささか……だいぶ、問題がある。とはいえあの方しか現王陛下の息子がいないのだから、国を継ぐのもあの方になる。確かに王家の血筋というのは重要だが、かといってあの方が王になって国は立ち行くのかと言われれば、私は疑問に思う」

「あの、すみませんけど、この国の事情とか正直どうでもいいです。私関係ないですから」

「いや、もう無関係ではない。あなたはあの王子のくだらない茶番の生き証人でもある。そして一番怒りを感じているのもあなただろう?」

「それで?あなたは私に何を望んでいるのですか?」


回り道をしているのはわかった。男が何を話したいのかは全くわからないが、彼にはこちらに指し示したい道があるように思えた。

男が、青の目で私を射抜く。


「このまま、『魔王』として王子を潰してはくれないだろうか」


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