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01:魔王サマ、目覚める




何が起きているのか、欠片も理解できなかった。


「あのいかにも怪しい黒い雲から出てきた上に、全身黒尽くめのその異装、貴様がかの異形を従わせて人の世界を脅かすという魔王だろう!」


目の前で、ドヤ顔で何か喚いてる男がいた。

炎のように赤々と輝く長髪が、若干目に痛い。

聞き間違いでなければ、イタイのは思考かもしれない。


リアリティを微塵も感じられない状況で、周りを見渡す。なにやら人がいっぱいいる。なんだこれ。

人の多さも困惑するが、目の前の男とその横にいる男を含め彼らの着ているファンタジー感溢れる服も、後ろに聳える西洋風の城も、何もかもがおかしい。


白昼夢だろうかと思うが、周囲の人が何かしら口々に言ってるらしくて内容はわからなくてもえらく鮮明に声が聞こえるのが夢らしくない。

思わず首を傾ける。


ひゅっと、風を切る音が聞こえた。


頬が、腕が、足が、カッと熱を持つのがわかった。なんとはなしに自分の体を見下ろせば、黒の服がところどころ裂けて肌色が見えていた。血の匂いがする。なんだこれ。頭が回っていない自覚はあるけれど、最早考える意味がないような気がした。


ぶわっと足元から風が吹き上がる感覚。足を取られそうになって体勢を崩さないようにと腕をばたつかせると、同時に悲鳴が複数上がった。視線をやれば、ばたばたと倒れていく人たちと、視界にまぎれる黒い靄。なんだ?泡のように浮かぶ疑問をそのままにぼんやり眺めていると、不意に人垣の一部になっていた女の人と目があった。


「ば、ばけもの……」


恐怖に引きつったような、か細い声。


化物、そういいながら彼女の目は私から外れない。ということは化物は私であるらしい。何故。


「おのれ卑怯な!戦う力を持たぬ民衆から狙うとは!!」


最初に聞いた声だ、と赤い男に視線を戻すと、ちょうど鞘から剣を抜き放っているところだった。

剣。

ファンタジーだな。

柄の先にある飾りだろうか、シャランと涼やかな音が鳴った。


と、思ったら視界がぶれた。


「…がっ、」


腹に、固いものが押し当てられている。吐き気がした。

遅れて、目の前に誰かがいるのに気づいた。冷たい金属が顔に当たっている。急速にこれが現実なのだと体が訴える。


「このまま飛ばす、受身を取れ」


耳元で低い男の声が早口に告げる。

受身、と脳内で繰り返したときには、風が唸り声を上げていて、近くにいたはずの男の姿もすでに見えないほど遠くに見えた。

飛ばすという男の声を思い出した時には、もう視界も意識も黒く塗りつぶされていた。




 ◆ ◆ ◆




ひんやりとした感触が体のあちこちに当たる。冷たさよりもその擽るような動きがどうにも落ち着かなくて目を開けた。視界に入った天井に見覚えは無かった。


「あ、…ご気分は如何ですか?」


ふと、そんな声が聞こえて視線を彷徨わす。声の主は探す間もなくこちらを覗きこんできた。


金の髪に、緑の目。日本ではほとんど見ない色合いを持った少年。

夢の続きかな、と思った。そういえば目に痛いほど鮮やかな赤の髪の持ち主も見かけたのだと思い出す。うん、やっぱり夢は醒めてない。

確認が終わったのでふうと息をついてまた目を閉じた。


「え、あれ?また寝ちゃうんですか?」


困惑したような少年の声が届くが、それに応えることはしない。

だってまだ夢が醒めていないんだから、ちゃんと起きるためにもう一度寝なければ。起きるために寝るというのもおかしな話だが、現状思いつく方法がそれしかないのだから仕方ない。

起きてください、寝ないでください、と肩を揺らしながらうるさく声を掛けてくる割に、少年の声は小声だ。気を遣ってくれるのならその手を離して口を閉じてくれ。

思わず眉間に皺を寄せて唸り声をあげると、こちらの心情が伝わったのか肩にかかった手がぴたりと動きを止める。口も閉じたのだろう、声は聞こえなくなって、近くにあった人の気配が消えた。

やっと静かになった。心置きなく眠れる。ふっと体の力を抜くと、すぐにゆらゆらと意識が沈んでいく。


けれど、そのまま眠ることはできなかった。


意識を飛ばすその直前、バン!っと耳をつんざくような扉を開く音が響いたかと思えば、数拍置いた後に腕にものすごい力を加えられた。体を引き起こされたのだと理解したのは後のことで、あまりの痛みと雑な扱いで涙が出そうになった。おかげさまで一気に目は覚めましたけども。


「悪いが一度起きてくれ。こちらも暇ではないんだ」


誰だよ。そう思いながらも頭の隅でどこかで聞いたことのある声だなと思った。

視界の端に映った男の顔を、姿勢を変えて真正面から睨みつける。


焦げ茶色の髪と、青い目。やっぱり日本人にない色を持っていた。色もそうだが、彫りの深い顔立ちも西洋人を思わせる。そしてものすごく女性受けしそう。いわゆるイケメンだ。こんなのが街中にいたら間違いなく女性から黄色い声が上がるだろう。


だがそんなことは今はどうでもいい。


「痛いんですけど。謝罪なしですか?」


若干しびれさえ感じる腕をさする。掴まれた場所が赤くなっているかもしれない。残念ながら現在長袖を着ているので見えはしないし、わざわざ見せる気もないけれど。こちとら一応生物学上女性ということになっている。手加減ぐらいしてくれてもいいのではなかろうか。


「あぁ、あなたが寝汚いのでつい。目が覚めてちょうど良かっただろう」

「ね、」


寝汚いとくるか。初対面の女に対して。しかもちょうどいいだと?暴力に値するレベルだったというのに?

こいつ最悪だな、と内心毒づいているこちらに構うことなく、男は続ける。


「先ほども言ったが、こちらも暇ではないんだ。あなたには説明しなければならないことがある。いつまでも寝ていられても困るんだ」

「はぁ」


知るかよ。

寸前で出かかった声をなんとか押し留める。

嫌悪で歪んだ顔のまま声を出したのを同意と取ったのか、男はひとつ頷いて扉へと向かう。

出て行く、らしい。なんでだ。


「説明とやらは?」


思わず声に出すと、男が振り返った。多分自分もあんな顔してるな今、と思うような眉間に皺を寄せた厳しい表情をしていた。


「あなたは女性ではないのか。寝所で血縁者でもない男と話すなど嫌だろう」

「……は?今更?」


今までどのあたりに女性扱いがあったというのか。

そんなことを気にする性格だったのならまず始めの起こし方からやり直せよ。

また一段と顔が歪んだのを自覚する。今なら殺気だって放てる気分だ。

そんな気分が伝わったのか、男はため息をひとつついたものの険の取れた顔で――とはいえ無表情という愛想の欠片も感じないものだったが、いくらか表情を緩めて口を開いた。


「……あちらに軽食も用意している。あなたがこちらに来てからすでに三日、ずっと眠りっぱなしだったんだ。何か腹に入れたほうがいい」

「は?」


三日?眠りっぱなし?

え、なにそれ。

男から与えられた思わぬ情報に、思わずぽかんと口を開けてしまった。きっと今の自分は間抜けた顔になっている。


え、っていうか―――これ、夢じゃない?


そんな今更なことに思い至った。


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