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天魔屍侠譚  作者: スキャット
第1話「始まりの鐘は暁に響く」
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1-2




「……信じられねえな」


 雷火は懐疑の目でリリィを見た。

 リリィの語った事情はそう易々と信じられるものではなかった。むしろ隅から隅まで疑問点だらけであり、想兼もそれは同様だったようで訝しげな表情を浮かべている。アルテミスは途中から寝ていた。


「悪魔に捕まってた? それも十年近くだあ? その間何をされるでもなく? しかもそれを助け出したのも悪魔だと?」


「はい! そうです!」


「いや、あり得ないだろ」


「何でですか!?」


 リリィが弾かれたように立ち上がる。雷火は想兼と顔を見合わせた。


「何でって……なあ……?」


「まず一点」想兼が指を立てる。「悪魔がそんなに長期間、あなたを軟禁しておく理由は? いくら魔法使いと言えど、ただの一人で労力に見合う成果が得られるとは思えません」


「いえ……その『魔法使い』というのも、何だかよく分からないんですが……」


 リリィは手をもじもじさせ、首を傾げた。


「そしてもう一点」追加で指が立てられる。「悪魔が人間を助けるなんて事、する筈がありません」


「……どうしてですか?」


「悪魔だからだよ」


「悪魔だからっス」


「意味が分かりません!」


 ぐっと身を乗り出し、リリィが叫ぶ。


「悪魔だから、って何ですか!? いい悪魔さんだって居るかもしれないじゃないですか! どうして見てもいないのにそう決めつけられるんです!? 納得できません!」


「何でって……なあ……?」


「悪魔とはそういう存在(モノ)だからっス。『いい悪魔』なんて、言葉の時点で矛盾してます」


「でも、本当なんです! 私は悪魔さんに助けていただいて……」


「ああ、分かった分かった」さらに身を乗り出すリリィを、雷火が制する。「百歩譲ってそれが本当だとして……それでお前はその悪魔が用意した転移術式でこの辺に飛ばされてきて……のこのこほっつき歩いてるところを悪魔に見つかって追われ……偶然通りがかったオレ達に助けられたと、そういう訳か?」


「はい! そういう訳です!」


「信じらんねえな」


「信じられないっスね」


「何!で!です!か!!」


 リリィは顔を真っ赤にして喚く。


「何でって……当たり前だろ。そんな都合のいい偶然ある訳ないだろ……あと数分ズレてたらお前、死ぬか慰み者だったんだぞ?」


「それは……えーとほら、私の信仰の賜物ですよ!」


「ああ?」


 雷火が眉間にしわを寄せる。


「どうしてそんなに人を信じられないんですか! 人を疑うのは恥ずべき悪徳ですよ! もっと浄らかな心を持つべきです!」


「いやお前、天使に道徳を説くなよ……」


「いいえ言わせていただきます! そもそも……私……は……」


 リリィの言葉を遮るかのように、不意にすぐ近くの何もない宙空から、激しい光が放たれる。

 間髪入れずに魔法陣が展開し、周囲に光の粒子が飛散し、幾つもの小さな囁き声のようなものが聞こえてくる。


「えっ、なっ、なんですか!?」


 リリィが慌ただしく立ち上がり、だらけていたアルテミスと想兼も機敏に反応するが、雷火が制する。


「ああ、大丈夫だ。たぶんさっき手配してもらった食糧だろう」


 光は次第に収束し、次第にひとつの大きなものを形作っていく。発光が収まり、現れたその食料には巨大な二本の牙が生え、全身を黒い剛毛が覆い、眼光が爛々と輝いていた。

 それは熊と見まごうほどの、巨大な猪だった。


「……は?」


 猪は鼻息荒く、鋭い牙を雷火達に向け、今にも襲いかかろうとしていた。


「な……え!? ぜ……全員離れろ!!」


 言うや否や、猪が猛然と突進。雷火はなんとか間一髪飛び退いて避ける。猪は机や雑貨を盛大に吹き飛ばしながら停止し、再びこちらに頭を向けた。雷火は体勢を立て直して叫ぶ。


「……モイ! なんだか分かるか!?」


 想兼は猪を凝視して眉間にしわを寄せ、爪を噛む。


「……猪以外にこれといった特徴がなくて、なんとも……。ケルト神話の大猪? 違いますね、獣型の悪魔……? 判別しがたいっスね、とにかく牙に気を付けてください。太腿の動脈とか刺されたら死にますよ」


雷火は咄嗟に顕現させた斧槍で、続く突進を受け流す。


「このっ!!」


 背後から斧槍を振り下ろす。が、分厚い毛皮に阻まれてうまく刃が通らない。猪は痛みに暴れ回り、鋭利な牙を我武者羅に振り回す。


「ああクソッ! 面倒だな!」


 狭いオフィスでは長柄の斧槍を存分に振り回すことも出来ず、雷火は歯噛みする。

 その時、暴れ回っていた猪の脚に弾孔が穿たれる。獣は大きく体勢を崩した。続けざまに毛皮に埋もれた小さな目にも魔力の弾丸が撃ち込まれ、間髪入れずに爆発する。痛みでさらに狂乱する大猪。

 そちらを見ずとも分かった。


「いいぞ! アル!!」


 雷火は傷ついた頭部に渾身の力で斧槍を叩き込む。大猪は断末魔の悲鳴を上げ、ゆっくりと倒れた。古びた書類がぱらぱらと舞い落ちる。

 動かなくなった巨体を見下ろして、雷火は深々と息を吐く。


「……何だったんだ、こいつ」


 雷火は力尽きた猪に歩み寄り、指先で軽く触れて残留魔力を確認する。


「……悪魔ってわけじゃなさそうだな。……ってことは、やっぱりこれが頼んでた『食糧』ってわけか?」


「こういうのなんて言うんだっけ〜? 産地直送?」


 アルテミスが銃を片手に歩いてくる。


「何か微妙に違うだろそれ……。相変わらずお役所仕事というか何というか……」


 アルテミスが手際良く解体していく猪を眺めながら、想兼が口を開く。


「……それにしても、なんでイノシシなんて送りつけてきたんスかね? もっと簡単に食べられるものなんて、いくらでもあるでしょうに」


「いや普通に嫌がらせだろ……絶対嫌がらせだ……」


「まさかそんなこと……ない……と…………。……思いたいっスね……」


 雷火は苦虫を噛み潰したような顔になったが、とにかく嫌な事は考えないようにした。床で死んだように転がるリリィを斧槍の柄でつつく。


「おい、ほら、お待ちかねのメシだぞ。……大体お前、魔法使いだろ? 他の人間よりは空腹に強いはずだろ? 我慢しろよ」


「だからその魔法使いってなんなんですか! 全然知りません! 意味が分かりません! 私がいまお腹空いて死にそうなのだけが歴とした事実ですよ!」


 うつ伏せのまま叫ばれ、雷火はぎくりとして音楽プレイヤーを取り落としそうになる。


「……お前、マジで何も知らないのか……?」


「さっきからそう言ってるじゃないですか! 私は……あっ……無理……お腹空いた……」


「わああー!?」


 その時、突然の悲鳴が起こった。見ると解体中のアルテミスが何やら慌てふためいているようだった。


「おいどうした? 何が……」


 歩み寄った雷火が目にしたのは、異様な光景だった。


 解体され、半ば骨だけの状態になっていたはずの猪の身体に、巻き戻し映像を見ているかのように血肉が再生し、さらに皮膚や毛皮までもが生み出されていく。


「な……」


 絶句する雷火の目の前で、先程確かに絶命したはずの猪が瞬く間に元の姿を取り戻していた。猪は再び雷火にその牙を向け、突進する。


「なんだよこれーっ!!」


 困惑の声を上げながら猪と格闘する雷火を横目に、想兼は少し考え込み、傍に立つリリィに訊ねる。


「リリィさん、いま何時ごろか分かりますか?」


「え? そうですね……正確には分からないですけど、十九時ごろかと」


「なるほどなるほど」


 想兼は合点がいったというように頷いて、雷火に向かって叫ぶ。


「雷火さん、そのイノシシの正体、多分分かったっスよー」


「ほんっ……うわっ……げっ……本当かー!?」


 雷火は斧槍で猪の攻撃をいなしながら応じる。


「おそらく北欧神話に描かれる大猪セーフリームニルっスね。ヴァルハラで戦士達に狩られ、何度食べられても日の出と日の入りと共にまた肉を付けて復活する大猪っス」


「へえー、それじゃあとりあえず、これを倒せば朝までは大丈夫ってことかな〜?」


「そういうことっス。すごい……よく分かりましたねアルテミスさん」


「あれ……? わたしの見積りどこまで低くなってるのかな……?」


「お前ら無駄話してないで手伝えよ! クソッ!」


 雷火は刃の通らない猪の頭部に何度も斧槍を鈍器のように叩きつける。その度に猪は痛々しい悲鳴を上げた。


「このっ! 野郎っ!死ねっ! オラッ!」


 大量の返り血を浴びながら、斧槍を通して魔力を変換した電流を流し込み、力技でなんとか猪の息の根を止める。

 雷火は斧槍を杖代わりに荒く息をして、深々と項垂れた。

 先程切り分けられた肉は消えず、そのままの形で残っていた。何度食べても再生する肉といえば、それはもう理想的な食料と言えなくもないだろう。それでもやはり先程通話した上官の顔を思い浮かべてみると、とても純粋な善意で送ってきたようには思えなかった。

 赤黒い血に塗れた自分の全身を見て、雷火はまた深い溜息を吐く。


「……やっぱり絶対嫌がらせだ……」







 巡回中の眷属が一人、血塗れで帰ってきたという報告を聞いた時には、カイムは既に嫌な予感を覚えていた。

 煌びやかな繁栄の跡が偲ばれる、広大な廃都。 カイムの居城はその一角にあった。高層ビルを半ばから解体し、鉄材を用い組み上げたその城は、時にはその外観から『鳥の巣』などと揶揄されることもあるが、カイム自身は居心地の良さからなかなか気に入っていた。

 カイムは巨大な鉄の玉座の上、それとは不釣り合いに小さな、冠を被ったクロウタドリの姿で座っていた。その日は折しも城内バーベキュー大会の当日であったが、当初の報を受けて急遽保留とし、まずは当人から話を聞く運びとなった次第だ。


「カイム様、アッシュが戻りました」


 眷属の一人が報告する。


「ああ、うん、通してくれ」


 正面の大扉が開かれる。 現れたのは、黒衣に身を包み、頭に鳥の骨を被った悪魔。憔悴しきった様子で脚を引きずり、背にも傷を負っているようだった。


「ッ……」


 よく知る顔のその姿に一瞬息を呑むが、表には出さないよう抑える。


「……報告を」


 押し殺した声でカイムが言うと、鳥骨の悪魔――アッシュは沈痛な声色で語り出す。


「……カイム様、昨日届いた手配書を覚えておいでですか?」


「……? ……ああ、確か最重要指令として何か来てたな。 確か……」


「人間の子供一人の捕獲、それも決して殺さずに生け捕りに、との手配でした」


 眷属の一人が補足する。


「そうそう、それだ。それがどうかしたのか?」


「……私とフランツは巡回中、その手配状の人相書き通りの女を見つけたのです」


「何!?」


 周囲がにわかに色めき立つ。無理もない。同盟からの最重要指令といえば、そう滅多に下されるものではない。それは結果如何で戦局や情勢を左右しかねない重大な指令であり、達成すればその報酬は計り知れない。現に数年前、敵軍の大規模術式の発動を未然に防いだ当時凡百の兵の一人に過ぎなかった悪魔は、今では同盟の一席に名を連ねている。

 自分達には縁遠い、関係の無い話かと思っていたが、まさかその対象が領地のすぐ近くで見つかるとは。


「……それで、どうしたんだい」


「無論、私とフランツは、すぐに捕らえるべく追いかけました。しかしあと一歩というところで、……突然天使の邪魔が入ったのです」


「天使だと!?」


「この近くに天使が来てるなんて情報は無かったぞ!」


 焦り、声を荒げる眷属達を、カイムは無言で制する。


「続けてくれ」


「……全く想定外のことでした。私とフランツはすぐさま応戦しましたが、敵に不意を突かれ……」


 アッシュが顔を歪める。


「……フランツ・ブラックバードは、敵の手にかかりました」


 その言葉に、辺りが静まりかえる。

カイムも言葉が出なかった。勿論、眷属を亡くすのは初めてのことではない。しかしそれは地上に降りてすぐ、天使や他の悪魔達と日夜を問わず戦っていた頃の話であり、ここ何年か続いていた平和の内に、忘れかけていた痛みであった。


「……私は彼を弔うこともできず、……卑劣にも……その場から逃げるのが、精一杯でした」


 俯向くアッシュの声は、後悔か、恥か、怒りか、あるいはその全てによってか、震えて消え入りそうだった。


「何も恥じることはない。お前がこうして生き延び、報せてくれたお陰で、我々は重要な情報を知ることが出来た」


 カイムは出来る限り優しい声で呼び掛ける。アッシュは一層深く俯き、嗚咽を漏らした。


「天使の数は、三人。ただの雑魚ではありません。 ……既に仲間に連絡を取っているかもしれません。もし行動を起こすのならば、時間の猶予もありません」


 アッシュのその言葉に、眷属達は皆一斉に、興奮した様子でカイムに呼び掛ける。


「カイム様!すぐにでも赴きましょう!」


「そうです!これは千載一遇の好機です!」


「手配書の女を捕らえて指令を果たせば、我らは一層飛躍できます!」


 カイムは目を閉じて唸る。彼らがいきり立つのも当然だった。それはカイム達の現状に根差すものだ。


 カイムは十年前、他の悪魔達と同じように、領地を獲得し自らが王となるべく地上に降り立った。かのソロモン七十二柱にも数えられるカイムは、従僕かつ血族として多くの眷属を従える、所謂『魔王』と呼ばれる存在だ。その強大な力は生半可な天使など一瞬で消滅せしめるほどのものだが、しかし、相手が悪かった。

 大災厄と共に地上に降り立ったのは、魔王であるカイムの目からしても別次元の怪物達ばかりだった。カイムは眷属ともども、彼らの使い走りや捨て駒かのように搾取され、これまで辛酸を嘗めさせられ続けてきたのだった。


 だが、その苦境もこの機に変えられるかもしれない。同盟からの最重要手配者をその手で捕縛すれば、大手柄どころではない。少なくとも今のような立場からは脱却できるはずだ。ともすればそれを足掛かりに、とうに諦め忘れかけていた当初の目的――この地上の支配者になることさえ、可能かもしれない。


 本来ならばまたとない好機、迷うことなど何一つないはずだ。しかしカイムの表情は浮かなかった。それを見て眷属達も、不安げな様子を見せる。


「……カイム様?」


「一体何を迷っておられるのですか?」


「もしや……」アッシュが恐る恐る訊ねる。「何か、見えるのですか。未来が」


 カイムは無言で頷く。

 カイム達が他の有力な悪魔達の配下としてでなく、曲がりなりにも独立という立場を保っていられるのは、ひとえにカイムの持つ稀有な異能によるものだった。それは、未来を予知する力だ。

 その力は明確なビジョンや具体的な情報を知り得るほどのものではないが、これから為そうとする行動の結果が、漠然とした感覚として理解できるというものだった。この異能のお陰でカイム達は過去何度も大きな災いを避け、好機を掴んできた。


「……良くない感覚があるのですね」


「そんな……またとない機会だと、思ったのに……」


 落胆の色を隠せない眷属達に、カイムはかぶりを振った。


「いや、悪い兆候があるわけじゃないんだ。かといって良い兆候があるわけでもない」


 不可解なカイムの言葉に、眷属達が疑問の目を向ける。


「……分からないんだ。ここで動いた時、未来がどの方向に進むのか、全く見当がつかない。荒れ狂う濁流の渦の中でか細い流れを見つけ出そうとするかのように、未来を上手く『観る』ことができない。まるで何か得体の知れない、凄まじく大きな力が働いているみたいに……こんなのは初めてだ」


 困惑からか、しばし静寂が辺りを包む。


「……良い兆候はない。しかし、悪い兆候があるわけでもない」


 それを破ったのは、アッシュだった。


「それならば、私はカイム様の決断に従います。たとえどのような命であろうとも」


 真っ直ぐカイムに向けられたアッシュの眼差しからは、強い決意が感じられた。

他の眷属達からも次々と賛同の声があがる。その場の誰もがカイムを信じ、その言葉を待っていた。


「…………」


カイムは小さなクロウタドリの姿のまま玉座から飛び降り、跪くアッシュの眼前に歩み寄った。


「……アッシュ・ブラックバード」


「……はいっ」


「フランツは……どうやって死んだ?」


 狭霧は僅かに顔を背ける。


「……敵の手で……首を切り落とされました」


「……そうか……」


 カイムはしばし、無言のまま遠くを見つめる。


「……いい奴だったな、あいつは」


「……! ……はい……! そうです……いい奴でした……!」


「ちょっと、バカだったけどな」


 カイムは目を閉じて笑う。


「ええ……ちょっとというか、かなり」


 アッシュや他の眷属も、皆笑っていた。


 今のカイムには未来を見ることが出来ない。これまでに無かった状況だ。自分の行動が吉と出るか凶と出るか、まるで分からない。

 だが、眷属達は皆、カイムの決断を待っている。それがどのような答えであろうと、彼らはそれに従ってくれるだろう。

 ――故にカイムは、自らの意思で選択することにした。


「……弔ってやらなくてはな」


 大切な家族を殺されて、黙っているわけにはいかなかった。

 カイムは黒い翼を広げ、自らの身体を覆い隠す。


「決めたぞ」


 見る間にその影が膨張する。翼を広げると同時に、その姿はクロウタドリから燕尾服を纏った紳士のものへと変貌していた。


「これより我らは最重要指令に従い標的の女を確保し、指令を遂行する。人間だろうと、天使だろうと、……悪魔だろうと、歯向かうものは全て躊躇なく打ち倒せ」


 カイムは高らかに宣言する。


「長らく続いた雌伏の時は終わりだ。今こそ我らの力を、魔王カイムとその眷属の名を、この地上に示す時だ!!」


 眷属達が鬨の声を上げる。誰もが歓喜と期待、興奮の渦に包まれていた。涙を浮かべている者さえいる。まるで城全体が震えているかのようだった。


「アッシュ、位置情報を教えてくれ。その後すぐに治療を受けろ」


 カイムは傷付いたアッシュの肩に手を置く。


「カイム様……! しかし、私も共に……!」


「心配するな。お前には留守中、この城を任せる。土産を期待していろ」


 カイムは小さく笑んで見せてから、毅然とした足取りで歩み出した。その背には眷属達が続く。

 ここまで不甲斐ない自分を信じ、着いてきてくれた彼らの為にも、必ず成し遂げてみせる。カイムの決意は固かった。だが同時に、拭いきれない何か漠然とした不安が、いつまでも胸の中で渦巻き続けていた。


「行くぞ。夜明けまでにケリを付ける」


 迷いを振り切るように、カイムは出立の号令を放つ。

 空には白い三日月が浮かぶ。夜は次第に、その闇を深め始めていた。






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