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天魔屍侠譚  作者: スキャット
第3話「動乱のカルィベーリ」
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3-22

 カルィベーリ城塞、会議室。惨事から数日が経ったこの日、白日連合に属する各宗派・派閥・勢力の指導者達が集められ、臨時会議が執り行われた。資料で提示された被害の大きさに誰もが言葉を失する中、議長を務めるのは幼い金髪の少女――ラジエル。


「……言うまでもなく被害は甚大です。破壊された大結界に関しても、未だ復旧の目処は立っていません。民衆にも混乱が広がっています。ですが我々はまず、これから起こり得るもっと先の危機について考えねばなりません」


 彼女のその言葉にどよめきが起こる。


「これから先、だと?」

「一体これ以上、何が起こると言うのです」


 ラジエルは映像ディスクを機器に挿入し、リモコンを操作する。


「……私より、有識者の話を聞いた方が早いでしょう。こちらをご覧ください」


 会議室に据え置かれた大型モニターに、椅子にふんぞり返った白衣の男が映し出される。魔術師、ミカ・シルヴェスタ・ヴェステライネンだ。数年間音沙汰がなかった彼の姿に、幾人かから感嘆の声が漏れる。映像は録画らしく、彼に話し掛けているのはラジエルの声だった。


『では、もう一度お聞きします。早急に対処すべき状況、とは?』


 ラジエルの質問に、ヴェステライネンは嘲るようにカメラを見つめる。


『今回注視すべきは大結界が破られた事ではない。まあそれも貴様らの無能さと怠慢が招いた事態だが……。問題なのは、街中に突如現れたとされる悪魔の方だ』


『と、言うと?』


『いいか? 本来転移術式というものは、双方向の術式定義……言うなれば転移する地点とされる地点の両方に、魔法陣あるいは空間管理者の許可がなければ成立しないものだ。これは当然分かるな? する側の一方的な都合で転移が出来るのなら、城の奥の魔王や敵軍の指揮官の目の前にでも転移できることになってしまう』


『それはそうですね』


『そう、本来は不可能であるはず。ましてやカルィベーリの結界は外部からの直接転移を全て遮断していたはず……。だが今回、奴らはその不可能なはずの一方的転移をやってのけた』


『……一体、どうやって?』


『正直に言おう。今は分からん。全く未知の言語や文法で組まれた術式か、極めて高度な技術による新魔術なのか、はたまた個人の異能に依るものか……あまりにも情報が足りない。だが今問題なのは、少なくとも今回の傭兵団、そして最悪の場合さらに多くの悪魔達がこの技術を握っているということだ。今回は街中で済んだが、次はお前の寝所に突然現れて首を刎ね、悠々と去っていくかもしれんぞ』


 ヴェステライネンはニヤニヤと笑みを浮かべて語り、そこで映像は途切れた。

 室内は水を打ったように静まり返った。誰もが語られた危機に竦み、怯えていた。ラジエルの傍に立つザドキエルだけが、退屈そうに欠伸をした。


「た……」一人が挙手をして口を開く。「対策は」


 ラジエルは金髪を揺らし、その質問を待っていたかのように淀みなく答える。


「まずは警備・監視体制の刷新。カルィベーリや各地の拠点内、またその付近についても、認可外の魔力反応があればすぐに検知・対応できるようなシステムを構築します。……しかし、それにも限界があるでしょう。そこで……」


 彼女は議場の天使達をゆっくりと見渡し、


「もっと抜本的な改善――即ち、悪魔達に対し圧倒的に不足している我々の戦力の増強を。……この危機に際し、私は長らく凍結中の『あの計画』の実行を提言します」


 会議場に、一際大きなどよめきが起こった。


「馬鹿な!」腰に大きな角笛を提げた、一人の天使が立ち上がる。彼は連合の内、北欧神話系の派閥を束ねる副官だった。「凍結だと? その計画は白紙に戻ったのではなかったのか! そんな事をすれば……!」


「すれば……」ラジエルは目を細め、薄っすらと笑みを浮かべる。「何なのでしょう? ヘイムダル卿?」


「…………!」


 彼――ヘイムダルは言葉に詰まった。そんな事をすれば、お前達の派閥が更に力を増してしまう――とは、言えなかった。

 白日連合は世界中の天使達が集まった組織だ。ギリシャ神話、北欧神話、日本神話――様々な神話や伝説を『出身』とする天使達がそれぞれ派閥を作っているが、中でも強大なのがキリスト教系、さらに言えばその中でもラジエルの派閥だった。彼女は地上に降りて早々に連合の第一指導者になり、今日に至るまで固め築き上げてきたその足場は既に何にも揺るがぬ盤石なものとなっていた。今回の大惨事に対して彼女の責任を追及する流れが早々に掻き消されたのも、その証左と言える。

 ヘイムダルは歯噛みした。今回の失態で失脚するかと思いきや、逆にラジエルは天使達の恐怖と混乱に漬け込んで更にその力を伸ばそうとしている。

 お前のどこが天使なんだ、女狐め――。

 そんなヘイムダルの心中を恐らくは見透かしつつ、まるで素知らぬ顔でラジエルは言葉を続ける。


「では、決を取ります。計画の凍結解除に賛成の方は白、反対の方は黒の陶片を投票してください」


 ヘイムダルは当然反対に投票する。だが、無意味であることは分かりきっていた。この議会の正当性はとうの昔に崩壊している。参加者はラジエルの派閥とその息のかかった者だけで過半数を越している。投票など表向きだけで、何の意味も持ちはしない。

 票の確認を終え、ザドキエルが結果を公表する。ヘイムダルは暗澹たる心持ちで深く俯いた。


「……それではこの結果を踏まえ、白日連合は今後、熾天使ミカエル召喚に向けた計画を実行に移します」


 穏やかな、しかし勝ち誇るようなラジエルの宣言が、会議室に響き渡った。







 カルィベーリ市街に佇む小さな酒場は、平時より人影少なく、それでも賑やかな喧騒に包まれていた。住民達は皆、不安を紛らわそうとするかのように酒を呷り、馬鹿騒ぎをしていた。

 ラジエルはそんな騒ぎを、苦虫を噛み潰すような顔で聞いていた。


「……やはりここは嫌いです。最悪です。すぐにでも潰しましょうか」


 そんなラジエルの隣にはザドキエルが座り、酔えもしないエールをごくごくと飲んでいる。


「まあまあ大将、そんな事言わず。皆不安なんですよ。街はこの有様だし、まだ結界も復旧しませんしね」


「ふん……」


 ラジエルは苛立たしげにストローでミルクを飲んだ。


「……時間流の操作が明らかになって、街には混乱が広がってますよ。あんたの異能から覚める人間も、二倍や三倍じゃ効かないでしょう。体制に不満を持つ人間もね。行政はほとんど麻痺、『聖歌隊』で処理するのにも限界がある。悪魔は新しい技術を手に入れ、そしてリゴル・モルティスを名乗る新たな敵……。課題は山積みだ。どうするおつもりですかな、お嬢様?」


「どうもこうもありません」ラジエルはまるで気にした様子もなく、「私は常に神の為、正しい道を選び歩んでいるだけです。その道の為には多少の犠牲も致し方ないでしょう。私に従う者は必ず幸福を得られます。着いてこられない者は切り捨てるべき落伍者……それだけです」


「はぁ〜……そっすか……」


 ザドキエルは呆れたように干し肉を齧った。


「でも、今日のありゃあ無いでしょう。あの会議は横暴すぎる。無駄に敵を増やすこたぁないんじゃないですか?」


 その言葉に、ラジエルは幼い外見に見合わぬ笑みを見せた。


「ザドキエル。貴方にも教えておきましょう……敵を作らざるを得ない時というのは、その相手が敵に回ろうが何の問題もない状況でやるものですよ」


 ザドキエルは表情を引攣らせる。


「うわぁ……。やっぱり俺には政治は向いてないっすわ、悪魔と殺し合ってたほうが百倍マシだなあ……」


「……そう、それで思い出しましたが……。あの“篠突く雷火”という天使、貴方の知人だそうですね?」


「へ?」思いがけない名前が出てきて、ザドキエルは面食らった。「まあ、よく面倒は見てましたが……。あいつが何か?」


「……“篠突く雷火”は先日、アスモデウスと交戦し、貴方が来るまで耐えていたそうですね?」


「ああ……まあ、そうですが……ちょっとの間、時間稼ぎをしただけでしょう?」


「いいえ、監視映像を見た限りでは、それだけには思えませんでした。……興味があります」


「ええー? その映像後で回しといてくださいよ。……あいつはただの天使ですよ? 俺が気に掛けてたのも、別に強いからとかじゃなく人間性の話で……」


「とにかく、私は興味があるのです。……既に手は回してあるのですよ」


「……って、まさか……」


「ええ」


 ラジエルはミルクを飲み干し、小さく笑んだ。


「『天秤』の一員に、“篠突く雷火”の調査を命じました」



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