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天魔屍侠譚  作者: スキャット
第3話「動乱のカルィベーリ」
42/44

3-21


 中央広場を包囲するように、続々と姿を現わす天使達。その中には、アルテミスと想兼の姿もあった。


「雷火! リリィちゃん!」


「アル……! 無事だったか!」


「ンギィッ! ギィ!」


「ら……雷火さん! 南国のめちゃでかい鳥みたいな声が!」


「あれは薬の切れた想兼だな……」


 天使達は血まみれで立ち尽くすアスモデウスに弓や銃を向ける。蟻一匹も通さない完全包囲だった。


「あー、こりゃ流石に分が悪りぃな」


 アスモデウスは周囲を見回し、ぼりぼりと頭を掻く。


「諦めんのか? 意外だな、最後まで足掻くタイプかと思ったよ」


 ザドキエルの言葉に、アスモデウスはかぶりを振る。


「俺ぁ強くなりたい、戦いたいだけで別に死にてえわけじゃねえんだよ。勝ちの目があるなら別だが、無謀に死にに行くなんて真っ平だね」


「そうか。じゃあ大人しく捕まってくれよ」


「いいや……悪いが逃げさせてもらうわ」


「……あん?」


 ザドキエルは片目でアスモデウスを見た。近くに仲間がいる様子も、包囲に隙がある様子も無い。だがアスモデウスはさして焦った様子もなく、かといって諦観の態度にも見えなかった。

 アスモデウスが懐から小さなタリスマンを取り出す。それは既存の魔装とは違う独特なデザイン、異様な雰囲気を放っていた。


「……!」


 ザドキエルは警戒し、アスモデウスから距離を取る。アスモデウスはにたりと笑った。


「……楽しかったぜ、ザドキエル。来た甲斐があった。またいつかやろうぜ?」


「……そいつがお前の切り札か?」


「はっ……まあ、そうとも言えるな」


 アスモデウスはタリスマンを握り込み、魔力を注ぎ込む。瞬間、彼の背後に、空間が割れるように黒い裂け目が生まれた。天使達に動揺が走る。アスモデウスが裂け目に足を踏み入れると、闇に飲まれたかのようにその先が見えなくなる。


「じゃあな、ザドキエル。……それから、“篠突く雷火”!」


「!?」


 唐突に名を呼ばれ、雷火は身を強張らせる。


「一応名前は覚えておいてやる。その下手糞な魔力運用、次会うときまでに直してなかったら殺すぞ」


「……お前、直って強くなってたら余計嬉々として殺すんじゃねえの?」


「あん? ……屁理屈こねんじゃねえ! それからそこのガキ……リリィだったか? 二度と俺の前に現れるなよ、マジで。ウンザリだわ……」


「えっ!? えっ? あっ? ……と、とにかく名前! 教えてくださってありがとうございます!」


 リリィの言葉の途中で、一本の矢がアスモデウス目掛けて飛ぶ。彼はそれを大剣で防いだ。


「転移する気だぞ!」

「逃すな!」


 天使達が次々と弓矢や銃を放ち、アスモデウスに迫る。彼は大剣を盾代わりに、黒い裂け目に潜り込んだ。


「おー、怖い怖い。じゃあな〜」


 ザドキエルが蹴りを放つが、裂け目はアスモデウスを飲み込むと一瞬で虚空に溶けるように消えてしまった。彼は舌打ちをする。


「……マジかよ……」


「ザドキエル様!」


 一人の天使が進み出て報告をする。


「たった今、カルィベーリ全域の他の悪魔達も同様の手段で一斉に退去したようです! あの、あの……我々はどうすれば……!?」


「……どうすれば、つってもなあ……」


 ザドキエルは懐から煙草を取り出し、火を付ける。


「……どうしようもねえだろ……」


 辺りは先程までの喧騒が嘘のように静まり返り、ただ天使達が呆然と立ち尽くしていた。

 周囲を見渡せば、人も天使も綯交ぜの、十把一からげの死体の山。生き残った天使達も皆傷だらけだ。そして恐らく、市街地ではこれから死者が屍者として復活し、犠牲者はさらに増えるだろう。彼ら天使達の、白日連合の完敗だった。

 ザドキエルは紫煙を吐き出す。煙に酩酊することも出来ず、虚しさだけが余計に募った。







「はぁっ……! はぁっ……!」


 フランツェスカは荒い息を吐き、両手剣を構えた。彼女の背後には非戦闘員の少女達が怯えた目で身を隠し、眼前には殺気立った悪魔達が武器を手に隙を伺っている。


「ちょっと! 大丈夫なの!? 筋肉女!」


 端末を操作しながらミランダが叫ぶ。


「大丈夫だっての……! お前こそ隊長達戻ってくるまで保たせろよ!」


「分かってるわよ今やってるわよ!」


 ミランダはそう言ったものの、結界は風前の灯火だった。既にこちらの防衛パターンは読まれ尽くし、次々と防壁に穴を開けられている。完全に突破されて結界が崩壊するのも時間の問題だった。

 そしてフランツェスカもまた、苦境に立たされていた。


「りゃああああッ!!」


 両手剣を振るい悪魔に斬りかかるも、剣で防がれる。だが彼女はさらに力強く両手剣を振り下ろし、防御を打ち崩した。トドメの一撃を振るおうとして――咄嗟に身を引く。別の悪魔が槍で突きを見舞ったからだ。腕を掠め、血が飛び散る。


「だぁーっ! もう!」


 大振りに剣を振るい、悪魔達を遠ざける。既に三人は倒したが、まだ悪魔達は五人も残っていた。有無を言わさぬ猛攻で反撃の隙を与えない彼女の戦闘スタイルは、対多数のこの状況では横槍ばかりでその利をほとんど活かせなかった。


「クソが……イキのいい女だな……」


「手足落として仲間の前で犯してやるよ!」


「あっそれいいな! 名案!」


 下卑た馬鹿笑いを浴びせる悪魔達に、フランツェスカは舌打ちをした。


「下劣……!」


 悪魔と切り結ぶフランツェスカを横目に、ミランダは必死の形相で端末を打鍵し続ける。周囲の仲間が不安げにそれを見つめる。


「ミランダ……あとどれくらい保つの……?」


「分からないわ。……少しでも読み違えれば、今すぐにでも……!」


「そんな……!」


「隊長っ! 急いでください! 隊長!」


 隊員が通信機に向けて叫ぶ。もはや一刻の猶予も無かった。


「あと少し……あと少しだけ……!」


 ミランダは限界を越えて尚も首の皮一枚でなんとか踏ん張っていたが、それもとうとう限界が訪れた。彼女の張り巡らせた防壁を掻い潜り、致命的な一手が術式の心臓部に突き刺さる。


「うっ……!」


 ほんの数瞬、フランツェスカの戦いに気を取られたのが命取りだった。穿たれた穴が押し広げられ、見る間に術式が崩壊していく。


「あぁっ! 待って! 駄目! 駄目ぇっ!」


 必死に復元を試みるが、水流が指の隙間を零れ落ちていくように、崩壊は止まらない。ものの十数秒で、防衛術式と特殊結界は完全に破られた。


「…………!」


 カルィベーリの大結界の崩壊と異なり、視覚的にはほとんど変化はない。だが既に、結界内外の通信も通行も復旧しているはずだ。すぐにでも天使達が街に雪崩れ込んでくるだろう。ここから逃げなければ。


「フラン……!」


 声を掛けようとして、ミランダは息を詰まらせた。フランツェスカが袈裟に斬られ、鮮血を散らしたからだ。


「ぐああっ……!」


「フランッ!!」


 隊員達の悲鳴。倒れたフランツェスカにミランダが駆け寄る。そこに、息を荒げた悪魔が剣の切っ先を向けた。


「ナメ……やがって……殺して……やる……」


「…………!」


 悪魔は残り二人。だがフランツェスカ以外、ここにいる隊員は全員が非戦闘員だ。人数は多くとも、皆まともに戦うことも出来なかった。


「馬鹿野郎……ミラ……逃げろ……」


 フランツェスカが弱々しく言う。だがミランダは、彼女に覆い被さるようにしたまま動かなかった。


「め……命令しないでよ……! 誰があんたの言うことなんか……」


「……いいから……逃げ……」


「……死ね」


 悪魔の剣が振り下ろされる。鮮血。隊員達の悲鳴。

 ミランダの頬に、ぼたぼたと血が垂れる。眼前の悪魔は不可解な表情。その腕は切断され、剣は地に落ちていた。


「ぐぅぅっ!?」


「何だぁ!?」


 そして瞬く間に、全身細切れに分解される。覚えのある手口に隊員達が顔を上げると、籠手を突き出したクロを先頭にして、第二部隊が帰ってきたところだった。


「やあ、いいタイミングだったかな」


「副隊長っ!」


「援ぐっ……」


 口を開きかけた最後の悪魔の頭部が、弾丸で貫かれる。見ると別方向から、菜乃達第一部隊が姿を現した。


「すまない、遅くなったな」


「……隊長……」


 フランツェスカが呆けたような声を漏らす。


「隊長……もう……ほんと……遅いですよおぉ……」


 ミランダは脱力して倒れこむ。下敷きにされたフランツェスカからは非難の声が上がった。


「貧相な癖に重いなお前、さっさとどけよ」


「はぁぁぁ!? お前っ……人が心配してやれば……!」


「はー? 頼んでないですしー?」


「この女……! 全員の前で辱めてやる……!」


「じゃれるのは後にしろ。……全員いるな?」


 菜乃は周囲を見渡し、隊員達を確認する。全員、という言葉には、言外に『生き残った者は』という意味が篭っていた。後方支援の第三部隊はともかく、第一、第二部隊の隊員達はその数を幾分か減らしていた。ここにいない面々の誰もが、厳しい日々と志を分かち合った仲間達だ。だが、今はそれには触れない。


「撤収準備をしながら聞いてくれ。皆、御苦労だった。我々の最初の一歩、第一目標は達成された。この街がこれからどうなるか――それを選択するのは我々でなく、この街の住人達だ。我々の役目は選択肢を与えること。その役目は果たせたはずだ。……ともかく言葉は尽きないが、皆よく頑張ってくれた。礼を言わせてくれ。……だがまあ、喜ぶのも反省するのも、ここを離れてからにしよう。よし、では全員撤収!」


 菜乃の号令と共に、隊員達が慌ただしく、けれど目立たぬように撤収の準備を始める。ひそひそ声の洪水の中、クロが菜乃に歩み寄る。


「お疲れ様、如月さん。大丈夫だったかい?」


「……妹に会った」


「へえ。それはそれは……」


 クロはそれを聞いても、然程驚いた様子もない。彼女は今日までも事前準備のため、頻繁に街の内外を出入りしていた。菜乃の家族の様子を見たことがあってもおかしくはない。


「……お前は……」


 お前は知っていたのか。そう訊こうとして、やめた。どうせロクな答えは帰ってこない。短いようで長いような付き合いの内に、菜乃も目の前の胡乱な、顔と戦闘技術と人を誑かす才能以外に信用すべき点が一切ないこの女については嫌という程分かっていた。

 代わりに、菜乃は辺りを憚る小声で口を開く。


「……ところで……どう思う」


 クロは少し俯き考え込む。主語は無かったが伝わったようだ。菜乃達が作戦を決行したのとほぼ同時に、カルィベーリに大量の悪魔が現れる。そんな偶然があり得るのだろうか。いや、あり得るはずがない。


「……手段はともかく、誰か裏で糸を引いているのは確かだね」


「……だが、誰が? 私達の作戦は極秘のはずだ。知っている者など……」


「いや……」クロは顔を上げ、菜乃を見据える。「一人だけいる」


「…………?」菜乃は眉間に皺を寄せたが、すぐにその答えに行き当たった。「……まさか……!」


 クロはこくりと頷いてみせる。それきり二人は口を閉ざした。このような話を他の隊員に聞かれれば、余計な混乱を生み作戦に支障をきたす恐れがある。今はとにかく迅速に撤収するのが優先だ。

 だが菜乃の心中にはいつまでも、疑念と困惑――そして一抹の納得がぐるぐると渦巻いていた。


 リゴル・モルティスの今回の作戦を知り、同時に悪魔の一団を結界内に送り込むような桁外れの芸当が出来る者。その心当たりが、一人だけあった。

 菜乃達を屍者の専門家であるエルドリッチ教授に引き合わせ、戦うすべを与えた者。何の見返りもなく、今回の作戦準備に尽力した協力者。常に卑屈な笑みを浮かべる、その小柄な悪魔は――名を、ロキといった。


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