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天魔屍侠譚  作者: スキャット
第3話「動乱のカルィベーリ」
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3-20


 極まった天使と悪魔の戦いは、詰まるところ魔力というリソースの削り合いとなる。攻撃と防御、感覚強化に治癒、異能の行使、そして武器の生成。全てが魔力によって行われ、そして魔力を切らせば無力となる。

 ザドキエルの取った徒手空拳というスタイルは、武器生成や魔術の行使で消費される魔力的な無駄を省くという観点で、天使と悪魔にとっては十分に実務的なスタイルといえた。




 業火が迸り、ザドキエルを襲う。彼は一瞬で横に飛んだ。人の腕めいた形状の五枚の翼が地を掴み、移動を補助している。

 ザドキエルは瞬時にアスモデウスに迫る。束ねた翼が巨大な棍棒のようにアスモデウスを殴り付けた。


「はァッはっはァーッ!!」


 続いて振り上げられた翼に対し、アスモデウスは大剣を振るい業火を放った。翼は焼け焦げて半ば消失し、ザドキエルは苦しげな表情を見せる。炎に焼かれ、石畳が赤熱する。


「……オォッ!!」


 ザドキエルは瞬く間に再生させた五枚の翼と両腕で、アスモデウスにラッシュを仕掛ける。大瀑布に打たれるかのような拳の連撃を必死に防ぐアスモデウス。次第に足元の地面が陥没していく。


「……!!」


 反撃の隙を伺うアスモデウスは、危機的状況に気付いて目を見張った。一切の反撃を許さない凄まじい連打を続けながらも、ザドキエルは既に力を溜めつつあった。連打を放つ翼でも腕でもなく、彼のその右脚に、膨大な魔力が充填されていく。


「チィッ……!」


 アスモデウスは連打を浴び続ける上半身に魔力を集中、硬化させ、防御の構えを解いた。途端に致死の拳の奔流が彼を襲った。だがそれも一瞬。アスモデウスは連打を浴びながら、大振りに大剣を振り抜く――肉を切らせて骨を断つ構え。


「らアァァァッ!!」


 が、ザドキエルはそれを読んでいた。一瞬速く連打を止め、軸足を踏み込む――石畳が盛大に砕け散る――そしてカウンターの形で、凄まじい魔力を秘めた右脚を、回し蹴りで叩き込む。


「シッ!!」


 砲撃のような轟音。衝撃波が遠く離れた雷火達に爆風のように届き、後方の家屋を纏めて粉砕した。


「ごッ……ぶッ……」


 アスモデウスの口からぼたぼたと血が溢れる。彼の身体は、ザドキエルの翼によって掴み上げられ拘束されていた。後方に飛んで衝撃を殺すことも出来ず、威力の全てをその身で受けたことになる。


「…………」


 翼が放すと、アスモデウスの身体はどさりと地に落ちた。ザドキエルはふっと息をつく。瞬間、その指が切り飛ばされた。

 アスモデウスだ。瞬時に起き上がり、脇差の抜き打ちで斬りつけた。ザドキエルは舌打ちをし、飛ばされた右手の薬指と小指を空中で掴み、断面に付ける。彼ほどの魔力ならばさほど時間をかけず再生できるだろうが、とはいえこのアスモデウスとの刹那の攻防の内には使い物にならないだろう。


「しぶとい……てか、しつっこい野郎だな……」


「くくっ……」


 アスモデウスは鼻をつまんで血を抜き、獣のような笑みを見せた。雷火との戦いでも傷付き、アスモデウスの攻撃で外傷どころか内臓までかなりのダメージを受けているはずだが、まるでそれを感じさせない。とにかく楽しくて仕方がないといった様子だ。


「拳で牽制と拘束……その間に本命の足技で仕留める。噂にゃ聞いてたが、受けてみると確かに厄介だな」


「へぇ、知ってたの。まあ、脚まで使ったのは久々だよ」


「くく……そりゃ大抵の奴は腕だけで死んじまうだろうなァ」


「……蹴りを受けて死ななかったのは、もっと久々だけどな」


 ザドキエルはゆっくりと構えを取る。微動だにしない身体と対照に、背の翼は隙を伺うようにゆらゆらと揺らめく。アスモデウスは大剣と脇差で二刀の構えを見せた。


「……ッッシャあ行ッくぞオラアァァッ!!」


 アスモデウスは大剣を振るい爆炎を放つ同時に、炎より速く突進した。


「!?」


 瞬時に迫ったアスモデウスの剣を、ザドキエルは拳で受け止める。硬化した拳に傷はない――だが一拍遅れて届いた業火が、アスモデウスごとザドキエルを焼き焦がした。


「ぐおッ……おおおッ……!?」


「はははははァッはーーッ!!」


 怯んだザドキエルの腹に、アスモデウスがトーキックをねじ込んだ。そして脇差で肩を貫く。


「がァッ……!!」


 鮮血が噴き出し、ザドキエルは顔を歪める。だがアスモデウスが引き抜こうとすると、脇差はびくともしなかった。ザドキエルが筋力と皮膚の硬化で刃を固定しているのだ。彼はアスモデウスの顎に突き上げるような掌底を喰らわせる。パンッ! と小気味いい音が響き、アスモデウスはたたらを踏んだ。


「ぐ……」


「づあッ!!」


 ザドキエルはアスモデウスを足の裏で荒っぽく蹴り飛ばし、刺さった脇差を引き抜く。アスモデウスはごろごろと転がり、鉄鎧がけたたましい音を立てた。そこからすぐさま態勢を立て直し、彼は低い姿勢のまま獣のように突進する。そして、ザドキエルに飛びかかった。


「ばゥッ!!」


「うッ……お……!!」


 アスモデウスは脇差と大剣を滅茶苦茶に振り回し、ザドキエルに高速で叩きつける。まさしく滅多打ちだ。大剣を振るうたびに炎が噴き出し、二者を高熱が炙る。


「はははははァーッ!! オラッ!! オラオラオラオラァ!! どうしたァーッ!!」


「……ンの野郎ッ……!」


 鋼鉄よりなお強靭、触れるものを容易く粉砕するほどの魔力が込められたザドキエルの腕が、次第に焼け焦げ、傷付けられていく。


「シィッ!!」


 ザドキエルはアスモデウスの腹に前蹴りを放つ。だが、読まれていた。脇差を放したアスモデウスの掌が、彼の爪先を掴んでいた。


「――!!」


「はっはァーッ!!」


 アスモデウスはそのままザドキエルを、遥か上空に放り投げる。


「うおっ……おぉぉッ……!?」


 翼があるとはいえ、ザドキエルに飛行能力はない。あとは重力に引かれて落ちるしかできない。そんなザドキエルに向け、アスモデウスは大剣を構えた。魔力を注ぎ込まれ、刀身が赤熱していく。炎では効果が薄いと見て、刃で直接両断しようというのだ。


「ザドさんっ!!」


 雷火が叫ぶ。アスモデウスは間近に迫ったザドキエルに笑みを浮かべた。高熱で彼の周囲が陽炎のように揺らぎ、血液が乾き蒸発していく。


「オラァッ!!」


 アスモデウスが大剣を振るう。赤熱した刃が光の軌跡を描き、真紅の業火が上空に向け解き放たれた。凄まじい爆炎が、街の遥か上空まで立ち昇る。雷火とリリィは言葉を失った。ザドキエルは笑みを浮かべたが――。


「……あ?」


 その笑みが固まった。瞬間、顎を蹴り飛ばされて倒れる。


「ぐっ……!?」


「……はーっ……」


 全身に火傷を負ったザドキエルが、空中で大きく息を吐いた。背の翼を地面に着き、落下のタイミングをずらして刃を避けたのだ。だが放たれた炎はまともに喰らい、息も絶え絶えの状態だった。


「あー……死ぬかと思った……」


 地面に降り、ふらつくザドキエル。アスモデウスもかなりの魔力を消費したのか、ゆらりと怠そうに起き上がる。


「便利だなァ……(それ)……。パクっていいか?」


「駄目だ。俺だって使いこなすの苦労したんだぞ」


「なんだ……そうかい」


 残念そうに首を振るアスモデウスに、ザドキエルはぽつりと口を開く。


「……アスモデウス」


「……あん?」


「お前さん、どうしてそこまで力を求めるんだ」


「……ああ?」


 唐突な問いに、アスモデウスは怪訝な顔を浮かべる。


「それほどの力を持つなら、分かるだろう。一人でどれだけ強くなったところで、何の意味も無い。結局のところ俺たちは、たまたま時代が混乱期だから活躍できただけの徒花だよ。一人の最強の兵士よりも、戦闘力は無くとも豊穣をもたらしたり大軍を転移させたりできる異能者や、技術を進歩させる魔術師のほうがよっぽど価値がある。……なのに、どうしてそうまでして力を求める?」


「最低の愚問だな、そりゃ」


 アスモデウスはせせら笑う。


「何故力を求めるのか、だあ? 力を求めねえ人間なんているわけねえだろ。王は権力を、商人は財力を、そして戦士は暴力を。誰もが力を求めてる。形は違えど根っこは同じだ」


「…………」


「他から奪うのも、奪われまいと身を守るのも。目的を果たすのにも、意志を貫き通すのにも。特に今のこの世界じゃあ、何をするにも必ず力が必要だ。世界を動かす血液にして細胞。限られた勝者の椅子を奪い合う場に上がる為のチップ。それが力だ。それを欲しない奴なんて、一人もいねえ」


 当然のことのようにザドキエルは話す。それは彼にとって、世界における唯一の真実だった。


「俺は数ある力のうち、暴力を選んだだけだ。『一人でどれだけ強くなっても何の意味も無い』、だあ? 俺はそうは思わん。権力、財力、人脈、知恵に経験……。この世のあらゆる力を前にして、唯一何もかもを無に帰せる力。それが全てを圧倒する暴力だ」


「馬鹿げてるな。お前がいくら強かろうと、魔王とその軍に目を付けられでもすれば終わりだろう。それこそ、奴らはお前を上回る暴力を持ってる」


「だったらそれより強くなればいい。一人で魔王だろうと軍だろうと全員ぶっ殺せるまで強くなりゃあ、他のどんな力だって意味は無くなる」


 その言い分に、ザドキエルはげんなりした顔を浮かべた。


「……思った以上に気ィ狂ってんな、お前……」


 アスモデウスは笑う。


「まあ、こいつは極端な理屈だ。だが完全な間違いでもねえ。要は俺にとっちゃあ強くなることだけが意味のあること……真実だってことだ。大体……」


 アスモデウスはじっとザドキエルを見つめ、


「手合わせすりゃあ分かる。たとえ不都合で不合理だと分かっていても、ひたすら強く、自分を研磨せずにはいられねえ。それしか出来ねえ、他に道を知らねえからだ。てめぇも同じ穴の狢だろうが」


「あー……分かっちまうかぁ……」


 観念したように、ザドキエルはへらへらと笑みを浮かべる。


「たりめぇだろ。ほら、それじゃあ同類らしく、さっさと続き始めようぜ」


 アスモデウスが大剣を振るう。だがザドキエルは軽薄な笑みを崩さなかった。


「いやぁ……悪いけどそうもいかねえなあ」


「ああ?」


「俺がここに来られたのは、ついさっきこの街を遮断してた結界が破られたからなんだわ。通信と通行が回復して、自由に行き来できるようになった。まあつまり……」


 ザドキエルが周囲を見回す。同時に次々と、広場を取り囲むように大量の天使が姿を現し始める。全員が武装している。街の外に締め出されていた、大量の兵士達だった。


「終わりだよ、アスモデウス」


 




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