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天魔屍侠譚  作者: スキャット
第3話「動乱のカルィベーリ」
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3-18



 振り下ろされた斧槍は脇差に受け流され、雷火の腹に拳が突き刺さる。


「ごっ……」


 よろめく雷火に、アスモデウスは横蹴り。斧槍の柄で受け止めて返しの拳を放つも、難なく躱される。その腕を脇差が深々と斬り裂いた。激痛。鮮血。


「うっ……ぐ……!」


「どうしたよ! 終わりか!?」


 横薙ぎに振るわれる斧槍。アスモデウスは距離を詰め、刃の内に入りつつ柄を前腕で受け止める。


「……!」


 雷火は総毛立った。放たれる、脇差による突き。肩口を突き刺され、肉が引き裂かれる。咄嗟に距離を取ろうとするも、斧槍はアスモデウスに確と掴まれてしまっていた。アスモデウスが剣を振り上げる。苦渋の決断ながら斧槍を手放し、雷火は背後に飛び退いた。


「はん……」


 アスモデウスは雷火を一瞥し、つまらなそうに脇差をゆるゆる振り回す。


「なんかよォー……期待外れだな、お前……」


 雷火は手ひどい傷をいくつも負い、息も上がっていた。斧槍も手放し、背中の翼はほとんど萎れて輪郭も消えかけ、風前の灯火だった。対してアスモデウスは負傷らしい負傷すらせず、本差の大剣すら抜いていない。


「…………」


 リリィは固唾を呑んで雷火を見つめている。彼女の策がどんなものかはさて置いて、アスモデウスの動きを止めるどころか、攻勢にすら出られず致命傷を避けるのだけで精一杯だった。

 認めるしかない。リリィの魔力がいくら膨大でも、今の雷火の未熟さでは、目の前の戦闘狂の悪魔にまともに勝つことは出来ないと。

 そう、まともにやっては勝てない。それでも勝ちを拾いたいのならば――賭けに出るしかなかった。


「……リリィ」


「はい!」


 二者の視線が交錯する。


「……あいつの動きを止める。行けるんだな?」


 リリィは決意の篭った眼差しと共に頷いた。


「はい! 任せてください!」


「……分かった――お前に賭けるぞ」


 雷火の腕に再び斧槍が顕現する。その輪郭は頼りなくゆらめき、ぼやけ、今にも消えそうだった。アスモデウスがせせら笑う。


「んだよそりゃよぉ……そんなザマで俺に傷付けられると思ってんのか?」


「ああ。試してみろよ」


 斧槍を手に、雷火は駆け出す。アスモデウスは悠然と迎え撃たんと脇差を構えた。

 雷火は両腕を上段に掲げ、兜割の構え。だがその斧槍は今にも消えそうなほど儚げに揺らめいていた。


「飽きたわ。死ね」


 断頭台めいて振り下ろされる斧槍に対し、アスモデウスは二本の脇差を振り抜いた。斧槍は砕け散り、粉々になった――かに、思えた。

 斧槍の柄はバラバラになり、魔力へ還元されて散った。だが、その先端部――刃だけは形を残し、雷火の右手に片手斧のようになって収まっていた。雷火は最初から、斧部のみに魔力を集中して形成していたのだ。


「オオオオッ!!」


「何ッ……!」


 斧が深々と、アスモデウスの肩口にめり込んだ。くぐもった苦悶の声を上げるアスモデウス。雷火は再び肩に斧を叩き込み、さらに深々と傷口を抉る。


「ぐゥおッ……!!」


 アスモデウスは剣を振るおうとするも、その前に雷火が片手を振り抜いた。ズタズタに斬り裂かれた腕から鮮血が飛び散り、アスモデウスの両目を塞いだ。


「く……!」


 一時、アスモデウスの視界がゼロになる。その隙を突き、雷火は斧を大きく振り上げ、その首元に振り下ろした。


「……!」


 だが斧は、アスモデウスの腕に防がれた。受け止めた掌からはぼたぼたと血が垂れるが、狙った首は無傷だ。まだ視力は回復していないはず。しかし彼はこの絶好の隙に雷火がどこを狙ってくるか、これまでの攻防で読み切っていた。


「今のは良かったぜ。だが……」


 アスモデウスは血まみれの掌で斧を掴み、雷火をぐいと引き寄せる。そしてその首に、脇差を突き刺した。


「……が……ッ!」


「終わりだ」


 雷火の口から血の泡が噴き出す。アスモデウスは超人的な膂力で脇差を振り抜き、そのまま雷火の頭を真っ二つに斬り裂いた。

 雷火は絶命し倒れるかと思われたが――違った。突如、その身体がシャボン玉のように弾け、かき消える。アスモデウスは目を見開いた。異能。彼の知っている異能。彼の仲間、“双鏡の”ダンタリアンのこれは、分身を作る異能――。

 咄嗟に振り向こうとしたアスモデウスの腕に、鉈が突き刺さった。


「ぐぅッ……!?」


 魔力で形成されたのではない、雷火が屍者を狩るために使う、ただの大鉈。鉄の籠手に阻まれ断ち落とせはしなかったものの、脇差を落とさせるには十分だった。


「てめェッ……!」


 アスモデウスはもう片手の脇差を振るう。だがそちらは、今肩口を深々と抉られたばかりだ。精彩に欠く一閃は、雷火の鉈に受け止められる。

 そして、アスモデウスの意識はこの数瞬、完全に雷火のみに向けられていた。彼が気付いた時には既に、すぐ背後までリリィが距離を詰めていた。


「ああ!?」


 アスモデウスは不可解に顔を歪める。今更この子供に何が出来るというのか。思考を巡らせ――彼女の胸元にある、それ(・・)に気付く。

 それは小さな丸い物体。拳状の手榴弾。ただの手榴弾ならば、霊的に高位のアスモデウスには大した痛手ではない。

 だが、彼は気付いてしまった。ごく僅かな断片情報から、その類稀なる戦闘感覚(センス)で。彼が殺した、リゴル・モルティスの少女達。その転がる死体、その胸元に同じものがあったはず。彼女らが用いるというならば、それは――銀の武器のはず。


「てめェッ……」


 何故この子供が知っている? 故意か? 偶然か? そも自爆する気か? 防げるか? 躱せるか? いや背後には“篠突く雷火”が――

 瞬時に巡らされたアスモデウスの思考を、激しい閃光と爆発が吹き飛ばした。






「うっ……お……!」


巻き起こった爆風に、雷火は顔を覆った。撒き散らされた破片のほんの一部が腕を掠める。それだけで肉が抉られ、周辺までも火傷のように爛れた。


「……銀か……!」


 銀の破片手榴弾とは恐ろしいものを考える、と雷火は身震いする。リリィが銀の効果を、ましてやそれを利用した手榴弾の効果を理解していたとは思えない。恐らくは偶然だろう。だがいくらアスモデウスとて、至近距離でこれを受ければひとたまりも無いだろう。


「リリィ! 無事か!?」


 返事は無い。一瞬不安になったが、巻き起こった土煙が晴れてくると、その向こうにリリィの姿が見えた。服は爆発であちこち破れているが、傷は既に治っているようだった。


「おいリリィ、どうし……た……」


 歩み寄ろうとして、雷火の表情が固まった。次第に晴れ行く土煙の中、大量の脇差を下げたアスモデウスが、倒れるでもなく立ち尽くしていた。


 咄嗟に爆発を防御したらしい両腕はズタズタに引き裂かれていたが、庇われた頭や胸は然程傷付いていない。生死を分けたのは、彼が身に付けた鉄鎧だった。物理的な防護が、飛散した銀の威力を弱めたのだ。もしこれが魔力で形成された鎧であれば、いとも容易く全身を貫かれていただろう。


「はァ……」


 アスモデウスは大きく息を吐き、リリィに目をやった。


「……やるな、ガキ。久々にマジで死ぬかと思ったぜ」


「……!」


 決死の策が効果を見せず、リリィは愕然と硬直した。


「……“果てなき薄暮”だ」


 ぼそりとアスモデウスが呟く。


「……え……?」


「てめェを助けた、悪魔の名前だ。そのクソ度胸に免じて教えてやるよ」


「……! あ……ありがとう……ござい……ます……?」


 呆けたように頷くリリィ。雷火は驚愕していた。“果てなき薄暮”。それなりに名の知られた強力な悪魔だ。まさかリリィを助けたのが、そんな大物だったとは。


「……さて……」


 身を翻し、アスモデウスが雷火に向き直る。その腕からは血が(したた)り、一部骨まで見えていたが、尚もしっかりと脇差が握られていた。


「……もう無いなら、終わりにするが?」


「…………」


 雷火の腕に斧槍はもう無く、背の翼もとっくに消えていた。もはや戦う力どころか身体を維持するだけの魔力すら足りず、指の一本も動かせなかった。


「雷火さんっ!」


 リリィが叫ぶ。雷火は再び斧槍を形成しようとしたが、小さな刃すら生み出すことはできなかった。雷火は深々と溜息をつく。


「……なあ、あんた。一つ頼みがあるんだが」


「あん? 何だ?」


「……俺はいい。あいつは、逃がしてやってくれないか」


 雷火はリリィに目をやった。リリィが血相を変える。


「何を言って……雷火さんっ!!」


「……頼むよ」


「あー、別にいいぜ。別に無駄な殺しは趣味でもねえし……大体アイツ、殺そうったって死なねえだろ」


「……そうか……」


「……ああ。それじゃあ……」


 アスモデウスが新たな脇差を抜く。抵抗どころか、今の雷火には逃げようと足を動かす力すら無かった。


「雷火さん! 逃げてください! 雷火さんっ!!」


 リリィはアスモデウスに斬りかかるが、おざなりに放たれた拳だけで地に転がされた。血と泥と煤にまみれ、彼女は必死に叫ぶ。


「雷火さんっ!! いや……やだ……!! 雷火さん!! 雷火さんっ!!」


「じゃあな」


 アスモデウスが振り上げた刃が、鈍い光にぎらりと輝く。雷火の胸に諦観がよぎった時――アスモデウスは不意にぴたりと手を止めた。


「……おお……?」


 何事かと顔を上げた雷火は、少し遅れてそれ(・・)に気付いた。

 凄まじく巨大なひとつの魔力が、ゆっくりと雷火達へと向かってきていた。


「おい……おいおいおい……?」


 アスモデウスは魔力の方向に顔を向ける。その口元が、次第に笑みの形に歪んでいく。

 次第に近付いてくるその魔力は、雷火のよく知るものだった。


「……まさか……」


 やがて彼が、死屍累々の中央広場に姿を現わす。

 堂々、や悠然、と言うにはあまりにも脱力した、ゆっくりとした足取り。着崩された連合の制服はよれよれで、その姿は一見くたびれた中年そのものだ。

 だがその身が放つ魔力は、アスモデウスにも全く引けを取らなかった。


「……よう、どうも初めまして」


 世間話でもするように、彼は口を開いた。


「ウチのもんが、随分と世話になったようで」


 そうして彼――ザドキエルは、紫煙のくゆる煙草を投げ捨てた。





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