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天魔屍侠譚  作者: スキャット
第3話「動乱のカルィベーリ」
37/44

3-16


「あーあーあーあー……お前、何なんだコレ、何があった?」


 雷火は中央広場の死体の山と、全身血だらけになったリリィの惨状に目を覆う。

 リリィはよろよろと立ち上がると、アスモデウスを指差す。


「ここに到着したら、もうあの人がいて……。昔、牢にいた時の顔見知りなんです。それで、もしあの人を負かせれば、私を助けてくれた悪魔さんの名前を教えてくれる、ということで……」


「……名前も知らなかったのかよ、お前……?」


「はい。だからこそ……」


 リリィは再び銀の剣を構える。


「……勝たないといけないんです」


「勝つったって、お前……」


 雷火はゆっくりと歩み寄ってくる悪魔を見て、怖気を覚えた。直接の面識は無いが、その姿はあまりにも有名だった。


「ありゃアスモデウスだぞ! 悪魔の中でも最悪にトんでる奴だ! お前なんかが勝てるわけないだろ!」


「確かにそうでした。とても敵いません。……なので……」 リリィは雷火を真っ直ぐ見据え、「雷火さん、お願いがあります。私と一緒に、あの人と戦ってください……!」


「…………」


 雷火は言葉を失した。リリィのローブはずたずたに引き裂かれ、大量の血がぼたぼたと滴り落ちている。見れば周囲の死体の中にも、彼女のものと思しきパーツがいくつも転がっていた。一体どれほど殺され続けたのだろう。想像を絶する苦痛のはず。相手の強さも嫌という程分かっているはずだ。

 だがそれでも、リリィの瞳には一片の迷いも無かった。厄介なことに、信じているのだ。雷火のことを。雷火と一緒ならば目の前の悪魔をも倒せると、信じられてしまっているのだ。

 全くもって、迷惑極まりない話だ。雷火には何の関係もない事情。勝手に巻き込まれ、勝手に期待され、勝手に信じられている。煩わしいにも程がある。

 けれど不思議と、嫌な気はしなかった。


「はっ……」


 雷火が急に考え込み無言になったことに、心細げな顔をするリリィ。その背を叩き、斧槍を構える。


「ああ、やってやるよ。そもそも向こうも、逃がしてくれる気は無さそうだしな」


 アスモデウスは脇差を手に雷火へ近付く。至極上機嫌だった。


「いいぃぃぃ魔力だなァーー……。……お前、名前は」


「……“篠突く雷火”」


「…………?」


 その名を聞いて、アスモデウスは怪訝な顔で首を捻る。


「……んん……? 知らねえな……」


「……結構有名人だと思うんだが」


「強え奴は覚えてるはずなんだがなー……最近『降りた』のか?」


「いいや、九年前だ」


「ああー……?」


 アスモデウスは尚も首を傾げていたが、やがて脇差を抜き放ち、切っ先を雷火へと向けた。


「まあいい。んなこたどうでもいいんだ。強い奴とヤれりゃあ何でもいい! 早くやろうぜ。まだか? もういいか? 早く早く早く! 」


 爛々と双眸を輝かせ、歯を見せて笑うアスモデウスはさながら餓狼を思わせた。雷火は深く息を吐き、呼吸を整えてリリィに声を掛ける。


「……お前は下がってろ。邪魔だ」


「……! 私なら大丈夫です! 斬られてもすぐ治りますし、足止めだけでも……」


「いいから下がってろ」


 雷火は有無を言わさず歩み出て、アスモデウスと対峙した。アスモデウスからは凄まじい闘気が放たれる。今この瞬間にも、雷火を殺す筋道を無数に想定しているだろう。手の内を見せ尽くしてしまえば、勝機はない。戦闘技術は相手の方が圧倒的に上だ。短期決戦に賭けるしかない。


「……らぁッ!!」


 踏み込み、首元へ向け放つ突き。だが掌で切っ先を逸らされる。踏み出した雷火の胸に、アスモデウスの膝が叩き込まれる。


「ごっ……」


 体勢を崩す雷火。振り下ろされる脇差――斧槍の柄で受ける。身体を捻り、巻き込むようにして斧部で斬りつける。飛び退いて回避したアスモデウスに、さらに槍部で追撃の突き。再び掌で捌こうとするアスモデウス――だが今回は違った。斧槍に触れた瞬間、渇いた音が響いた。穂先に纏わせた電流が、彼の腕を焼き焦がす。


「はっはっはァー!!」


 哄笑するアスモデウスは体勢を低くし突進、脇差で斬り上げる。対して雷火は斧槍を振り下ろす。刃がぶつかると思われたが、アスモデウスは瞬時に手首を捻り、紙一重で斧槍を避けてみせた。


「ッ!!」


 反射的に斧槍を手放し、仰け反るように身を躱す雷火。刃が目の前を通り過ぎ、前髪がぱらぱらと舞った。


「チッ……!」


 雷火は瞬時に距離を取り、新たな斧槍を顕現させる。魔力で武器を造るのはこうした利点があるが、威力と硬度を求めようとすれば必要な魔力も多くなる。そう何度も補充は出来ない――増してや今の雷火では。


「今のは()ったと思ったんだがなァ」


 アスモデウスはぼりぼりと頭を掻き、もう一本の脇差を抜いた。二刀流の構え。


「……そりゃどうも」


 雷火は内心で焦っていた。目の前のアスモデウスは、これまでに対峙したどんな敵よりも強い。リリィを助ける為に戦った魔王、カイムよりもだ。魔力の殆どを知覚と瞬発力に注いでいるというのに、まるで対処に余裕が持てない。少しでも判断を誤れば即座に死に直結するだろう。何より、既に翼から得られる魔力の三割ほどを消費してしまっていた。


「オラ行くぞォッ!!」


 二刀と共にアスモデウスが猛然と駆ける。雷火の斧槍に電光が迸った。間合いを詰められれば終わりだ。斧槍を振り抜き、前方宙空に雷撃を放つ。だがアスモデウスは跳躍し、まるで意に介さぬように飛び込んできた。


「はァーッはははははァァ!!」


「うッ……そだろッ!?」


 アスモデウスは空中で斧槍を踏み付け、二振りの脇差を振り下ろす。雷火は咄嗟に前腕を突き出し、そこに瞬時に魔力を注ぎ込んだ。

 鈍い音。硬化した腕が刃を受け止めていた。だがアスモデウスはにたりと笑む。腕に触れたままの刃を振り抜く。鋸のような表面が肉をずたずたに引き裂いた。


「があぁッ!!」


 鮮血。雷火は腰を捻って回し蹴りを放つ。だがアスモデウスは容易に見切り、飛び退いて距離を取った。


「雷火さんっ!」


 悲鳴を上げ、駆け寄ろうとするリリィ。


「いいから来るなッ!!」


 雷火は叫び、前腕に魔力を込める。リリィの治癒ほどでは無いが、魔力で自然回復力を高めることは出来る。少なくとも、辛うじて動く程度には。

 アスモデウスは電撃にあちこち焼き焦がされながらも、まるで気にする様子は無い。脇差の血を払い、首を傾げる。


「んん、お前、なぁーんか妙だな……?」


「……ああ?」


「魔力の使い方が下手糞すぎる。無駄が多すぎんだろ」


「…………!」


 たったこれだけの打ち合いで確信を見抜かれ、雷火は戦慄した。戦いにおいて、アスモデウスの勘の良さは尋常ではない。


「何か隠し球でもあるのか……なッと!」


 瞬時に距離を詰め、斬りかかるアスモデウス。雷火はギリギリの距離で斧槍を袈裟斬り、一瞬足を止めさせ、そのまま斧槍を一回転させ石突で胸を突く。打ち上げられ、僅か宙に浮いたアスモデウスに不可避の前蹴りを放つ。だがアスモデウスは瞬時に空中で身体を丸め、それを躱してみせた。


「な!?」


「ばッ!!」


 そのままアスモデウスは地を這うように低い体勢で、がら空きとなった雷火の軸足に足払いをかける。


「ッあ……!?」


「はっはァー!!」


 アスモデウスは発条(バネ)じみて跳ね起き、倒れた雷火に脚を振り下ろす。なんとか身をよじって回避。続く踏み付けに、雷火は腕から苦し紛れの電撃を放つ。一瞬アスモデウスが怯んだ隙に、転がって距離を取り体勢を立て直す。

 雷火は地面を蹴り、一瞬で距離を詰め、必殺の覚悟で斧槍に魔力を注ぎ込む。防御など無意味、当たれば即死の一撃。だが斧槍を放つ直前、雷火の眼前に何かが飛び込んできた。


「うっ……!?」


 咄嗟に身を捻って回避――アスモデウスが脇差を放り投げたのだ。完全に勢いを削がれた斧槍の一撃は、まるで難なく捌かれた。膨大な魔力が霧散する。行き場を失った魔力が閃光と共に周囲に放たれ、アスモデウスは距離を取った。


 雷火の息は既に上がっていた。魔力も残り少ない。翼は輪郭が薄れ、今にも消えてしまいそうだ。それなのに、未だアスモデウスには傷らしい傷も与えられていない。魔力だけでは埋められないほどの圧倒的な経験の差を、雷火はまざまざと味わっていた。


「やっぱりおかしいな、お前」


 アスモデウスが怪訝な顔で雷火を見る。


「魔力はヤベェのに使い方がまるでなってねえ。戦車にガキを乗っけたみてえだ。何なんだ、お前?」


「…………」


 雷火は答えない。アスモデウスは呆れたように、再び脇差を抜いた。


「雷火さん!」


 駆け寄ってきたリリィの顔は、至極不機嫌そうだった。


「……私、何てお願いしましたっけ?」


「ああ? あいつを倒しゃいいんだろ、いいからどいてろ」


「一緒に戦ってください、と言ったんです! あなたにだけ戦ってほしいわけじゃありません!」


 怒りながらも、リリィは雷火の引き裂かれた腕を治癒していく。


「ボロボロのくせにかっこつけないでくださいよ! もうとっくにピンチじゃないですか!」


「お前よかボロボロじゃねえだろ! 今から逆転するから黙って見てろ!」


「雷火さん!」


 リリィは雷火の顔を両手で掴んだ。


「……私一人ではあの人に勝てません。あなたが来てくれたのは本当に……本当に嬉しいけれど、きっとあなただけでも勝てません」


「…………」


 雷火は顔を固定され、目も反らせずに目の前の紅玉のような瞳に見据えられる。


「……だから一緒にやりましょう。雷火さんとなら、きっと勝てます」


「…………」


 迷いの無い瞳。雷火は息を呑む。


「おー、さっさとしてくれや。別に二人掛かりでもいいぞー」


 アスモデウスから野次が飛んだ。雷火は深々と息をつく。


「……何か、策はあるのか?」


「はい!」


 期待はしていなかった問いだが、リリィはこくりと頷いてみせた。周囲の死体の山を一瞥して、言う。


「……少しだけ……ほんの少しでいいので、あの人の動きを止めてください。……お願いできますか?」


 策の内容は分からない。戦いのことも、天使と悪魔のこともまるで知らないリリィに、何が出来ると言うのか。けれど――。


「……上等だ。やってやるよ」


 けれど雷火は、この少女に――リリィに賭けてみようと思ったのだ。

 斧槍を構え、雷火は――否、雷火とリリィは、再びアスモデウスと対峙した。




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