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天魔屍侠譚  作者: スキャット
第3話「動乱のカルィベーリ」
35/44

3-14



 カルィベーリ大図書館は、火の手に包まれていた。侵入した悪魔が放った炎は貴重な書物達を糧として、瞬く間に燃え広がりつつあった。

 そんな中、想兼は書架と炎の隙間を縫うようにして、必死に駆けずり回っていた。その全身は既に煤と血にまみれていた。


「俺ーッ!! こっちだぞォァ!!」


 どこからともなく叫ばれ、想兼は舌打ちをした。元より動くには適さない図書館に火の手が回り、さらにどこに行ってもあの悪魔――“双鏡の”ダンタリアンの生み出した分身が彼女を探し回っている。逃げ場などほとんど無かった。

 想兼の武器は一丁のリボルバーのみ。それも分身に対して無駄に発砲しすぎて、もう弾丸は残り僅かだった。これまでに十数体の分身を倒しただろうか。

 いくら分身を倒してもキリが無い。必ず居るはずの本体を探し出して仕留めなければジリ貧だ。だがこの状況で、無数の分身の中から本体を探し出すのは至難の業といえた。


「うっ……!」


 心許ない体力で必死に走っていた想兼は、慌てて足を止めた。目の前の棚の陰から、不意にダンタリアンが姿を現したからだ。すぐさま撃とうとして、手を止める。弾丸は残り少ない。もし分身だったら、さらに状況が悪くなるだけだ。

 そんな迷いを突かれ、想兼は背後から腕を掴まれる。もう一人のダンタリアンだ。


「あっ……!」


「おっ……おっ……押さえてろよ、俺ェ……」


 目の前のダンタリアンは小さな刃物を取り出し、想兼に迫る。


「離せっ……うっ……あああああぁあッ!!」


 刃を胸に突き立てられ、想兼は悲鳴を上げる。さらに悪魔は、刺さったままの刃を滅茶苦茶に動かし、傷を抉り押し広げる。


「おっ……おっ……いい……その悲鳴いい! 最高!!」


「メッチャいいな俺ェ!! 俺ェエ!!」


「ああぁあああああッ!!」


 想兼はほとんど半狂乱で銃を放ち、ダンタリアンの胸を撃ち抜く。が、やはり分身。背後のダンタリアンにも発砲――やはり、分身。


「はっ……! はぁっ……!……あぁぁもぉぉド変態めぇぇ……!」


 胸の傷自体はそう深くはない。ダンタリアンは先程から何度も、こうして想兼が死なないように、されど激痛を感じるように、拷問めいた攻撃を続けている。手足も胴も、既に全身血まみれだ。顔だけは傷付けないのがかえって想兼の嫌悪感をさらに煽った。悪魔は明らかに、この状況を愉しんでいる。


「俺ェ……ととっ……撮ったか……?」


「ああ……ごっ五年は使えるぞ俺……」


 すぐ近くから、また悪魔の声が聞こえてくる。何に使う(・・)つもりなのかは考えないようにした。発砲しようとしたが、残弾の少なさを思い出してやめる。残りは僅か二発。踵を返し、想兼はまた走り出す。


 異能を使えば推理をすっ飛ばして本体の居場所という答えに辿り着けるだろうが、それにはあまりにも情報のインプットが足りない。答えを得る前に、弾丸か想兼の体力のほうが底を尽きそうな状況だ。

 想兼は息を切らしながら、断片的な情報を整理する。


 まず、今戦っている悪魔は、想兼と同じく異能に魔力を割り振って身体能力は人間並みのタイプだということ。本体さえ見つければ、銃で問題なく殺せるはずだ。

 次に、一度に大量の分身を生み出すことは出来ないということ。分身との遭遇はキリが無いが散発的だ。一度に山のような分身に襲いかかられたら、想兼はとっくに殺されていただろう。


 ……それだけだ。確かな情報はそれだけしかない。


「んんんんん……なんで私がこんな目にぃぃ……」


 ピルケースから薬を取り出して嚥下する。


「んっ……ふっ……ふぅっ……あっ……やっ……ヤバい……! 海王星が……!」


 想兼は目玉をぎょろぎょろと忙しなく動かし、意識を飛ばし掛け、書架に思いっきり突っ込んだ。


「ぶっぐぉあっ」


 衝撃で本がばたばたと落ちてくる。その音に気付き、後方からダンタリアンが現れる。


「俺ェェ!! いっいたぞッォ! こっちだォァ!!」


 周囲の仲間――といっても本人だが――を呼び集めつつ、ダンタリアンが想兼に歩み寄る。


「にっにっ逃げられるわけないだろ、どう考えてむお……で出口も全部固めてるんだぞ……ぐくっ……ふふっ……」


 くぐもった笑いを漏らすダンタリアンの股間を、想兼が蹴り上げた。


「うっぐっおっ……!」


 想兼は股を押さえて蹲るダンタリアンに歩み寄り、


「なるほど、致死でないダメージなら消えませんか。……では、あなたに一つ、いい事を教えてあげます」


 想兼は悪魔の耳元で、小声である事を囁いた。ダンタリアンは不可解な顔を浮かべる。


「…………あ……あ……? いきなり……何……」


「……さあて、何スかね?」


 そしてダンタリアンの頭をリボルバーで撃ち抜いた。その身体が弾けるようにして消える。弾丸は残り、一発。


「あー……最ッ悪……」


 その最後の一発を――想兼は、自らの腹に撃ち込んだ。







「俺ェェ!! いっいたぞッォ! こっちだォァ!!」


 分身の叫びが響き渡り、ダンタリアン達は声の方へと導かれる。続けざまに二発の銃声。

 向かってみると、五人ほどのダンタリアンが書架の通路を塞いでいた。


「どっどどうした、俺」


「ちち力尽きたっぽいぞ、俺ォ」


 一人が道を開けると、その向こうには追い掛けていた天使の少女――想兼が、ぐったりと書架に背を預けていた。全身血まみれだが、特に腹からかなりの出血。銃は床に転がり、分身と争ったのか付近の棚が一部壊れて破片が床に転がっている。


「おいおいおおい……どのおっ俺だ? ここれじゃあすぐにしし死んじまうぞ」


「もっもう消えた奴っぽいぞ俺ェ……動画も撮ってないし……」


「くっくっクソだなマジでェッエ……」


「…………」


 想兼はゆらりと生気の無い表情でダンタリアン達を見上げた。


「……こっ……これじゃああんまいい反応撮れないぞゥォ……はぁぁ……せせっかくの美少女が…………」


 溜息をつき、一人のダンタリアンが想兼のもとへ歩み寄る。


「お前ェ……今から、すっしっ死ぬんだぞ……どどどうだ……?」


 想兼は僅かに顔を上げ、呟く。


「……どう思います……? まだ伸びますかね……?」


「おおあ……? 何だ……?」


 不可解な想兼の言葉にダンタリアンは首を傾げたが、


「……しし知らん……何言ってる、おお前……?」


 今際の際の錯乱として受け流した。


「こっ絞殺でいいか、俺ォ」


「いっいっいいんじゃないか俺ェ」


「やっぱりくく首絞めはいいぞ俺……」


「絞殺いい……」


「よっよよし……じゃあ……」


 ダンタリアンの腕が細い首筋に伸びた時――想兼の顔に、笑みが浮かんだ。


「おぐっ!? うごあああああ!?」


 苦悶の絶叫。首を絞めようとしたダンタリアンの喉元に、小さな木片が突き刺さっていた。破壊された本棚の破片だ。


「がっ……ぐがっ……ぶぼぇっ……」


 苦しみもがくダンタリアンは、しかしいつまで経っても消滅しない。傷口からは赤黒い血が噴き出す。間違いなく、これが本体だ。

 周囲の分身達は一瞬想兼に襲い掛かろうとしたが、本体の集中と魔力が失われ、次々に消滅していく。ビデオカメラだけが床に落ちて転がった。


「ごっ……だっ……何でっ……だんで分かっ……」


「……ぶっちゃけ、分かったわけではないっスけどね」


 想兼はゆっくりと立ち上がる。多少ふらついてはいるものの、足取りは瀕死のそれではない。演技だったのだ。


「……あなたの分身は、わざわざ叫んで仲間を呼んでいました。分身と本体の間で情報の共有が行われていない証拠っス。先程私が教えた秘密(・・)の内容を知らないのもその証」


「……あ……ぉあ……?」


「そして、感覚も共有していない。何度分身が殺されようと、痛めつけられようと、他の分身はピンピンしているどころか怒りすらしていませんでした。その性質と、あなたの性的嗜好を利用させていただいたんスよ」


「あ……? お……俺の……?」


「そう。あなたの嗜虐主義は明白でした。そんなあなたが格好の獲物を殺す際、感覚の共有されない分身に任せるなんて勿体無いことをするでしょうか? いいえ。必ず自分の手、自分の感覚で味わおうとするはず。私だって上物のクスリは人に感想聞くより自分でキメたいですからね」


「…………!」


「正直自身は無かったですが、まんまと引っ掛かってくれましたね。いやぁ分かりやすい変態で助かったっスよ。ネクロフィリアとかなら死んでましたね〜」


「ぐ……ご……ごの女……!」


「それではさようなら。最後にモイちゃんのスリーサイズを知れたことを冥土の土産にするといいっス。 バーカバーカ! そこで一人で焼け死ぬがいい!」


 怒りに身を震わすダンタリアンを放置し、想兼は走り出す。図書館は間もなく炎に呑まれるだろう。だが、彼女の行く先は出口ではなかった。


「あああ早く早く……!」


 向かった先は、目当ての魔導書『妖蛆の秘密』があるはずの書架だった。その本が無ければ、リリィの魔法陣の謎を探る道が途切れてしまう。だが迫る炎の中でいくら必死に探しても、魔導書は一向に見つからなかった。


「無い……無い無い無い……わぁ!?」


 想兼の目の前に、燃え盛る木材が崩れ落ちてきた。炎は燃え広がり、目当ての書架までもが燃え始める。想兼はしばらく逡巡したが、最早限界だった。出口に向けて走り出す。既に視界のほとんどが炎に包まれ、大量の火の粉が舞い踊っている。彼女自身も満身創痍、腹からの出血も止まらない。


「死ぬっ……! 死ぬ死ぬ死ぬ……! マジで死ぬ……! やだぁぁー!!」


 熱波に煽られながら、想兼は何とか大図書館から飛び出す。一気に視界が開けた。清浄な空気を胸一杯に吸い込む。


「はぁ……はあぁ……げっほ……おぇっ……」


 振り返って見た大図書館は、既に外観まで業火に包まれ悲惨な有様だった。とても中には戻れそうにない。その時けたたましい音が鳴り響く。崩落が始まったのだ。


「ああ……本、見つからなかったなあ……」


 想兼が肩を落とした時、遠くから轟音が響き渡った。


「ふぉっ……何!?」


 驚いてそちらを見ると、遠く街の上方、丘の上に聳える大聖堂が、爆音と共に崩壊していく光景が飛び込んできた。


「嘘でしょうお!?」


 想兼は呆気に取られてその凄まじい光景をしばらく眺めていたが、我に返って通信術式を取り出す。が、やはりヴェステライネンとは繋がらない。アルテミスと雷火にも掛けてみたが、二人も通話に出なかった。


「……ああもう……やめてくださいよぉ……!」


 薬を取り出そうとするが、ケースは既に空だった。想兼は強い不安に駆られ、矢も盾もたまらず駆け出す。


「お願いですから……全員無事でいてくださいよ……!」


 走り出した想兼の背後で、燃え盛る大図書館が崩れ落ちた。




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