表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天魔屍侠譚  作者: スキャット
第3話「動乱のカルィベーリ」
32/44

3-11


「結界の解体、急激に進んでいます! 外部からの支援が始まった模様!」


「よし、行けるぞ……!」


 大結界を始めとしてカルィベーリを維持する全ての術式の管理・維持を担う施設――術式管理棟は、俄かに活気を取り戻そうとしていた。突如出現した、市街部を隔絶する特殊結界。それまで必死の攻勢にもまるでびくともしなかったその結界が、ここにきて急速に解体されはじめたからだ。

 悪魔の襲撃という緊急事態だが、現状、結界で閉ざされた市街内部にいる天使の数は心許ない。一刻も早くこの結界を破壊し、外部との連絡を取り戻さねばならなかった。

 だが、その思惑は脆くも崩れ去ることとなった。


「ぎゃあぁっ……!」

「がっ……!」


 一心不乱に術式端末に向かっていた天使の術者達は、施設の外から漏れ聞こえてきた悲鳴にはたと手を止めた。外には警護の天使達が控えているはずだ。生半可な悪魔が攻めてきても、そう簡単にやられるはずがない。

 しかし悲鳴は断続的に続き、その度に少しずつ、魔術師達の詰めるモニタールームに近付いてくる。不安に囁きあい、顔を見合わせる術者達。


「おい……これって……」

「いや……まさか、そんな……」


 そしてついに、モニタールームの扉が開け放たれた。そこに立っていたのは、黒の装備に身を包んだ数人の少女達。その手には銀の武器。先頭に立つのは、帽子を目深に被り、無骨な手甲を両手に着けた少女だった。


「……こいつらが……!?」

「ひぃっ……!」


 俄かに色めき立つ魔術師達の中、一人の天使が躍り出る。振り上げた腕に魔力の槍を形成し、渾身の力で投擲する。


「喰らえッ! 」


 超高速で放たれた投げ槍は瞬時に先頭の少女に迫り――どこかへ消えた。


「……は?」


 槍を投げた天使が呆けた声を出す。目の錯覚か、相手が何かしたのか。まるで虚空に溶けるかのように、投げ槍はどこかへかき消えてしまった。


「みんな伏せてろッ!」


 魔術師の一人が机に乗り上げ、魔装を構える。魔力を弾丸に変換し高速で連射する、いわばマシンガンのような武器。トリガーを引くと同時に、秒間十五発の魔弾が豪雨のように少女達を襲う。

 だが、彼女らには傷ひとつ無かった。その場の術者達の誰もが目を疑った。少女らは指先ひとつ動かしている様子も無い。よく見れば、魔力の弾丸はその全てが少女達に届く前に霧散して消えてしまっている。


「御機嫌よう。天使の皆さん」

 

 魔弾の雨の中、先頭に立つ帽子の少女が、艶やかに唄うように口を開く。


「さようなら」


 ふっ――と空気を掻くように、少女は手甲を着けた腕を振るった。無音のまま、何かが煌めく。瞬間、鮮血。室内の半数ほどの天使達が、全身バラバラに解体されてボトボトと床に落ちる。


「……へっ? えっ?」


「あぁっ!? わぁぁああっ!?」


 同胞の撒き散らした血を全身に浴び、恐慌に陥る魔術師達。


「うわあぁぁぁぁっ!!」


 一人がナイフを構え、帽子の少女に斬りかかる。だが少女が僅かに指を動かすと、天使の手首は切断されてぼとりと落ちた。


「あっあっあっ……うぐあぁっ……!?」


 少女が天使の首を掴み上げる。


「あ……あ……あぁ……?」


 天使は見る間に脱力し、崩れ落ちた。その身体を離すと同時に少女が腕を振るうと、残った天使達も皆一瞬で解体される。数十人もの魔術師が控えていた術式管理棟は、瞬く間に全滅した。


「あ……お……お前……その……身体……」


 床に這い蹲る、手首を失った天使が震えながら口を開く。


「……まさか…………。……屍者……か……?」


 帽子の少女――クロは、ふっと口元を緩める。


「御名答」


 クロが腕を振るう。最後の天使も輪切りにされて絶命した。

 銀を織り込んだ極細の糸。強靭さを保ちつつ極限まで細い糸を肉眼で捉えることは難しく、銀の繊維は魔力で構成された身体をバターのように切り裂く。天使と悪魔にとっては不可視にして必殺という理不尽極まりない代物。それがクロの武器だった。


「……案外呆気なかったですね」


 天使の死骸を靴先で転がしながら、隊員の一人が言う。


「彼らは兵士ではないし、敵が攻めてくることなんて殆ど考えてなかっただろうからね。……それに、僕達のこの身体に初見で対応できる『羽付き』なんて、殆どいないだろうからね」


 魔力を吸収する、魔術の効かない身体。心ある生者のまま、心なき屍者の身体となる。それがリゴル・モルティス唯一にして最大の、天使と悪魔を滅ぼす為の武器だった。人を超えた存在を倒すには、人であることをやめる他に道はない。

 隊そのものの名となった、意識を保ったまま屍者の身体となる技術――“屍兵計画(リゴル・モルティス)”は、屍者の専門家、エルドリッチ教授によるものだ。技術提供とメンテナンスの見返りに、リゴル・モルティスは彼に天使と悪魔の死体を検体として提供している。


「……さて、あとは如月さん次第だけれど……」


 クロの率いる第二班の役目は、ここ術式管理棟を襲撃し、機能を喪失させることだ。その目的は果たされた。あとは菜乃が隊長を務める第一班が目標を達成すれば、今回のリゴル・モルティスの作戦は成功となるのだが――。

 クロは嫌な胸騒ぎがしていた。この一年、頻繁にカルィベーリに出入りしていたクロと異なり、菜乃は故郷を出て以来一度も帰ったことはない。彼女の迷いになると思い、市街の近況を報告したことは無かったが、彼女もきっと心のどこかで気にかけていたはずだ。

 菜乃がカルィベーリを出てから一年。街では既に十年もの時が過ぎているのだから。







 見慣れた景色。馴染んだ街並み。まるで変わらぬようでいて、よく見れば記憶よりいくらか色褪せ、古びているのが分かった。それも当然だろう。菜乃がこの街を出てから、ここではもう十年が過ぎているのだから。


「……隊長!」


「ああ……」


 菜乃と隊員達が足を止める。そこはカルィベーリの街をひたすら上へ、中央へと走り続けてきた彼女ら第一班の辿り着いた先。市街全土を睥睨して聳え立つ大聖堂が、菜乃達を見下ろしていた。


 様子を伺うと、中には多くの天使が慌ただしく通信で指示を出しているようだった。そこに混じってちらほらと、この街の住人で構成される『聖歌隊』の少女達の姿もあった。今は見えないが、恐らく聖堂の中には白日連合の指導者、ラジエルもいるだろう。

 菜乃が率いる第一班の目標は、建物そのものが巨大な術式の役割を果たしているこの大聖堂の破壊と、もうひとつ。カルィベーリと白日連合の指導者、ラジエルの暗殺だった。


「……行くぞ。ラジエルが最優先だ。『聖歌隊』は殺すな」


「はいっ」


 隊員達は小声で頷いた。




「……そうだ。未確認だが街にいるのは黒貂熊傭兵団という情報もある。とにかく手が足りん。屍者も発生している。一刻も早く外部と……」


 この非常事態にあたり、臨時司令部とされた大聖堂。街中に散らばった兵に指示を飛ばす天使達の足元に、どこからか小さな丸い物体が放り込まれた。


「……?」


 一人がそれに気付き、怪訝な顔で見下ろす。拳大の丸っこい物体。

 ――瞬間、閃光、爆音。付近にいた天使達が、声すら上げずに全身を引き裂かれ絶命する。

 対天使に特化した破片手榴弾。内部に仕込まれた銀の破片が起爆と共に高速で飛散、周囲の敵を一瞬で殺傷する。


「なぁっ……!?」

「え……えぇっ……!?」


 動揺する天使達。混乱に乗じ、菜乃達が一気に聖堂内に突入する。状況を理解するより前に、さらに数人の天使が斬り伏せられる。


「敵……敵だぁっ!」


 部下達が次々と天使を片付けていく中、菜乃は脇目も振らずに聖堂の奥へと疾走する。その眼光が捉えるのはただ一人。鮮やかな金髪を腰の下まで伸ばした少女――ラジエル。


「ラジエル様! お下がりを!」

「守れ! 速くラジエル様を守れ!」


 襲いかかる二つの影。菜乃は天使の首を切り裂き、聖歌隊の少女は裏拳で顎を殴りつけ昏倒させる。


「ラジエルッ!!」


 銀の剣を携え、菜乃はラジエルに斬りかかる。僅かに目を見開くラジエル。だが振り下ろされたその刃を、飛び出した何者かが受け止めた。


 ナイフで剣撃を防いだのは、聖歌隊服に身を包んだ一人の少女。その顔を見て、菜乃の心臓が大きく跳ねた。


「…………お前……は…………!」


「……何をしに戻ってきたの?」


 菜乃がこの街を出てから、一年。この街では十年の時が過ぎていた。

 随分と変わってはいるが、その目、その声、その姿を見紛うはずもない。


「……如月菜乃」


 菜乃のただ一人の妹――能乃は、姉に冷たい憎悪の目を向けた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ