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天魔屍侠譚  作者: スキャット
第3話「動乱のカルィベーリ」
31/44

3-10

 ライフルの薬室内に生成された魔力の弾丸は、引き金を引くと共に発射されて饕餮(とうてつ)に迫る。だが悪魔の頭部にある皮を剥がれたような傷から衝撃波が放たれ、容易く魔弾をかき消した。


「うっ……!」


 衝撃の余波に襲われ、アルテミスは吹き飛ばされて転がった。素早く体勢を立て直し、間髪入れずに迫る爆炎に発砲、魔弾を爆発させて相殺する。

 アルテミスは立ち上がり、饕餮を睨み付けて血混じりの唾を吐き捨てる。息は上がり、その全身は既に至る所傷だらけだった。


「随分素敵になってきましたねぇ……」


 饕餮はうっそりと口を開く。


「やはり血と傷は男性も女性も凛々しく雄々しくかつ蠱惑的に彩る最高のアクセントですねぇ……貴女もそう思いませんかぁ……?」


「あ……それはちょっと分かるけど……。自分では実践したくないかな……」


「左様ですかぁ……」


 饕餮はしょんぼりと眉を下げた。


「先程の衝撃波は六年前に英国で手合わせしたさる高名な魔王のものです……彼は持続的に衝撃を放ち滞空したり範囲を狭めて貫通力を高めたりと様々な素晴らしい技術を見せてくれましたが……生憎と私が受けたのは広範囲への無差別攻撃のみでした。いやぁ、お見せできず心苦しい……」


 心底から無念そうに胸を抑える饕餮を、アルテミスはじっと見据えた。


「あなたの能力……過去に受けた傷への攻撃を再現するものだよね?」


「おやぁ……気付かれましたか。まあ、隠しておける類の異能でもありませんが……」


 饕餮は能力を見抜かれたことをまるで意に介さぬように頷いてみせた。


「素敵な異能でしょう? 私は一度味わった甘美な『傷の記憶』を何度でも蘇らせることが出来るのです……。故に貴女にも、私に素晴らしい傷を与えていただけるのではと期待していたのですがぁ……」


 アルテミスに顔を向けると、饕餮は溜息を漏らした。


「……少々残念です。貴女の異能……弾丸の軌道操作……ですか。他に何か隠し弾丸(だま)は無いのですかぁ……? 私を震えさせてくれるような……」


 アルテミスは片目を瞑る。


「……悪い?」


「……あぁ……残念です……」


 また溜息をつき、饕餮は目頭を押さえた。

 アルテミスの魔弾による攻撃は饕餮の強靭な身体にはほとんどダメージを与えられないが、饕餮の攻撃も大部分がアルテミスに相殺あるいは回避されてしまう。戦いは千日手になりつつあった。

 それを打破すべく動いたのは、饕餮だった。


「もっと楽しみたいのは山々ですが、そういうことなら仕方ありませんねぇ……。時間も無限ではありませんし、他に出向いて、私を満足させてくださる方を探そうと思います……」


「……逃げる気?」


「いいえぇ……」


 饕餮がゆっくりと、肩から先の無い右腕の断面をアルテミスに向ける。


「一息に――終わらせていただきます」


 饕餮の肩口から、凄まじい魔力が放出される。迸る魔力が弾け、電流のようにばちばちと音を鳴らす。現れたのは膨大な魔力を秘めた――アルテミスの魔弾を果てしなく強化したかのような、ひとつの巨大な矢とでも言うべきもの。放たれる青白い光は、どこか月の光を思わせた。


「…………!!」


 息を呑むアルテミスに、饕餮が告げる。


「私が受けた『傷の記憶』の内、最も美しく苛烈なるものでお相手しましょう……。“嶽穿つ極光”……。貴女の先代、女神アルテミスのものです」







 斧槍から放たれた雷撃が、悪魔の幻影を貫いて弾けさせた。雷火は知る由も無かったが、悪魔“双鏡の”ダンタリアンが街中に放った分身の内の一体だった。


「はぁ……っ」


 雷火は呼吸を整える。これで残りの敵は斧を持った悪魔と刺剣を持った悪魔の二体。だが、背に形成した翼の魔力残量は早くも残り少なくなっていた。いわば電池切れだ。翼の含有魔力を使い果たせばもう一度雷火自身の魔力で新たに形成する必要があり、それには多大な隙が生まれるだろう。即ち、もたもたしている余裕は無かった。


「らァッ!」


 斧槍の槍部で、刺剣の悪魔に突きを繰り出す。狙い澄ました迅速なる一撃。だが貫かれる寸前、


「速いだけで……」


 悪魔は刺剣にて、槍先を逸らしてみせた。


「見え見えなんだよなァ!」


 散る火花、響き渡る金属音。


「何っ!?」


 その隙を突き、もう一人の悪魔が瞬時に距離を詰める。


「オオォラァァァァッ!!」


 振り下ろされる大斧。避けられない。雷火は咄嗟に片手を突き出し、掌にありったけの魔力を注ぎ込む。


「ッ……!!」


 一瞬、死が脳裏を過ぎった。だが耳に入ってきたのは予想外の音――ばきん、という乾いた金属音。

 雷火が咄嗟に掴んだ大斧が、飴細工のように粉々に砕け散る音だった。


「……へ……?」


「……は……?」


「……はは……マジかよ……」


 二人の悪魔と雷火、全員が一瞬呆気にとられた。一瞬早く我に返ったのは雷火だった。未だ溢れんばかりの魔力を秘めた拳で、斧を失った悪魔を殴り付ける。一撃で、その頭が吹き飛んだ。


「……ッ~~!? な……何だテメェ……何なんだぁっ!!」


 恐慌をきたした刺剣の悪魔が叫ぶ。雷火は突き出されたままの斧槍を捻り、斧部を以って横薙ぎ、悪魔の胴を真っ二つに切断した。分かたれた身体が地に落ちる。


「テメ……ふざけ……そんな……ズル……」


 悪魔は数秒踠いてから絶命した。雷火は脱力し、背の翼は魔力に分解され霧散する。


「……本当に、何なんだ……この力……」


 雷火は己の掌を見つめる。全体から見ればほんの一部分を掬いとっただけだというのに、行使する自分ですら薄ら寒くなるほどの凄まじい魔力。リリィに仕掛けられた魔術とは、或いはそこに封印されていると目される存在とは、一体どんな代物なのか。

 考え込みそうになって、雷火ははたと我に返る。そう、リリィだ。呆けている場合ではない。一刻も早く合流しなくては。


 そうして走り出そうとした雷火の背後から、地響きと共に轟音が響き渡った。

 びくりとして振り向いた雷火は、信じ難い光景を目にした。


「…………は…………?」


 驚愕し硬直するその頭上で――空が、割れた。




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