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天魔屍侠譚  作者: スキャット
第3話「動乱のカルィベーリ」
30/44

3-9

「隊長、カッコよかったなあ……」


 携帯型の術式端末のキーを叩きながら、ミランダ・メルコラーニはしみじみと溜息を吐いた。

 度の強い眼鏡、痩せた小さな身体、神経質そうにぎょろぎょろと動く瞳。リゴル・モルティスの今回の作戦において、彼女は第三班に配属されていた。直接の工作と戦闘を受け持つ一班・二班と異なり、三班は侵入地点に臨時拠点を設営しての術式展開と情報整理、各員への連絡取りまとめを担当しており、中でもミランダは今回の作戦の要とも言える結界の発動と維持を一手に担っていた。

 今回の作戦はカルィベーリ全土を覆う特殊結界――通信を含むあらゆる術式定義と物理的通行を遮断する――を前提とし、結界が維持されている間に一班と二班がそれぞれ目的を達成、後に三班の待つ臨時拠点に帰還、総員で脱出するというのが大まかな流れだった。故に結界の維持はリゴル・モルティス全員の生命線と言える重大な責務であった。


「うるせェーぞミラ! ちったあ集中したらどうだ!」


 大声で叱咤され、ミランダは憮然とする。声の主はミランダと同じく第三班に配属された少女、フランツェスカ・アルペンハイムだった。ウェーブのかかった長髪、しなかやで強靭な筋肉の乗った長身。ぞんざいに担いでいるのは大きな両手剣。彼女は他の面子とは異なり隊内でも実力を見込まれた武闘派として、直接戦闘に自信の無い第三班の隊員達の護衛の役目を割り振られたのだが、それがどうにも不満らしく先程から常に苛立っていた。


「……集中しろって言ってもさぁ?」


 話しながらも、ミランダの両手は術式端末のキーを絶え間無く叩き続けていた。突如現出した結界を破るべく、結界内外から白日連合の天使達とおぼしき攻勢反応が絶え間無く死に物狂いの侵攻を仕掛けてくるが、ミランダにとっては片手間で対処できる程度のお粗末なモグラ叩きでしかなかった。


「そういうアンタこそ、真面目に護衛したらどうなのよ? 街のほうには悪魔が大勢湧いてるって言うじゃない?」


 視界の隅では、情報整理と通信を受け持つ隊員達が慌ただしく動いている。悪魔の出現という予想外の事態の影響を最小限に留めるため、街中の情報をリアルタイムでつぶさに把握すべく必死で奮闘しているのだ。

 にも関わらず、フランツェスカは完全に萎えきった様子で脱力しぶらぶらと歩き回る。


「だってよぉー! 隊長達に加えて悪魔まで街で暴れてんだろー? こんなとこまで誰が来るってんだよ!」


 確かにフランツェスカの言うことも一理はあった。時折遠くから銃声や爆発音が微かに聞こえるばかりで、辺りは人影すらなく静かで穏やかなものだった。


「あー! やっぱりあたしもあっち行きたかったなー!」


「……代わりに後で隊長に手合わせして貰えるんでしょう? あんたには勿体無いわよ」


「おう! 羨ましいだろ!」


「どうせまた負けるだけでしょ? あんた一度だって隊長に勝ったことないじゃない」


「はー!? だから次は勝つんだろー!?」


「はぁ……。……それにしても隊長、カッコよかったなあ……」


「お前、隊長のどこがそんなに好きなんだ?」


「色々あるわよ? まずはあの凛々しさでしょ? 声もいいし、それに顔ね。顔が本当イイのよね……はぁ……」


「結局面食いなだけかよ……」


「はあ!? そういうあんたは隊長が強いから好きなだけでしょ!? 脳筋も大概にしなさいよ!」


「んだあ!? やるかモヤシ女!?」


「上等じゃないモンスター筋肉! やったるわよ!」


 いがみ合う二人を他の隊員達がまたか、という呆れの目で見つめた時――。

 ミランダの術式端末が、小さなアラートを発した。


「…………!」


 即座にミランダの顔付きが変わった。端末に向かい、両手で素早く打鍵する。

 画面に映し出された反応は四十八。完全に同時に出現し、結界への攻撃を仕掛けてきている。


「はあ、性懲りも無く……」


 ミランダは迅速かつ正確に、一つずつ攻勢反応を潰していく。傍のフランツェスカは何も理解せずに阿呆面で画面を覗いているが、見るものが見れば驚嘆するであろう恐ろしい技量だ。

 攻勢反応を八割がた処理したところで、ミランダは小さく息をつく。


「よし、これで……」


 その時、再びのアラームが鳴り響いた。確かに潰したはずの攻勢反応、塞いだはずの侵入経路が復活し、再び結界を食い破らんと侵攻を始める。


「嘘!?」


 思わず叫ぶ。


「完全に殺したはず……それにこの反応、ダミーじゃなかったの……? 天使共にこんな連携技術は無いはず……単独で……? いや、これだけの攻勢術式を同時に扱うだなんて、そんなのは人間じゃ……」


「おい! 大丈夫なのかよ!?」


 フランツェスカが声を荒げる。汗を垂らして激しく動揺しながらも、ミランダの手は止まることは無かった。

 何度潰しても蘇って来る大量の攻勢術式による、一斉にして波状的でもある飽和攻撃。それまで天使達の攻撃にも全くの無傷であったミランダの防衛術式が、恐ろしい速度で解体されていく。必死に抗おうとするが、それは自身の処理性能を遥かに上回る大量の的が同時に延々と現れ続ける地獄のようなモグラ叩きだ。しかもその的はひとつひとつが致命的な殺傷力を秘めている。


「……何なのよ……? この壁の向こうに、一体どんな化け物がいるっていうのよ!?」


 痙攣のごとき高速でキーを叩き続けながら、ミランダは悲鳴のような声を上げた。







 カルィベーリ外縁、天使達の詰める城塞部は混乱と喧騒に包まれていた。突如として出現した結界により市街部への通信・観測・通行すべてが途絶し、内部の状況すら窺い知れない状態に陥ったためだ。指揮系統は断絶し、現状把握すら困難な状況で、天使達は右往左往する他なかった。


「どうにかならんのか!? 誰でもいい! さっさとあれをぶち破れ!」


 天使達が集まった大広間――術式監視室も兼ねている―― で、髭を蓄えた城塞部司令官が野太い声で魔術師達に叫ぶ。だが筋骨隆々たる姿に違わず魔術については全くの門外漢である彼は、現状の風向きがどれだけ悪いかについても理解していなかった。

 防衛術式に対しての攻勢術式での解体作業――所謂術式戦においては、よく攻城戦とも例えられるように常に防御側が圧倒的有利な立場にあるのが常識だ。術者が同格であればまず防御側の勝利に終わると言われている中で、さらに悪いことに現在城塞部に残された魔術師達はカルィベーリの術者の中でも二軍の立場にある者ばかりだった。

 カルィベーリでは優れた術者は皆市街地内の術式管理棟に勤務することになっており、俗に『内地行き』と呼ばれる市街地勤務は魔術師達の憧れとなっていたが、まさかその体制がこの様な事態を引き起こすとは誰も想像していなかっただろう。


 それでも魔術師達は必死に結界の解体を試みるが、数十人で同時に攻撃を仕掛けているというのに効果があらわれる様子はまるで無かった。

 ――彼らは知る由も無いが、この時、市街地内部の魔術師達も無論手をこまねいているだけでなく、必死で結界の解体に挑んではいたのだ。だが外部と内部、大量の魔術師達たちによる絶え間ない同時攻撃を受け続けても、リゴル・モルティス――魔術師ミランダ・メルコラーニの造り上げた特殊結界には亀裂のひとつも入れられはしなかったのだ。結界の発動を許した時点で、彼らは既に負けていたのだろう。


 術者の精神を擦り減らしながら延々と続けられる攻撃はしかしまるで効果が見えず、内部の様子も分からない。時間だけが刻一刻と過ぎゆく膠着した状態の中で、じりじりと焦りだけが募ってゆき、城塞内には剣呑な空気が漂っていた。


「いつまでやっとるんだいつまでーッ!! さっさと破らんかーッ! お前達何の為にここに雇われとる!? 飯の分の働きをせいーッ!!」


「うるせーぞジジイ!! 黙ってろ!!」


 張り詰めた緊張がとうとう破裂した。唾を散らして叫ぶ司令官に対し、一人の喧嘩早い魔術師が机を殴り付ける。


「貴様ァ!! この我輩に向けてその態度は何事かーッ!!」


「外野は黙ってろって言ってんだ! そんなに破りたきゃ外出てテメェが直接飽きるまで結界殴ってくりゃいいだろォがッ!!」


「若造がァーッ!! この我輩に向かってよくもそんな……!!」


 その二人を皮切りに、臨界に達した天使達の不安と焦燥が爆発した。怒声に罵声、それらを止めようとする声に悲嘆に暮れた絶望の悲鳴。城塞は一気に制御不能の混沌の渦へと雪崩れ込んだ。


「誰か助けてぇ!! ザドキエル様ぁ!!」

「ふざけんな何とかしろーっ!!」

「落ち着いて! 皆さん落ち着いて!!」

「もう駄目だぁぁぁ!!」

「俺のせいじゃない! 俺のせいじゃない!」

「さっさとどうにかしろや役に立たねえぇなあぁぁ!!」

「中は屍者と悪魔で一杯だ! 皆死ぬ!!」

「帰ります。それでは」

「誰でもいいから助けてくれーッ!!」


 バタン!という、扉が開く音。


 喧騒を引き裂くかのように、広間の大扉が盛大に開け放たれた。天使達の視線が一斉に集まる。その先にいたのは、二つの人影。一人は長身に柔和な笑みを浮かべた爽やかな印象の男。そしてもう一人は、白衣に鮮やかな金髪、不敵な笑みを浮かべた男――否、魔術師。


「……生きていたのか……」


 その顔を見て、司令官が呆然と口を開く。


「ミカ・シルヴェスタ・ヴェステライネン……!!」


 ヴェステライネンは舞台役者のように堂々と、よく通る声で口を開く。


「御機嫌よう凡人諸君。何やら困っているようだな? うん?」


「……ヴェステライネンだと……!?」

「死んだんじゃなかったのか……!」


 天使達の間にどよめきが広がる。数年もの間まったく姿を見せなかったヴェステライネンがこの非常時に突然現れたとあっては、彼らの動揺も無理からぬ事だろう。


「ヴ……ヴェステライネン……」


 司令官がおずおずと歩み出る。


「じ……事情は知らんが、今はいい。とにかく連合を揺るがす緊急事態だ。お前の力を貸してくれ」


「ん?」


 聞こえない、というようにヴェステライネンは耳をトントン叩いてみせる。司令官は眉根にしわを寄せて深々と頭を下げた。


「……ど……どうか、我々を助けてください……大魔術師殿……!」


「ふん」ヴェステライネンはせせら笑う。「いいだろう。元々そのために来たのだからな」


 ふんぞり返るヴェステライネン。彼の助手である“牙帯びし霽月”はぺこぺこと頭を下げる。


「……すいません……皆さんすいません……!」


「助手ゥ! 道具を持ってこい! お前達何を突っ立っている! どけ! 道を開けろ!」


 ヴェステライネンはずかずかと人混みを掻き分け、結界の状態をリアルタイムで観測するモニターの正面、司令官の特等席にどさりと腰掛ける。


「何だこの硬い椅子は! こういうところに予算を掛けられんからいつまで経ってもここは駄目なんだ! そこのお前クッションを持ってこい! 早くしろ!」


 到着して僅か数十秒で、ヴェステライネンは我が物顔で指示を飛ばす。


「そっちのお前! 過去の観測記録を持ってこい! 残ってるの全部だ! お前はコーヒー豆を用意しろ! そうだ豆だ! 焼いてそのまま持ってこい!」


 怒涛の勢いでまくし立てるヴェステライネンに気圧され、天使達は指示に従った。

 周囲の反応は綺麗に二分されていた。流されるままに呆然と見守る者は、ある程度新参。数年前からカルィベーリを離れていたヴェステライネンを知らない者だ。対して固唾を飲んで見守る者は、彼の実力と才能を嫌という程知っている古参達だった。


「……さて、それでは始めようか」


 天使からひったくったクッションを椅子に敷き、彼は自身の術式端末を起動した。常と変わらぬ不敵な笑みと共に。


 

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