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天魔屍侠譚  作者: スキャット
第3話「動乱のカルィベーリ」
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3-6


「馬鹿者が! いいか! そもそもあの魔道書はだな! 世界に現存するのも僅かな……。……おい? おい! 聞いているのか!」


 想兼との通信が突然途切れ、ヴェステライネンは舌打ちをした。掛け直そうとするが繋がらない。通信状態を確認しようとして、彼は眉をひそめた。


「……先生ー? どうかしましたか?」


 背の高い、爽やかな印象の男が顔を覗かせる。ヴェステライネンの助手、“牙帯びし霽月”だ。


「……妙だな」


「何がですか?」


 ヴェステライネンは通信術式たる鉄のタリスマンを机に置く。


「術式は作動しているのに、通信が繋がらない。途中で何らかの妨害……いや、この反応は遮断されているかのような……。双方向の通信……今奴等がいるのは……」


「……先生?」


 ヴェステライネンはしばらく一人でぶつぶつと何事か呟いていたかと思うと、不意にぱっと顔を上げて霽月を見た。


「助手ゥ!!」


「はいっ!」


「すぐにカルィベーリの結界術式の状態を確認しろ!」


「えっ……? ……はいっ!」


 唐突で不可解な命令にも霽月はすぐさま応えた。ヴェステライネンと共に過ごせばそんなことは日常茶飯事だからだ。


「……先生、これは……!?」


 観測装置でカルィベーリの状態を確認し、霽月は困惑の表情を見せる。一方でヴェステライネンは予想通りというように笑った。


「はん……やはりな。……助手! すぐに支度をしろ! 出かけるぞ!」


「支度って……。……まさか……!?」


「そうだ」


 道具箱を引っ掻き回し、白衣を羽織りながらヴェステライネンは頷く。


「行くぞ。古巣に恩を売っておくのも悪くない」







 アラームと共に届いた緊急通信により、酒場にいた天使達が慌ただしく外に飛び出していく。雷火も慌てて席を立った。


「ザドさんはどうします!?」


「俺は……」


 ザドキエルが口を開きかけた時、彼の通信術式が起動した。ザドキエルは会話が外に聞こえるよう設定して通話に出る。


「はいよ、お嬢様?」


「ザドキエル。状況は理解していますね?」


 幼く、しかし強い威厳と気品に溢れる声。カルィベーリの指導者、ラジエルのものだった。


「詳しくは。ヤバいことになったのはよく分かりますがね」


「それなら結構。すぐに西方地区に向かってください。敵が大挙して押し寄せ、人手が足りていません」


「……そりゃ構いませんが大将、あんたは今どこに?」


「大聖堂で情報収集と指示に当たっています。何かあればこちらに」


「了解。では」


 ザドキエルは通信を閉じ、雷火に向き直る。


「……悪い、そういうことになった。一緒にはいけなさそうだ」


「分かりました。ザドさんも気を付けて」


「……一人で大丈夫か?」


 心配そうに眉を寄せるザドキエルに、雷火は少し言葉に詰まった。まだザドキエルにはリリィとの契約のことは話していない。彼の中では、雷火は昔と変わらぬちっぽけで無力な天使のままなのだ。


「……ええ、大丈夫です。無理はしませんから」


 いつかその時が来たら話そうと決めて頷く雷火に、ザドキエルは笑った。


「嘘はやめとけ。昔っから無理と無茶しかしないだろ、お前」


 そうして二人は別れ、急ぎ酒場を飛び出した。


 雷火はリリィと合流すべく中央広場へと走る。街は既にあちこちから悲鳴と怒号、銃声が絶え間なく響き渡り、さながら戦場の有様だった。ほんの一時間前までの平穏が嘘のようだ。

 この惨状の中、果たしてリリィは無事なのか。不安に逸る心を抑え、雷火は息を切らして石畳の舗道をひた走る。


「ッ……!」


 全力疾走の最中、雷火は前方を見てその足を止める。酒場から広場までは何事も無ければ十分もかからぬ距離だ。だが、やはりそうはいかなかった。

 雷火の前方、舗道の先から、幾つもの人影が歩いてくる。その数は六。全員が凶器を手にしている。悪魔だ。


「こんな時に……!」


 悪魔達は既に雷火に気付いているようで、徐々に歩みを速めて近付いてくる。振り返るが、迂回路は見当たらない。そもそも一刻を争うこの状況、見知らぬ街を遠回りしている余裕は無かった。

 雷火は大きく息を吐き、呼吸を整えて覚悟を決める。


「……行くぞ……」


 呟いた雷火の背中から、猛禽を思わせる褐色の翼が顕現した。






「翼を生やせ」


 屍者の群れを掻い潜って研究所を訪れ、魔力が使えない事情を説明した雷火に、ヴェステライネンはそう言った。


「……あ? 何? 精神論?」


「何故貴様を啓発せねばならんのだ! いいかよく聞け。貴様が膨大な魔力を扱えないのは身体が貧弱だからだ。では何故貧弱なのか分かるか?」


「んなの……生まれつきだろ」


 ふてぶてしく言う雷火だったが、ヴェステライネンはかぶりを振る。


「違う。生まれつき魔力が少ないから身体が貧弱、というのは道理だ。だが大量の魔力を手にしたのなら、その魔力で身体も強化できるはずだろう。違うか?」


「……理屈じゃそうだけどよー……」


「何故貴様の身体が強くならないのか?」ヴェステライネンは雷火に人差し指を突き付ける。「それは貴様に自信が無いからだ!」


「……え? やっぱ精神論?」


「違うと言っているだろう! いいか! 天使は自らの身体を自らの魔力で保持している! それなのに強くなれないというのはだ! 貴様自身が自分はそこまで強くなれないと思い込んでいるからだ! 自分を信じると書いて『自信』だ! 」


「つまり、雷火さんが自信を持てば、ゆくゆくはリリィさんの膨大な魔力も使い放題になる……と?」


 想兼が口を挟む。ヴェステライネンは深々と頷いた。


「そういうことだ!」


「あー、心構えは分かったよ。でもオレは今すぐちょっとでもいいから魔力を使える方法を聞きたいんだけど?」


「だから最初に言っただろう。翼を生やせ」


「だー! もう!」雷火は首をぶんぶんと振る。「お前の話は飛びすぎなんだよ! もうちょいチューニングして話してくれよ!」


「チッ!! ……仕方ない……。……いいか? 貴様の身体がリリィの魔力を使おうとする度にあちこち出血して壊れるのは、膨大な魔力を貧弱な身体で目一杯使おうとするからだ。いわば、プール満杯の水を小さな風船に注ごうとするから破裂するわけだ。ここまではいいな?」


「あー、まあ……」


「風船を割らずにプールの水を注ぐにはどうするか? 簡単だ。もっと小さな別の容器で水を掬えばいい」


「それで、翼ですか」


「そうだ」


「ア!? 当事者放ったらかして二人で納得すんなよ! アルテミス見ろ! さっきから寝てるぞ!」


 やいのやいの騒ぐ雷火に、ヴェステライネンは至極面倒そうな表情を浮かべる。


「つまり……貴様という風船にリリィの魔力という水を注ぐために必要なのが、翼というコップだ。外付けの魔力の容れ物。あるいは電池だな」


「高位の魔王などもよく使う方法ですよ。普段は燃費のいい姿で過ごし、戦闘時のみ高密度の魔力で形成した翼や角、尻尾なんかを生やすんです」


「その方法ならオレも魔力を使えるってことか!」


「そうだ。欠点はあるがな。その翼を形成するのにはリリィでなく貴様自身の魔力を消費するし、一度翼を形成したからといって無尽蔵に魔力が使えるわけでもない。使えるのは最初にコップに掬った分の水だけ、ということだ」


「それでも使えるのは確かなんだろ? 十分じゃねえか! やっぱりお前、人格はともかく魔術に関してはマジで天才なのな!」


「“篠突く雷火”ァ!! 素直に感謝できんのか貴様はァ!! 」






 ヴェステライネンから受けたアドバイス通り、雷火は外付けの魔力電池として翼を形成した。鷲のような二枚の翼。輪郭はぼんやりとゆらめいている。

 また血を吐いて倒れるのではないかと不安がよぎったが、その心配は無用だった。リリィから供給される膨大な魔力のほんの一部分を掬いとっただけのはずだが、背中の翼からは血流が沸き立つような大量の魔力が全身に流れ込んできた。視界が澄み渡り、身体が軽い。平たく言って、絶好調だった。


「よし……!」


 思わず笑みをこぼしながら、雷火はその手に斧槍を顕現させる。それ一つ取っても、リリィと契約する前とは比較にならない鋭利さと威力を秘めていた。

 翼と斧槍を顕現させた雷火を見て、悪魔達が色めき立つ。先手必勝。雷火は斧槍を上段に構え、猛然と走り出す。

 一歩踏み出しただけで、全身が吹き飛ぶかのように加速する。力が漲っていた。二歩、三歩、地を蹴るごとにさらに加速、弾丸のように悪魔達へ迫る。


「おい来るぞッ!」

「速えっ……!?」


 体勢を整える前に悪魔達のもとへ辿り着き、瞬時に袈裟斬り。先頭にいた悪魔が血を噴きあげる。


「野郎ッ……!」


 斬られた悪魔が倒れるより前に、別の悪魔が雷火へ斬りかかる。凄まじい反射と反応速度。しかし強化された雷火の動体視力はそれをも捉えていた。完全に斧槍を振り抜いた隙だらけの体勢からぎゅるりと全身を捻り、柄で剣を受け止める。


「……あ?」


 悪魔が驚愕に目を見開く。無理もない。誰が見ても完全に隙を捉えた致命打だったはずだ。以前の雷火であれば確実に死んでいただろう。

 だが、今は違う。雷火は掌を伸ばし、その悪魔の顔面を鷲掴んだ。

 ――ばつん、と破裂音に似た乾いた音。


「がッ……」


 悪魔はびくりと身体を震わせ、崩れ落ちる。痙攣するその頭部からは煙が上がり、皮膚は焼け焦げていた。魔力を電気へと変換する雷火の性質も、今や格段に殺傷力を高めていた。


「おいっ……やべえぞ!」

「囲めッ!」


 瞬時に二人が倒されたことで、残った悪魔達にも緊張が走る。各々武器を構えて雷火を取り囲み、先程までと違い完全に臨戦体勢だ。ほとんど隙が無い。不意打ちで数は減らせたとはいえ、本来かなりの精鋭達なのだろう。


 すぐには片付きそうにないな―― 。


 内心で毒づきながら、雷火はじりじりと様子を伺う周囲の悪魔達を見て――異様な光景にようやく気付く。

 残りの悪魔は四人。その内の二人が、完全に同じ顔形をしていたのだ。極めて細身で全身に奇妙な金具を大量にぶら下げ、小刻みにかたかたと震えている。


「……お前ら……双子か?」


 雷火に声を掛けられ、細身の悪魔二人はほとんど同時ににやりと笑みを浮かべる。


「おっ……おお俺が双子?」


「おれ俺が双子?」


「ばばっ馬鹿だなこいつは、俺」


「そ……そそうだな、俺」


「お……俺は俺で……」


「おっおっ……お俺は俺だ」


「あーそうかいそうかい、じゃあ訊きたいんだけどよ、お前ら……」


 瞬間地を蹴り、雷火は跳んだ。一瞬で距離を詰め、片手で斧槍を振り抜く。


「らァッ!!」


 斧部が細身の脳天に直撃。鮮血が迸るかと思われたが、違った。悪魔の身体はシャボン玉が割れるようにぱちんと弾け、かき消えてしまう。


「何!?」


「バッ……カがぁッ!」


 驚愕に硬直した雷火に、もう片割れの細身がナイフを突き立てる。


「づぁ……!」


 ナイフは雷火の脇腹を抉った。さらに瞬時に何度もざくざく抜き差しされる。殺傷力より痛みを与えることを優先したような、棘のついた凶悪な刀身。


「あああぁッ……!」


 雷火の苦し紛れの殴打をひらりと躱し、細身の悪魔は距離を取る。雷火の脇腹からは夥しい血がぼたぼたと垂れていた。


「……時間が無いってのに……!」


 雷火は再び斧槍を構える。その先端から、激しい電光が迸った。





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