捨て勇者
雨の降る日の事、私は奇妙な買い物をした。
「ねえお姉さん、俺を買ってよ」
膝を抱えて木箱に収まり、水に滲んで読めない紙を胸の前で掲げて、上目で見つめてくる青年。
「元救世の勇者、何と驚き聖剣付きさ」
雨よけも何もないというのに、太々しく笑いかけてくる。
全く、スリルと刺激を持て余した私には、とても魅力的な誘いだった。
「一年で、一サリア。お買い得だよ」
若干拙いヴェデル公共語を操り、彼は私に手を差し向ける。
良いだろう、買ってやるよ。
「何ができる?」
手を取り引き寄せ、私は問いた。
「掃除、洗濯、家事、戦闘、何でもござれ。あんたが望む事すべてを完璧にこなしてみせるよ」
堂々と完璧を述べる彼を私は好ましく思う。
最近はこういう輩が少なくて困っていたところだ。
「実に良い」
愉しい事が脳裏を巡り、クククと笑いが溢れた。
「ついでに世界を救う力があるそうだ」
それはいらないかな、うん。
さて先ずは、こいつを温めることから始めるとしよう。
私のものだからな。
「姉さん」
私に手を向け何かをねだる様な視線を向けてくる。
いけないいけない、忘れていた。
財布から最も安い硬貨を取り出し渡す。
「一サリアだ」
きっちりと手渡した。
こういうのはきちんとせねば部下に笑われるというものだ。
「契約完了だな」
「よろしく頼むよ、棄て勇者くん」
「よろしく頼むよ、悪の総督ちゃん」
互いに手を取り合い、笑い合う。
これから起こるであろう、様々な危機騒動へ思いを馳せて。