act.2 ウィリアム・ローウェル3
私はいくつもの年月を過ごすうちに、それなりに信頼される隊長になり、少数精鋭の部隊を率いて、国内外を問わず移動する日々を送るようになっていた。
「ローウェル隊長。トエルの街に銀髪の者がいるって情報ですが、確認はとれそうですか」
部下の一人が話しかけてきたので、私は着替えの手を止めた。
最近は西の砦を中心に「雇われ剣士」という身分で活動しているので、ほとんど外出時には剣士の服装に着替えていた。
隣国ケイリ、そしてそこに続く北方のシーリンの地も視野にいれた情報収集は、少々困難を極めていた。なかなか得られないシーリンの情報に、今や、市民に紛れてシーリン出身の者を探すという地道極まりない作業になっていたのだ。
「あぁ、聞き出したところによると、銀髪の女性が夜の街に時々立つらしい。まだ見つかっていないが」
答えると、部下はちょっと眉をひそめた。
「それって、売春婦ですか?」
「おそらくな。もしくは法外な薬物か武器売りか……。あぁいうのは、本人に会ってみないことにはわからない」
話ながら、再び軍服から「雇われ剣士」の少しくたびれたシャツに着替える。
糊のきいていないシャツは柔らかく腕を通しやすく心地いい。自然と口元がほころぶ。
使い古した生地、破れを繕ったズボン。
そうして、剣の手入れだけは欠かさない――そんな「冒険者」や「雇われ剣士」の姿。
昔夢見た姿を、皮肉にも今は任務として演じ、街の中にまぎれこむ。
だが、このシャツの感触は嫌いじゃない。
ボタンを留めていると、部下がまだ何か聞きたそうに私の顔をちらちらと見た。
「隊長は……その、売春婦から情報を聞き出す場合は、やっぱりその……」
私より十ほど年下の若い部下の照れたような表情に、彼の聞きたいことを悟る。
彼の望む答えとは逆のことを言わねばならないようだった。
「もちろん寝るさ。のめりこまない程度に頭の中で数字を数えながらな――それが任務だ」
あえて声に湿度を含ませずさらりと言い返すと、部下はあからさまに眉を下げた。
頭の中でその部下の最近の近辺情報を思い出す。たしか砦の食堂に入った小間使いの娘となんどか楽し気に話していたか……。
そうすると、恋仲にでもなり、この先「任務としての床入り」があることを憂いているのかもしれない。まだまだこの部下に、そんな任務がくることはないだろうが……まぁ、まったく可能性がないわけでもないのだから。
「なんだ、不服そうだな」
あえてたずねると、部下は首を横に振った。けれど、その表情は暗い。
「いえ……。その、隊長は女性関係は潔癖だと聞いていたので……任務とはいえ、そういう女性から共に寝ずに聞き出す方法をご存じなのかなと思いまして……」
「なんだ、お前は、”そういう任務”が来てほしくなくなったのか。本命の女とでも出会ってしまったか」
「……あ……その……」
部下の言葉は予想通りのもので苦笑を禁じ得ないが、同情はしても、同意するわけにはいかなかった。
「思い違いをするな。任務だ――そこに、潔癖も綺麗もない。そこから引き出すのは、情報だ」
唇から正論を、表情は部下を励ますものを、手は着替えを止めず――……私は良き隊長の笑みを浮かべた。
そんな私の表情に部下は、頷いて見せる。納得はしていないが、受け入れることしかできない立場もわかっているのだろう。
割り切れない気持ち。
それは、生きていればずっとまとわりつくものだ。
特に守秘義務にがんじがらめになっている我が部隊では、吐き出す先がどこにもないゆえに、抱えこんでしまう者もおおい。まだ小さくとも「こぼせる」のがマシだし、そのこぼれこそ受け止めて流してやるのが「隊長」の任務だと私は思っている。
年若い部下ゆえに。
私も十年ほど前はそうであったように。
部下はちいさく息をついた。
「……申し訳ありません。中途半端なことを言いました。……ちょっと心惹かれていた女性に……その告白されて、どう応えようかまよっていたんですけど……。やはり、おつきあいはやめておきます」
「……」
「僕には、女性とのつきあいと任務の両立は、まだまだ無理みたいかな。きっと、隊長みたいに割り切れるように、一人前になるまでは……」
「そうか」
彼の決断に何かを挟む余地はなかった。
私が黙っていると、場の雰囲気をかえるように、部下が笑った。
「それにしても、隊長が女性相手で情報収集って……なんだかその腕っぷしがもったいない気がしますよね。はやくこの国内での地道な銀髪探し、終わって、相手国に潜入の任務がこないかなって思います」
「……ま、焦ることはない」
そう答えながら、私は地方を旅するのにおあつらえむきの荷物袋を背負い、剣を抱える。これで「雇われ剣士」の出来上がりだ。
「目当ての銀髪に会えるように祈っていてくれ」
「はい、隊長」
今夜こそは銀の髪の女に会って、ギーリンランドル国内でのシーリンの民の動きをつかみたい――その想いだけで、私はその日トエルの街に行ったのだ。
そうして、彼女に出会った。




