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act.3 フィアールカ(6)

本日、6話、連続投稿しております。act3.フィアールカ(1)からお読みいただけると幸いです。

 ****





「さて、それで、明日からの迎えはいかがしましょうか? フィア?」


 夜道、いつものように送られながら、エディにそう問われた。

 その口ぶりでは、答えはエディにはわかっているかのようだったが、フィアは素直に答えた。


「前の通りで、いい。ウィーゼンに会う前に髪を洗っても、来るのが遅くなるだけだから」

「まぁそうでしょうね。……というより、そろそろウィーゼンの館で住んだらいかがです?」

「え?」


 エディの言葉に驚いて顔をあげると、エディは眉を寄せた。


「予想はしていましたが……やはり、ウィルは誘えなかったんですね」

「どういう意味だ?」

「ウィルが我慢できなくなって、フィアに自分の屋敷に住むように言うのを期待してたんですけどね」


 エディの言葉がうまくのみこめず、フィアは再び「どういう意味だ?」と尋ねた。二度の聞き返しに、エディは呆れた表情になってフィアを見返した。


「ウィルの館に住んで、ここから薬店に通えばいいのではないかということです。そうすれば、夜、薬草の施術をした後、離れなくていいでしょう? 薬店の上階に住まずに通ってきている薬草師もいるみたいですし、フィアがウィルの館に住んだとしても支障はないかと思いますよ。もちろん、貴女の身になにかあればウィルが発狂しますから、朝の通勤も帰りも私が送り迎えしますしね」

「え、いや……ウィーゼンから、そんな話聞いてないし、そんな……そんな」

「ウィルは、怖がりですから。自分からは、誘えないだろうとは思ってたんです」


 エディは淡々とそう話しだした。


「もちろん、それは当然なことだろうと思っています。回復の兆しが出てきているとはいえ、かつてのような身体の動きになるには、どれだけかかるかわからない。フィアの薬が効いていても、目の状況はこれからも未知だ。毒が……シーリンの毒が、いったいどれだけの年月及ぼすものなのかわからない。消えるのか、それともずっとこのままなのか、予想がつかないので、フィアを誘いたくても誘えないんだろうとは思います。生活に関しては、ウィルは、まぁ、これから先も使用人にすべてまかせられる財力は残して私の采配で運用していますし、まぁ貴女に生活の苦労をかけるということはないですけど、なんといっても、彼自身の体調がどうなるのかがわからないので、結婚申し込みはしづらいでしょうね」

「……」

「でも、せめて互いに仕事のない時はそばにいる形を探してもいいんじゃないかと思うんですけどね。それもウィルは、なかなか言い出せないみたいだったので、今回、貴女が髪を洗ってからウィルに会うのがちょうどよい刺激になるかと思ってたんです」


 エディの思わぬ言葉に、またフィアは頭の中がこんがらがった。


「ちょっと待ってくれ。私が髪を洗ってからウィルに会うっていうのが、どうしてよい刺激になるんだ?」

「わかりませんか? というより、今日、わかったでしょう? ウィルは、きっとフィアを見失いそうになって言葉を失ったでしょう」


 エディの説明にドキッとした。

 フィアを見失った……という言い方ではないが、ウィーゼンがフィアの髪を編み上げていることに気づいてから言葉少なになったのは確かだった。でも、それが「見失う」というほどの大きな変化だとは到底フィアには思えなかった。

 けれども、エディはフィアに同意しなかった。


「ほんの少しでも貴女の気配を失いたくないんですよ、あの人は。だからこそ、あの人の影でもある私をこうして送迎につけている。髪の匂い一つでも、きっと貴女が想像する以上に喪失感があるはずだ」

「……それはエディの思い込みじゃ……」


 ついフィアがそう言うと、エディは苦笑した。


「思い込みだったらいいんですけどね――……。でも、実際、貴女が今日、ウィルは貴方が一日の大半をすごした薬店の香りをまとわずに、ウィルの知らない石鹸をつかって、しかも彼が”わからない”髪型をしているだけで、動揺して言葉を失ったでしょう?」


 言い当てられて、フィアは黙り込んだ。


「わかりづらいですけど、あの人はものすごく執着心が強いんですよ。局所的にね。しかも、執着心を向けていることに関して、他よりも不器用な少年に戻ってしまうから質が悪いんです。逆だったら助かるんですけどね。執着していることに対してだけ、知恵が回って姑息な手段に出れるんだったら、私もこんなにため息をつかずに済む」


 エディの言葉に、フィアは少し吹き出しそうになって口元を押さえた。するとエディが心外とばかりに、もう一度息をついた。


「笑ってますが、貴女も相当考えなしに感情に流されがちなところがあるでしょう。二人して、よちよち歩きの子供のようで、ハラハラしてますよ」

「……心配かけてすまない、とでもいえばいいんだろうか」


 笑って答えるとエディは「そんな取って付け加えた言葉いりません」とぴしゃりと返事した。


「ま、とにかく今回は、以前よりも貴女とウィルが本音を言えるきっかけになったならいいですよ。今日は言えなくとも、彼の頭の中では、そろそろウィルの館に貴女が来てくれないかと誘う算段を始めているはずです。数日中には形になるでしょう」

「……そうだろうか」

「そういうものです。貴女も、ウィルに問われたときの返事をそれなりに考えておいた方がいいですよ。そうでなければ、またその場に流されて、貴女はただウィルに口づけして終わりそうだ」


 ”口づけ”と言われて、フィアの頬が一気に熱くなった。エディは、先ほどのフィアからウィルにした口づけを垣間見たとでもいうのだろうか――……いやまさかそれはあり得ないだろう、扉は締まっていたのだし。

 そう思いつつ目をきょろきょろさせてしまったとき、また、今日何度目になるかわからないため息がつかれた。


「フィア。あまりウィルの忍耐力を試してあげないでくださいね」

「忍耐力? ウィーゼンは、十分にありあまるほどにあるだろう」

「そのありあまるほどの忍耐力をぎりぎりまで試すのがフィアでしょう?」


 淡々とそう切り返されて、フィアはたしかにそういう部分もあるのかもしれないと思いなおして、頷いた。


「素直でよろしい。ご褒美に、使用人を扱う『主』の鉄則を教えてあげますよ」

「え?」

「ウィルは名家の出ですからね。使用人が館に何人もいるところで成長しているから、身についているというか、しみ込み過ぎて意識にないんですが、貴女は違うでしょうから」

「どういうことだ?」


 怪訝におもって足を止めてエディの顔を見上げる。エディは夜道の灯りにつかっていた吊り下げランプを掲げてしれっとした顔で言った。


「薬店の鉄則は、逢引きの前に洗髪と着替えでしたね。ならば、主の鉄則はですね、館内での睦言はすべて筒抜けである自覚、ですね」

「……つつ、ぬ、け、の自覚……」

「えぇ。下僕は、主に叱られぬ”最良の機会”をねらって、主の扉をたたくんですよ。そのためには、良き耳が必要なんです」


 にっこりと意地悪く微笑んむエディに、フィアは唖然とした。


「なぁ、エディ……それって、その……私とウィルの会話も……筒抜けって、こと?」

「……さあ? 私は聞き留めておりません。すべて、扉をたたいた時点で忘れておりますゆえ……ま、流れ去る雑音は幾つか拾うこともありましょうか?」


 演劇めいた口調に、わざとらしくも完璧に美しい笑みを浮かべてそう宣ったエディに、フィアは何も言い返せなかった。そこに、ウィーゼンの今までや、ウィーゼンの実家での使用人像もなんとなく伝わってくるものがあったのだ。


 エディ――エドラストは、敵に回さないようにしよう――……。それから、家で雇う人間は、見極めてから採用したほうがいい。絶対。絶対に――何を聞かれても恥ずかしくないように。


 この時フィアはかたく心に誓ったのだった。





 そして。

 このときのフィアの心に誓ったことが――何年も何年も時が過ぎ去った先の――……黒い髪と紫の瞳を目を持つ、フィアとウィーゼンの間の愛し子にも伝わり。

 それはまた年月を経て……鉄則、となる。





 ****

 ****

 ****




『ね、エディ。わたしね、この前お友達のお屋敷で、ちょっと耳にすると胸がわるくなるような陰口を聞いてしまったのだけどね。そのときつくづく思ったのよ、お母様は、”館内での言葉は筒抜けという自覚が必要”といつもおっしゃっていたわ。これって、大事な自覚よね、エディ』

『……そうですね』

『エディも同意してくれる? 嬉しいわ。それから、お母様、こうもおっしゃっていらしたわ。家で雇う人間は見極めてから採用するようにって』

『……そうですか』

『えぇ。どんな恥ずかしい姿を見せても大丈夫な人しか雇ってはいけないから、見極めが肝心よって、何度もおっしゃってらしたわ』

『……』

『お母様が恥ずかしい姿だなんて、考えられない。新しい薬の開発で夜が遅くても、ぜったい、髪は洗って着替えてお綺麗にしておいでのお母様が、恥ずかしい姿だなんて、どうしたって想像つかわないわ』

『……』

『エディ? どうしたの?』

『いえ、なんとなく様々な思い出が過ぎ去ってゆき……言葉というものは、巡り行くものだと思いまして……』

『まぁそうなの? とにかくね、これらのお母様の言葉から、私、この館ではもう新しい使用人を雇うつもりはないのよ』 

『は?』

『だって、私、エディ以外なんて無理よ』

『……まさか、それで貴女は昔から料理も掃除もご自分で……』

『そうよ。だって、いつか世代交代していくわ。でも、私、エディ以外の使用人なんて受け入れられない。恥ずかしい姿を見せても大丈夫な人なんて、私が赤ん坊の頃から知ってくれているエディしか安心できないもの。絵本を描くのに、そんなにお手伝いさんもいらないし、身の周りのことはできるわ。ただ、この館の維持や、財産の管理などはあなたにまだまだ働いてもらいたいし……ボードゲームの相手もしてほしいの。もちろん、あなただけで大変なところは、日帰りでの手伝いは入れるつもりよ。でも、屋敷に暮らす者としては、よろしくね、エディ』

『……』

『エディ?』

『……すべて、主の御心のままに』

『ありがとう。……あ、そうだ、今度、出版する本はね、お父様がお好きだったっていう、大地を潤す”龍”の古典を下敷きにした冒険ものになる予定なのよ――……』




 巡りゆく言葉。

 経験からくる言葉が、決め事になり、いつしかそれが約束になり、鉄則や家訓になり……想いは変化しつつも、伝わってゆく。



 脈々と、つながっていく。

 未来へ、未来へと、言の葉は、その響きは伝わっていく。

 それはまるで、

 降り続いた雨が、いつしか、人を生かす湧水へとつながってゆくように。

 一滴のしずくが、人の唇を潤し、心を癒し、生きる希望へとつながるように。



 つながっていく、つらなっていく。

 そうして、巡り行く言の葉は水は……大地を潤すいのちの一片へとしみこんでゆく。 



 

 

fin.

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