8、3人目の男と変化の謎
「……どういう事だ?」
ランランの中の人が呟く。
ああ、イケメンだ。なぜ、どうして俺はフツメンなんだ?
ちなみにまたしてもみんな服装はジャージだった。彼は赤いジャージだ。俺は黄色、鉄也君は緑色。戦隊ヒーローかと。
「どういう事か説明しろ、鉄也。それに、貴様はまさか……」
鉄也君と、俺を見る。あーそうか、二人はリアルで友達なんだっけ。
「あー、うん。どうもはじめまして。ユミルの中の人です」
そう告げた瞬間、ランランの中の人は気絶した。
「雅人ぉおおおおおお!!」
鉄也君が叫ぶ。
やめて! ここ女子寮だから! ていうかランランの中の人、雅人っていうのか。
しばらくして、雅人君が復活したので状況を説明した。
雅人君は「王上院 雅人」という名前で、鉄也君と雅人君は大学で知り合って意気投合した仲らしい。
すごくお金持ちらしい。この高圧的な態度は、お金目当てに近づいてくる人を遠ざける為、小さい頃から培われてきたものだそうだ。本当は良い人らしい。まあランランを見てれば納得出来るな。
「ちなみに言っておくがなユミルの中の人よ、我はオカマとか女装趣味とかじゃない。女体化願望があるわけでもない。ならなぜ女を選び、女を演じているのか? それはだ、どうせロールプレイをやるなら、自分と違った自分を演じたかったからだ! そう、これはロールプレイなのだ! 断じてそういう願望があるわけではない! あとほら、女性キャラの方が装備とか優遇されるし!」
この台詞、もしかして全員が言うのか? というかユミルの中の人って呼ぶな。
「なるほど、0時から5時の間だけ、中の人に変化する、か」
俺達は今わかっている事を話した。
雅人君には、俺の事は涼でいいと言ったら「わかった、涼と呼ばせてもらう」と言われた。適応能力は高いのだろう。
そして変化に関してだが。
昨日雅人君が変化しなかったという話から今日はどうなるか心配だったが、今日こうして0時になって変化した事でより確信が持てた。後は5時にユミルになれば、間違いないと証明される。
「しかしなぜだ? 我は昨日、この様に変化したりはしなかったぞ?」
「うーん……」
俺と鉄也君は顔を見合わせる。
……どういう事だ? 昨日は確かに、俺達は変化した。だというのに、雅人君は昨日は0時を過ぎてもランランのままだったという。
「……なんらかのキッカケが必要なのか」
「ありえるな、もしくは僕達とお前の、状況の違いか」
二人が考え込んでいる。イケメンが揃うと何とも絵になりますな。
……俺を除いて。
「考えられるのは、人数、組み合わせ、場所。もしくは、パーティメンバーと再会したという認識を持った事、か?」
「ふむ、一人では変化しないかもしれない。
ユミルかロミリアと一緒でないと変化しないかもしれない。
ユミルの部屋でないと変化しないかもしれない。
パーティメンバーと再会していないと変化しないかもしれない、といった所か」
鉄也君が発言し、雅人君が補足する。この二人、仲良いんだなー。
「よし、では明日の夜は別々に待機してみよう。僕と雅人が雅人の部屋で待機、涼さんは僕の部屋で待機してくれ」
なるほど、それなら俺か雅人君のどちらかと一緒にいるのが条件か、俺の部屋にいる事が条件かという事が確かめられるわけか。
「あとは、クリーナとデュノスに接触だな」
そうだ、それを忘れてはいけない。特にデュノスとは早く再会したいからな。あの安心感はやっぱりデュノスしか出せないし。
「でも、敵である可能性もあるんだよな?」
俺は以前、雅人君が言った事を思い出す。そう、いくら以前パーティメンバーだったからといって、この世界でも仲間とは限らないんだ。それに、中の人がいるとも限らない。この世界の人間として生きているかもしれないのだ。
「それだけど、多分大丈夫だと思う。僕も雅人も、涼さんも中の人がいたわけだし、みんなあの声を聞いてこの世界にきていると思う」
「え? そうなのか? ならなぜ昨日は警戒するようにって……」
「こいつは結局、ユミルを独り占めしたかっただけだという事だ」
「なにそれひどい」
ようはこちらから接触したくなかったし、ユミルに接触させたくなかったと。うーん、ロミリアちゃんのユミルへの独占愛、おそろしや。
「ま、まあいいじゃないか。それより、問題はクリーナとデュノス、どちらに先に接触するかだが」
慌てて鉄也君が話題を切り替える。ロミリアちゃんの為とはいえ、大変だな。
「そうだな、俺としてはまず、デュノ……」
「クリーナだな」
「ああ」
俺の言葉を雅人君と鉄也君が遮る。
え? なんでクリーナ?
「僕もその意見に賛成だ。まずは明日、クリーナに接触しよう」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、もちろんクリーナも大切な仲間だけど、どうしてデュノスより先なんだ?」
俺は自分の疑問をぶつけてみる。
そう、クリーナも大切な仲間だ。だけど俺としては先にデュノスを確保しておきたいんだが。
「デュノスは男性だ。女子寮には入れんから色々と不便だろう」
「ああ、こうして夜集まる事も出来ないしな」
雅人君と鉄也君がそう主張する。
そうか、確かにデュノスはウチのパーティで唯一の男性だ。そう考えると、確かにこうして夜集まったりはしづらいのか。
「故に先にクリーナに接触し、より情報を集めてからデュノスに接触する」
「僕達の考えはこうだけど、涼さんはそれでいいかい?」
二人の視線が集まる。まあ、二人の考えもわかるし2対1だしな。
「わかった、明日はクリーナに接触してみよう」
「ああ」
「まずは我が接触してみよう、二人が接触しようとすると目立つからな」
「確かに、ユミルもロミリアちゃんも目立ってるからな」
ユミルは今日の事件のせいで。ロミリアちゃんは可愛いマスコットみたいなもんだから目立ってるしな。
こうして明日の方針が決まった。俺達は5時になり、キャラクターに戻った事を確認してから解散した。
「しかし、まさかユミルたんの中の人が男だったとはなぁ」
鉄也と雅人はユミルの部屋から出た後、ロミリアの部屋に集まった。
ちなみに彼らが二人きりの時にはロールプレイはお預けだ。見た目はロミリアとランランだが男言葉。異様な光景だがどうせ誰も見ていないのだから構わないだろう。
もちろん、外では誰が見ているかわからないからそんな事はしない。
「僕も最初は驚いたよ、あれだけ可憐な人の中身が、男だったとは」
「我もてっきり中身は女子高生だと思っていたよ」
鉄也も雅人もユミルに惚れていた。おそらくクリーナもユミルにベタ惚れだ。
ユミルは見た目も可愛いが、パーティのリーダーとしてみんなを引っ張り、時に励まし、時に慰め、時に導いてくれる。
まさに彼らの天使、女神だった。
「警戒すべきは男性キャラクターのデュノスのみ。後は誰がユミルたんの心を射止めるかだったが」
「ああ、中の人が男となると、話は変わってくる」
そう、彼らは漫然と、ゲーム内で仲良くなって、その内リアルでも会えればなぁと考えていた。
だからこそ、リアルイベントにユミルが参加すると聞いた時は他のどんな予定をキャンセルしてでもイベントに行こうと決めた。
そしてあの日、鉄也と雅人は、二人でイベントに参加したのだった。
「一番のライバルはデュノスだったが、デュノスはまあ、向こうから接触してこない限りはこの世界では大丈夫か」
「いや、ユミルたんはデュノスの事を一番信頼している。さっきもクリーナより先にデュノスに接触しようとしていただろう?」
「確かにな」
彼らが「Fine Online」でユミルに出会った時は、ユミルはすでにデュノスと組んでいた。
デュノスがユミルに惚れているかはわからなかった。だが、お互いが信頼し合っているのは見てわかっていた。それだけに、正直この世界ではデュノスとは接触したくなかったのだ。
だが、それも長くは続かない事は明らかだった。ユミルがそれを許さないだろう。
「なぁ、思ったんだが……ユミルたんの中の人は男、しかし一番信頼していたのは男キャラ。この事から考えると……」
「な、なんだ鉄也、貴様、何を言おうとしている?」
そう、ユミルの中の人が男となると前提が変わってくる。
ぶっちゃけユミルがデュノスを一番信用しているのはユミルの中の人が女性だと思っていたからだ。
しかし、その前提が変わってくるとなると。
「ユミルたんの中の人、涼さんは……男性が好き……?」
「ば、馬鹿な! そんな事が……!」
「ありえない話しじゃないだろう? いや、むしろこれからは、そうでなくては困るのだ」
「こ、困る? 鉄也、お前何を言って……?」
……鉄也は、1つの決心をしていた。ユミルの中の人が男とわかった時から……
「雅人、僕は……僕は決めたんだ」
「な、何をだ?」
「この世界でユミルたんに会って、改めてわかった。僕はユミルたんが好きだ」
「お、おう、我も好きだぞ?」
「だから僕は、決めたんだ」
「だ、だから何をだ?」
「僕は、ユミルたんの中の人、涼さんも愛してみせると!」
……言った。言ってしまった。
鉄也は決意した。ユミルを愛するなら、中の人も愛するべきだと思ったのだ。ユミルの中の人なのだから、きっと愛する事ができると!
「し、正気か鉄也!」
「正気だ。むしろ雅人、お前はどうなんだ?」
「どうとは?」
「ユミルたんの中の人も愛する事が出来ず、ユミルたんを真に愛していると言えるのか?」
「ば、馬鹿な! そんな……そんな事!」
「僕は出来る! 僕はユミルたんも、涼さんも、愛してみせる!」
……沈黙が場を支配する。
常識的に考えれば、鉄也の方がおかしいのだろう。
だが、鉄也はそれで構わないと思っていた。自分の方がユミルたんを愛している。この事は雅人にも伝わったはずだと思っていた。
「まあ、これは僕の考えだ。雅人には関係ない事だったな、すまん」
きっと雅人には無理だろう。雅人はしょせん、ユミルたんのうわべしか見ていないのだから。そう思っていた。
「……ふざけるな」
「え?」
雅人の拳が震える。そして次の瞬間、雅人は吼えた。
「いいだろう! 貴様のその覚悟、しかと受け取った! その上で我も乗ってやろう! 我もここに誓おうではないか! 我もユミルたんと、そしてその中の人、涼を愛してみせると!」
鉄也が驚愕する。そんな馬鹿な、そんな簡単に出来る事ではないと。
「れ、冷静になれ雅人! お前、自分が何を言っているのかわかっているのか!」
「わかっているとも! 全てはユミルたんを愛するが故! お前と同じではないか!」
「僕と同じ……」
自分と同じ。
そう考えると、早いか遅いかだけの違いだった。元々ユミルを愛していた彼らには、その程度の違いしかなかったのだ。
「雅人、これはおそらく、茨の道だぞ?」
「笑止! 我にとっては造作もない事!」
「いいだろう、これまでと同じく、抜け駆けは禁止だが、正々堂々、ユミルたんも涼さんも、狙っていこうじゃないか!」
「うむ、攻略対象は同じだ! これまで通り、ユミルたんを、そして涼を愛していこうではないか!」
彼らはここに誓い合う。
やはり僕と雅人は気が合うなと、この時鉄也は、改めて思った。