2、男達の密会
やだうそ、俺、男にせまられてる!?
わけがわからない。さっきまでロミリアちゃんが俺にせまってきていたと思ったら、急に眼鏡をかけたイケメンにせまられていた。
「……」
「……」
みつめあう俺達。二人の間に言葉はいらない。
いや、言葉が無い。
「ゆ、ユミルさん、なの?」
イケメンが話し出す。
え? うそ、まさか……
「そういうあなたは、ロミリアちゃん、なの?」
俺も聞き返す。あれ? 俺の声、何か違和感が……
「……」
「……」
お互い、自分を見る。
俺の服装はパジャマではなくなっていた。黄色のジャージだった。ちなみにイケメンのジャージは緑色だ。
「……どういう事だ?」
イケメンが困惑している。もちろん俺も困惑している。
「……もう一度聞こう、君は……ユミル、なのか?」
今度は言葉づかいが男になっていた。そりゃそうか。
「ああ、そういう君は……ロミリアちゃん、なのか?」
「……」
俺も言葉づかいを直す。イケメンの眼鏡が曇る。
お互い、考えを整理していたのだろう。俺達はそのまましばらく、固まっていた。
「……お互い、情報交換をしようと思う」
イケメンが提案してきた。さすが眼鏡、頭の切り替えも早そうだ。
「わかった。俺からでいいか?」
「いや、僕からこれまでの経緯を話そう。とは言っても、全てを把握しているわけではないが」
それはそうだ。それならこんなにお互い驚かないだろう。
「僕の名前は「小女子 鉄也」、21歳、大学生だった」
「こうなご?」
「……小さい女子と書く」
あああの。……え? それってもしかして
「断っておくが、ロミリアと僕の苗字は一切関係ない」
うん、そうだよな、そういう事にしておこう。
「あと、別に僕はオカマとか女装趣味とかじゃない。女体化願望があるわけでもない。ならなぜ女を選び、女を演じているのか? それはだ、どうせロールプレイをやるなら、自分と違った自分を演じたかったからだ! そう、これはロールプレイなんだ! 断じてそういう願望があるわけではない! あとほら、女性キャラの方が装備とか優遇されるし!」
あ、うん。同類だわ、この子。
「話を戻すぞ、僕は大学生で、ロミリアというのは「Fine Online」というオンラインゲームで作ったキャラクターだった。しかしある日事故に巻き込まれ、気がついたら僕は、ロミリアとしてこの世界にいた」
大体俺と同じか。……それにしても、事故か。
「俺も大体同じ感じだ。俺の名前は乙女塚 涼。25歳、サラリーマンだった」
「年上……でしたか」
「気にしなくていい、今更敬語を使う様な仲じゃないだろう?」
そう、俺達はオンラインゲームの中とはいえ、戦友だったのだから。
「……そう、ですね、いや、そうだな。乙女塚さんがそれでよければ」
「涼でいいよ、俺も、鉄也君って呼ぶから」
「わかった、それで涼さん、あなたは「Fine Online」で、ユミルたんを操作していた、で間違いないかな?」
おいなんだ、たんって。……まあいいか。
「ああ、いわゆるユミルの中の人だ」
「そう……か。いや、そうだよな」
何がそうなのかわからないが話を続けよう。
「ところで事故って、やっぱりあれば事故だったのか?」
「少なくとも僕はそう認識している」
そうか、そうだよな。
俺は思い出す。あの日の事を。
俺はあの日、「Fine Online」のイベントに来ていた。イベントといってもゲーム内じゃない。
リアルイベントだった。
あの日は大勢の「Fine Online」ファンが集まっていた。どうやら鉄也君もそこにいたらしい。
イベントが盛り上がる中、俺の記憶が正しければ……突然、大爆発が起こった。
何がどうなったのかはわからない。大きな音と光に包まれたと思ったら、気がついたら俺は……
「ユミルになっていた」
「僕も同じ状況だ」
どうやらあの爆発に巻き込まれて、この世界にきてしまったらしい。
「話を続けよう、この世界の名前は ジェネシリア。この国はルカディア王国で、ここはルカディア学園。ここまではいいか?」
「ああ、間違いない……と思う」
世界の名前は初めて聞いたな。まあ言われるとそうだと思うって事は、間違いないだろう。
少なくとも、俺の中のユミルはそうだと思っている。
「この事から、ここは「Fine Online」の世界ではない事がわかる」
「そうだな、世界の名前も国の名前も、全然違うからな」
「つまりこの世界では、我々の知識や常識は通用しない。僕でいう、ロミリアの知識や記憶だけが手がかりになる」
「うん。だけど俺、ユミルの記憶はこの学園に来た所からしかわからないんだ。なんとなく国の名前とかはわかるんだけど」
「僕もだ。記憶自体は学園に来たという所で途切れている。出身もそれまでの経緯もよくわからない」
「お互い同じ状況というわけか。というか、そもそもなんでユミルとロミリアはこの世界の記憶や情報を持ってるんだ? 俺達が作ったキャラクターなのに」
「……それについてはわからない、としか言い様がないな」
……あとそうだ、あれがあったな。
「そういえば、この世界に来る時に、声が聞こえた」
「声? それはひょっとして……」
「ああ」
-この世界を救ってほしい-
-仲間を集めて-
-3年後、魔王が世界を破壊する-
「……3年か、3年後に魔王が世界を破壊する」
やはり鉄也君も同じ声を聞いていた様だった。
「ちなみにこの世界、今は魔王はいるのか?」
ユミルの中の記憶には魔王に関する記憶は無い。ロミリアの記憶の中にはあるだろうか。
「僕もわからない、調べてみるしかないな」
「もし本当なら、仲間を集めて、3年後に魔王を倒せる様にならないといけないってわけか」
「そういう事だな」
魔王を倒す。この世界を救う。そんな事が出来るのだろうか。
そうして情報交換をしている内に、ずいぶん時間が経った気がする。気がつけば、時計は5時をさしていた。
「え?」
「え?」
そして俺達は、再び私達になった。
「どうして、また、僕はロミリアになってる?」
「俺も、ユミルになってるのか?」
お互い姿を確認し合う。
「……どうやら時間によって姿が変わる様だ」
ロミリアちゃんが考察している。なんか普段のロミリアちゃんと違って、カッコイイな。
ふと、ロミリアちゃんの顔に一瞬だが眼鏡が見えた。
「5時か……その前に姿が変わったのは何時だったか覚えているか?」
「0時だったと思う、ロミリアちゃんが来たのが0時前だったし」
「という事は、0時から5時までの間、元の姿に変化するという事か」
「まあまだ1回目だし、確証はないけどな」
そう、実は初日だけのサービスでしたって事もありえる。……なんのサービスかはわからないが。
「とにかく、今日のところは一度解散しよう。あと、僕達の事は秘密にしておいた方がいいだろうな」
「え、そうなのか? デュノス達にもコンタクトとった方がいいんじゃないか?」
そう、この世界には残りのパーティメンバーのデュノス、ランラン、クリーナがいるのだ。仲間というのは彼らの事ではないのか? おそらく彼らも転生者だと思うのだが。
「いや、もし転生者でなかった場合、怪しまれてしまう。僕達はたまたまこうして知り合えたが、他の人はどうかわからない。僕達に協力的でないかもしれないし、魔王側の使命を受けているかもしれない。そう、敵かもしれないんだ」
3人が敵……考えたくないな。
特にデュノス、彼はウチのパーティの大黒柱。寡黙だけど頼りになって、俺が一番信頼していた人だ。
「それに、彼らだけではない、他の生徒も転生者かもしれない」
「うわマジか、確かに、イベントにはたくさんの人がきてたしなぁ」
そう考えると周りがみんな転生者に見えてくる。……イベントに来てた人、ほとんど男性だったよな、まさか。
「誰が信用できるのかわからない以上、我々が転生者という事は黙っていた方がいいだろうな。相手にカマをかけられても、相手が信用できるとわかるまでは、知らないフリをした方がいいだろう」
「……なんか、大変だな」
知らないフリ、出来るだろうか、俺に。
「まずは3年間、魔王を倒す為に己を鍛えよう。しかしまったく動かないのも問題だ。徐々に周りを探っていこうと思う」
「そうだな、しかし、俺はそういうの、苦手なんだよなぁ」
「そうだったな、そういえばユミルはそうだった。そこは僕に任せてもらおう。まずはそうだな、ランランを探ってみようと思う」
「ランランを?」
「ああ、ランランの中の人は、僕と同じ大学のクラスメイト、リアルの友人なんだ」
「……男か?」
「……本来は中の人の情報を開示するのはタブーだが、仕方ない。そうだ、男だ」
「ああ、ランラン……」
可愛い忍者少女と思った? 残念! 大学生(男)でした!
「しかしランランに中の人がいると決まったわけではない。もし違えば、僕達はどういう扱いを受けるかわからない、慎重にいこう」
「わかった、任せる」
「ああ……さて……」
一息つくと、鉄也君……ロミリアちゃんの雰囲気が変わる。
「それじゃあユミルさん、私自分の部屋に戻りますね。今後とも、よろしくお願いします」
おお、ロミリアちゃんに早代わり。さすがだなぁ。
「うん、ロミリアちゃんも、気をつけてね。私に出来る事があったら何でも言って」
俺もユミルモードに入る。こういうのは切り替えが大事だしな。
「はい。それじゃあ、もうあんまり眠れないと思うけど、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
「それと……」
「ん?」
ロミリアちゃんがはにかみ、唇に指をあてる。
「今夜の続きは、また今度、という事で」
そう言って、ロミリアちゃんが部屋を出ていく。
俺はロミリアちゃんにキスされそうになった事を思い出す。
しかしロミリアちゃんは……男だった。どう気持ちの整理をすればいいのかわからない。
もう6時か。授業は8時からだから、ほとんど眠れないな。
「……眠い」
今更襲ってきた眠気に、俺は勝つ事が出来るのだろうか?