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黒翼の天使  作者: 水薙鳥
第二章 魔女狩りの都市
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♯4 業火の祭典

 満天の星の下。赤銅しゃくどう色をした下弦の月が、東の空に現れ始めた頃。噴水広場の北に位置する天井のないドームは、深夜にもかかわらず異様な熱気に包まれていた。

 内部壁面に沿う雛段状観覧席では、満面の笑みを浮かべる者や歓喜する者、中央の砂広場を指差し嗤う者、口の前に両手で輪をつくり怒号を飛ばす者の姿が見られる。彼等が注目する砂広場には百本を超える木柱が立てられており、その一本毎に亜麻色の髪をした人が二人ずつ、背中合わせの状態で柱に後ろ手に縛られていた。

 異端審問官の席を正面として最も前の柱では、一人の老人が額に冷たい汗を伝わせながら、最上段にある審問官の席に座る司祭を睨んでいる。それを見下しながら、白い髭を蓄えた司祭は広場の人々を嗤笑ししょうする。司祭は助祭に丸められた紙を差し出すと、助祭はそれを受け取り眼前で広げ内容を読み上げた。

「トリスタン・キャンベル他、計二百四十七名。誠実に生きよと云う神の意思に背き、邪悪なる悪魔と契約し、悪しき黒魔術でこの都市に疫病を広め、健全かつ善良な住民達の平穏を脅かし、神が創造したこの平和世界を滅ぼさんとした」

 読み上げ終わると観覧席の人々は口々に、川に毒を流す所を見た、集落の方角から紫や緑の煙が流れてきた、等の『証言』をする。場内はそれに対する非難の声に満たされ、『罪人』の処刑を求める声で溢れた。ローブの人々は、ある者は声を上げ抗議し、ある者は涙を流し無実を訴える。しかしその場の、彼等の他は誰一人、彼等の生を望んでは居なかった。死ね、殺せと物騒な言葉を、歪んだ笑みで発す者ばかりだった。

「この罪は万死に値し、穢れた魂を浄化せねばならぬ」

 声を張り上げ、司祭は言った。その声で、空間は静寂に包まれる。観覧席には頷く者は幾らか見られるが、誰も口を開くことはしなかった。

 沈黙を破ったのは、司祭だった。彼は『罪人』達を蔑視するように公述する。

「罪を認め、救いを求めれば赦されるというのに、そうしなかった。それゆえに、貴様等はこれから火達磨になる。惨めだのぅ」

 司祭は蔑む目で白鬢のトリスタンを見下ろし冷笑する。それを発端に、傍聴する人々――否、火刑の達は、『魔女』達を蔑み、憫笑し、その中に死を望む声を上げた。

 司祭は雛段の最下段に立つ十数名の兵に、火を放つよう命じる。それを受け反発した幾名かの兵は皆、木の柱に後ろ手に縛られた。残りの兵達は一本一本の周囲に油を撒くと雛段を上り避難する。彼等は手に持ったマッチを振り火をつけ、それを顔色の一つも変えずに油の海に落とした。

 叫び声と泣き声がドーム内に響き、肉の焦げる臭い立ち込める。反発した兵を含む中央の人々は鎮火を求めるが、司祭はそれを聞き入れようとはしない。熱さに汗を噴き出させ、死への恐怖に顔を歪め、体を焼かれる痛みに咽び泣く人々を、遥か上からただ嗤う。

 弱者がいたぶられる場面を目撃する数千人の中には、やはり良心を残す者も少なからず居るようで、同情の声を漏らす人も幾人か居る。しかしその者達は、その言葉を聞かれたが最後、複数の兵士や観客に担がれ、燃え盛る炎の中へ投げ込まれた。

 業火に包まれた人々は、巻き込まれた者も例外ではなく、泣き叫ぶ事しかできなかった。ただ一人、トリスタンを除いては。彼は静かに笑っていた。無論、熱くないのではない。また死への恐怖が無いという訳でもないだろう。しかし彼は笑う。何かを強く信じているかのような、強い光を眼に宿して。

「この都市だけでいい。この悪夢が続くのを止めてくれよ、エレノア……!」

 炎はドーム内の赤さと明るさを不気味に変えて行き、濡羽ぬれば色の夜空を橙に染める光の中に黒い煙を立ち上らせる。焼かれた人々の嘆きと苦痛の叫び、そして二百五十もの命を天へと届けるように。


 噴水広場の最北にて、星明りにより微かに銀だと解る長髪を後方下部で一つに結わえる青年は、一部だけが橙色に染まる北の空を遠目に見つめていた。

 北風に乗り漂って来る、煙の臭いに混ざる異臭から、その空の下で何が起こっているのかを知る事は出来ているだろう。彼は目を潤ませて、ただ立ち尽くしている。その左肩に座る、黒の双翼を携える小人は静かに言った。

「お前が悲しむのは解る。しかし、どうにもできないのだ。許してくれ」

 低く冷たいその声は、震えてはいなかった。だが、暗く感じる声音は、どことなく自身を責めているようだった。

 小さく開いたままだった口を緩ませると、青年はその隙間から息を柔らかく吹いた。

「ご自分を責めないでください。それよりも、この都市の制度を潰し、彼等の冥福を祈りましょう」

 微笑みながらそう言うと、彼はディアストーカーをかぶり、踵を返して広場を横切り歩く。

 彼は広場の南口で立ち止まり、まだ月の無い空を仰いだ。いつもより星が多くあるように見えるのは、月光が星の輝きを眩ませていないからか、それとも他の何かが誘因となっているのだろうか。

 一滴の雫が青年の頬を伝い、滴り落ちて床石に濡れ染みをつくる。青年は項垂れ歯を喰いしばり、拳を固く握りしめる。頬に濡れた筋の残る顔を前に向け、彼は噴水広場を後にした。


   * * *


 まだ夜も明けきらない時間から、その日は何やら騒がしかった。

 兵士達が都市中を馳せ回っているようで、鎧か何かの金属音や、鉄靴の地を蹴る音がそこかしこから聞こえて来る。彼等は時折他の兵士と鉢合わせては何かを話し、方々を指差したり首を横に振ったりしている。

 瑠璃紺のコロニアル屋根の上に居た白銀の長髪を持つ青年はそれ等の事に興味を持ったのか、覗き込むようにして様子を窺っていた。

 彼の丁度真下辺りで、プレートアーマーを着込む兵士が、何かを探すように辺りを見回しながら歩いている。彼はそのまま道なりに歩き四差路に出ると、その中央で別の兵士と相見え停止した。彼等に存在を気づかれていない屋根の上の青年は、会話があればそれを聞こうと耳をそばだてる。

「昨夜の脱走者、居たか?」

 先ほどの兵士は、もう一人の兵士にそう問うた。都市中に派遣された兵士達は、どうやら人を探しているらしい。昨夜は魔女裁判があったのだが、その際に一人抜け出したようだ。

 彼の問いにもう一人の兵士は首を横に振り、それに彼は溜息を吐く。もう一人の兵士は草臥れたためか愚痴のように呟いた。

「亜麻色の髪は目立つだろ? しかも女だから運動能力は低いはず。なのに、なんでここまで見つからないんだ?」

 数分程度彼等は愚痴を言い合い、その後別行動をとるのかそれぞれから見て右の道へ歩いて行った。

 屋根の上からその始終を見ていた青年は、右足を伸ばして屋根に座った。彼の襟元から紅い双眼を持つ銀髪の小人が顔を出し、青年を見上げるように上を向く。

「亜麻色の髪の女……。利用価値は高そうだな」

 小人の言葉に青年は苦笑する。小人が亜麻色の髪の女性を『目的』の為に利用しようと考えているならば、決して誤りではないだろう。しかしそれを直接的に表現する彼に、青年は少し困ったように眉尻を下げた。

「穏やかじゃないなぁ。見かけたら助けるくらいで良いじゃないですか。後はまぁ、成り行きで」

 柔和にそう言うと青年はどこからかディアストーカーを取り出し、白銀の髪が全て中に入るようにかぶる。彼は碧空へきくうを仰ぐと微かに笑い、そして屋根から飛び降りた。

 どこまでも広がる蒼穹そうきゅうの中、東の空では、旭日が闇を排するように輝いていた。


 大通りを兵士達が駆けて行く。そこから脇に逸れた路地に、肩で息をする女性が居た。彼女は浅葱色をした簡素なドレスの上に土汚れの目立つ白衣をまとい、琥珀をした眼と亜麻色の髪を持っている。

 様子を窺い安堵の息を漏らすと、彼女は大通りへ出た。目配りをしても、誰も彼女の視界に入らない。襟元のブローチを右手で軽く握り深く息をすると、彼女は急ぎ足で歩き始めた。

「居たぞ、亜麻色の髪の女だ!」

 後方から大声が聞こえた。振り向くとそこには、プレートアーマーを身に付けた兵士が一人、彼女を指差して居た。彼女は舌を打ち、兵士に背を向け逃走した。すると兵士は先の声を耳にした他の兵達と合流し、三人で彼女を追う。重い鎧に身を包んでいるとは思えない速さで走る兵達に彼女は追いつかれ、背後から腕を掴まれてしまった。

 偶然だろうか、黒尽くめの人が視線の先に現れた。彼は、彼女等のほうに歩いて行く。女性は喜びからか、緊張していた顔が綻びる。しかし黒衣の人は彼女等の右を、何も見ていないとでも言うように構わず通り過ぎて行く。そんな彼に彼女は眉根を寄せたが呼び止めようとはせず、せめてもの抵抗と強張らせていた体の力を抜いた。

 突如、彼女の左右に居た兵達が前に倒れ、彼女の腕を掴んでいた手が払われ、女性は何者かにより体を倒された。どこまでも澄む青の下、黒の帽子は宙を舞う。

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