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黒翼の天使  作者: 水薙鳥
第二章 魔女狩りの都市
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♯3 とある日の号外

 数日前に降り始めた雨は次第にその激しさを増し、雷を伴う嵐となった。そしてそれは、今もまだ衰える事なく続いている。

 そんな日の早朝、城門の警備を任された二人の槍兵は、雨に打たれ音を立てるひさしの下で、吹き荒れる暴風に舞う枯れ芝を眺めていた。

「なあ、警備の必要ってあるのか?」

 向かって左、壁に凭れ腕を組む無精髭の男は、向かって右の筋肉質な男にそう問いかけた。城門警備の兵として有るまじき台詞セリフだが、そう疑問に思うのも無理はないだろう。

 この場所へ続く道は未舗装の土道一本のみであり、ゆえに馬車で往くには適さない。それに加えて霧や雨により視界が霞むとなれば、乗客の安全を約束しきれない。そのため、御者達はこの場所を目指す馬車を出すこと自体を拒否することが殆どだ。

 ならば徒歩でとなるかといえばそうでもなく、大平原の中央に位置するこの城郭都市は、他都市との距離があまりにも離れているために、人はその選択肢を放棄する。つまり、降り続く雨の中、誰もここには来ないのだ。

 無精髭の男に対し、筋肉質な男はギサルメを右手に回答する。

「もしかすれば、来るかもしれないだろう。必ずしも来ないとは限らない。こんな雨の日だからこそ奇襲が来るかもしれない。だからこうして、城門を任されているのではないか」

 その回答に、無精髭の男はやれやれといった風に、両掌を天へ向けて笑う。そして用を足してくると言うと城門を開き、彼は城郭の内側へ歩いて行く。その後城門が閉じるのを見届けると、筋肉質な男は溜息を吐いた。

 無精髭の男は、これまでに幾度となく職務を放棄し、その度に注意を受けている。しかし彼が懲りる事はなく、盗賊を何度も退けその功績が認められている、生真面目かつ勤勉な筋肉質な男を嘲っている。

 初めの内は、筋肉質な男は無精髭の男に注意などをしていたのだが、幾ら言っても効き目がない事を知ったのか、いつしか口出しする事自体を辞めた。なお、この男が無精髭の男と組まされるのは、無精髭の男が任務を放置しても、仕事に支障を来さないようにする事が可能だからである。


 雨の地を打つ音と風の吹き荒れる音の中に、馬の駆ける音と車輪の音が聞こえる。馬車の音は次第に大きくなり、雨の中に馬車らしき影が揺らめいた。

 その姿が次第にはっきりとしてくると、筋肉質な男は眉間に皺を寄せた。彼の視線の先の、黒塗りの馬車をく黒馬は、それ等に付いている筈の首が、二頭共に見当たらない。

「首切れ馬……。いや、馬車だがデュラハンか?」

 男はそう言うとベンテールを下げ、ギサルメを持ち直す。

 黒塗りの馬車は、城門の前で停止した。雨に濡れた黒塗りの馬車の馬にはやはり首が無く、そしてどういうわけか、御者の姿が見当たらない。

「御者なくして、正しく動く……。ひょっとして、馬車全体が化け物なのか?」

 男はそう言い首を傾げ、馬車窓から中を覗いた。内部は、何の輪郭も見えないほどの暗闇である。その事を不思議に思った男はその暗闇を見続ける。するとそこに紅い光が二つ、闇の中にゆらりと現れた。それを確認した途端、男は馬車の横に倒れた。

 門番の居なくなった城門は何の操作も必要とせず、錆びた鉄を引きずる音を雨音の中に響かせ開く。黒塗りの馬車はそれをくぐり城郭の中へと入って行った。


 馬車が侵入して少し後、無精髭の男が慌てて城郭の外に出た。そこで目に入ったのは、俯せに倒れている相方の姿。無精髭の男は筋肉質な男に駆け寄ると傍に屈み、右の人差し指と中指を揃えて首筋に当てる。どうやら脈はあるようで、無精髭の男は一つ安堵の息を漏らす。

 そして筋肉質な男を担ぐと、城門を潜って行った。


 * * *


 明くる日。嵐の過ぎ去った空は何処までも青く、葉の上では雨の名残の水滴が、陽光により煌めいている。

 城郭都市セラムの中央にある噴水広場では、とある話題が至る所で上がっていた。

「今朝、首無の黒馬がく御者の居ない馬車が認可なくここに入って来たんですって。見張りの兵が中を覗いた途端急に倒れたらしいわ」

 倒れた槍兵は今朝意識が回復し、城門前で何があったかを上官に報告したという。しかしそれはあまりにも曖昧で、実際は自作自演だったのではないかとの疑惑も浮上しているようだ。

 世間話をする数人の組が点在する広場の中央、噴き出す水を眺める黒ずくめのが居た。髪をすべて黒のディアストーカーの中にしまい込む彼は、宙を舞う光の粒を眺め幸せそうに微笑んでいる。そんな彼のトレンチコートの襟元から、手に乗れそうな大きさの小人がひょっこりと頭を出す。

「やれやれ。何故人間は、悪い事の方を話題の主とするのだ。命が残っている事を喜び騒げば良いものを」

 長い銀髪を後ろで一つに結ぶ赤眼の小人は、不満そうに溜息を吐く。そんな小人に対し、黒ずくめの青年は噴水を見る目を細める。水飛沫の中に手を差し入れ、白い手で冷たさを感じながら穏やかに言う。

「幸福は当たり前なんですよ。不幸の渦の中に居たら、喜びが話題になる」

 喜びの中に居れば不幸が目につき、悲しみの中に居れば幸福が目につく。青年の回答に、小人は納得が行った風に頷いた。それは青年が実際に悲しみの中に居たからなのか、それとも小人自身が光の届かない闇のような不幸を味わったことがあるからなのか。

 青年は、少々眉尻を下げる。命の煌めきを思わせるように輝く飛沫を、何かを憂うように見つめる彼の眼は、何処までも青く澄む空のような色をしている。

「まぁ、僕達の被害者である彼が無事でよかったです」


 正午を告げる鐘が鳴る。それを聴いた人々は、広場のある一角へと集まって行く。黒ずくめの青年はそれに気づくと首を傾げ、噴水の縁に腰を下ろし人の団子を見つめる。

 少しすると、白のシャツに砥粉とのこ色の吊りズボンを履き桑茶くわちゃのキャスケットをかぶる少年が、丸めた新聞を右脇に抱え、膨れたバッグを斜めに掛け、噴水広場へ駆けて来た。彼は駆けながら左手に新聞を一束持ち、その手を振りながら叫ぶ。

「号外だよ、号外! 外れの集落が、極悪非道の魔女共の住処だったって!」

 売り子の少年の声に、集まっていた客達は歓声を上げる。少年が広場に入りバッグの蓋を開けるや否や、客達は我先にと大人気もなく、金を握った手を少年の方に伸ばす。少年はその金と引き換えに新聞の束を手渡し、それを受け取った者は満面の笑みでいそいそとその場を離れて行く。

 少年に群がる客の数が片手で数えられる程度になると、青年は立ち上がりその集団に参加する。

「僕にもそれをくれないかな」

 桃や紺のきらびやかなドレスを着た女性達の間から、黒のトレンチコートに黒のディアストーカーの青年は声をかけた。黒ずくめが物珍しいのか、女性達は青年を奇異な目で見ている。少年は普段目にする色鮮やかなドレスや、灰色や桑茶のジャケットとは異なる服装の青年にしばし戸惑ったが、料金と引き換えに新聞を渡した。

 売り子に礼を言いその場を離れた青年は、噴水の縁に再び腰を下ろし新聞を広げる。その内容を示す主見出しはというと。

「【魔女裁判 忌わしき魔女共の浄化祭】……」

 魔女裁判。もはや説明する必要はないだろう。本来ならばまつりごとの一環である筈のそれは、紙面にいてさえも都市民の祭と化していた。

 本文の内容は、『郊外のとある集落に住む人々が、世界の混乱を目論もくろみ奇襲を企てている』という物だ。またこの記事には、『黒魔術』と『悪魔』の非現実的な二語が頻繁に登場している。

 一通り目を通した小人はその事に対し、不快そうに眉根を寄る。

「黒魔術……、悪魔だと? ふざけているにも程がある」

 棘のある声で小人はそう言った。一方、青年はただ黙っている。青年が新聞を畳み懐に入れると、二人は噴水広場を後にした。


 白煉瓦(れんが)の外壁の家が軒を連ねる目抜き通りは、昼飯時だからなのか人通りが疎らである。道行く人々は皆、郊外へと向かう黒ずくめの青年を横目で見る。青年はその事を気に留めずに、城郭都市の中央公園である噴水広場に背を向け歩いて行く。

 住宅街を抜けると、緑の生い茂る草原に出た。前方を見ると、石畳から続く土道の左に小さな教会がある。その傍まで行ってみると、灰色のローブを着た神父が花壇の草花に水をやっていた。

「あ、お祈りですか?」

 朽葉色の波状毛を持つ神父は、屈んだままにこやかな笑みを青年に向けた。青年は苦笑いし返答に戸惑い、それに神父は残念そうに微笑んだ。

 立ち上がってローブの土を払い、神父は協会の入り口へと向かった。扉の前の段を登り取っ手に手を添える神父を青年は引き留め、その声に新婦は動きを止める。

「今夜、魔女狩りがあるらしいですね」

 青年は顔の上半分に影を落とし、低くした声で神父に言う。神父は振り向き、口元だけを笑わせる。

「神のご意思に反して医学を発展させなければ、魔女だと言われる事はないのですよ。人々の鬱憤を晴らす対象も必要ですしね。」

 神父は栗梅をした双眼で、青年の空色の眼を見つめる。青年は額に冷たい汗を一筋伝わせた。神父に対し礼をすると踵を返し、青年はその場を後にした。黒い背をしばし見つめた後、神父は教会の中へ入って行った。


 草原から住宅街へ変わる場所、石畳の道の手前で彼は立ち止まる。その襟元から、一対の黒翼を携える銀髪黒衣の小人が飛び出し、青年の左肩に座った。

 青年はディアストーカーのつばを下げると、静かに呟くように言う。

「……人々の命を救う為の医学の発展を妨げ、当事者達を不満の捌け口にする事が、唯一神の意思だって……?」

 青年は項垂れ、握りしめる拳を震わせる。そして歯を食い縛り顔を上げた時、帽子の陰の彼の双眼は、燃え盛る炎のような紅緋をしていた。

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