♯2.5 新しい器
「――なんだ、負けたのか」
とある日、暴風が吹き荒れ横殴りの雨が降る夜。蝋燭の灯で照らされる部屋で、窓の傍に立つ老人は、嵐の外を眺めそう呟いた。彼は一つ舌を打つと、足音なく部屋の奥の玉座まで行き、そしてそこに腰掛ける。
白のタキシードを着込み、胸元に白の高帽子を当てた状態で玉座の前に傅く男は、老人の言葉に相槌を打ち、その後に詳細を報告する。
「抹殺する対象を呼び出す事には成功したものの、その剣に心臓を貫かれたとのことです」
男の言葉に老人は歯を軋り、右足を上に足を組む。薄い黄をした眉の根を寄せ、色の褪せた黄色い髭の下にある口を不機嫌そうに歪める。
「使えぬ奴め。私は堕天使を殺す為に力を与えたのだ。殺される為に力を与えたのではないぞ」
そう言い溜息を吐いた老人は、肘枠に右肘を立て頬杖をつく。その前に傅く男は、ごもっともと一言。
今度はそんな白タキシードの男を、老人は眼光鋭く睨む。
「で、だ。貴様、今日は、そのようなつまらない報告だけをするために来たのか?」
男は首を横に振り立ち上がると、胸に当てた高帽子をかぶり、右に置かれたステッキを持ち上げ器用に回し、その先を床に当てる。すると玉座と男の間に白く丸い光が現れ、それは座る子供を模り留まった。徐々に光を失い、同時に色付いていくそれに老人は目を丸くしたかと思うと、その目を細めて口角を上げ、哂う。
老人は立ち上がると段を下り、項垂れる少年の前に屈む。
「面白いモノを見つけてきたな……。決めた。次の器はこいつだ」
せいぜい楽しませてもらおう。そうとも言いたげに、老人は静かに哂った。
座る少年の、陽だまりを思わせる鮮やかな向日葵色の髪は、風の無い中静かに揺れる。




