85.0話 姉もお泊り
―――7月2日(日)
「………………」
チュンチュンとかスズメが鳴いてそうなほど、寝覚めすっきり。昨日、お昼寝もしたし、早めに寝たし、それでかな?
「千穂、おはよー。早いねー」
なんで!?
「佳穂が起きてる!?」
「失礼な!」
「佳穂は寝てないだけだよ」
「あ。千晶もおはよ」
「『も』って、あたしおはよ返して貰ってないんだけどね?」
「あ……。ごめん。おはよ」
「うん。おはよー」
「寝てないって……?」
……昼寝しすぎで? そこまで眠れない佳穂じゃないよね?
「今、6時かぁ……。千穂っていつもこんなに早いの?」
…………?
なんで話変えるのかな? いつも通りの時間なんだけどね。
「露骨すぎますわぁ……」
「あ。梢枝さんもおはよ」
「おはようございます。ところで千穂さん……」
「はい?」
「憂さんは声も掛けられずお困りですえ?」
憂? あれ? 起きてる。
「憂もおはよ」
「――お――おはよ――」
……なんで涙目なのかな?
「憂ちゃんはちょっと前に起きたんだよ? 千穂を起こすワケに行かないし、トイレ行きたいしで」
「ごめん!」
「――だいじょうぶ」
あらら……。避けてあげたら慌てて行っちゃった。梢枝さんがすぐに付いていってくれた……。お願いしまーす。
「千穂? ご飯、作ろ? わたしも今度こそ手伝う」
「うん。ありがと」
朝食は和風だった。作るのも食べるのも時間掛かっちゃった。みんな早起きしたから問題なかったんだけどね。
和の朝食は愛さんからのお願い。『出来ればちょっとだけでもお箸使わせてあげて?』って。頑張って魚の骨を取ってた。なんかね……。こう言ったら申し訳ないんだけど、ちっちゃい子が頑張って食べてるみたいで可愛かったよ……。
それから、また勉強。憂は漢字の読みの反復勉強。昨日、憶えた読みの半分以上、消えちゃってた……。頑張ってるだけに可哀想。でも憂は前向き。
『いっぱい――おぼえ――てた』
『梢枝――ありがと――』
……だって。
梢枝さんもすっごく嬉しそうだったよ。
佳穂も千晶も眠そうだったけど何とか勉強してた。
……寝ずに何をやってたんだか……。起きた時はごまかされたし、言い出すタイミングが無かったから憂の言葉を借りると『まぁいいや』って感じ?
この言葉は優の頃からの口癖。今もちょこちょこ出てくるよね。
お昼はお礼だって言われて、私抜きの4人で支度。そうは言っても調味料の場所とかあるから、私もキッチンの周りをチョロチョロしてたんだけどね。
憂はともかく、梢枝さんも佳穂も料理ダメだから心配だったしね。それでも千晶を中心に頑張ってたよ。
……あ。それは……みたいな場面もあったけど、口は出さなかった。塩コショウのタイミングとかね……。
出来上がったのは焼きそば。見た目はいまいち。ちょっとべっとりしてたけど、具沢山で美味しかった。たぶん、頑張って作ってくれた補正もかかってたと思います。
それからしばらく。まったり過ごしてたら愛さんが到着しました。
愛さんが混じると当然、学園での憂の生活のお話。
家庭科の授業で憂が作った巾着が人間関係に影響を……って話もした。愛さんは複雑な顔して聞いてた。
愛さんからの質問もあったよ。瀬里奈さんと陽向さんの事も聞かれた。チャットでは聞いてこなかったのに。あのチャットとかメールとかでは、愛さんは暗くなりそうな話題は振ってこないんだ。
それはきっと愛さんの優しさ。チャットとかメールとか送信しちゃったら相手の反応待ちになっちゃうから。直接、話してたら相手の顔を見て話を変えられるから。愛さんって、話が暗くなりそうになったら、よく話題を変えてくれるんだよね。
佳穂は憂に告白した事を伝えた。失敗した事も。愛さんは、それでも一緒に居てくれてありがとう……って。佳穂ももう吹っ切れたのかな? 泣いちゃう事も無かった。寂しそうだったけどね。
学園生活の話が終わると今度は逆。憂の自宅での話を私たちが質問。最近では、この前、お会いしたお兄さん。剛さんと仲良くしてるんだって。でも一時期、物凄く距離が開いちゃってたんだって……。弟が妹に。それもこんなに可愛くなっちゃったら、戸惑うよね。仕方ないと思う。その壁が無くなってきたって愛さんは嬉しそうだった。
憂は家でも勉強頑張ってるって。漢字の読みの勉強。ご家族皆さん、梢枝さんと同じ事思ってるって言ったら、違うんだって。読みの勉強は憂が始めた事みたい。偉いよね。
あと、裁縫。昨日、プレゼントして貰った巾着は、やっぱり憂が1人で縫ってくれた物なんだって……。あらためて感動。
前に愛さんのお部屋で巾着縫ってる時に、愛さんがミシンでダダダーって巾着作ったら憂がスネちゃった……なんてエピソードも教えてくれた。その光景が想像し易くて、みんなで笑っちゃった。
私たちが愛さんと話してる間、憂は愛さんにからかわれてた。
『可愛い女の子たちとのお泊りどうだった?』とか『千穂ちゃん襲った? それとも誰かに襲われた?』とか。お姉さんだから出来るいじり方だよね。恥ずかしがったり怒ったり照れちゃったり笑ったり。ホントにきょうだいっていいよね。
しばらく話してたら憂が昼寝して……。起きてから初日のお泊り組は解散。愛さんが車で3人を送ってくれるって……。晩ご飯も『私に任せて。お買い物してくるからちょっと遅くなるよー』って……。
そして、愛さんのでっかい車は走り去っていきました。
……だから、憂と2人きりの時間が出来たんだ。最初は……私も何を話せばいいのか分からなくなっちゃって……。
2人で静かな時間を過ごす事に……。
……憂と2人きりの時間って、ほとんど無いんだよね。車椅子生活の頃、トイレに連れていってあげてた時くらい。あれだって、トイレの中と外だったし。愛さんには内緒だけどね。
憂との会話はあまり弾まなかったけど……。それでも2人で過ごした時間は穏やかで、ゆっくりで……いい時間だったと思う。
きっと愛さんは憂と2人の時間を作ってくれたんだよ。心配性の愛さんが私と憂。どう見ても弱い2人で残してくれたって事は、どこかに康平くんでも居たのかな? いつかお礼を言いたいけど……『仕事だから』とかで終わらされそうだよね。感謝の気持ちを何かで伝えたほうがいいのかな? 何か考えておかないといけないよね。
結局、愛さんは3時間後くらいに帰ってきた。すぐに晩ご飯の支度。晩ご飯は全部、愛さんが作ってくれた。その時も憂との時間を作ってくれたんだと思う。
『おふくろの味とはいかないよ。お姉ちゃんの味で勘弁してね』
そう言って作ってくれた晩ご飯のメインは肉じゃが。いっぱい作ってくれて……。『明日、帰ってくるお父さんに』だって。お父さん、私が作る肉じゃがより喜びそう。泣けちゃうほど美味しかったんだから。『立花家にお父さんと一緒に食べに来て』とか……。実際、泣いちゃったよ。泣かせにくるんだもん。『お父さんが好きって事は、きっと千穂ちゃんのお母さん、肉じゃがが得意料理だったんだね』とか。絶対、泣かせようとしてた!
お風呂は愛さんにお任せ。憂は1人で入りたかったみたいだけど、それは無理です。転んだら大変。『どっちと入る?』なんて質問してみたら愛さんを選んじゃった。やっぱり恥ずかしいんだよね。
そして、今現在。私のお部屋でまったり中。今度は3人で。
「憂はいつまで経っても男の子のつもりなんだよねー。いつまで……男の……つもりか!」
おでこをぺち。ツッコまれると嬉しそうなんだよね。憂は。
「――だって」
「仕方……ないと……思います……。ね?」
「仕方ないけど、変わらないといけないと思うんだ」
「……そうなんですけどね」
「――うん。しかた――ない――」
「ところで……佳穂ちゃんに告白されたのかー」
……唐突な話の転換。相変わらず。私の時だけなのかな? それより……嫌な予感がするよ?
「佳穂ちゃん、何か言いかけてたよね? 私が『友だちから奪うつもりだったのか!』ってツッコミ入れた時……」
う……。やっぱり聞かれちゃった……。
「『千穂には』……で、やめちゃったよね? なんか、口を滑らせちゃった感じ? 何かな? 昨日の車での話の関係?」
……伝えたほうがいいよね? 憂への返事も……。
「はい。……私の夢……。お嫁さん……なんです」
「かわいい……」
……予想外の反応しないで欲しいかな? 笑われるほうがいいかも……。
「私の名前……お母さんが亡くなる時に付けてくれたんです……」
「……え?」
「憂……。ごめん。勉強……してて?」
憂は小首を傾げて、ちょっと寂しそうな顔をして、勉強道具を取り出す。ごめんね。
「たくさん子どもを産めますように……。そんな願いが籠ってるんです」
愛さんは哀しそうな目を憂に向ける。愛さん、余裕無くなっちゃった……。ごめんなさい。
「だから憂の……。今の憂の想いに応えてあげられないんです……」
「…………そんな……の……」
「でも、私はまだ15歳です! だから子どもなんてまだまだ早いんですよ!」
「千穂ちゃん……」
「憂が……これからどう変わっていくか分からないけど……。でも私は当分、憂の傍に居るつもりです!」
「……憂は……知ってるの……?」
「はい。佳穂が伝えてくれました。私は言い出せないから……。私の為に悪役を買って出てくれたんだと思ってます」
「憂? おいで?」
「――なに?」
「千穂ちゃんも……」
「……はい」
「――わぁ!」
愛さんは憂と私を同時に抱き締めてくれました。私は予想してたけど、憂は慌ててるね。
「……こんなのって……無いよ……。なんでこんな可愛い2人が……」
……涙声でした。でも、ちょっと混乱してる? 憂への『可愛い』が弟に対してのだったら問題ないんだけどね……。
……お母さんに抱っこされるのって、こんなのなのかな?
気持ちよくて……安らいで……。
愛さんは長い間、私をギュッとしてくれました。憂はハグに抵抗して……。愛さんが離してあげちゃいました。
愛さんは私を解放した後もすっかり言葉数が減っちゃって……。ホントにごめんなさい。色々と考えたい事があったのかな?
そんな中で時々、発せられる言葉は私への思いやりを感じる言葉で……。なんとなくそれが嫌で……「お姉ちゃん、普通にして?」なんて言ってみた。
すっごく嬉しそうにしてくれたよ。ずっとそう呼んで欲しいって言われたけど……ごめんなさい。やっぱりそれは無理です。
時々、呼ぶから……で、許してくれた。結構、元気出てきたみたい。
「はーい。もっと……詰めてー」
「ホントに3人一緒に寝るんですか……?」
憂が壁側、一番奥。私が真ん中。愛さんは落ちちゃいそうなトコ。
「わー! 落ちそう! だからギュー!」
「愛さん!」
……お母さんの代わりをしてくれてるのかな?
『お母さんて、こんな感じかな? あんなのなのかなー?』みたいな想像はする時あるけど、居ないのが普通になってるから寂しくないのに……。
そんな愛さんの行動にほんわか暖かくなっちゃって、じんわりと何かがこみ上げてきた……けど。
「――千穂――ちかい! ――ちかいよ――!?」って、なんだか台無し。
……そう言われましても困ります。お姉さんに言って下さい。
……。
…………。
………………。
……眠れない。愛さん。抱っこしてくれる気持ちは嬉しいけど、ちょっと重い……。時間も早いし……。困ったよ?
憂は……しばらく固まってたらいつの間にか寝ちゃったし。うらやましい。
お昼の会話。忘れちゃわないかな?
あまり話さなかったけど……、大事な話したんだよ?
『千穂。いつも迷惑ごめんね』
2人きりになった後、何を話していいのか分からない私に憂から話しかけてきた。
『迷惑なんて思ってないよ? だから謝ったら嫌……かな?』
『じゃあ、ありがとう』
『うん。それなら許してあげる』
憂は笑ってくれた。でもすぐに顔を伏せちゃった。
『みんなが居てくれて良かった。千穂と拓真と勇太が居てくれて本当に良かった』
俯いたままで……高く澄んだキレイな声が少し震えてた。
『どうして?』
『ほとんどの人も学園も。3人が居なかったら無理だった。佳穂も千晶も康平も梢枝も。みんなに感謝してる』
……時間は掛かったけど一生懸命話してくれた。
でも、話を逸らされた気がして『どうして?』って、もう一度、聞いてみた。そしたら泣き始めちゃった……。
怖かったんだって。弱くなった自分。周りの全てがいきなり強くなっちゃったって。
「千穂ちゃん?」
わ!!
「眠れない?」
「……愛さん。起きてたんですか」
「何を考えてたのかな? 2人で話した事? 話せることなら……でいいけど、聞かせて欲しいな……」
「……怖かったそうなんです。自分が弱い存在になっちゃって……。周りの全部、強く感じて……」
「似たような事、私も前に言われたなー。ごめん、続きお願い」
「私と……千穂と離れるのが、どうしようもなく怖いんだって……。離れないといけないのは解ってるのに……。ごめんね千穂って……」
「……そう」
「……はい。私、憂が学園に戻ってきて、最初の頃に言ったはずなんですけどね。『憂が守れるようになるまで、私が……私たちが守ってあげるよ』って……。忘れちゃったのかな?」
「……納得できないのよ。ここがこの子の複雑で可哀想なところ。気持ちは男の子のままなんだ。それが今は人一倍……どころか10倍も20倍もか弱い女の子。戸惑ったまま、ほとんど進めてないのよ。優が憂になった事に私は……慣れたかな? でも、憂はまだまだ苦しんでるんだろうね。千穂ちゃんと同じくらい……」
「愛さん……」
「今回は……なんて言ってあげたの?」
「それは……えっと……。『大丈夫だよ。私たちみんなで守るから』……って、ギューしちゃいました。いたたまれなくなっちゃって……」
「あはは! その時の憂が想像できるよ! わかった。私はこれから千穂ちゃんの気持ちに沿って行動するね!」
この85.0話の最後の千穂の台詞。
『 「それは……えっと……。『大丈夫だよ。 』に続く台詞。
もう1つの台詞があります。それはもう1つのエンディングに向かう台詞です。
そこには何の救いも無い展開が待ち受けています。
……どうでしょう? 覗いてみますか? その話はきっと正しい結末の印象を変えてくれると思います。……とは言っても、それは未来のお話。まだまだ先の投稿になりますけどね。
いつか執筆、投稿しようと思います。救いの無いエンディングとなりますので、同一シリーズの別物として投稿し、読む読まないはお任せする事になると思います。
相変わらず進行が遅くて申し訳ないと思っておりますが……。ゆっくりと確実に進行しております。
これについても、そろそろ『敢えて展開を遅くしている』と明記させて頂きます。