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82.0話 パジャマパーティー:恋バナ

 


「みんな適当に過ごしてて。憂は……寝てて……いいよ?」


「千穂の部屋は相変わらず小奇麗にしてあるなぁ!」


「うん。女の子の部屋ー! ……って感じだよね」


「ウチとは正反対ですわぁ……」


 千穂の部屋はシンプルだ。勉強机にベッド、タンスと本棚。家具は少ない。だがカーペット、カーテン、壁紙などパステルカラーがふんだんに取り入れられている。モノトーンが好みなのは服装に関して、なのだろう。

 何よりも部屋の隅の至る所に鎮座しているヌイグルミたちが、女の子の部屋を印象付けている。しかし、そのヌイグルミたちのほとんどがお世辞にも可愛いとは言えないのが残念だ。

 そんな中、白のベッドシーツが清潔感を強調している。もちろん、憂の為にわざわざ張り替えた純白のシーツである。


「――え!?」


 何テンポも遅れて憂が返事した。千穂の言葉を聞くはまで若干、寝呆けていたはずなのだが、どこかに飛び去ってしまったようだ。

 しかし、すでに千穂は軽い足音と共に階段を駆け下りていった。

 ……その後の反応である。


「憂ちゃん?」

「寝てて……いいよ?」


 主の居なくなった部屋で親友2人は主の言葉を繰り返しつつ、適当に腰を下ろす。


「千穂さんも酷な事を言わはる……。憂さんにベッド使え言わはるんはあきません……」


 梢枝の座りながらの発言に2人は顔を見合わせる。即座に納得した。


「そっか。愛しい彼女のベッドなんだね」

「時々、忘れちゃうよね。憂ちゃんが男子だったって」

「千穂も忘れてたんじゃないかー?」

「どうだろ? 千穂って天然さんな所あるからね。優くんだって覚えてて素で言ってたり?」

「有り得ますわぁ……」



 その数分後。千穂はコップたちをお盆に載せ、1.5リットルのペットボトルを抱え、難しそうに部屋に戻ってきた。


「言ってくれれば手伝うのに」

「ほんまですわぁ……」


 部屋の前で『開けてー』と声を発し、主を迎え入れた後の千晶のツッコミである。


「だって……。今日はみんなお客さんだよ?」

「それよりテーブル無いのかー? 色々と不便だぞー?」

「あるよ」


 千穂は持ってきたペットボトルとお盆を、綺麗に整頓された勉強机に置くと、押入れを開け折り畳み式のテーブルを出しセッティングを始める。


「やっぱり天然だ」

「だね。先に出しとくべき」

「そう思います……」

「ところで……憂は、なんで正座してるのかな?」

「話を変えた!」

「姑息なヤツめ」

「憂さんに『寝てて』言わはったけど……」


 別の布団など見受けられない。明らかに千穂は『ベッドに寝てて』と言ったのだ。憂は正座に両手を膝の上、やけに行儀良く座り硬直している。借りてきた猫とはこの様な様子を示すのである。良いサンプルだ。


「あ。気にしちゃったのかな?」

「その前にあんたは気にせんのか?」


 千晶のツッコミが切れ味を増していく……が、千穂は事も無げに応じる。


「憂だし……気にならないかな?」

「優くんだったら?」


 そこでようやく千晶の意図通りに頬を赤らめた。千穂の事情は複雑だ。


「優だったら……恥ずかしいかな……? でも……()ならいい……」

「千晶のバカ」

「なんで!?」

「わざわざご馳走様な展開作りはるから……」

「ごめんなさい」

「憂? 気にせず……寝てて?」


「「「………………」」」


 一斉に会話が止んだ。反応を楽しむつもりか?


「――むり!」


 4人に両手の平を向け、全力でアピールする。


「――むり――だよ?」


 憂は全員の期待通りに照れまくっている。千穂まで嬉しそうだ。


「ところで……憂さん?」


 ――――。


「――なに?」


「今日の……泊まりは……ご存知……?」

「あ。たしかに」

「お姉さん、言わずに連れてきてそうだもんね」

「――とまり?」


 憂は小首を傾げたまま、言葉の追加を要求する。やはり忘れているようだ。


「今日……ここに……」


 言い出した梢枝が責任を持って言葉を加えた。憂はその黒目がちな瞳を見開く。


「珍しい反応……」

「だね」

「うん」

「いってた――」


「あ。そうなんだ。それなら安心だね」

「だねー。さすがに本人が嫌がってたら申し訳ないもんね!」


 徐ろに憂は立ち上がる。立ち上がるとバランスを崩した。慌てて全員で支える……が、傾いたまま先ほどのように、両の掌を自身の正面に向けたままパラパラと振ってみせた。


「……何がしたいのかな?」


 千穂がツッコんだ。時々見掛ける光景……だったと思う。


「――むり――むり――だよ!」


「まず……座って?」


 千晶に言われ、大人しく座る。またしても正座だが、今度は放心している。憂が座った為か、思い思いに座り直した。千晶は正座、佳穂は胡座(あぐら)、梢枝は横座り、千穂は割座……ぺったん座り……、所謂、女の子座りだ。座り方1つ取っても大体の性格が解る。面白いものだ。


「……困ったね」

「本人の了承無かったんか」

「これは……あきませんねぇ……」

「憂?」

「――なに?」

「お願い……泊まって?」


 千穂の言葉に反応早く俯いてしまった。


「お願い!」


「お願い……楽しみ……だった……」


「ウチからも……お願い……です……」


 順番に千晶、佳穂、明記しなくとも分かるが梢枝の順だ。全員が頭を下げた。


「――――――うん」


 結局、お願いされると断れない憂なのである。


「それじゃ……寝てて……?」

「そうですねぇ……。今はしっかりと起きてはるけど、すぐに眠とうなるでしょうし……」

「――むり!」


「憂ちゃん、さっきからそればっかり」

「しゃらくせー! 実力行使じゃー!」

「ひゃあああ!!!」


 ……見事な連携だった。千穂がベッド上の夏用掛け布団を退()け、佳穂が上半身を千晶が下半身を抱え、ベッドに優しく寝かせる。すぐに千穂は布団を掛け直す。掛け直すや否や、佳穂と千晶が掛け布団の上から憂の両サイドに寝転んだ。憂は布団に抑えつけられ、ほんの数秒で動けなくなってしまったのだ。


 我侭が招いた惨劇とは云え酷い。憂は目を白黒させている。何が起きたやら理解が追い付いていないのかも知れない。


「よしよし。千穂の香りに包まれてお眠りなさい」と佳穂は頭を撫で、千晶は「わたしたちに遠慮は要らないよ」と胸をトントンし、入眠を促す。


 梢枝はその間、微笑み眺めていたのであった。


 その状態になった憂は、しばらくすると思い出したかのようにもがき始めたが、現状は脳のオーバーヒート状態だ。午前中は大運動会で引っ張り回されていた。5分後には脳の欲するまま、眠りに落ちた……。



「佳穂、千晶、お疲れさま」


「ん。あれじゃいつまで経っても眠らなかったからね」


「憂ちゃんには睡眠が必要なのだ!」


 どうやら面白半分とかでは無く、真摯に憂の事を想っての行動だったらしい。たしかにあの状態ではいつまで経っても眠らなかっただろう。


「優しいやら酷いやら分かりませんわぁ……」





 現在、足を折り畳めるタイプの四角いテーブルを4人で囲んでいる。憂が規則正しい呼吸を繰り返すベッドの傍に千穂。そこから時計回りに佳穂、梢枝、千晶の順番で座っている。パーティー開きされたスナック菓子が置いてあるのは状況から言って普通だろう。


 オレンジジュースをひと口飲むと千穂は3人に問い掛ける。


「どうしよっか? 勉強する? 憂はこれから2時間位寝ると思うよ?」


「憂ちゃん、起きたら勉強でしょー? それが元々の目的なんだから」


「違う。元々はわたしが梢枝さんに教えて貰う話だったはず。でも、憂ちゃんが起きてからがいいよね。勉強ばっかりになるのもアレだし、長続きしないだろうし」


「さっすが千晶! 話が分かる!」


「ほんならアレですわぁ……。佳穂さん? 勇太さんの事はどないに思うておられます?」


「お。恋バナですな」


「それ、私も気になるかも? 予想じゃなくて佳穂の口から聞きたいね」


「そうきたか。ふむ。勇太は……気の合う友だち……かな?」


「あれ? じゃあ、なんで呼び捨て? あれはいきなりだったし、驚いたんだけどな」


「あれは……成り行き? 勇太が憂ちゃんの事、『憂ちゃん』って呼んでるのに違和感があってね」


「あの時は感心しましたわぁ……」


「あたし、空気は読めるほうだからさ」


「空気読まずに告白した人が何を言う」


「なんだとー? そう言う千晶は誰かおらんのか? きょうちゃんカッコいいぞ?」


「京之介くんは……うん。カッコいいね。千穂にぴったり」


「え?」


「千晶?」


 佳穂が千晶を窘める。しかし千晶は臆すること無く続ける。何しろ恋バナだ。どんどん姦しくなっていくのだ。


「だってね。千穂ならバスケに詳しいし、優しくてカッコいいバスケ少年の京之介くんだったらホントにぴったりだと思うんだ」


「バスケに詳しい人ならもう1人居るよ?」


 千穂は正面の人物に話をシフトする。自身の恋バナが嫌と言う訳ではなく、普通にそう思っているようだ。


「梢枝さんって、バスケ経験者で「ちょい待ち」


 佳穂が千穂の言葉を遮り、いきなり核心を突く。


「梢枝さんって康平くんの事、どう思ってるのかな?」


 6つの瞳が獲物を物色する中、梢枝の態度は変わらなかった。動揺をこれっぽっちも感じさせない。佳穂千晶は顔で残念を表す。3つ年上の女性は、本来なら3つ下の3人のそんな様子に少し困った表情を見せ、口を開いた。


「そないに残念な顔をされても困りますえ? あれはそう言うのとは違いますわぁ……。近所の親戚のお兄さん。元々はこれです」


「聞きたい!」


 佳穂は身を乗り出した。見れば千穂も千晶も瞳を輝かせている。



 ―――梢枝は康平との関係を包み隠さず語った。


 梢枝も康平も元々は首都圏の人だったらしい。同じ祖父を持つ2人は、それこそ憂と拓真と同じようにご近所さんだった。バスケは中学時代、康平が部活動に勤しみ始め、梢枝も追い掛けるように始めたらしい。近所に住む従兄妹同士、共に一人っ子。仲は良かったと梢枝は話した。

 その康平は高校に入ると身長的な問題でバスケを辞めてしまった。康平の身長は当時170cmに満たなかった。当時の彼は何事も突き詰めたい性格をしていたとの事だ。その為、高校からはバスケを諦め、武道の道に入った。

 梢枝は中学生。康平は高校生。バスケと云う共通点を失い、2人は自然に疎遠となっていった。そして、友人関係に苦労していた梢枝は、中学を卒業すると逃げるように京都へと移り住んだ。

 その康平からの1本の電話により、現在へと至る。その経緯まで全てを隠すこと無く話したのだった―――



「前は想ってたの?」


 梢枝は千晶の直球な質問に寂しそうに笑い、そのストレートな質問にも応えた。


「あの頃のウチは幼かったんやと思いますわぁ。恋愛感情は無かったと記憶してます。あの人は今は憂さんのお姉さんが気になるみたいやし、それでええ思うてます」


「それ!」

「それ。梢枝さんにその気が無いなら、康平くんの背中を押してみてもいいかな……なんて」

「それは……やめはったほうがええです」

「どして?」

「もしかして未練!? ちょっとぐらい付き合ってもいいとか思ってたり!?」

「それはありません。あの人の性格ですわぁ。少なくとも憂さんの身辺警護と言う任務がある以上、あの人はその関係者と特定の付き合いはしません。生真面目な人やから……」


 結局、梢枝の本当の気持ちが掴めない2人なのであった。口では酷い言い様の梢枝。その康平への意外な信頼度の高さは感じたらしい。そして、愛と康平を引っ付けようと云う気持ちはどこかに消し飛んでしまったようだ。


「……うーん。ちょっと残念かも。ま、それは置いといて……。梢枝さんが京都に居たのって、高校時代だけなの? その割には京都弁……」


「あぁ……。これはワザとですわぁ。標準語は普通に話せますよ?」


「「「………………」」」


 梢枝は後半部分を通常のイントネーションで話してみせた。3人揃って梢枝にジト目を浴びせるが効果は全く無い。梢枝は口元を隠し、いたずらっぽく笑っただけだった。




「いったん、纏めてみよっか?」


 梢枝、康平絡みの話が終わり、京都訛りの部分で妙な空気になると、千穂は話を変えるためか纏めモードに入った。


「まずは話の流れで梢枝さん。梢枝さんは()が好きなんですよね?」

「え!? 何を言わはって……」


「梢枝さん、憂ちゃんの事になると分かり易く動揺するよね」

「するよねー!」


「あれ? 違ったかな? それじゃあ、()?」


「え!?」

「千穂!? それどう言う事!?」


 憂と優の音は一緒だ。2度目の『ゆう』と云う固有名詞に3人の反応が明らかに変わった。


「黙秘させて頂きます!!」


「……えっと……逆だったかな?」


 千穂は天井を見上げ、おとがいに人差し指を当ててみせた。

 

「梢枝さん、ずるいよ!?」

「なるほど。千穂、鋭いわ」


「次は佳穂」


「千穂ぉぉ! そりゃないよー! もうちょっと詳しく! ……って、あたし?」


「佳穂は変態ちっくに憂が好きなんだよね?」

「異議あり!」

「却下します」


「却下されたみたいだから続けるね」

「卑怯だぁぁ!!」

「佳穂うるさい。憂ちゃん寝てるよ」


「佳穂は勇太くんと京之介くんも気になってるよね? 恋多いよ?」

「千穂ぉぉぉ!!!」

「うるさいって!」


 佳穂は赤面した。図星を突かれているのだろう。梢枝は沈思黙考(ちんしもっこう)中である。千穂の言葉で自分の気付いていなかった気持ちに気付かされ、悩んでいるのかも知れない。


「恋は多くても愛してるのは憂ちゃん!」

「断言しやがった」

「まぁ、いいけどね。次は千晶先生」

「先生は想ってる相手は居ませんよ。憂ちゃんも千穂も佳穂も梢枝さんも男子組も大切に思っていますが」

「千穂ぉ? ホントに居ないとか言わないよね?」

「え? 居るよね?」

「よっしゃ! 来たぁぁ! 晒せ! さぁ晒せ!」

「えっと……。本当に心当たりないんだけど」

「本当に? 凌平くんは?」

「………………」

「千穂……。さすがにそれは無いでしょ」

「………………」

「ほら。黙ったよ?」

「うっそ……マジで……?」

「そんな訳ない!」

「あ。キレた」

「ね。当たってたよ?」

「千穂ってすげーな。天然の癖に」

「私って、そんなに天然?」

「ちょっと……気になってるだけ……」

「……あの千晶が開き直った」

「まだ、恋なんて呼べるものじゃないけど。さて。残ったのは千穂だね。許さない」


 千晶の目が妖しく光る。佳穂もだ。いや、梢枝を含めた3人全員だ。


「うん。許さない」

「……と言うても、居ないんですわぁ……」

「梢枝レーダーは故障中? きょうちゃんの事は?」

「彼が優さんに悪いとか思うてはる時点で違いますわぁ。佳穂さん? 佳穂さん自身がええ例ではないですか……」

「あ。それもそうか」

「くそっ! 悔しい!」

「千晶。言葉汚いよ?」

「この天然……!」

「千穂さんは一途ですわぁ……。今も優くんの事も憂さんの事も思うてはる。でも……」

「……うん」

「そこが(つら)いところなんだよねー」


 母の願いを。自分の夢ともなったその願いを叶えたい。彼女の根底にソレがあり、憂を受け入れることが出来ないのだ。


「清純派……」と千晶。


「百合の花……」と佳穂。


「穢しておきますかぁ……」と梢枝。






「ぐすっ……酷い……」


 ……千穂は3人の毒牙に掛かった。恋バナでやり過ぎた腹いせもあっただろう。具体的に語るには余りな内容だ。脇の下やら脇腹やらくすぐられ続け、その合間にあんな所やそんな所を揉まれたり突付かれたりした。3人が満足した時には体操服のズボンまで剥ぎ取られていた。


 3人は千穂を蹂躙するだけ蹂躙し、満足するとそれぞれカーペットに躰を横たえ、昼寝を決め込み始めた。何を隠そう午前中は運動会だった。実は疲れていたのだ。


 千穂はと言えば、ゴソゴソと憂の眠る自身のベッドに潜り込み、憂の温もりに救いを求め、次第に寝息を立て始めたのであった。




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