76.0話 年齢の事
―――6月20日(火)
きーんこーんかーんこーん。
1時間目終了ー。
あ。早速立った。今度は誰の所に行くのかな?
今朝、教室に到着すると憂は教室内をウロウロウロウロ……。
ちょろちょろと動き回って……。ホントに落ち着きがなかった……。
『何してんだ?』
問い掛けた拓真くんを見上げて、じーっと見詰めて、そのまま1分間ほど。拓真くんは目を逸らなかった。凄いよね。
憂が目を逸らしたと思ったら『はぁぁ――』って、深い深い溜息。
『お前な……』
そう言いたくなる気持ちは、すっごく解ったよ。
それから、少し経つと『――よし』って、小さく拳を握りしめて気合を入れて出発。
京之介くんも来るのが早い。だから彼が2番目のターゲットになっちゃった。
じーっと京之介くんを見上げて、見詰めて10秒ほど。
『どしたの?』って言われて、『なんでも――ない――』って、慌てて逃げ帰ってきた。
京之介くんで自信を付けたのかな?
憂は、いつもは絡みの少ない男子にも同じ事をし始めた。
見上げられた男子たちは反応様々。
真っ赤になってもじもじしたり、困った顔したり、笑い掛けたり……。怒る人が居ないのは憂だから……かな?
じぃぃ……って絡みの少ない男子を見上げては俯いちゃう。じーっと見てる時に声を掛けられると私のトコまで逃げ帰ってくるんだよ。
奇妙な行動。言い方悪いかもだけど、奇行って言ってもいいのかな?
その行動は朝礼後も続いた。もちろん、勇太くんもターゲットになった。勇太くんが照れて、赤くなって面白かったです。
今のところ、ターゲットになったのはクラスの男子の半数くらい。
……全員にするつもりなんだろうね。
あ。今度は健太くんだね。
じぃぃ……って穴が空きそうなほど見詰める。もう、みんな憂のそんな行動……奇行を把握してるから声は掛けない。ただ、見られてる。
憂って……、何か頭の中いっぱいになる事があると、自分が何してるか分からなくなっちゃうのかな?
はっきり言って、失礼な行動です。
嗅覚の時にもあったね。そんな失礼な行動。普段はいい子なんだよ?
……でも今は周りが見えてない。自分が失礼な行動してる事を解ってない。頭の中が別の事に支配されてるんだと思う。
その支配してる事は……。
男子と付き合えるのか?
……これだよね。その為に1人1人確認してるんだよ。きっと。
でも、もういいんじゃないかな?
「……憂!」
「あ。呼んじゃうの? 男子が無理だって解ったらあたしの所に来てくれるかも……なーんて思ってるんだけど」
佳穂は無視。昨日の事、怒ってるんだからね!
憂はこっち向いて……嬉しそうに走り寄ってきた。わんこみたい。
あ! ぶつかった! 机に!
「うぅ――」
……腰を擦りながら戻ってきた。
「――いたかった」
「気を……付けようね……」
ホント。注意する事、覚えないとね……。
「あたしが擦ってあげよう!」
バシッ! ……っていい音。千晶、ナイスだよ?
「いったぁ! 最近、手加減してないよね!?」
「わたしも昨日の事を怒ってます」
「千穂――なに――?」
「だってさー! 名案じゃない?」
あ。ちょっとややこしいタイミングになっちゃった……。
「昨日のあんたの悪ふざけの後の言葉?」
「憂? ……焦らなくても……無理しなくても……いいよ?」
ごめんね。わざと長めに、分かりにくい言い方しちゃった。ちょっと考え事させてね?
『あたしが憂ちゃんと付き合えば、男子と無理に付き合わないで済むし、千穂も未来の旦那様探せるし』
あのキスしようとした行動の後の言葉がこれ。男子3人を憂が見詰めて首を振ったりしたのは、付き合えるか想像したので間違いないよね。
……たしかに佳穂の言うことには一理あるんだよ。
でもね。私、昨日、帰ってから考えたんだ。ずっと考えた。
結論はすっごく単純でした。
……私もどうにかしてたんだろうね。昨日、屋上でみんなで泣いちゃって……。
そんな必要なんか無かったよ?
んー。
でも、ここでは言えないよね。
……また屋上かな?
「あ。千穂のが先に戻ってきた」
「千穂も小首傾げてたぞ?」
「え? ホント?」
「……やっと、口聞いてくれた」
あ。しまった。
もういいか……な?
「もう無理やりしようとしないなら許してあげる」
憂はまともに抵抗できないんだからね。トラウマなっちゃったらどうするの?
……なんか、冗談だったで済ませちゃったみたいだけどね。ファーストキス奪われかけた本人は。
最初はすっごく真っ赤になってたけどね……。
「うん。約束する」
「なんか軽いんだよね」
「千晶! ひどい!!」
「……昼休憩。誰も居ないとこに……」
「OK」
「わかった」
こんな時に気軽に使える場所が欲しいなぁ……。
それにしても。
……憂? 長すぎない?
憂は戻ってくるまで、まだまだ時間が必要だった。
……お目々が潤んできたから私から声を掛けたんだけどね。
「ごめん――千穂――」
物凄くごめんなさいって顔してた。
「――なに――きかれた――わすれた――」
……考えてる内に忘れちゃうの、何とかならないかな?
今日の3,4時間目の体育はサッカーの予定だったんだけど、あいにくの空模様。蓼園市って、雨は少ないけど、降り始めると長い時が多いんだ。昨日から変な雲出てたからね。だから、男女合同になっちゃった。いつもはグラウンドと体育館で男女別れるんだけどね。
代わりにしたのが、最初はドッヂボール。
5組vs6組でね。
5組男子vs6組男子は5組男子の勝利。
5組女子vs6組女子は6組女子の勝利。
6組卑怯なんだよ!
憂を狙ったんだ! 助けに入った梢枝さんがいきなりOUTしたのが痛かったよね。
それから5組の人数が減るまで、憂狙い。
ある程度減ったら1人ずつ、狙われちゃった。
それで最後まで残った憂は、やさしーくボールを当てられてアウト。
……全滅。全滅することって滅多にないよね。なのに全滅。梢枝さんは「見事な作戦でしたわぁ……」だって。
梢枝さん、敬語に戻っちゃったよ。佳穂のせいで。
ドッヂボールの最後には男女混合選抜チームで戦った。
私は見学。千晶も。得意じゃないからね。
……憂は入った。本人はよく解ってないまま、男子たちに連れられてコートに入った。
6組はやっぱり憂狙いの作戦。そこを逆手に取ったんだ。バスケ組ってキャッチ上手なんだよね。硬いボールの凄いパス受けるんだもん。当然だよね。憂狙いのボールをバスケ組でキャッチして、豪腕康平くんのパワーで勝負。全滅はさせられなかったけど圧勝してくれちゃった。
お姫さまみたいに大切に守られてた憂は、複雑な表情してた。恥ずかしいやら、情けないやら……なんだろうね。
4時間目は縄跳びとか跳び箱とかマットとか、いっぱい引っ張り出して……遊んだ。うん。遊んだ……で、いいと思う。
そこで憂の運動音痴が発覚。今まで発覚しなかったのは、最初がバスケで、球技大会中に怪我しちゃったから。よくここまで運動出来ない事がバレなかったよね……。
縄跳びは回す時点で問題外。軽いけどマヒがあるから仕方ないよね。
跳び箱は……最初6段。これが怖かったみたいで、跳ぶ前に辞めちゃった。ちゃんと跳び箱の両サイドに人が配置されてたんだけどね。憂仕様で。
……ちっちゃいから6段の跳び箱がそびえ立つ壁にでも見えたのかな?
5段も一緒。4段は跳んだ! 跳んだけど、跳び箱をまたぐ形で跳び箱の上に着地。初等部の頃に居たね。苦手でそうなっちゃう子。
他にもマットで前転とか、色々前向きに挑戦してたけど、ぜーんぶダメダメ。最後にはいじけちゃってた。
前は運動全部、得意だっただけにショックだったみたい。
……なんか可哀想だよね。
暗くなったらダメ。
お昼休み。わざとゆーっくり着替えた。
更衣室で話せばいいや……って、思って。
「みんなお先ー!」
「また後でねー!」
有希ちゃんたちが更衣室を出てって、いつかの5人に。
「ちょっと待っておくれやす……」
梢枝さんがメール。たぶん、康平くんの見張りを付けたんだと思う。
「千穂? 話、ここでするんだよね?」
千晶は話が早くて助かるよね。
「うん。憂も……聞いてね……?」
「う、うん――」
どもらなくてもいいよ? 相変わらず更衣室に慣れないよね。みんな着替え終わったのに、まだほんのり赤いよ?
「私ね……。あれから……考えた……」
「それで?」
「佳穂。ちょっと待ってあげなさい。憂ちゃん追いつかないとね」
「……ごめん」
佳穂って素直に謝れるようになったよね? いつからだろう?
「――うん」
ん。追いついたみたいだね。
「私ってね。15歳……なんだ……」
「…………」
あ。今度は佳穂も待ってくれてるね。
「じゅうご――さい――?」
「だからね。慌てる……必要……ないんだ」
佳穂もね。
……憂がこれからどうなるのか分からない。
体が女の子になっちゃったからって、男子を好きになるとは限らないよね。いつまでも私とか……女性を好きなままかも知れない。もしかしたら好きな男子が出来るのかもしれない。
でもね。考えてみたら、私って、まだ15歳なんだよ?
子どもとか、そんな話……、まだまだ早いよね?
だから、佳穂も急いで告白する必要なんか無かったんだよ。
……本当は……単に憂の事が好きで告白しただけ……とか?
……そんな訳ないか。佳穂も色々と考えてくれたんだよね。
佳穂は……頭抱えてるし。
「それ――って――?」
あ。反応した。分かんないかな?
えっと……どうすれば短く出来る?
「卒業……するまで……このまま……?」
……あれ? ちょっと違う。
「それまで……様子……見ながら……?」
あぁ! これじゃ憂には何のことか分からないかも!!
「千穂が百面相。憂ちゃんも百面相。面白い」
「うん。面白いね。あたしには伝わったけどね」
佳穂……。
「あたしのフライングかぁ……。たしかに年齢の事忘れてたわ。あはは」
忘れないで欲しいよ? 人の事言えないけど。
「要は千穂の夢の話は無しで告白すれば良かった」
「そゆこと」
「わたしも気付かなかったわ……。大事な事ってばっかり頭がいってたよ」
「ウチは内容を知りませんでした……」
「……梢枝さんに相談すれば良かった」
「一応、年長です。少し寂しいですわぁ……」
それからみんな揃って、梢枝さんに謝って、『冗談ですわぁ……』って笑ってくれて、私が憂に言いたかった事を説明してくれた。
梢枝さん、優しくなったと思う。
愛さんじゃないけど、頼りになるお姉さんって感じ?
更衣室を出ると康平くんがやっぱり居た。
「終わった? 俺、飯行ってくるよ」
康平くんも優しい。
私に話す時はいつの間にか素……、だと思う口調になってるんだよね。憂の時でも関西弁なのに。
私たちの事……。私の事、どういう風に見えてるんだろうね?
妹とか? ……だったら嬉しいな。
教室に戻ったら、憂の奇行は収まってた。理解してくれたんだろうね。
あ! お弁当! 今日は動物園になってた!!
昨日、断り方を失敗しちゃったから……。
『手間掛かって申し訳ないから普通でいいです』
これが失敗。
『暇だから問題ないよ!』
愛さん相手の時には、遠慮する形なのがダメ。前のホテル温泉の時に学んだはずなのに。私のバカ。
人目が恥ずかしいって言うより、愛情たっぷりで気恥ずかしい。
こっちが正確。
やけに憂がまじまじ見てた。
この子は女の子にならないと……って意識が今、強くなってるからだよね。
無理しなくていいんだけどね。
でも、この辺りは言ってもダメかな?
……心の問題だからね。
憂が心まで女の子になったら……。
……やっぱり寂しい。
でも……。
もしも……男の子を好きになれたら……。
祝福してあげないと……ね。
……そんな妹分の心の揺れを知ってか知らずか、梢枝は例の掲示板を覗く。
少し前のコメントは紛糾していた。
132:どう言う事だってばよ!
133:あの憂ちゃんが野郎どもを!!
134:5組の男どもを闇討ちだぁぁ!!
135:部に入ってここは卒業したつもりだったが無理だった。俺は悲しい。
136:ちょっと男子!? 憂ちゃんの成長を喜んであげないの!? 憂ちゃんが男子に興味持ったんだよ!! いい事じゃない!
137:憂たーん! 純真無垢な憂たんを返せー!!
138:俺も見詰めて欲しい
139:見上げられたら……やばいな。鼻血出る自信あるわ
140:>134放課後実行な
141:今きた。何が起きた?
142:>136解ってんだ! 頭ではな! でもな!!
143:うはぁ! 久々のこの感じ! このスレはこれだよ! 流れ早ぇぇ!!
144:憂たん
145:男子、うるさいー!
146:部活動の人たち、お疲れ様です。お久しぶりです。貴方たちの努力で憂ちゃんは平和です。何人戻ってきてんだ?
147:女子には俺らの気持ちは分かんねー!!
現行は落ち着いている。
411:どうやら憂たんは落ち着いた様子だ……
412:何だったんだ? 今朝の暴走は……
413:千穂たんのおべんとが今日も可愛い件
414:>412ハラハラさせられるよな。だがそれがいい!!
415:>413 5組のお前か。お前、最初はむかついたけど、今は色々情報感謝してんだ……。
5組の男子たちは人知れず恨みを買い、人知れず救われていたのだった。