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75.0話 佳穂の告白と千穂の夢

 


「あちゃー! 屋上、そこそこ人、居るねー! みんな何で早く帰らないかなー?」

 

 早い者勝ちルールは未だ健在だ。だが、共存している場合も多分にあるようだ。この日は、ポツリポツリと3組ほど離れた形で点在していた。本日は涼しい。その影響もあるだろう。空には暗い雲も見える。所々に晴れ間は見られるものの、彼女たちの心の内を表しているかのようだ。


「そろそろ減る時間なんやけどねぇ……」


 千晶を除く女子勢は現在、佳穂の告白場所を求め徘徊中だ。愛たち憂の家族が心配してはいけない……と、千穂から愛に連絡済である。


 佳穂は6時間目が修了すると即座に憂と千穂を誘った。彼女は心配顔の千晶に『付いてくる?』と誘った。

 そのままの勢いで梢枝も誘った。『どうせ、どこかで聞かれちゃうだろうから』と。そして、千晶は断り、梢枝は付いてきた。

 この辺りにも複雑な人間模様が垣間見られている。


 拓真も勇太もここに来て、何やら不穏な空気を感じ取った様子だが、佳穂は誘わなかった。

 流石に男子たちにまでは見られたくないのであろう。


『康平さんは教室待機でお願いします……』


『あぁ……わかった……』


 梢枝の依頼も康平の返事も、佳穂の動きの察知を伺わせていた。しかし彼女たちは口を出さない。

 可能ならば今の関係を崩したくないのは康平も梢枝も同じだろう。それでも彼らは何も言わない。


 梢枝は不安げな千穂も、ぼんやりと付いていくばかりの憂の表情もビデオカメラに捕らえている。

 梢枝は今もチャンスがあれば、ビデオカメラを回している。

 以前、何度か理由も聞いたがはぐらかされた。


「どうしよっかー」


 佳穂の呟きは周囲の者たちに聞こえるはずは無い。風に流され消えていったはずだ。

 だが、屋上に居たカップルも、サボりのままのんびり過ごしていたと思しき少年たちも屋上から去っていった。

 憂の姿を見たからである。滅多に屋上に姿を見せない憂と、そのグループメンバーへの配慮なのだろう。

 彼らは「憂ちゃんたち、ばいばーい!」と挨拶しながら、そこを離れた。帰宅の途に付くのかも知れない。


 誰も居なくなった屋上で、佳穂はキョロキョロと首を巡らせる。


「憂ちゃん! あそこ行こ!」


 この屋上には、生憎ベンチと云う物は存在しない。昨年度まで屋上は閉鎖されていたらしい。サボりの温床となってしまうからだ。

 それが教頭のひと声で今年度から開放された。


『サボる自由を奪うのは、自由と自立を掲げる学園の理念に反するのでは無いか?』


 ……この発言が産まれるよう学園長が仕向けたのだが、それを知る者は少ない。



 かくして、憂は「よいしょ――」と、高架水槽横のコンクリートに座った。誰がしたのか清掃が行き渡っている。おそらくサボり常連の仕業だろう。隣には千穂が座った。一段、高くなったそこは千穂には丁度良いようだ。憂には高い。足がブラブラ……。つまり、届いていない。

 梢枝は少し、離れた位置に陣取りカメラを回す。屋上までの通路を確認出来る位置だ。


 佳穂は撮影を了承した。


「憂さんの心の揺れの撮影ですわぁ……」


 梢枝は今まで決して語らなかった撮影理由の一部を語った。彼女なりの誠意だろう。それは佳穂にとって重かった。そんな年長者の誠意に佳穂は誠意を持って応じたのだ。



 佳穂は憂の真正面1mほどの位置。憂を見詰め、微笑んでいる。

 千穂は不安を隠せていない。


 一陣の風が吹き抜け、佳穂のスカートを揺らした。

 憂はそんな佳穂を小首を傾げ、ぼんやりと眺めている。


 ふいに佳穂の表情が引き締まる。何時になく険しい。


「千穂? いいんだね? 言っちゃうよ?」


「……うん」


「全部だよ!? ホントにいいの!?」


「……うん。私からは言えないから……」


 千穂の寂しそうな表情に一瞬、佳穂の顔にも影が差す。


「わかった。卑怯な言い方するけど……。あたし、千穂の事も大切だからね」


「……わかってるよ」


 千穂は悲しそうに微笑を湛え、目を伏せる。

 尋常ではない様子に気付いたのだろうか? 憂はそんな2人を交互に見比べ、オロオロし始めてしまった。


「憂ちゃん……」


「な――なに――?」


 憂は行儀よく両手を膝に置き、背筋を伸ばした。いつの間にかぼんやりは消えている。その代わりとばかりに目が泳いでる。


「憂ちゃん……あたし……」


 真っ直ぐ、自分を捉える視線に、黒目がちな目がようやく応えた。


「真剣に……憂ちゃんが……好きに……なりました」


 時間を掛け、その言葉を咀嚼し、呑み込むと笑顔を見せた。


「ボクも――すき――だよ?」


 ふわりと佳穂の口元が綻ぶ。憂が言ったのは友達としての『好き』だ。


「ううん。その……好き……じゃない……」


 表情を引き締め直すと、佳穂が本気をその双眸に宿す。


()くんが……好きです……」


「――え?」


 佳穂の本気の眼差しに気付いたのか、少女の類稀な面持ちが驚きを表現する。


「一生懸命な……優くんが……大好きです……」


 続く言葉は耳に入っているのか分からない。判断が付かない。憂の黒目がちの瞳は見開かれたままだ。首も傾げていない。相対するショートカットの少女を見るのみだ。


「健気で……強い……あなたを……」


 佳穂はそれでも続ける。想いをぶつける。


「愛して……しまいました……」



 ……長い沈黙が屋上を支配する。


 千穂は眉を(ひそ)め、横目で隣の少女の姿の()彼氏を盗み見る。

 梢枝は唇を固く結んだまま、ビデオカメラを回し続ける。

 佳穂は憂と真正面から対峙する。見続ける。注視する。佳穂は逸らす気など一切ないだろう。


 憂が根負けしたかのように、目を伏せる。長い睫毛が扇を成した。


「――ごめん――ぼく――」


「千穂が……好き……?」


 憂は千穂を横目で見やる。同じく横目で見ていた千穂と視線が交わり、互いに顔を背けた。


「うん――千穂が――すき――」


 憂の頬に朱が差す。当然だ。流れとは云え、告白したと同様である。付き合うきっかけとなった以前の告白は千穂から。つまり、憂にとってはこれが初めての告白となる。


「でも……千穂は……ダメなんだ」


 再び、佳穂と憂の視線が交錯する。憂は今度こそ小首を傾げた。


「――だめ?」


 オウム返しは言葉を足して欲しいサインだ。憂に対しての鸚鵡返しも同様である。


 佳穂の目が瞬刻、逸れた。千穂を気遣わしげに見やった。目線は交わらなかった。千穂は憂を心配そうに見詰めていた。次のひと言は憂にとって、衝撃のひと言となるだろうから。


「千穂の……夢……お嫁さん」


「およめ――さん――?」


 僅かに憂の頬が緩む。優の頃に聞いているはずだが、やはり忘れているようだ。


「それは……お母さんの……願い……」


「――ねがい――?」


 憂は更なる言葉を求める。説明を求める。


「千の……穂を……付けます……ように……」


「――――――――」


 憂はついに固まった。視線は佳穂を通り過ぎている。間違いなく、この世の物を見ていない。その姿はどこか神々しく、神秘的とも謂えた。


「千穂の……お母さんの……遺言……」


 憂の耳には届いていない。それを佳穂は理解している。



 ……それでも佳穂は続ける。



「それが……千穂の……名前……」


 佳穂の頬を清らかな雫が伝った。それでも彼女はやめない。

 親友を想い、憂を想い、それでも言の葉を紡ぎ続ける。



「それは……千穂の……夢……」



「お母さんの……願い……」



「たくさんの……子どもに……囲まれて……」



「笑顔が……あふれて……」



「でも……できなかった……」



「お母さんは……自分が……できなかった……その夢を……」



「千穂に……。千穂の……名前に……託して……」



「お母さんは……逝ったんだ……」



「千穂は……千穂は……」



「ぐすっ……ちほぉ……」



 佳穂は滲む視界で千穂を捉える。親友は声も無く、顔を両手で覆っていた。


 ……佳穂の言葉はついに途切れた。佳穂は涙を隠さない。




 更に数分……。


 憂の瞳に光が戻った。



「おもい――だした――」



「ボク――ボク――」



 憂は茫然自失……。涙も無い。ふいに立ち上がろうと、コンクリートから腰を降ろし、バランスを崩す。膝を付く。佳穂が駆け寄り、その小さな躰を抱き締めた。



 ……千穂は動かない。動けない。



「だめ――ボクじゃ――」


「だめ――なんだ――」


「ごめん! ごめんね! 憂ちゃん!! 聞きたくなかったよね!? 思い出したくなかったよね!?」


「うぅ――うぐぅ――」


「でも! 千穂はダメなんだよ! あたしなら……! あたしなら子ども居なくたっていい! あたしで妥協しよ!? ね!?」



 ……それから長く4人(・・)は涙を共有した。


 千穂も佳穂も……憂も傷付いた。そんな告白だった。


「――佳穂――?」


 瞼を腫らした佳穂に、瞼を腫らした憂が声を掛けた。


「……ん? どしたかな?」


「やっぱり――ごめん――」


 佳穂は笑う。寂しそうに……。それでも、どこか嬉しそうに。


「……そっか。さみしいなぁ……。でも……正直言うとね。こうなるの……わかってた……」


 また溢れてきた涙を拭うと、佳穂は今度こそ満面の笑みを見せた。


「千穂!! あたしは諦めないよ! いつか奪ってやるからね!」


 千穂の名前を聞いた為だろう。憂も『千穂の事情』を思い出した後、初めて愛する少女に恐る恐る目を向けた。様子を伺うような……、申し訳無さそうな……、そんなおどおどした瞳だった。


「――千穂――?」


 千穂はハンカチを取り出し、顔を拭うと立ち上がり、憂に歩み寄る。そして、傍でしゃがみ込み、目線の高さを合わせた。


「……思い……出し、ちゃった……ね」


 憂は目を伏せる。まともに見られないようだ。


「――――うん――」


 千穂は口を開きかけ、(つぐ)んだ。



「でも――ボク――」


「……うん」



「それでも――ボク――」


「……うん」



「――千穂が――」


「……いいよ」



「――え?」


「私ね。思ってた事……あるんだ」


 憂は小首を傾げる。佳穂も傾げる。憂の傾げた首が戻ると口を開いた。


「憂がね……。女の子に……なるまで……」


 千穂は憂を待つ。理解が及ぶのをじっくり待つ。千穂は可能な限り、いつもそうしている。


「――なってる――よ――」


 憂は不満そうに唇を突き出す。千穂にも佳穂にも笑みが浮かんだ。


「こころ……だよ?」


「こころ――?」


 千穂は1度、しっかりと頷く。


「憂が……男の子を……好きに……なれるまで」



 この理解には時間が掛かった。理解したくなかったのかも知れない。


「それ――むり――」


「あはは……。よく……聞いて?」


「――うん」



「えっと……ね……」



 千穂は小さく笑いかける。憂を慈しむように微笑む。




「それまで……一緒に……居てあげる……」




 憂は小首を傾げる。佳穂もまた傾げる。佳穂の顔付きがゆっくりと変わった。


「千穂? ちょっと待って?」


「……何かな?」


 千穂は佳穂と目が合うなり、すぐに逸らした。逸らした気持ちは解らないでもない。佳穂は少し怒った表情をしていた。


「それって……さ。男を好きになる事が無かったらずっと一緒って事?」


「んっと……。先のことは……分かんない……かな?」


「こ! こいつめー!! 夢はどこに捨てたー!!」


「きゃ! 待って! 佳穂! 待って!!」


 手をワキワキさせ襲いかかろうとした佳穂に両の手の平を向け、言葉を含めた全身で制する。


「……悪役」


「……え?」


「引き受けてくれてありがと」


 上目遣いの千穂にプイと顔を背ける。赤くなった。照れているのだろう。


「あたしは憂ちゃんが欲しかっただけだよぉー!!」


「……そう言う事にしといてあげる」


「それは……ちょい寂しい」


「……どっちがいいのかな?」


「――千穂!!」


「わ! 憂!?」


「……憂ちゃんから……。珍しい……。……悔しー!! 絶対、奪ってやるからね!!」


 憂は千穂の言葉の意味をようやく吟味し終えたのだろう。自分から千穂にハグしたのだった。それは佳穂の言う通り、珍しい。初めてかも知れない。


 そこで梢枝はビデオカメラを止め、3人に近づいた。


「ウチまで貰い泣きしてしもたわぁ……。しっかりと収めさせて頂きました。ありがとう……。そろそろ教室に戻りますえ? 千晶さんらが心配してますわぁ……」


「梢枝さん? 何で敬語?」


「千穂さんの懐の深さと佳穂さんの本物の友情に感服させて頂きました……。その影響ですわぁ……」


「や、やめて下さい!」


「あたしは梢枝さんの敬語キャラ好きー!」


「……それは知りませんでした。ほな、戻すとしますわぁ……」


「佳穂のバカ!」


「……それ……。最近、聞き慣れちゃってね。痛くも痒くも無い」


「レズ!」


「……それは傷付いた」


「あ……ごめん……」


「謝られて余計に傷を抉られた」


「……面倒くさいですねぇ。さぁ、戻りますえ?」


「梢枝さんに初めて『めんどくさい』言われた……」





「佳穂! やっと戻ってきた!」


 教室内には数名の生徒を残すのみだった。6時間目の修了から、随分と時間が経過している。閑散とした淋しい教室だった。


 残っていたのはいつもの顔ぶれ。千晶と康平はもちろん、拓真と勇太も残っていた。彼らもまた悲壮感やら焦燥感やら漂わせている。連れ立っていった女子4名が心配だったのだろう。


「……4人で戻ってくるとは思わなかったよ?」


 佳穂は教室の最奥付近。自身の席の隣、窓枠傍に立つ千晶の横まで歩み寄ると、彼女に寄り掛かり、また泣き出した。


「ふぇぇ……ちあきぃぃ……」


 千晶はガラス窓に背中を預けると、幼馴染を優しく抱擁した。


「あー。よしよし」


 拓真も勇太も鳩が豆鉄砲食らったような顔をした。

 次第にそれが何やら別物に変化した。拓真は何かを悟ったように。勇太は動揺に。


「……ダメだったんだね。そっか、ダメだったか。でもさ、わかってた事でしょ?」


 千晶は佳穂の背中を擦り、慰める。千晶も複雑な気持ちなのだろう。それが表に表れている。


「本気だったもんね。どうなったか教えてくれる? 千穂もなんかすっきりしたって顔してるし、不思議なんだ」


 問い掛けは佳穂へ……、では無かった。梢枝に向けられている。的確な人選だろう。


「皆さんに……教えて……宜しいですか……?」


 佳穂は千晶に抱擁されつつ頷く。千穂も同意の意を示す。憂もまた遅れて頷いた。


「……誰も得をしませんでしたわぁ……。3名、皆さんが……傷付いて……泣いて……、元に戻りはった……。元に戻った理由は……みんな優しいから……ですかねぇ……?」


「……そう。戻ったんだ。良かった……」


 千晶は千穂を改めて見やる。千穂は微笑み、再度、頷く。千晶もまた微笑みを返した。


「ホントに……良かった……。ね? 佳穂?」


「うん……。良かった……」


 男子の手前、恥ずかしいのか涙は収まっているようだ。

 それでも、しばらくの間、佳穂は幼馴染に縋っていた。




 それから10分ほど。佳穂もすっかり落ち着いた。今は不満げにぶーたれている。


「――拓真」


「あ?」


 憂は拓真を見上げる。


 じっと見詰める。


 そして首を傾げる。



「――勇太」


「ん?」


 続いて勇太を見上げる。


 じっと見詰める


 首をプンプン振った。



「――康平も」


「……どないしました?」


 憂は1人1人、じっくりと見ていった。


 順番に時間を掛けて……。



「うぅ――やっぱり――むり――」


「……なんだ?」


「さぁ……わかんね」


「………………」


 憂は憂で思うことがあるのだろう。


 そんな憂に佳穂が近寄る。


 おとがいに触れ、顔を上げさせると顔を寄せる。


「ダメぇぇぇ!!!」


 千穂が咄嗟に手を伸ばした為、それは何とか防がれた。


 千穂の掌を挟んだ、ちう……だった。




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