74.0話 ツッコミ
―――6月19日(月)
「憂! おはよ!」
「愛さんもおはようございます!」
「おはよ! 元気で何より!」
「――おはよ!」
あはっ! いい笑顔だね!
今日から、憂は徒歩通学復帰。拓真くんは妹の美優ちゃんが練習で忙しいらしくて、当分の間は毎日、私がお迎え。拓真くんは憂に気を使って、1人で通学。ボディガードは康平くんにお任せしてるって感じかな?
美優ちゃんが一緒出来ない理由は大会が近くなってきたから。県大会は7月開催。女子バスケ部は中等部も全国的に強豪。県大会はもちろん大本命! そのレギュラーなんだから凄いよね。兄妹揃ってバスケ上手いとか、うらやましいかも。一緒に練習したりするのかな?
……全国大会……か。
なんか、色々と思い出しちゃうね。
「――千穂?」
「あ。ごめん」
今日は正直言って不安。佳穂の告白の日。これからどうなるんだろう? 憂はどうするんだろう? 私からは……今の憂には言えない。でも、知って貰ったほうが……思い出してくれたほうがいいとは思うんだ。だから……ずるいけど、佳穂任せ。
佳穂……卑怯なのは私もなんだよ……。
ダメダメ! テンション上げて行くんだ!
「千穂ちゃん、はい、これ」
「あ! ありがとうございます!」
お弁当! 愛さんとお母さんの合作! すっごく嬉しい!
昨日の別れ際、愛さんからのお願い。
『明日からおべんと作らせて? お願い!』
私が遠慮すると思って、わざわざ愛さんがお願いしてくれた。ホントに優しいお姉ちゃん……。
「お口に合えばいいんだけどね」
「憂のお弁当、美味しそうだから大丈夫です!」
……憂にお願いすれば食べさせてくれたと思うけど……。それでなくても食が細いからお願いできなかったんだよね……。
「……そう?」
「ホントですよ!!」
でも、これからは迎えの人にお弁当を作ってくれる約束。みーんな、名乗りを上げてちょっと困ったりした。憂のお弁当って、ホントに美味しそうだからね! 憂も美味しそうに食べるの得意だし。
……得意なのかな?
嫌いな物が無いんだよね。憂って。あるのかも知れないけど、まだ見つかってないんだよね。いつも、それはもう、美味しそうに……。
「千穂ちゃん。なんかテンション高いね」
「千穂――げんき――」
「うん! あ! はい!」
「あははは! 憂に合わせればいいよ!」
笑われちゃった……。
「千穂――ちょっと――へん?」
……ちょっと失礼じゃないかな? テンション上げないと不安がバレちゃう。憂に伝わっちゃう。
……だから無理やり上げてるんだよ?
「それじゃ、行きますね。憂? 行こ?」
「うん。行ってらっしゃい!」
「いってきます――!」
「行ってきまーす!」
学園! 今日は佳穂のテンションも異常に高かった! 月曜は座学ばっかりなお陰で、いつもはテンション低めなのに今日は違った。元気そのもの!
憂が引く程度に……ね。千晶もおかしなテンション。
そのままのテンションで昼休憩に突入。
……あれ?
「千晶? それだけ?」
千晶が取り出したのは、エネルギーチャージとか何とかのゼリー。
「千晶は太ってないってば!」
「何度言ってもダメなんだよー!」
「あんたたちに、わたしの苦しみは分からない。水着だって、あえて小さめの買ったんだからね!」
ゼリーをチューって、ひと飲み。
「お腹空いても知らないからね!」
あ。憂……。もうお弁当、開けてる。美味しそう……。
私もおべんと……。
憂のより、ひと回り大きいんだね。ありがたいです。あれじゃ足りないと思う……。
包みのハンカチを解いてパカリ。
………………。
…………?
……え!?
……えっと……。
思わず閉じちゃった……。
「千穂――どうした――の?」
あ。首傾げてる。語尾上げ可愛すぎるからやめて欲しい。ほら。佳穂が見惚れてるよ?
……3時間目と4時間目の間の小休憩中だった。
佳穂が憂に切り出したのは……。
『憂ちゃん。放課後……話が……』
「千穂――?」
『はなし――なに――?』
『それは……放課後……』
それを聞いて、佳穂は苦笑い。
それはそうだよね。わざわざ放課後にって言ってるのに、その場で聞こうとするんだから。
あ。ダメ。思い出したら可笑しい……。
「――――千穂――」
「痛っ! あいたっ!!」
叩かれた! ツッコミにしては酷すぎる!!
「千穂! 憂ちゃん淋しそうじゃないの!!」
「それするのは佳穂だけで十分よ!!」
「だからって2人して叩かなくてもいいんじゃないかな!?」
「「たまたまよ!」」
…………むぅ。
「おまけにニヤニヤしちゃって! なに思い出したの? スケベ!!」
……す、すけべ……?
「うぅ……。スケベは酷くないかな? 千晶だって、憂を思い出してニヤニヤする事ない?」
「えっ!? ないよっ!?」
あるんだね……。
「スケベって言えばさー! 憂ちゃんって髪伸びるの早いよね? スケベ?」
あ。酷い。憂に振らなくてもいいんじゃない?
たしかに早いけどね。この1ヶ月で何cm伸びたのかな?
「憂? 佳穂が……んんー!」
「千穂――? ――なに?」
「なんでもないよ!? でも、あたしは伸びるの遅いんだよねー」
手を……! 離して!! 口! 塞がないで!!
「佳穂? それ逆だよ? 女子の場合はね。伸びるの遅いとスケベなんだって」
「ぷはっ……。千晶、それホント?」
「そうか。あたしがスケベか。ふはははは!!」
「千穂――たべない――の?」
う……。
「食べる……よ?」
勇気がいるけど……ね。
「スルーか? あたしにスケベのレッテル貼ったままスルーか?」
「ホントの事でしょ? 毎晩、憂ちゃんの事考えて変な妄想してんじゃない?」
さぁ……開けますか。お弁当!
「否定はしない! あ!! 可愛いぃぃ!!」
「憂ちゃんの初日以来だね! 可愛い!」
……やっぱりそうなるよねー! もう覚悟は決めたから大丈夫ですっ!!
「あ?」
「ん? なに?」
「なんでっか?」
梢枝さんはスマホでパチリ。今日はデジカメ持ってないのかな?
「……すげぇ」
「おぉ……これは……」
「力作でんなぁ!!」
「何だ何だ? 健太さんにも見せてみろ?」
……集まらないで欲しいかな? これは……やっぱり恥ずかしい……。
「あははは――!!」
憂は笑ってるし……。
「こりゃすげぇ!! こんなのテレビでしか見たことねぇ!」
「いや。ちょっと待って? ググル先生に聞いてみなさい」
「いいんちょ! 夢の無い事言うな!」
「夢ー!? 健太の癖に!」
……相変わらずだね。有希ちゃんと健太くん。
でも、ホントに可愛い。久しぶりに見たキャラ弁。コンセプトは水族館……? 違うかな? 海?
たらこ混ぜたご飯にチーズと海苔でお魚さん。ウインナーのカニさん。両サイドに切れ込み入れて……。あれ? 切り込みだけじゃない。これ、ハサミもウインナーだ……。ちょっとだけ切り取って、それをハサミに……。すっごい! 細かい作業……。亀もタコも……。
……これは感動。私の為にって思うと、ちょっと涙、溜まってきちゃった……。
「これ……すっごい時間掛かってるよ?」
「お姉さんの手作りだよね?」
「うん。お姉さんとお母さん」
「あたし無理だ! こんなの作って貰っちゃったらお返しできないもん!」
「わかる。うん。わかる」
……だよねー。どうしよ?
「有希――健太――つきあって――る?」
憂!? 私も前に思ったけど! それより……反応遅いよ?
あ。2人でツッコミ。ペチンって、憂のおでこに。
「ちょ! ……ちょっと、有希!?」
「健太!? お前!!」
「悪い! つい!!」
「憂ちゃん! ごめん!!」
あらら……。騒然としてますね。でも、大丈夫じゃないかな? 元が優だし。むしろ優だし?
……あれ? 泣いちゃった。おでこ2箇所押さえてポロポロ……。
「ごめんなさい!」
「ごめん! マジごめん!」
平謝りだね。有希ちゃんも健太くんも。
「――うれしい」
……だよね。みんな遠慮しちゃってるから……。寂しかったんじゃないかな?
2人ともびっくりしちゃってる。何も言えないって感じ?
「ありがと――」
「……なんでやねん!」
佳穂もペチリ。続いて千晶も。
憂は泣きながらニコニコ。
……変な絵なのに感動的って面白いね。
みんな憂のおでこをペチペチ。それを喜んでる憂。
憂の今の気持ちは……。
また1つ、事故前に戻れた。
……これだよね?
「――千穂?」
前髪上げて、おでこを突き出して私に上目遣い。可愛いなぁ。もう。
……涙は止まったね。それじゃ私も……。
…………。
……そんなに注目しないで欲しいんですけど。
前にもあったよね。こんな感じの。
緊張してきた!
えい!
……また泣かれても困るからねー。
「憂ちゃん、だらしない顔しちゃってる」
「悔しい! あたしの時と反応違うー! あと、スケベの事、スルーされたままー!」
「佳穂? あんまりしつこいとめんどくさいよ?」
「千穂ぉー? まためんどくさい言われたー!」
「はいはい」
「うわ。冷たい」
……あれ? 憂? 今度はどうしたの?
おべんと食べてる凌平くんを見てる。じぃぃっと。さっきの憂みたいに、長い前髪の一部分をかき上げながら。食べにくそう……。
凌平くんって寮生なんだよね。寮のお弁当だよ。あれ。
「……憂さん?」
あ。気付いた。ちょくちょく憂の事、目で追ってるからね。
……憂は目を離さない。じぃぃぃって凌平くんを見詰めたまま……。
凌平くんも見てる! 見てる! 憂!? 見すぎだよ!?
「どうした……かな……?」
凌平くん、困惑してるよ!?
憂は、ちっとも目線を外さない。凌平くんの顔が赤くなってきちゃった。憂だからだよね。相手が。
ちょっと体を前に……。間に入って、憂の視線を塞いじゃう。
「――じゃま?」
……邪魔はちょっと酷くないかな? 憂まで私の扱い酷いとか。泣いちゃうよ?
とりあえず、体を避ける。邪魔言われちゃったし……。
「――じゃま?」
…………?
凌平くんを見ながら言ってるよね? あ。前髪の事かな?
それだったら聞かないほうがいいかもだよ?
周りを見ると、みんな小首を傾げてた!
「あははは!!」
「……? 千穂が壊れたー!」
「元に戻ったんじゃない?」
「……さすがにそれは酷すぎ」
「きって――あげる――?」
「何を……?」
佳穂の言葉を千晶はスルー。凌平くんは不思議そう。ごちゃごちゃしてますよ?
「千晶――? ――はさみ――かして?」
「憂!! ダメだよ!? きっと理由があるんだよ!?」
「千穂が早口ー」
「珍しいわぁ……」
「切ったら……ダメ……」
「あ。言い直した」
「千晶うるさい」
「うるさいってあんた!」
「大事な……前髪……たぶん……」
凌平くん……。たぶんでごめんね。
「え? あー!! あれの事!?」
「たしかに邪魔そう!」
「よし。切っちゃおう」
「……押さえるか?」
「ダメ! ダメだからね!?」
あ……。凌平くん。呆然。よりによって憂に言われちゃったんだからね。放心状態。
「おい! 凌平! 冗談だ!」
「ごめん! 邪魔じゃないよね!!」
凌平くんをフォローする謎な展開に。
……すっごい騒がしかった。
……そんな、お昼の休憩。ホントに楽しかった。お弁当は見て楽しい。食べて美味しいだったからね。でも、キャラ弁はお断りしないと……。絶対、時間掛かってるから! ……それに……やっぱり恥ずかしいからね。憂のあの時の気持ち、よく解っちゃった。
憂はいつも通り、午後は睡眠時間。
……仕方ないんだけどね。
なんか勉強……教えてあげたいんだけど、時間ないんだよね。憂が……ちょっと忙しいんだよね。行動が遅いからなのかな?
私としては、教えてあげたいんだけどね。
……そして、ついに6時間目の終了を告げる鐘が鳴り響きました。




