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73.0話 水着選びの時間

 


 憂は着替えた。現在、白いタートルネックの長袖のシャツに黒のガウチョパンツと云った装いだ。黒の可愛らしいパンプスが少し浮いているが、許容範囲だろう。


 理由は簡単だ。


 とにかく目立った。いつも目立ってはいるがロリィタな服装は、それに拍車を掛けた。

 想像すれば分かりやすいだろう。

 あのロリィタファッションと云うものは人目を引く。遠目からでも思わずじっくりと見てしまうほどに。

 そんな服装に惹かれ、目を奪われたが最後、今度は憂そのものが目に飛び込む。

 ……その為、普段よりも更に観賞される対象となってしまったのである。


 ファッション誌か何かか? 雑誌の記者を名乗る者にも、目を付けられる始末だ。憂と共に千穂も梢枝も目を付けられた様子だったが、写真も何もかもお断りした。無難な対応だったと云えよう。



 そんな、いつも以上に目立つ状況に、グループはリーズナブルな価格で全国にショップを展開するクロユニへと、先ずは足を運ぶ事になった。運ばざるを得なかった。


 そこで梢枝と康平がお金を出し合い、憂の着替えを購入したのである。最初、全員で出し合うと云う話だったが、『年長者に任しぃや!』と康平が名乗りを上げ、梢枝が同調したのである。


 そして、今回を最後に目立ち過ぎるロリィタは打ち止めにするよう、千穂から愛に依頼する予定だ。


 愛の気持ち……、憂に一刻も早く人目に慣れて貰いたい気持ちも理解できる。憂にとっては、今は未だ最終目標である『平穏な普通の生活』は取り戻せていないだろう。本人が普通にしているつもりでも見られ続けているのだから。


 この沢山の視線は外見上、どうにもならない。ひっそりと暮らすには都合が悪い。

 憂のささやかな願いを叶える為には、憂自身が人目に慣れる必要があるのは間違いないのだ。


『お姉さんは憂さんに慣れて欲しい思うてはるんと同時に、自慢の妹を見て欲しい気持ちがあるんやわ……』


 この梢枝の意見に一同納得した。

 下手をすれば日陰で生活しなければならなくなるほどの秘密を抱える愛する妹、憂。

 そんな不憫な妹を可愛らしく着飾り、自慢したい。見せ付けたい。これもある意味、已むを得ないのかも知れない……と、姉のフォローをしておこう。


 しかし、今回は流石に目立ち過ぎた。愛も事情を説明すれば納得してくれるだろう。




 シャー


 更衣室のカーテンが開く。


「じゃーん! 憂ちゃん! どう!?」


 佳穂は片手を腰に、見せ付けるように立っていた。上下別の下着のようなデザイン。所謂、ビキニである。スポーティな体型が艶めかしい。


 憂は……まともに見られないでいた。顔を背けるが、そこにも陳列されている女性用の水着。結局、俯くしかなかった。


「憂ちゃん、見てよー……」


 佳穂が寂しそうな声を出すが、そこは元ヘタレ少年。無理がある。


「憂ちゃん!」


 強く呼ばれ、思わず顔を上げるが、真っ赤に染まり俯いてしまう。佳穂は後ろを向いていた。その健康的なお尻は半分くらい出ていた。リオバックと呼ばれる際どいカットの水着だった。


 ……やめたげて欲しい。


 実は憂も一着だけ試着した。女性陣4名の強いプッシュがあったのだ。基本的に、頼まれると嫌と言えないのが憂だ。

 パレオ付きの至ってシンプルなワンピースの水着だった。SSサイズのそれを試着すると困った事になった。全体的にゆるゆるで、股下には隙間さえ生じたのである。

『ビキニとかだったら大丈夫かも……』と言う千穂の言葉には、流石に全力で拒否した。涙目で。

 もし、試着したとしても同じ事だったと思われる。胸がスカスカになる。胸囲的にも合わない可能性が高い。

 ……よって、憂の水着は全員の水着の購入が終わった後、子ども用の売り場で見ることとなっている。


「佳穂! 真面目にやりなさい!」


「真面目だよー! どんなのだったら憂ちゃんが喜んでくれるのか、真面目に試行錯誤してんだよー?」


 シャー


 続いて別のカーテンが開く。


「「おぉ……」」


 佳穂と千晶が息を呑む。梢枝が試着したそれは白だった。競泳水着のようなデザインだった。


 憂もそちらに目を向ける。そして固まった。落ち着く白と落ち着かない女性の水着姿。せめぎ合っているのだろう。たぶん。


 そんな憂の姿に微笑み、梢枝は言った。


「これに決めますわぁ……」


「梢枝さん、透けちゃわない? 大丈夫?」


「ラッシュガードも()うておくわぁ。サポーターも……」


 白は透けやすい。梢枝も重々承知と云った処か。それでも憂の為にと拘るらしい。


 シャー


 続いて姿を見せたのは千穂だった。


 シャー


 千穂は梢枝の姿を見るなりカーテンを引いた。


 シャー


「なにしてるのよ!」


 千晶がツッコミを入れつつ、千穂が潜んだ試着室のカーテンを開いた。


「だって……」


「よう似合(にお)うてはる」


「うん。千穂はいいよね。千穂は……、って言うか、みんないいよね。なんでみんなそんな痩せてるのかな?」


「千晶は太ってないよ?」


「……痩せた人たちの中のぽっちゃりさんの気持ちは分からないでしょうね」


「太ってないってば! このワカランチンめ!」


「憂に聞いて見れば?」


 そして聞いてみる事となった。聞き役は唯一、水着姿になっていない千晶である。聞かれる憂は、ぼんやりと千穂を眺めている。


「憂ちゃん?」


「――――――」


「あれ? 憂ちゃん?」


 憂は、なかなか反応しなかった。千穂から目線が外れない。千穂を除く3人は溜息を付く。佳穂と梢枝に至っては哀愁さえ漂わせている。

 佳穂のセクシービキニ姿よりも、梢枝のモデル体型を魅せ付ける競泳水着風の白ワンピース水着よりも、憂は千穂の胸を隠すようにフリルのあしらわれた、可愛らしいパレオ付きの白水着姿に重い反応を示したのだ。どうやっても千穂補正には敵わないらしい。それを理解したのだろう。


 流石に千穂も恥ずかしそうに躰を捩る。


「憂ちゃーん?」


 千晶は憂の視線に割り込み、パタパタと両手を振ってみせた。


「あ――! ――な、なに!?」


 慌てる憂に苦笑しつつ、千晶は問い掛ける。


「わたし……ぽっちゃり……だよね?」


 憂は小首を傾げる。すぐに戻った。憂の目線が千晶の上から下。下から上へと動き、再び千晶の瞳を捉える。千晶の顔が心持ち赤くなった。


「ぽっちゃり――ちがう――よ?」


「ほら見な……」


 千穂は途中で言葉を切った。憂の言葉が続きそうだったからだ。


「――やせすぎ――より――いいよね」


 憂は恥ずかしそうに、小さく笑みを見せた。千晶の頬が緩む。何とも締まりの無い顔だ。ダイエットの決意は既にどこかへ旅立ったのかも知れない。

 逆に時間が止まったのは、現在、水着の3人だ。少し太ろう等と思っているのだろうか?



 そんなこんなで4人の水着は決定した。全員が全員、白基調だ。みーんな、憂によく思われたいらしい。この白水着集団がプール……、若しくは海に行った時には、よほど目立つ事になるだろう。憂の水着次第だが、憂の姿が霞む……なんて事になるかも知れない。彼女は絶世の……とも謂える美少女だが、如何せん、ちんちくりんなのだ。



 とりあえず4人は会計を済ませると、一旦、男子組と合流する。まだ終わらない事を告げなければならない。


「女子の買い物は長いでんなぁ……」


 女子組の姿を見るなり、康平がツッコむ。


「あー! 酷い! これでも急いだんだぞー!」


「んで、終わったん?」


「まだー。憂ちゃんが小さすぎて……」


「ん? サイズ?」


 思わず憂の全身をひと通り観賞してしまった勇太には、冷たい視線が集まったのだった。そしてツッコミ役は、いつも通りの千晶だ。


「勇太くん? 親しき仲にも礼儀ありってね?」


「このバカには言っとく。行ってきな。ここで待ってる」


 拓真の対応は見事である。勇太のフォローと共に待てる男アピール。素晴らしい。本人にそんな気があるかは不明だが。


「拓真くんはさすがだねー! ごめんね。もうちょっと待ってて!」


 そして、子ども水着売り場へと移動していったのであった。


「優がまさかの女児水着か……」


「泣けるなぁ……。どんな気持ちなんだ……?」


「あんさんらやめたってや。自分に置き換えて想像してみ?」


「……あぁ」


「泣けるなぁ……」


 3人は要らん妄想中だった。憂の救いを求め、振り向く後ろ姿には気が付かなかったのである。





「きゃー! ビキニあるよー! ちっちゃーい! 可愛いー!」

「いやいや。ビキニはダメっしょ」

「……やっぱりワンピースかな?」

「こっちのはどうやろ?」


「――――――」


 憂は大はしゃぎの女子たちを前に、絶望の表情を浮かべている。

 4人は気付いていない訳では無い。


『慣れなければならない』


 これが共通認識である。

 憂も何気にそれを理解しているだけに始末が悪い。


「とりあえず、試着でしょ!」

「そだね」

「憂……こっち……」


 千穂が優しく手を引き、試着室に向かおうとする。

 ……が、憂の足が動かない。そんな憂の背中を佳穂と千晶がそっと押す。


 そんな憂と3人の姿を梢枝は微笑ましく見詰める。


(ずっとこないな時間が続けばええのに……)



 憂は試着室に押し込められた。涙目だ。可哀想だが慣れねばならない。


「憂? ショーツは……履いたまま……ね?」


 小首を傾げ理解するとコクコクと機械のように頷く。脱がされるとでも思っていたのだろうか。どこかホッとしている様子だ。ゴスロリのままであったら、脱がされる羽目になっていたはずだ。



 ――よかった――。


 ――1人で――いいんだ――。



「それじゃ、これね!」

「えー!? やっぱりそのビキニ!?」

「どんどん試着して貰おう!?」

「そうだね。そうしよ?」


 憂が手渡されたのはスタンダードなタイプのビキニだった。白では無い。ジュニアサイズの水着たちは実にカラフルだった。とりあえず形を選ぶらしい。



 ――したぎ――。


 ――したぎと――いっしょ――!



 憂は覚悟を決めたのだろう。真剣な表情は何とも凛々しい。黒目がちだが、獲物を狙うハンターを彷彿とされる瞳。その上には、普段は柔らかく弧を描く眉の尻が上がり若干、鋭くなっている。僅かだが、引き絞られた唇はそれでも尚、柔らかさを垣間見せる。そんな憂の姿に見惚れる4人の視線を遮るように、少女はカーテンを引くと、カーテンレールが高い音を発した。


 タートルネックのシャツを脱ぎ、ブラを外す。

 ガウチョパンツを降ろし、右足を浮かせ、片方の足を抜く。すっかり傷の癒えた左足を浮かせるとバランスを崩してしまった。


 ガン。

「いたっ」


 狭い試着室の壁に軽く頭をぶつける。思わず出た言葉だろう。痛いほどぶつけていない。


「大丈夫!?」


 千穂がカーテンを開ける。憂が固まる。4人も固まる。


「いや――」


 僅かな膨らみもその尖端の桜色も隠す事も出来ず、漏れた言葉に我に帰ったのは梢枝だった。


 シャー。


 梢枝はカーテンを無言で閉じた。


「ご! ごめん!」


「――ううん!」



 ――みんなに――見られた――。


 ――なんで――こんな――。


 ――せつない――。



 憂はビキニを着用した。ホックも今や自身で止められる。前方で止め、くるりと回す付け方だ。外す時は苦労する時もある。



 ――うぅ――はずかしい――。


 ――こんな――みずぎ――。


 ――きる――なんて――。


 おもっても――なかった――。





「きた――」



 憂の声に反応し、カーテンが開かれる。



「ん? これは……」

「ちょっと……無理かな?」

「無理やねぇ……」

「ダメだったか」

「憂? ちょっと……ごめんね……」


 千穂が憂の胸に触れる。憂は真っ赤に染まっているが抵抗しなかった。


「カップが余ってるね」

「じゃあ、次はこれ」


 千晶が差し出したのはワンピースの水着だった。憂はそれを渡され、カーテンが閉められる。



 ――こんど――これ?


 なんか――さっきより――。


 はずかしいよ――!?



 憂はビキニを脱ぐと、派手なスクール水着と謂ったワンピースの水着を着用していく。



 ――うぅ――。


 しめつけ――きつい――。


 ――こんな――なの――?


 これは――いやだ――。



「きた――けど――」



 ……カーテンは開かれた。因みに4人が壁となっている為、周囲の人の目は憂まで届いていない。



「うぅ――はずかしい――」


「お。ワンピースいいね」

「そうだね」

「ビキニがなかっただけやわ……」

「……反省してます」



 そんな、憂にとっての羞恥の時間はしばらく続いた。結局、選ばれたのは上がキャミソールのようなセパレート水着だった。4人の意見はワンピースだったが、憂自身がワンピースタイプよりもセパレートタイプを選んだ。何やら複雑な男心が働いた事を4人は知らない。

 デザインは4人任せとなった。彼女らが選んだのはスカートが一体化している黒地に白の細かいドット模様の入った水着だった。所々に取り入れられたフリルが可愛らしい。これでもなるべく大人っぽいデザインが選ばれたのだ。サイズ的にこれが限界だったのだ。これより大人っぽいデザインとなると、ビキニの類が排除される以上、憂が嫌うワンピースしか無かったのである。スカートが付いているのも憂の羞恥心への配慮だ。ついでに語ると、同じデザインの色違いがあった。白をベースに黒の細かいドット柄だ。だが、これは満場一致で却下された。憂の透けを心配したのだ。

 憂の為を思い、自分たちは白を。憂の為を思い、憂には黒を。水着1つで憂への想いが感じられた一幕だった。




 ――これで――ひとまえ――に?


 ――――かんがえる――な。


 かんがえ――たら――負け。


 ――せっかく――みんな――。


 がんばって――えらんで――くれた――。


 ボク――がんばる――。



 ……どうやら選ぶ方も必死なら着る方も必死だったようである。




 この日、他に特筆すべき事は無かった。


 昼食時、千晶を除く女性陣がやけに頑張って食べていたくらいか。

 ……この場合、憂は女性陣に含んでいない。憂はいつも通り、食が細かった。


 憂の迎えに訪れた愛は、格好が変わっていた事に驚いた。

 驚き、すぐに納得した。元々、やり過ぎた感は感じていたようである。


 普通にしていれば、それだけで目を引く。焦る必要は無いと1人納得していたのだった。



 こうして、千晶の願い。


 今と変わらない未来を信じて……。


 ……夏の約束の為の水着の購入は終了したのである。



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