閑話 課外授業も3人一緒
感想200件突破企画の閑話差し入れとなります!
……現時点で感想300超……。
遅くなってしまい大変、申し訳ございません m(__)m
そこそこ広い和の一室の隅っこ。そこで畳に直座りの千穂が居た。壁を背に体育座りで俯き、その手元には手の平サイズの文明の利器が握りこまれている。
「千穂? またスマホいじってるの?」
委員長たちと話していたはずの千晶が、ぼっち状態の千穂に近づくと、その隣に座り込んだ。もちろん、佳穂もセットであり、彼女は千穂の向かいにしゃがみ込む形だ。
「あ……。うん。梢枝さんからの返信ないかな? ……って」
全員が全員、蓼学ジャージ着用である。3名どころか、クラス中の女子全員がジャージ姿である。特に決まりはないのだが、どことなく全体の流れと言うか、調和と言うか、そんなものを外しにくいのである。
「あったのかー?」
現在、夕飯終了後。これから順次、入浴しつつ自由時間。そんな日程の真っ最中である。
因みに夕飯は好みの分かれる山の幸満載メニューだった。千晶が苦手だったらしく、随分と残していたが、余談である。
「……なかった」
不満げだ。何度も何度も意味もなくメールの送受信を繰り返している。
もう1度。
何度も送受信する千穂の行為は無為である。
「そりゃ……ね。憂ちゃんも今頃、自宅のはずだもん」
現在時刻20:16。千穂のスマホがそんな時刻を示している。千晶は呆れ顔だ。本日の日程は、山間の施設に到着。荷物を置いた後、何故だかキャンプ場へ。そこから昼食の支度……。
例によって、カレーだ。ここは基本、生徒たちに任された。千穂のグループは優秀だった。千穂だけでなく、クラス副委員長の優子も料理に関心を持っているらしく、学年随一……とも謂えるカレーを完成させていた。
そんな合間に、千穂はちょくちょくとスマホをポチポチと操作していた。女子力高い千穂には、調理の手空きにスマホ操作など朝飯前なのである。
午後は、山で遭難した場合に役立つ知識を、如何にも山の人と云った髭の男が、散々、教えてくれていた……が、役に立つ時が来るかは不明だ。むしろ、役立つ時など来ないほうが良いだろう。
「ご飯終わってお風呂ってところかー?」
「わたしたちと一緒だね」
「……普通、そうだよね。わざわざ変な時間にご飯食べたりお風呂入ったりしないよ」
「ちょっとイラッときた」
「まぁ、千穂だし?」
「……どう言う意味かな?」
「そのまんまだー」
「そ。最初の内、しっかりと返信してくれてたんだからね。梢枝さんは」
「慌ててスマホ出してたもんなー」
山の中の施設だが、しっかりと電波は届いている。受信状態良好の3本。お高い私立学校である蓼学の生徒。何かあった際、電波状態不良にて対応が後手に回るなどと言う事はあってはならないのである。
「もう、心配で仕方なくて……」
蓼園市の中心にほど近い学校に置いてきた、今は少女になった彼氏のことだ。
「言わなくても分かってる件」
「以下同文」
「帰りたい……」
「めんどい」
「うん。めんどい。心配要らないって。むしろ、千穂が居なくて羽伸ばしちゃってるかも?」
「千晶? 怒るよ?」
そんな時、襖が開かれ、担任教師が顔を覗かせた。もちろん、利子。この日、学校推奨のジャージでは無いものの、生徒たちと同じようなジャージ姿となった利子は高校1年生に混じり、遜色のない若さを見せ付けている。
小柄、童顔がそうさせてしまうのだろう。
「みんなー! お風呂どうぞー! 順番来たよ!」
「利子ちゃんも一緒に行こ?」
「もう利子ちゃんも私たちと同じ班で回ろ?」
「もー! 『先生に見えない』でいじらないで下さい!」
実は山男さんに大勢の生徒の前で、そう言われていた利子ちゃんせんせなのであった。
―――千晶の入浴直前。
「うわぁ……。佳穂ちゃん、ほっそっーい! 私と同じで何もしてないはずなのにー! ずるいっ!」
「あたしの体質だっ! どんなに運動しなくても、どんなに食べてもあたしは太らないっ!」
……むかつく体質。運動しないとか、どんなに食べてもとか、自慢出来る事じゃないのが更にむかつき度を高めてくれてますね。
「……千晶? 気にしちゃダメだよ?」
わたしと佳穂はセット販売。下着姿の佳穂を褒めた後に皆さん、同じく私の体型を見て、何も言わずに目を逸らしてしまいます。お気遣い感謝……な訳ありませんね。
……って言うか。
千穂! ジャージのままでも分かりますっ! あんたも十分に細いんだけどねっ!
「……それで千穂は脱がないの?」
「佳穂が注目されてる今は嫌……かな? ついでに私も見られちゃうから……」
脱衣所の隅っこ。声を潜めて語り合うわたしと千穂。千穂の場合は胸のせい。千穂のコンプレックス。なんだけど、可愛いものじゃない。スレンダーにぴったりなんですよ? 単に佳穂を小柄にしたようなものです。
「千晶ー? 脱がんのかー? 先に行くぞ?」
くっ! この子は! 今のわたしに話し掛けないでっ!
睨み付けてやりました。しっ、しっ。どっか行け。
「いいなー。千晶のおっぱい、羨ましいぞー?」
「だよねー! あたしもそれくらい欲しいぃー!」
「そうそう。標準体型なのに胸大きいって、男子が喜ぶ体型なんじゃない?」
「喜ばせてあげる義理も何もありません!」
本当に! これだから今日はお風呂パスしようと思ってたのに! 佳穂のバカ!
わたしの存在意義って、胸に集約されてるみたいですっごく嫌。
「えー? どうして? 無いよりは絶対にいいって!」
「邪魔だし、揺れるし、サイズ変わって、ブラ合わなくなるし!」
「……揺れないもん」
あ……。千穂、ごめん。
視線を戻すと1番隅っこでジャージの上を脱いだ千穂の姿。
半ギレなの? 長袖Tシャツもガバッと男らしく脱いで……。
「千穂ちゃんも細いっ! 驚いた!!」
……見付かった。
「ホントだっ! 腰、くびれてるぅ!」
「あ、ほら……千穂ちゃんは……」
「あ……。そっか。あの時に……」
優くんの事故後の話ですね。千穂って、前はわたしみたいにふっくらしてた。でも優くんの事故のショックで体重激減。知ってる人は知っている情報ですよね。
「でも、そこから女子の理想体重維持してるのって凄いよね」
「やっぱり、細いっていいなぁ……」
……決めました。絶対に痩せてみせます。今日は苦手な山菜料理のオンパレードで食べられなかったから丁度いいですね。今日から開始します……!
「みんな、時間なくなるよー? 遅い2人は置いていこー?」
あ。佳穂ナイス。佳穂なのに。
「そうだね。千穂ちゃんも千晶ちゃんも早くおいでね?」
「先に入ってるね!」
タオルで体を隠した皆さんは、ぞろぞろと浴室に移動していきました。
「…………」
「…………」
無言で全部を脱ぎ始める千穂とわたし。
「……佳穂に感謝」
「だね。佳穂の癖に」
「行く?」
「お先にどうぞ」
体洗う時に見られる……。嫌ですよ? ここは可愛い千穂ちゃんの出番です。わたしをその優れたルックスで覆い隠しなさい。
「……もう。私だって嫌なんだよ?」
そう言いながら前を隠して移動を始める……と、見えた、細くて頼りない腰。
……ずるい。
―――佳穂と3人で山登り。
「おっはよー! 千穂! 千晶! おっきろー!」
あはは! テンションMAXだぁ!
「起床時間もうすぐだぞー?」
今日は山登りあーんど肝試し! 同じ日に入れちゃうとか鬼畜の所業。どれだけ歩かせれば気が済むんだ?
「お。起きた」
2人とも。いいんちょコンビも起きた! 瀬里奈ちゃんも陽向ちゃんも! なかなか個性的な班だなー。あたしの存在感薄れそー。
「……あんたね。起床時間もうすぐ……って言った?」
「言ったぞー?」
「……もうすぐって事はまだだよね?」
おやおや? 千穂ちゃん不機嫌。結局、梢枝さんのメッセージ一行だけだったもんね。
【無事に帰宅されました。また明日。】
そりゃ、面倒だって。どれだけメール送ってんのって話。
「……佳穂に起こされる日が来るなんて……」
「聞いてんのかっ!」
「いいじゃんかよー。今日の山登りさ。楽しみだね」
「え……? うん……。そうだねって、千穂! やめなさいっ!」
千穂ー? 空気読めー? まだ6時前だぞ? メールはダメだぞ?
「でも……」
「でもじゃない。梢枝さんも憂ちゃんもまだ寝てるはず」
「千晶に同じく。それで千穂は楽しみじゃないんか?」
もしかしたら3人一緒の最後の思い出になるかも知れない。
でも、こうしないと……ね。
「……楽しもうね」
そうだぞ? 帰ったら告白するんだー。可愛い憂ちゃんを頂いちゃうんだ!
「3人、元気だね……」
「有希は朝弱いから……」
「そうなのか! あたしと一緒だ!」
「大きな矛盾を発見しました」
「私も」
……おや?
「瀬里奈と陽向も朝弱いんかー?」
「……セナ?」
「……ヒナ?」
おぉ……。同じ反応した……。
「瀬里奈ちゃんも陽向ちゃんも一緒に話そ?」
優子ちゃん、良い子ー。クラスに除け者なんか要らないっ! みんな仲良くしよっ!
「……うん!」
「ヒナ……。そだね。ありがと」
「ありがととか変だぞー?」
「うるさいっ!」
ビビった! 襖開けるのと同時に叫ぶとか。さくらちゃんたら激しいんだから。
「起床時間前に起こさないでよ……」
うはぁ。眠そうな顔。襖から覗く女子たちの顔全部。髪の毛もボッサボサ。
これは男子たちに見せられない。うん。
「そら! 千穂! きびきび歩けー!」
「ちょっと……。佳穂……。待って……」
「なんで……そんなに……元気、なの……?」
このもやしっ子どもがー!
「昨日教わったサバイバル術なんか使いたくないぞっ!」
「そ、そうだね……。ほら、千穂さんも千晶さんも頑張って……」
利子ちゃんももやしだー!
いつの間にかかなり後方だぞー? 6組さんも7組さんもどんどん抜いてったぞー?
「……大丈夫だよ。ほら……」
ん? スマホ?
「電波3つ飛んでるじゃんか!」
日本ってどうなってんだ!? 山奥だぞ!? 坂もどんどんきつくなってんだぞ?
「千穂……。そう言う問題じゃ……ない」
あれ? 渋滞中?
渋滞の中にヒナちゃん発見。あ、セナちゃんも居た。
「セナヒナー! どうなってんのー!?」
「ラッキー……。休める……」
「うん……。やっと休憩……」
…………。
千穂も千晶もダメな子だ。
「崖みたいなのがあるー!」
「あ! やっとそこに付いたんですね! その崖を登ったらあと30分ほどでゴールですよ!」
もうゴールかぁ? 1時間半ちょっとでゴールとかつまらないー。
「……あと30分も。もうやだ」
「千穂も? わたしも同じ事思ってた」
………………。
「セナヒナ頑張れー!」
陽向ちゃんが運動苦手なんかな? 瀬里奈ちゃんは出来るタイプだし。いいんちょたちはもう登り終えたっぽい。サッカー部の2人とか余裕かな?
「うん! 頑張るー!」
待つこと10分。後ろの渋滞、どんどん伸びてるー。
目の前には断崖絶壁……なんてものじゃない。身長より50cmほど高い……坂? 確かによじ登るって感覚だけどさ。ロープもあるし、余裕余裕。
「私、無理かも……」
「奇遇だね。わたしも同じこと思ってた」
……ちゃっちゃと登りましょうね。
ロープを一応、捕まえて……。この石、次はあの石……。最後に岩場に手を掛けて、体を持ち上げて……。しゅーりょー。
「佳穂……凄い」
「猿が居た」
「うっきぃぃ!! ええから来い! 後ろ、つかえてるんだぞっ!」
「あ! うん!」
千穂がすぐに登り始めた。
「その石に足掛けて! そう! それ! 次は右の!」
世話が焼けるなー。よし。来た。
「ほりゃ。手ー伸ばして?」
「んっ……」
つーかまえた。
「足に力入れろー?」
よいしょっと……。千穂ちゃんは軽いなー。憂ちゃんなんてもっと軽いけど。
「……登れた! 佳穂! ありがと!」
「お? ちょっと待てー? もう1人居るから」
同じ要領で千晶を引っぱり上げた。
「意外と軽かったぞー?」
「……意外と……は、余計。でも、ありがと」
さぁて……行こうか?
「行けるかー?」
「ちょっと待ってー! お願いします! 私を置いていかないで下さいー!」
利子ちゃん。大人が子どもに頼るとか……。
別にいいんだけどね……。
―――千穂の肝試し。
送受信……。
メールなし……。
「絶対にルートは外れないで下さいね! 外れちゃって行方不明になっちゃったら、今回の参加者全員で捜索! 一気に有名人ですよー!」
「千穂?」
「ん? なに?」
「聞いてた! びっくり!」
「……さすがにちょっと失礼だよ?」
佳穂だから仕方ないけど……。
肝試しとか……。お昼の山登りで、もうクタクタなんだけどな……。
「たはは……。千穂さんは憂さんの心配かな?」
利子ちゃんセンセ、全員にその説明してるのかな? 先生って大変だ……。
「いえ、疲れてるんです……」
「なんで疲れてんだー?」
「むしろ、あんたは何でそんなに元気なのよ?」
「普通だぞ? 周り見ろ? ほとんど全員元気だぞ? 男女で回る組多いぞ?」
「我がクラスは男女別ばっかり」
「それは……確かに」
「さ、そろそろ行ってらっしゃい。気を付けてね?」
「気を付ける事なんか……あるの?」
「それは内緒です!」
「ほら、行くよ? 利子ちゃん、また後で」
「はーい!」
……どっちが先生なのか分からない。それでいいのかなぁ……?
暗い道。スマホって便利。3人とも足元照らしてる。
「きゃーー!!」
「お。前からだ。きっと先生が隠れてるぞー?」
そうなんだろうけどね。
「そんな風情のない事言わないの」
「おばちゃまが急に出てきたらわたしは泣く」
「……それは怖いかも」
「嫌な想像させるなよー」
…………。
暗がりから突然出てきたおばちゃまの台詞は……やっぱり『可愛いー!』?
「あはは!!」
「千穂が壊れたー!」
「いつもこうじゃない?」
「ひどーい」
3人して酷い言いようだよね。家庭科のおばちゃま、いい先生なのに。
「……もうちょっとで終わりだね」
千晶……。そうだね。
「あと一泊して帰るだけだー」
佳穂は……帰ったらやっぱり告白しちゃうの?
でも、一生懸命盛り上げてくれてたね……。
「寂しいね。楽しかったから……」
「「え?」」
え?
「なに? どうしてそんな反応?」
「帰らないと寂しい……じゃなくて?」
「だよねー。じぇんじぇん楽しそうじゃなかったぞー?」
……そんな事、ないよ?
「憂ちゃんにやっと会えるー! もう車椅子卒業してるかな!?」
あ。それは……。
「明日からだって」
「……楽しみが減ったー」
「空気読みなさい」
……私、変な事言ったかな?
「メールチェックせんのか?」
「あ! しないと!」
「あはは! やっぱり千穂はこうじゃないとなー!」
「わかる」
……そんな3人を寂しく見送る古文の男性教師が暗闇に居た。
茂みの中、自身の顔を懐中電灯で下から照らし、驚かせようとしていたのだが、3名は気付かない。
彼女たちは、先生たちの手によって仕掛けられた恐怖ポイントを悉くスルーし、談笑しつつ、無事、宿泊施設に辿り着いたのだった。




