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70.0話 5人の時間

 リレー小説企画に参加しました。

 5人のリレーで私の担当は本日投稿の第3話です。


 私のマイペにお気に入りユーザ登録してある『丹尾色クイナ』の投稿作品が該当作です。

 是非、ご一読下さいませ m(_ _)m


 尚、ブクマ登録はしておりません(評価pt的な問題で)。


 


 ―――6月15日(木)8:00前



「憂ちゃーん! 行ってくるー! あたしを! 忘れないでねー!!」


 バスの中からブンブン手を振るのは佳穂だ。その隣の席では千晶が苦笑いしつつ、憂たち……わざわざ早く学園に見送りに来てくれた面々に、小さく手を振っている。佳穂、千晶コンビだけではない。多くのクラスメイトが窓を開け、手を振っている。


「こらー! 席に着きなさぁーい! バスがちょっと傾いてるー!!」


 利子が車内で声を張り上げている……が、無駄のようだ。


 課外授業として、彼女たち参加者は2泊3日の行程で山籠り。野外活動へと出発直前である。山籠りと言っても、宿泊施設も整った環境なのは今時だから……かも知れない。


「――いって――らっしゃい――」


 車椅子に座り、手を振り返す憂と、その周囲の面々。見送りに来たのは憂、拓真、勇太、梢枝、康平の5名。他の不参加者は5組では3名である。


 きっと、瀬里奈と陽向もクラスメイトとの親交を深め、笑顔で帰ってくる事だろう。


 手を振り続ける憂に、顔一面に『心配で仕方ありません』と書いてある千穂が、またも話し掛ける。今朝、憂と顔を合わせてから何度も繰り返している。


「憂!? 全部、梢枝さんにお願いしてるから! 梢枝さんの言う事、しっかり聞くんだよ!!」


 千穂の言葉を梢枝が短く簡潔に通訳していく。

 理解し終えるとムッとしてしまった。当然だ。憂は外見は兎も角、そんな小さな子どもではない。


「わかった――! お母さん――!」


 憂の思わぬ反撃に千穂は赤く染まり、周囲は爆笑。そんな中、バスはゆったりと動き始めた。


「憂!! しっかりね!! みんな任せたからねー!!」


 遠ざかるバスから身を乗り出し叫ぶ千穂を見ながら、物凄く複雑な顔をしている憂と、呆れ返って言葉も出ない4名なのであった。





「あれ? きょうちゃん、早いな」


 教室に戻ると、京之介の姿があった。彼の存在にいち早く気付いた勇太の台詞である。


「見送りするだろうと思ってね。待ってた」


「待ってた? オレらを?」


「今日さ。サボらない? 屋上で。最近、増えてるんだ。屋上に人が。自然にルールが出来上がってね。鉄の掟。早い者勝ち」




 すぐに彼らは移動を開始した。3階建てのこの校舎。1機だけあるエレベータは3階まで。

 そのエレベータで3階まで移動し、階段に差し掛かる。


「優? おいで? 抱っこ」


 京之介が側に寄り両手を開くと、憂は怒った。ポカポカと京之介の頭を叩いた。


「あはは! ごめんごめん! 冗談だって!」


 憂は気付かなかった。呼び方が憂ちゃんから『ユウ』へと変化……いや、かつての呼び方に戻った事に。


 結局、憂は車椅子ごと、拓真と康平に屋上まで担ぎ上げられた。



「まだ言ってないんだよね?」


「あぁ。言ってねぇ」


「……言って……いいよね?」


「あぁ」


 京之介と圭佑が憂=優と云う事実を『知った』事についてだ。拓真の返事を聞くとスマホをいじり始めた。


【これから憂ちゃんに伝えるよ。憂ちゃんの喜ぶ顔が見たかったらすぐに屋上に来るべし。遅くなったら1人で話すよ?】


 それから20数分後、圭佑は息を切らし到着した。コの字型の校舎の反対側、5組を含む、南校舎側に。

 反対側で手を振る京之介を見た圭佑は更に走ることになった。


「なんでっ! 北校舎側っ! ……なんだよっ!!」


 駅からダッシュ、階段ダッシュ、屋上ダッシュと続け様に行なった圭佑は開口一番、京之介に怒鳴った。


「エレベーターがちょっとだけ北校舎側に寄ってるからだよ。それくらい予想して、こっちの階段上がらなきゃ」


 京之介はカラカラ笑う。少し圭佑の扱いが酷いが、これは昔からのことである。



 ―――ここに圭佑が到着するまでの間は、実にまったりとした時間が流れた。


 6人は3人組2つに分かれて話していた。


 憂と身辺警護の2人が談笑。その近くで、憂を除いた中等部時代のバスケ部レギュラー3人が笑い合っていた。圭佑が到着するまでは小難しい話をする必要がなかった。憂の話も彼の到着後の方が良い。よって、それぞれの近況などを話していたようだった―――



「あはは――! たにやん――おはよ!」


 息も絶え絶えの圭佑の姿が楽しかったのか、憂は笑顔で挨拶した。圭佑は一瞬で毒気を抜かれてしまった。

 圭佑はイライラしていた。京之介のメールが届いたのは、朝食の最中だった。朝食を切り上げると、駅まで走った。電車に駆け込み蓼園学園前駅に降り立つと、そこからもダッシュだった。到着するなり笑われた。イライラするのも已むを得ないのかも知れない。


「ユウ……はよ……」


 気まずそうに頭をポリポリ、そっぽを向いて挨拶を返す圭佑なのだった。



 京之介は憂の前でしゃがみ、目線の高さを合わせる。圭佑も同じように移動する。呼吸はもう整っていた。流石は現役バスケ部員である。



 圭佑は日曜に聞いた言葉を思い出す。


『憂ちゃんを見て気付いたのって、君たち2人だけなんだよねー』


 佳穂のこの言葉は響いた。拓真と勇太に感じた負の感情を曖昧にしていった。憂が記憶してた彼らへの嫉妬心を、自分たちが唯一、気付いた者だと云う自尊心が薄めていった。


「――きょうちゃん――?」


「――たにやん――?」


 憂は真剣な表情に切り替わった2人を眼前に置き、不思議そうに小首を傾げる。

 康平と梢枝は離れていった。康平は塔屋に戻り、階段上から監視する。梢枝は回り込み、ビデオカメラを回し始める。



「優……なんだよな?」



「――へ?」



 音が同じ為、渓やんの言葉は伝わらなかった。



「僕たち……気付いたんだ……」



 憂は小首を傾げる。未だ、理解には至らない。



「隠す……必要……ねぇよ……?」



 憂の瞳が時間を掛け、ゆっくりと見開かれていく。



「――優だ――って――わかった――?」


 甲高い可愛らしい声を紡いだ。


 憂の確認に2人は頷く。2人は穏やかに笑みを湛えていた。


 憂は急に立ち上がった。フットレストに足を載せている事も、右足のギプスの事も忘れていたに違いない。


 京之介も圭佑も咄嗟に立ち上がり、憂の小さな躰を受け止めた。

 フットレストの上に立ち上がった拍子に車椅子が前方に傾き、躰が投げ出されたような形になってしまったのだ。


「あっぶねぇ……」


「優……小さいね……」


 2人は憂を立ち上がらせようとしたが、憂はそのまま膝を突いてしまった。

 2人のスラックスに片足ずつ(すが)り付き、嗚咽を漏らし始めた。


「うぅ――ぅ――ぅぐ――」


 2人はそのまま、憂が落ち着くまで(すす)り泣く少女を優しく見守っていたのだった。



 憂は長く啜り泣いた。


『優なんだよ。生きてるんだよ』


 伝えたくても伝えられなかった気持ちを鑑みると仕方ない事だとフォローしておこう。


 しかし、冷静さを取り戻した憂はバツが悪そうだった。これも簡単に心の内を推測できる。彼女はかつての仲間たちの目の前で、泣き続けると云う醜態を晒したのだから。


「落ち着いた?」


 京之介の優しい声音に頷き、そのまま顔を上げない。上げられない。

 2人は、それぞれ片側の脇を抱え、憂を立ち上がらせると、そのまま『よいしょ』と抱え上げる。


「ひゃあ――」


 可愛らしく小さな悲鳴を上げる憂に複雑な表情を浮かべつつ、そのまま車椅子に座らせた。


「感動のシーンをばっちり撮らせて頂きましたわぁ……」


 梢枝が憂の側に寄り、ハンカチでその顔を拭う。涙やら何やらで残念な事になっていた美貌が回復すると言葉を続けた。


「ウチは教室に戻ります。憂さんが学園内に居はることは、周知しておかな騒ぎになりますので……。康平さんにはこのまま階段の封鎖をお願いしておきますので、旧交を温めていて下さい。1時間目の終わりには、ここにまた来ます……」


 梢枝はそのまま康平に近寄り、ふた言三言、言葉を交わすと階段を降りていった。男子5人の中に憂を残すことになるが、問題は無いと云う判断なのだろう。


 康平は階段の最上段に、どっかりと腰を降ろす。誰1人通す気はない。


 梢枝の背中を見送ると京之介が問う。


「梢枝さんって、よく撮ってるけどさ。ユウの何を撮ってるの?」


「……成長記録でも撮ってんじゃね?」


 彼女が何故、憂を中心として撮っているかは未だに謎である。梢枝に聞いても無駄だろう。はぐらかされるに決まっている。康平にも期待できない。

 拓真も曖昧に答えるしかなかった。


「そんな「拓真ぁ! 勇太ぁ!!」


 突然、圭佑が吠えた。

 その声量に憂が躰を縮こませると「あ。ごめん」と条件反射のように謝った。


「拓。勇太。でこ出せ。それで許す。片手にしといてやっから」


「げ……。マジで……?」

「仕方ねぇな……」


 圭佑はニヤリと嗤うと中指をパキリと鳴らす。

 彼には特技があった。それがデコピンだ。入浴の度に鍛えたと云うソレはバスケ部時代、恐怖の対象であった。優の提案により、罰ゲーム付きの遊びが全面禁止になったほどだ。


「ほら。いつでも来い」


 勇太がのしりのしりと圭佑に近付く。圭佑は構える。右手中指を右手親指で抑え込む。


 憂はその様子を固唾を呑んで見守る。たぶん、何が何やら解っていない。雰囲気に呑まれているだけだ。


「……勇太。しゃがめ。無駄にでかい」


「……ちっ! そのまま来ると思ったのに」


 圭佑も170cm台後半はある。それでも勇太はでかかった。身長差がありデコピンしにくいのだ。

 勇太はしぶしぶしゃがみ。目を強く瞑る。片手でも強烈なのは過去に何度も経験し、知っている。

 強く歯を食い縛り、衝撃に備える。



 …………。


 …………。


 20秒ほど、経過した頃だろうか。いつまでも衝撃が来ないため、勇太は薄く目を開く。


 バシッ!!

(いて)え!!」


 絶妙なタイミングで放たれた一撃は、おでこの中心にクリーンヒットした。

 勇太はおでこに手を当て、一瞬で涙目である。


「――うわ――」


 憂は、恐怖に顔を引きつらせる。


「次は俺か……」


 拓真は髪を片手で上げ、圭佑に近付く。


 バシィィ!

「ぐぁ!」


「――こわ――」


 今度は覚悟も何もしていないタイミングだった。見事だ。

 両膝を地につけ、額を抑える拓真の姿は笑いを誘うが当の本人はそれどころでは無いだろう。


「よっしゃ! これで許した!!」


 圭佑は偉そうにふんぞり返ってみせた。


 彼はあの日、千穂たちから様々な話を聞いていた。その時、既にもう1度5人で……と決めていたのである。


「2人は……な!」


 そう言い、京之介を睨む。


「お前は最近、やりすぎだ。モールで女子3人と会ったのも偶然じゃねーんじゃね?」


「いや! 偶然! ホントに偶然だよ!?」


「きょうちゃん。とりあえず……喰らっとけ?」

「そうだな……」


 拓真と勇太に抑えられた京之介に魔の手が迫る。


「ちょ! 両手はダメですよ!? や、やめ……」


 圭佑は右手の中指を左手で引っ張り、全力を出し切る構えだ。


 憂はそんな4人の姿に……。


「あはは――!」


 ……笑っていた。仲良さそうで嬉しかったのかもしれない。


 バコッ!!

「っ!?」


 もはやデコピンの音では無かった。京之介は声も無く悶えた。


「「あはははは!!」」


 拓真と勇太がおでこの中心を赤く染め、笑う。


「――たにやん――」


 澄んだ声が響く。見ると、左手で前髪を掻き上げ、キュッと瞳を閉じた憂の姿。何やら勘違いしているらしい。


「――おねがい――します――」


 そして懇願だ。友情を取り戻す儀式か何かと思っているらしい。


 圭佑は徐ろに近付くと、ごくあっさり指を弾いた。


 パコ。

「いた――」


 随分と手加減されたデコピンだったが、それでも少しは痛かったらしい。

 憂はおでこを擦り、何故か嬉しそうに微笑んでいたのだった。




 京之介が復活すると、5人は円を描くように座った。もちろん憂は車椅子だが。

 その憂は、しきりにスカートを気にしている。


 新たに発注された制服は、まだ届いていない。つまり、裾上げ済みの膝上10cm弱の短いスカートだ。前に座る拓真と京之介の目線の高さが気になるのだろう。

 ……彼らは紳士だ。見ようとなどとはしていない様子ではあるが。


「憂? 聞きたい……事が……」


 圭佑が真面目な顔で問い掛ける。今は『憂』だと拓真に強調され、矯正中だ。読みは変わらないが、大切な事なのは間違いない。


「――なに?」


 憂は小首を傾げる。思わずサッと目を逸らせてしまった。慣れない。かつてのバスケ仲間は美少女なのだ。それでも圭佑は、すぐに再び目を合わせる。


「大事な……事だ……」


 ――――。


「――うん」


 憂の顔も真剣なモノに変わる。首は傾げたままだが。


「セーラー服……どうなん?」


「――――へ?」


 質問を受け、呆けた顔をしたが、すぐに赤くなった。恥ずかしがりながら怒っているらしい。


 ぷぷっと、吹き出す3人に涙目を向ける。


「――はずかしい――きまって――る!」


 怒っている。腕を振り上げて全身で怒りを表現しているが、残念ながら怖くはない。


「いや。それなら……いい。安心した……」



 そこからは変な質問タイムに突入した。拓真も勇太も京之介もだ。


 気になるのは当然だろう。むしろ、拓真と勇太は今まで良く耐えていた。絶えず付いている千穂の存在の大きさだろう。



 Q:『パンツって女物?』

 A:真っ赤に染まり『そう――だよ――』


 Q:『ブラってどうなん?』

 A:うんざりしたように『締め付けられて嫌』


 Q:『可愛い言われる件は?』

 A:困惑し『なんで言われるか分からない』


 Q:『まだ千穂ちゃん好きなんだよな?』

 A:再び頬を染め『…………うん』


 Q:『男に興味は』

 A:可哀想な人を見る目で『ある訳ないだろ。バカ』


 Q:『小さくなって不便な事は?』

 A:心底、困った顔で『あり過ぎて困る』


 Q:『例えば?』

 A:『座ると足が届かない』『みんなを見上げて首が疲れる』『いっぱい食べられない』『意識しないと階段で躓く』etc……


 Q:『再来週から、水泳がある訳だが、水着は?』

 A:青ざめた顔で『休む言い訳考えなきゃ……』


 Q:『スク水に興味ねぇの?』

 A:憤怒し『着る方なんですけど!?』



 もちろん、こんなにスムーズに話せる訳が無い。纏めたものだ。かなりの意訳もしてある。


 これ以外にも様々な質問が飛び、その質問の全てに答えていた。

 もう隠し事はしたくないのかもしれない。誠意とも言えるのかもしれない。


 1時間目の修了の鐘が鳴ると、京之介は最後をこう締め括った。



『生きててくれてありがとう』


 その反応は……敢えて語るまい。



 そして、際どい質問の時間は終わり、際どくない質問は2時間目に持ち越されたのであった。





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